第38話

「先日の戦いは儂もテレビで見させてもらった」

 

 道場の隅で向かい合った総司さんは、そんな事を言った。

 それってワイバーンと戦った時のやつだよね。

 

「私も見たよ。テレビつけたら怪物相手に友達が大立ち回りしてるんだもん。驚くどころか心臓が止まるかと思ったよ。でも最後は一撃で消し飛ばしちゃったんだから、凄くカッコ良かったよ!」


「えへへ、そんな事無いよ~?あれだってスキルに頼りきりだったし」


「ふむ。確かに戦いこそ龍希ちゃんの勝利で終わっていたが、戦い方に関しては色々と問題もあったな。龍希ちゃん、君のスキルは身体能力を強化する力という認識であってるかな?」


 スキルについて聞かれた時の対応は事前に眼鏡さんと相談して決めている。

 <八百万の晩餐>に関しては千夏や総司さんが見たように映像で流れてしまっているので、今更隠す事も難しい。だから基本的には聞かれた時にはこっちのスキルをメインで話す事にした。

 一方で<絆を紡ぐ者>はちょっと微妙なところだ。いずれはスライムちゃんを連れている事で、テイム系のスキルを持っている事がバレるのは間違いない。それだけならば別に困る必要の無かったのだけど、問題はこの間追加された新しい効果の方だ。

 そのせいもあって、<絆を紡ぐ者>のスキルは極力話さない事にしている。


「あ、はい。大まかにはそれで合ってます。発動条件とか効果の持続時間とか色々ありますけど、効果自体は身体能力の強化で間違いないです。ああ、身体への負担に関してはほとんどないです!」


「あれほどの動きをしてその反動も無いとは……スキルを使えば、単純な膂力の強化は可能だと」


「はい!だけど、ボク運動があまり得意じゃなくて。でもダンジョンに行くならちゃんとしなくちゃいけないなって。どうにかなりますか?」


「先日の映像を見た限りでは、そこまで酷いという印象は無かったが。どれ、少し見てみるか」


 そう言って千夏に視線を送ると、千夏は一つ頷き竹刀を一本渡してきた。


「その竹刀で儂に打ち込んで来い。まずはスキル無しでな」


「えっと、いいんですか?」


「なに、遠慮はいらん。これでもまだ現役だからな。絶対に怪我はしないと約束しよう」


「わ、分かりました!」


 そうだよね、総司さんは千夏の師匠なんだ。てことは千夏よりもずっと強いって事だ。素人の、それもスキルを使っていない状態のボクが打ち込んだ所で掠りもしないだろう。

 むしろ遠慮していては、ここに来た意味が無い。


「じゃあ……行きます!」


 竹刀の正しい振り方なんて知らないので、とにかく全力で振る。

 走って近づき上から振り下ろしたり、横薙ぎに払ったり、あの手この手で打ち込む。

 しかし、いくら振るっても全部避けるか竹刀で受けられてしまう。いや、ただ受けるんじゃなくて流されている。その度にバランスが崩されてしまう。


 こっちはずっと全力で振って息が上がっているのに、総司さんの方はそんな素振りも見せない。

 心のどこかで、ほんのちょっぴりだけど当てられちゃったりするかもとか思っていた。でもそんなのはただの妄想だった。いくら振っても掠る気さえしない。


「……ふむ。もういいぞ」


「は、はい……はぁ……はぁ……」


「なるほど。竹刀を振るった経験が無いとはいえ、確かに筋がいいとは言えんな。千夏、お前は外から見てどう感じた?」


「……そうだなあ、確かに初心者としても動きが良くなかったと思う。と言うか、そもそもの身体の動かし方がちょっと変みたい?何というか中途半端に見せようとしているような……う~ん、上手く言えない」


 自分でもそこら辺は自覚しているけど、真面目に言われるとちょっと凹む。

 ボクの動きってそんなに変なのかな?


「儂も同意見だ。もっと言うのであれば、変というより妙な癖がついているが適切だな。なあ龍希ちゃん、小さい頃――いや、子どもの頃に何か特別何かの動きを真似したとか心当たりはないか?」


 おい、今なんで言い直した?小さい頃でも十分通じるんだけど?言い直したつもりみたいだけど、むしろ余計なお世話だからね!睨みつけてみるけど、柳に風で気にした様子もない。まったく失礼な話だ。

 それにしても、何かの動きを真似したとかそんな事して……ああ、そういえば――


「昔特撮のヒーローの真似とかしてた。戦闘シーンで、必殺技とか色々と」


「ふむ、それが原因かもしれんな。千夏が言った通り、龍希ちゃんの動きに見せるための動きが入っている。これはよく役者がやる動きなんだが、これは実際の動きよりも人に見せる事を重点に置いている」


「……?」


「つまり、少し大げさに迫力があるように見せる動きという事だ。しかも龍希ちゃんの場合は、元々の運動神経もあっての事か歪んでしまっている。例えば、上段からの振り下ろしは通常はこうだ」


 総司さんは竹刀を振りかぶって正面を斬る動作をする。竹刀は最初に構えていた位置と同じ場所でピタリと止まった。


「これを少し大げさにすると、こうなる」


 次も同じように振りかぶったが、今度は正面で止めずに地面まで斬るんじゃないかという勢いで下まで振りぬいた。 


「おお~、確かにさっきよりも迫力があります!」


「今のは少し誇張したかもしれんが、要はこういうことだ。特撮系は子ども向けと言う事もあるから、猶更大きく分かりやすい動きが求められる。しかし、今のは実戦には向かないのは分かるな?」


「何となくですけど……」


「これで今日やる事は見えたな。まずは龍希ちゃんの動きの矯正からやって行く。千夏、選手交代だ!」


「分かった!」


「儂は外から動きを修正していく。千夏は打ち込みの相手役として、動きを誘導してくれ。龍希ちゃんは自分が動く事もそうだが、千夏の動きも参考にしながら打ち込むんだ。それじゃあ始めるぞ!」


「「はい!」」


 それからは千夏に打ち込んでは総司さんに修正されてまた打ち込むのを繰り返した。目の前で千夏がお手本になる動きをしてくれていたので、イメージは付きやすかった。

だけどその通りに身体を動かそうとしても微妙に気持ち悪さを感じると言うか。なんか変な感覚があって思い通りには進まない。


「そこまで!少し休憩にしよう。まだ暑いから水分補給はしっかりしておくんだぞ。十分休憩してから再開する」


「は、はいぃ……」


「はーい!ちょっとスポドリ持ってくるから、龍希は座って待ってて!」


「りょうか~い……」


走って行く千夏を見送りながら、その場に座り込む。

 そこまで激しく動いた訳じゃないんだけど結構疲労感がある。慣れない動きをしたのと、ずっと神経を尖らせていたからかもしれない。

 息を整えながらこのまま寝転がっちゃいたいなんて思っていると、総司さんが近づいてきた。


「良い集中力をしているぞ。まだ二時間ほどだが、想定よりも進みが早い」


「……ふぅ、ありがとうございます。まだ違和感があるんですけど、少し動きやすくなった気がします」


「そりゃあ長い間してきた動きを矯正するんだから、違和感があるのは仕方がない。続けていればいずれはそれも消えていくはずだ」


「それもそうですねえ。それにしても動きの矯正から始めるなんて思いませんでした。千夏からは道場の体験って聞いてたので、何かこう……武術の型?みたいなのをやるんだと思ってましたから」


 やっぱり道場での稽古と言うか鍛錬と聞くと、漫画とかであるようなイメージがある。だから開始早々に動きの矯正からやると言われて少し戸惑ってしまった。

 

「龍希ちゃんにはまずそれが必要だと判断したからだ。それに、武術を教えるという認識も間違っている訳じゃない。だがなぁ……正直なところそこら辺に関しては迷っているんだ」


「それって、ボクが運動神経ダメダメだからですか?」


 もしそれでその通りだとか言われたらショックなんだけど……

でもボクのそんな疑問をしっかりと否定するように、総司さんは首を振った。


「もちろんそんな事は無い。ただ、君も知っての通り武術とは基本的に対人を想定して組み立てられている。何せ、これまでの世界には剣で戦う相手は人間だけだったからな。しかしこれからの世界ではそうもいかない。それは実際に魔物と戦った龍希ちゃんが一番分かっているんじゃないか?」


 もしワイバーンと戦った時に、例えば柔道みたいな体術の心得があったとして。それを使う事が出来たかと聞かれると微妙な所だ。ボクの場合はスキルで身体強化が出来るから、重さとかはさほど気にしなくてもいい。 

 でも、人間とは全く身体の作りが異なっている魔物にそれが通用するかと言われると分からない。

 

 だったら、最初から殴っておけば済む話だしね……もしかしてこれって、脳筋みたいな思考になってるかな?


「で、でも覚えておいて損はないんじゃないですか?人型の魔物だっているかもしれませんし!」


「……もし人間に近い外見を持った魔物が現れたとして。龍希ちゃんはそんな相手に技を使う事が出来るのか?」


「え……?」


「魔物に使うという事は、動きを封じる事を目的としていない。相手を確実に殺すための技を使うという事だ。確かにその状況であれば、武術は有用な武器となるだろう。しかし、それは使う側にも相応の覚悟が必要になる」


 ――もし人型の魔物が出てきたら、か。


よく漫画とかで見るのだと、ゴブリンとかコボルトとかが二足歩行で人に近い形かもしれない。それにダンジョンはまだまだ分かっていない事だらけだ。ほとんど人間と変わらないような姿の魔物だって現れるかもしれない。


殴り合いの喧嘩すらしたことが無いボクにとっては、人に殺意を持って力を振るうのは想像しにくい事だ。

イメージしても「いざとなれば出来るんじゃないか?」みたいな、ふわっとした考えしか湧いてこない。


「もし、千夏や総司さんだったら……どうなんですか?」


「ふむ、儂だったら斬るだろうな。長く生きていると色々な経験をするものだ。敵と判断した相手に加減をしてやる必要もない。そう割り切って判断する事が出来る。千夏だったら……どうだろうな?あの子は教わってはいても、実戦の経験は無い。だが、必要があれば斬る事が出来るように教えてきたつもりだ」


「敵だったら……」


「先日の戦闘、あれは状況こそ偶然だったのだろう。しかし、あの怪物と戦うと決めたのは君自身だったのではないか?」


「そうです。ボクが自分の意志でワイバーンと戦おうと決めました」


 誰に強制された訳でも、場に流された訳でもない。

 あの時は自分で決めて、自分で行動したんだ。


 そう答えると総司さんは一つため息を吐く。


「戦いたくない相手とは戦わない。それが出来れば一番いいんだ。殺さずに戦闘不能にするも、戦わずに逃げるのも一つの戦い方だからな」


「……」


「しかし君にはそんな相手とも戦いそうな予感がある。まあ悪運が強そうとも言うのだがな」


「あんまり嬉しくないです……」


「ははっ、そうだろうな。ただの爺の戯言とでも聞いておいてくれ。ただ、そうなった時の為にしっかりと覚悟は必要だ」


 その後スポドリを持って戻ってきた千夏が、ボク達の雰囲気を見て何かあったのか心配してくれた。何でもないと一言答えて、少し休憩してから稽古を再開しまた二時間ほど続けた所で終了となった。

 体験のはずだったけど、がっつり付き合ってもらったのでその場で正式に稽古を続ける事を告げてから道場を後にする。

 千夏には途中まで送って行くとも言われたけど、少し考えたい事があったので断った。


 帰り道の途中にある公園のベンチに座る。

 そこで今日、総司さんと話した事を思い出す。


「戦う覚悟……」


 たぶん、自分の中にそれはあると思う。

 そもそもボクがダンジョンに行くのは美味しいもの探しの為だ。そしてそれは、魔物を倒す事で得られるドロップアイテムを手に入れるという事だ。

 とは言ったものの、これまでの経験の中でニワトリを捌いたことすらない。


『それで、ダンジョンに行く事に怖気づきでもしましたか?』


「あ、眼鏡さん。そういえば稽古の時はずっと静かだったけど何してたの?」


『改善前と後のマスターの動きを比較したり、総司さん、千夏さんを含めた道場の皆さんの動きの解析などですかね。やはり動画だけでは得ることの出来ないデータが色々とあったので、楽しかったですよ』


「うわ、そんな事してたんだ。さすがだね。もしかして、眼鏡さんが教えてくれれば自主練とかも出来たりする?」


『問題点自体は今日の稽古で分かりましたので可能ですよ。しかし、総司さんの言ったような変な癖をつけてしまうのが心配なので最低限に止めますけど』


「それで十分だよ!ありがとう眼鏡さん!」


 道場には週二日で通う予定なので、自分での練習の仕方も教えてもらう事になっている。だけどやっぱり一人でやるのは不安だったので、眼鏡さんが協力してくれるなら心強い。


『では話を戻しますが、総司さんと話してやっぱりダンジョンに行くのに躊躇いでも出来ましたか?』


「ああ、別にそういう訳じゃないんだ。今更魔物と戦うのが怖いとかでもないし。ただ何というか……魔物もやっぱり生き物なんだなって思っただけ」


 それもちょっと違うかもしれない。別にロボットとか動くぬいぐるみみたいな認識だった訳じゃないもん。

 それに今でも覚えてる感触がある。ワイバーンを殴った時の弾力も、その奥にある固いものが壊れるような感触も。その全てをこの拳が覚えている。


「ほら、ダンジョンの魔物って倒してもドロップアイテム残して消えちゃうでしょ?それに爆散したはずなのに血の一滴も流さないし。だから実感しにくいんだけど、それでも間違いなく生き物なんだよね」


『生物か否かと問われれば、確かに生物にカテゴライズされますね。まあダンジョンの外の生物とは根本的に異なる部分もありますが』


「うん。だからね、魔物を倒す時も命を貰うって感覚を忘れないようにしないといけないなって思った。ボクがダンジョンに行くのは美味しいものを探す為なんだもん。だったら、魔物は食材でもあるんだからしっかり感謝しないといけないじゃん?」


 それを忘れてしまえば、ボクはただ魔物を殺すだけになってしまう。

 総司さんが言っていたような敵だから斬る、みたいな事はボクには出来そうにない。


『なるほど。マスターらしい考え方だと思いますよ。以前にもお話したように魔物は人間に対して敵意を持って襲ってきます。そんな相手に対して感謝するというのは、私からしてみればおかしな話ですけどね。しかし、マスターがそう決めたのであれば、それがマスターにとっての最善何でしょう』


「まあ若干生き物を殺す事に対するせめてもの言い訳も含んでるのかもしれないけどね。もしかしたら、そっちの方が割合的には大きいかも」


『普通、女子高生が命に対してそこまで深くは考えないと思いますが。これもダンジョンに関わりすぎた影響ですかね。別に悪い事だとは思いませんけど』


 う~ん、確かに休み時間に女生徒が集まってこんな事を話してたら「何事か!?」って驚くよね。


『ではマスター、例えば人型に近い魔物でハーピーがいたとしましょう。それを倒すとドロップアイテムとして『手羽先』が手に入りました。マスターはこれを食べる事が出来ますか?』


「て、手羽先!?ハーピーの手羽先……」


 ハーピーと言えば人間の胴体に翼の手と、かぎ爪のついた脚が特徴のモンスターとして有名だ。

 そんなハーピーから手羽先がドロップする……無いとは言い切れない。


 手羽先って事は翼の先端の方だし、ほとんど人間的な部分は無い部位だ。でもこれがもし手羽元とか、もも肉・むね肉とかだったらどうだろう。手羽元は何とかいけたとしても、胸肉とかもも肉とか完全に人間の部分だよね。

 それはさすがに……


 いやでももし倒しちゃって、そこら辺の部位がドロップしたら食べないのも失礼だし……いやしかしそれをしたら共食いになりそうだし。


「う~~~~~~ん……」


『冗談のつもりで言ったのですが、まさかそこまで真剣に考えるとは……まあそこら辺はダンジョンを作った存在に期待しておきましょう。こっち側の心情等を考慮してくれるなら、精々羽とかかぎ爪ぐらいでしょうし』


「でも、もし出ちゃったら……?」


『その時は、その時になったら考えましょう!今から心配していてもハゲますよ?』


「は、ハゲないし!?」


『まあいざとなったらスライムちゃんに処理してもらいましょう。同じ魔物同士ですから抵抗も無いですし、それになんでも食べてしまうスライムなんて種族なんですからね!とっても頼りになりますよ!』


 いや、スライムちゃんはゲテモノ処理班じゃないからね?


『まあまあ、そんな心配をする暇があるなら今はもっと力を付けて手加減を出来るようにする事ですね。ちなみにネットで発見したのですが、首の後ろを「トンッ」とすると相手が気絶する技があるとか。それを練習されてはいかがですか?』


「それ本当に出来るの漫画の中だけだから!?現実でそんなの見たことないよ!?」


『ご安心を。相手のデータさえ解析出来れば、どの角度で、どの程度の力で、どのタイミングで打ち込めば有用かを調べるぐらいわけありません』


「えっ、もしかして本当に出来ちゃったりする?」


『成功する確率は高いですよ?』


「……ちょ、ちょっと、け、検討してみる」


 敵の後ろにサッとまわり込み、一撃で相手を沈める。


 ――か、かっこいい……!


 れ、練習してみよう、かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョンはすんごいものの宝庫でした!?~ちびっこ女子高生が行く現代ダンジョン~ 水戸ミト @shiryu777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ