第37話
二学期最初の一週間はあっという間に過ぎていき今日は土曜日、千夏の家の道場に行く日だ。かなり汗をかくかもしれないので、運動がしやすい服と着替えを持ってくるように千夏に言われている。それらに加えてスポーツドリンクを鞄に詰めて道場に向かっている最中だ。
「お父さんもお母さんも賛成してくれたね!」
『お父様は少し複雑そうでしたけど、結局は賛成してくれましたからね』
「まあ、お父さんはボクがダンジョンに行く事にあまり乗り気じゃないからね」
そもそもダンジョンに行きたいって言った時にお父さんが居なかったのが原因なんだよね。あの時はお母さんと水月、朝陽と日高さん達はいたんだけど、逆にお父さんだけが居なかったんだよね。
「強く反対はしてないけど、出来れば行ってほしくないって顔してるんだもん。ちょっと鬱陶しくなっちゃったよ」
『それだけ心配しているという事なんですから、甘んじて受け入れてください。それにはっきりと反対と言わないだけ、マスターの気持ちを尊重しているんだと思いますが?』
「それはそうなんだけど、ね」
そりゃあ心配してくれているのも、ボクの意志を汲んでくれているのも分かる。
「やっぱり無事に帰ってくる姿を見せるのが一番かな!その為にも千夏の道場での特訓を頑張らないとね!」
『その意気ですよ、マスター』
「そうと決まれば早く待ち合わせ場所に行かないとね!」
最初は千夏がボクの家まで迎えに来てくれる予定だった。だけど家の場所を聞くと、ちょっと距離があって申し訳なかったので学校の前で待ち合わせる事にしたのだ。時間はお昼前なので徐々に熱くなってくる時間帯、これから徐々に気温が上がってくる頃だ。
少し家を出るのが遅れてしまったので、ちょっと速足気味に学校に向かう。
学校に近づくと、校門の前に既に誰かが立っているのが見えた。向こうもこっちに気が付いたのか、頭の上で大きく手を振っている。
案の定その人影は千夏だった。
「ごめんね、少し遅れたよね?」
「いんや、ほとんど時間ピッタリだよ。むしろ私が早かったぐらいだから気にしないで」
「うん、ありがとう……それにしても、それって千夏の私服なの?」
待ち合わせ場所には上は道着下は袴を着て、まさに剣道少女といった出で立ちの千夏が立っていた。やっぱり普段から着慣れているからなのか、その姿が凄く様になっている。
「まさか~、道場の午前練習に参加してたからそのまま来たんだよ。どうせ午後も練習があるし、いちいち着替えるのも面倒だしね」
「そういう事か。でもそんな恰好でいると目立たなかった?」
「全然!この恰好で出歩くこともままあるから、近所の人たちも慣れたんだろうね。それに学校の前だから部活の人ぐらいにしか思われてないだろうし。そんな事よりも!早く行こう!お母さん達がお昼ご飯の準備をして待ってるから!」
「よし行こう!」
ご飯があると聞いてはもたもたしていられない!
先に歩き出した千夏に続いて、学校からボクの家とは真反対の方向に歩を進めた。
千夏の家の場所を聞いた時はびっくりした。まさか学校を挟んで反対側にあるとは思わなかった。
登校する時によく一緒になるもんだから、てっきり同じ方向にあると思っていたから猶ビックリだった。
本人曰く「龍希と一緒に登校出来てトレーニングにもなるから一石二鳥だよ!」とのことだ。
……まあ千夏がそれでいいならいいんだけどね?
そうして週末に出た課題の事を話ながら歩いていると、道の右側が塀続きになった。
先の方を見ると、大きな門が視界に入る。
「うわぁ~、大きいお屋敷だね。凄いお金持ちのお家なのかな?」
「ああ、ここが家ね」
「……ん?」
いま、何と言ったのダロウカ?
この立派な兵を持つ大きな敷地のお家が、千夏の家?本当に?
「ここが私の家兼道場だから。目的地だよ」
「もしかしなくても千夏ってお金持ちさんだったりするの?それとも名家のお嬢様とか?」
「あははっ!違う違う!結構昔からある家だから広いのはその時からの名残ね。ひいひいお祖父ちゃんだったか、ひいひいひいお祖父ちゃんだったかがかなり有名な武術家だったらしくて、その時に荒稼ぎしたらしいよ?」
「へぇ~、ちょっと聞いただけでも凄そうだねえ」
ちょっと、いやかなり気になる話だったけど千夏も詳しい事は知らないらしい。でもひいひいひいお爺さん?ぐらいから続く家って事は、やっぱり名家なんじゃないだろうか?
「と、そんなこと話してるうちに到着だね――いらっしゃい龍希!ここが私の家であり『鏡花一刀流』の道場だよ!」
「きょうかいっとうりゅう……?」
「そう!家の苗字の『鏡』に花って書いて鏡花、一刀流は一刀流だね。ああ、ここの看板に書いてあるよ」
千夏が指さす先にあるのは、黒ずんでこげ茶色になった一枚の板だった。
そこには確かに『鏡花一刀流』という文字が書かれている。かなり達筆で、そう読むと分かっていなければ読めなかったと思うけど。
「す、すごいよ千夏!流派とか、道場とか凄くカッコいい!!」
「ふっふっふ、龍希ならそう言うと思ってたよ!それじゃあまずは腹ごしらえに母屋の方に行こうか!」
「う、うん!」
興奮冷めやらぬまま千夏の案内で敷地の中に入っていく。
大きな出入口から入っていき、道場を思わしき広いスペースを通過してさらに奥に進んでいく。すると、道場らしさは無くなり日本家屋っぽい雰囲気に移り変わる。それに伴ってどこからともなくいい匂いが漂ってくる。
「揚げ物……コロッケかな。それに味噌汁と白米の匂いもする!」
「龍希のそれ、ほんとに凄いと思うよ……」
「なにが?」
「なんでもない!想像通りお昼ご飯はコロッケがメインだよ。近所にあるお肉屋さんの美味しいコロッケなんだけど、龍希は食べたことある?」
「多分来る途中にあったお肉屋さんだよね?あそこのコロッケ美味しいから、学校帰りに偶に食べて帰るよ!メンチカツとか、から揚げも美味しいんだけど、やっぱりコロッケが一番美味しいだよね~」
「さすがっ!ここら辺の美味しいお店は抑えてるね。龍希が来るから沢山買ってきたんだよ。お腹いっぱい食べてね!」
「よし来た任せろ!」
それにしても、本当に大きな家だ。他人の家に来ると思わず、あちこち見回しちゃうよね。
お祖母ちゃん家以外で障子を使ってるのなんて初めて見たよ。障子の隙間からは広い畳張りの部屋がちらっと見えた。
「お母さ~ん、龍希連れてきたよ~!」
千夏に続いて部屋に入る。すると、大きな長いテーブルを囲むように沢山の人が座っていた。見覚えがあるのは、授業参観とかで見たことがある千夏のお母さんぐらいだ。お父さんも見たことがあるけど、ここには居ないみたいだ。
「おかえり千夏。龍希ちゃんもいらっしゃい。お昼ご飯すぐに準備するから待っててね!」
「は、はい!お邪魔します……」
「「「いらっしゃい!」」」
「……!?」
たぶん門下生の人達だと思うけど、声が大きいから圧が凄い。
なんか「おかえりなさいお嬢!」とか言っても違和感が無いような。でも女の人がいるのは意外だった。大人でも剣道をしているのって男の人ばかりだと思ってたから。
「えっと、今日はよろしくお願いします!おす!」
そんな事を考えていたせいか、思わず変な事を口走ってしまった。
この場の雰囲気の吞まれてしまったせいかもしれない。
「うう、恥ずかしぃ……」
「龍希は普通にしてればいいから!あんた達が変な事するからでしょ!?いつもそんなに揃って挨拶なんてしないじゃない!」
「いや~、折角千夏お嬢さんのお友達が来るって聞いたのでちゃんと歓迎しないといけないと思って。なあ、みんな?」
「「「いや、俺達(私達)知らないので。主犯はそいつです」」」
「午後の鍛錬であたしと10本は立ち合ってもらうから。最後の晩餐を楽しむことね」
「晩餐てか、お昼ご飯なんですが!?」
ツッコむところそこなんだろうかと思いながら、千夏に案内されて席に座る。
すると次々にご飯やおかずが運ばれてくる。千夏のお母さんともう何人か手伝っている人がいるけど、まさか使用人とかじゃないよね……?
もう千夏の家に来てから驚きっぱなしな気がするよ。
そしてボクの前に運ばれてきたご飯なんだけど、明らかに量がおかしい。
漫画とかでしか見たことが無いような、文字通りの山盛りにされているんだけど。疑問を込めて視線を千夏に向ける。
するとウィンクしながらサムズアップをした。
「ちゃんと龍希が沢山食べる子だって伝えておいたよ!お代わりもあるから遠慮しないでね!」
自分のご飯だけ周りと比べて明らかに浮いている。
余計な事をしてくれたと思うけど、千夏に悪気がある訳じゃないので何にも言えない。門下生の人たちもマジかよ!?みたいな目で見ている気がする。
たしかに……たしかにこれぐらいなら食べるけど!?
違うの、成長期だからなの!だからそんな目で見ないで!?
ボクが葛藤している間にも配膳が進められてあっという間に準備が整う。
するとボク達が入ってきたのとは反対側にある襖が開く。出てきたのは坊主頭のお祖父ちゃんだった。
目つきが鋭くて、少し怖そうな雰囲気のお祖父ちゃんだった。
失礼なんだけど……堅気に見えない、と思ってしまったよ。
そのお祖父ちゃんは上座って言うんだっけ、そこの位置に座る。
そして配膳をしていた千夏のお母さんと、使用人(もう確定的だよね)の人たちも自分の席に座る。
全員が座ると、お祖父ちゃんが口を開いた。
「それではいただこうか。いただきます」
「「「いただきます!」」」
「え!?えっと、いただきます!」
お祖父ちゃんの言葉を皮切りに一斉にいただきますをして食べ始める。ボクも慌てて言ったけど、いきなりの事でびっくりした。
「いや、すまんな。お客さんが来ているのにいつも通りにしてしまった。驚かせてしまっただろう?」
「あ、大丈夫です!ちょっとびっくりしたけど、食べる前にはちゃんといただきますしないといけませんもんね!」
「ははっ、そうだな。そう言ってくれると嬉しい」
ちょっと怖そうなお祖父ちゃんだったので、緊張してしまったけど話してみるとそんな事も無い。やっぱり目つきは怖いけど、声は穏やかで優しい感じだし。
「それで、君が柊龍希ちゃんだね。千夏から話は聞いてるよ。いつも千夏がお世話になっているみたいでありがとう」
「そ、そんな事無いです!千夏にはいつもお菓子貰ったりしてるし、むしろお世話になってるのはボクの方というか!」
「お菓子……?」
「あっ、いえ、とにかく!千夏とは友達だからお世話になってるとかなってないとかは関係ないので」
ボクの言葉に目を丸くしていたお祖父ちゃんだったけど、すぐにまた笑顔になる。口元だけの変化だから、ちょっと分かりにくいけど笑顔?だと思う。
「そうか。それなら儂はあれこれ言う事じゃないな」
「お父さん、まだ龍希ちゃんに自己紹介してないんじゃないですか?」
「おお、そうだったな!うっかりしてた!」
千夏のお母さんに指摘されて改めてお祖父ちゃんが名乗る。
「儂の鏡総司という者だ。ここの道場で道場主をしていて、鏡花一刀流の現当主もしている。まあもっと分かりやすく言うと、千夏のお祖父ちゃんだな」
やっぱり千夏のお祖父ちゃんだった。それに道場主って事は、この道場で一番強いってことだよね。
うん、確かに見た目からして凄く強そうだもんね。納得だよ!
「今日はわざわざ来てくれてありがとう。千夏なんか午前中の稽古にも全く集中出来てなくてな、時計を気にしてはそわそわしていたんだ」
「お祖父ちゃんはちょっと黙ってて!まあ、聞いての通りあの人が私のお祖父ちゃんで道場では師匠なの。今日の体験授業が私とお祖父ちゃんが担当するからね。ちなみに今日の体験は龍希一人だから」
「そうなの?体験だからもっといっぱいの人と一緒にやるんだと思ってたよ」
「さすが道場にそんなに沢山は入らないからね。それに今日の体験はみんなお断りしてるの」
「え、どうして?」
全然心当たりがなかったので首を傾げていると、千夏が溜息を吐く。
「龍希、もっと自分の知名度を認識しないとダメだよ?ただでさえこの前の事件で目立ってるんだから」
そうだった。近頃はあんまり気にしてなかったけど、一時期入院して隠れてたぐらいには目立ってしまったんだった。
もしかして、今日ボクが来るのって迷惑だったかな?
「今考えてる事は違うからね。そもそも誘ったのは私の方だし。もともと龍希には道場に来てもらいたかったしね」
「そうなの?」
「うん。だって龍希ってば運動全然ダメなんだもん。それなのにあんな事してるんだから!心配するのは当然でしょ!だから今日からみっちり鍛えてそう簡単には怪我しない様にするから、覚悟するように!」
「う、うん!頑張るね!よし、そうと決まればお昼ご飯はしっかり食べないとね!千夏のお母さん、お替りください!」
「あら、ちょっと待っててね」
予定だと午後は沢山動く事になりそうだからね。しっかり食べて体力をつけないと。
それにしても、あのお肉屋さんのコロッケ美味しい~
帰りにもお店の前通るし、買って帰ろうかな?
「龍希?あんまり食べ過ぎると動けなくなっちゃうよ?」
「大丈夫!ちゃんとほどほどにしておくから!あ、あとお味噌汁もお替りください!」
「う、うん。大丈夫ならいいんだ、大丈夫なら……」
もしかして信用してないのかな?
まったく、そんなに心配しなくてもそれぐらいは心得てるもん。本当ならもう二回ぐらいはお替りしたいんだけど、これぐらいにしておこうと思ってるんだから。
腹八分よりも下ぐらいだから腹七分、五部ぐらい?にしておくって。
その後はちゃんとお替りと我慢してほどほどになったところで、ご馳走様にした。
少し食後の休憩として千夏や門下生の人たちとお喋りをしてから、道場に移動した。
「ごめんね、うちの奴らが色々質問攻めにしちゃって。後でガツンと言っておくから!」
「全然気にしてないから!ボクも話せて楽しかったし。それに聞かれた事だって、全然不快な質問だって無かったもん」
最近流行っているドラマの主演のアイドルについてとか、好きな漫画とか、食べ物の事とか。驚いたのは、前にボクが大食いチャレンジをしている所を見かけた事がある人がいた事だった。
ちなみにその人は男の人だったんだけど、挑戦して半分ぐらいでギブアップしたらしい。
剣道とか沢山動く人なんだからしっかり食べないとダメですよ、て言ったら引き攣った笑いを返された。
そんなに多くは無かったはずなんだけどなあ。
隣町にある喫茶店の『チャンレジ!リアルお菓子の城!』っていう文字通りのお菓子で作ったお城だった。確かに少し大きかった気がするけど、美味しかったから食べてたらいつの間にか無くなってたんだよね。
もしかしたら、男の人だったから甘い物が得意じゃなかったのかもしれないね。
広い道場の片隅の三人で集まって、ボク達の方も稽古が始まる。
門下生の人達は既に自分達で稽古を始めている。最初から竹刀と振ったりするのかと思ったけど、まずは軽い準備運動をしている。
一方でボクらは、ボクと千夏のお祖父ちゃん、本人から言われたので総司さんと呼ぶ。
ボク達が少し離れて向かい合い、千夏は審判みたいに真ん中に立っている。
「さて、儂らもそろそろ始めるぞ」
その言葉で、総司さんの雰囲気が少し変わった気がした。
何となくだけど、そんな風に見えた。それでボクも身が引き締まる感じがした。
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門下生A「ありのままあの時おこった事を話すぜ!テーブルのあったはずのお菓子の城が数分目を離してるうちに消えていたんだ。何を言っているのか分からねーと思うが、俺もなにがあったのか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ……」
門下生B「実際どうだったの?」
門下生A「喫茶店の机が占領されるぐらいの大きさだった。俺はいまだに忘れねえ。アレを食べられた時の店長らしき男の涙を……」
門下生BCDEF「「「……」」」
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