第36話
「おはよう龍希!今日もちっちゃくて可愛いね~」
「おはよう千夏!ちっちゃいのは余計だよ!」
登校して早々の千夏の戯言を華麗にスルーして自分の席に座る。千夏の席はかなり離れているのだけど、前の席がまだ来ていないのでそこに座った。
ちらほらと来ている人もいるけど、朝練だったりゆっくり登校してくる勢もいるからまだまばらな感じだ。
「千夏は朝練どうしたの。いつもならこの時間は部活のはずでしょ?」
「ふふん、実はさぼってきちゃったの」
珍しいこともあるもんだ。千夏は朝に強いタイプなので、サボるどころか遅刻すらしたことが無い。それに加えて部活に打ち込んでいるので、放課後は真っ先に道場に行くぐらいだ。
「昨日の抱負で龍希『探索者になる』って言ってたでしょう。てことは試験に応募したんだよね?」
「うん、始まってすぐに応募したよ」
九月一日に発表されてその日に応募が開始されたけど、応募期間は凄く短くて五日までだった。眼鏡さんは人が集まりすぎると対応が追い付かないからじゃないかって言ってた。それでも一時期サーバーに負荷がかかり過ぎてフリーズしたらしいけど。
ボクが応募した後の話だったので、そうなんだぐらいにしか思わなかったけどね。
「それでさ、私も探索者に応募するって言ったでしょ?」
「う、うん……」
千夏にしては珍しく歯切れが悪いなあ。
「それでね、もし私も探索者になったら……一緒にパーティー組まない?」
「パーティー……?」
「そう!ゲームとかでも気の合う人達でパーティー組んで攻略したりするでしょ!?だから龍希さえよければダンジョンに行くときにパーティー組んでくれないかなって思ったんだけど……どうかな?」
確かにダンジョン、と言うかRPG系のゲームでパーティーを組んで行動するのはよくある事だ。ボクはオンラインゲームはあまりやらないけど、オフラインのやつだって旅のお供とか魔物とかパーティーを組むのはごく普通のことだ。
「それはまあ別にいいんだけど「いいの!言質とったからね!」――そりゃあボクだって千夏が一緒だったら心強いから。むしろコッチからお願いしたいぐらいだよ。と言うか、何かボクが試験に合格する前提で話してない?」
「えっ……逆に龍希は落ちると思ってるの?」
「そりゃあ、試験だもん。だっていつもの学校の試験だと半分より下に入るんだよ?」
「――いやいやいや!!絶対にない!間違いなく合格するって!」
「どうしてそんなに言い切れるのさ?」
ボクのそんな言葉を聞いた千夏は大きく溜息をついた。
その「何言ってんの?」みたいな顔で肩を竦めるのを止めて欲しい。ボクそんなに変な事を言ったかな?
「龍希~、それ本気で言ってるの?まったく……いい?世間が知っている柊龍希と言えば『世界で初めてダンジョンを攻略した人物』にして例の動画で『ドラゴンをぶっ飛ばしたウルトラガール』なんだよ?ワン◯ースで言うところのゴー◯ド・ロジャーぐらいの役どころなんだからね!」
ウルトラガールって、なんか昭和臭い表現な気がする。
それとこの前も言ったけどドラゴンじゃなくてワイバーンね。
「だから、探索者試験で柊龍希を不合格にするなんてあり得ないんだよ!」
「う~ん、いまいち納得いかないけどパーティーに関しては全然大丈夫だよ!ボクもちゃんとダンジョンに入って探索した事は無いから千夏も一緒だと嬉しいよ!」
「やったね!それじゃあ試験頑張ろうね!うん、何だか身体動かしたくなってきたよ。ちょっと今から朝練参加してくるね!また後で!」
そう言うと駆け足で教室を出て行ってしまった。
その様子に教室にいたみんなが何事かと千夏が出て行った扉の方に唖然とした視線を向けていた。
「……もうすぐホームルーム始まるんだけど」
先生が教室に入ってきて少し経ってから、出て行った時の元気が嘘のようにしょぼんとした様子の千夏が教室に戻ってきた。
先生に朝練もほどほどになんて言われてたけど、道場までの距離を考えれば行って帰って来ただけだっただろう。
今日は二学期の二日目だけど、三・四限目と続けて体育の授業がある。体育の授業は週に一日しかないので、今日のを終えてしまうと来週までない。
「今日から暫くは球技を中心に授業を行っていくぞ~。来月には体育祭もあるんだからしっかりと体を動かしておけよ」
「「「は~い」」」
「よし、じゃあ係の者は前に出てきて準備運動を始めろ!」
体育係の二人が前に立って準備運動を始めた。それにならってボクも体を解しながら、隣で同じように運動をしている千夏と小声で喋っていた。
「そういえば来月って体育祭があるんだよね。色々あってすっかり忘れてたよ」
「私も同じ。龍希はどの競技に出場するか決めてる?」
「う~ん、リレー系は足遅いからあんまり出たくないんだよね。やったとしても借り物とか障害物走とかが良いかも」
「そういえば、あの動画見たから忘れてたけど龍希って運動苦手だったよね。でも、動画でも凄くいい動きしてたじゃん。アレはどうやってたの?」
「スキルを使ったんだよ。でも体育祭でスキルを使う訳にもいかないでしょ?」
スキルを使えば運動神経はともかくとして、身体能力はぐっと上がる。だけど、みんなの前であまり使いたくないし、さすがにあんなの使ったらフェアじゃないもんね。
「それもそっか。確かにあんな動きされたらぶっちぎりの優勝になっちゃうよね」
「ぶっちぎりかどうかはともかくとして、そう言う事」
喋っている間に準備運動も終わって、それぞれの競技をする場所に向かう。体育は二クラス合同で行うので、かなり人数が多い。
うちの学校では男子と女子に分かれて別の競技をやるようにしている。人数とか単純に男女での身体能力とか色々あるんだろうね。
今日は男子がサッカーでグラウンド、女子はバレーボールで体育館に移動した。
ちなみに準備運動をしていたのは体育館なので、移動したのは男子だけなんだけどね。
まずは二人組でパスの出し合いの練習から始めるので、もちろんボクは千夏と組んで早速練習を始めた。
「スキルと言えばさ、千夏はどんなスキルだったの?ダンジョンに行きたいって事は、やっぱり戦闘系のスキル?」
「私のは<剣聖>ってスキルだったよ。一応エクストラスキルだったよ」
エクストラと言えば持っている人が凄く少ないって前に日高さんから聞いた事がある。うちの妹達も持っていたけど、まさかこんな身近でもう一人いるとは思わなかった。
実はエクストラって言うほど少なくなかったりするんだろうか?
「でも、私的には微妙なんだよね」
「すっごく強そうなスキルっぽいけど、どうして?」
「何というか、あのスキルを使うと剣の腕が上がるんだよ。でもそれって普段の自分の動きとはまた違くて、他人に身体を動かされているみたいな?」
「分かるようで、分からないような……」
「まあ完全に感覚の話だからね。とにかくそのせいで違和感が凄いんだよ。もちろんその動きから学ぶことも沢山あるからいいんだけど、実践で使えるかって聞かれると私的には微妙なんだよね~」
二人羽織みたいな感じなのかな?
自分の身体なのに別の人が体を動かしているって言ったら、それぐらいしか思いつかない。というか、いまいちイメージしにくいかな。
「多分私が剣に対してある程度の造詣があるせいだと思うんだけどね。多素人の人とか、剣を振ったことが無い人からすれば相性が良いスキルだと思う」
「なるほどね~、スキルって人によってそんなに違うんだね」
「龍希のは動画で見た限りだと、身体能力を爆上げする系なの?」
「そうだよ。ついでに傷とかの治りも早くなる系でもある」
自分限定だけどね。周りに回復は完全にスライムちゃんにお任せだ。
「ああ~そういうのもいいな~。スキルって他に手に入らないのかな?」
ここは眼鏡さんに聞いてみるのが一番だね。
という訳で眼鏡さん、スキルを後か手に入れる事って出来るの?
『もちろん可能です。ダンジョンで手に入るアイテムの中にそのような効果をもつものが存在します。ゲーム風に言うとスキルスクロールと言ったところですね』
なるほど、早速千夏に教えようと思ったけど口に出しかけて思いとどまる。
もし今聞いた事を千夏に話したとして、どうやって知ったのかって聞かれたら答えに困る。眼鏡さんの事やスライムちゃんの事はなるべく話さないようにって言われているからだ。
「もしかしたらあるかもしれないね。ボクも見たことが無いけど、もし見つかったら千夏にも教えるから!」
「ありがとう龍希!その時はお願いね!」
会話もそこそこにパス練習を終えて、数人で集まって試合形式でチーム戦をやる事になった。
ボクのチームは千夏と他三人の合計六人チームで相手のチームも同じ人数だった。
最初はボクのサーブから試合が始まる。
高く放り投げたバレーボールを掌で強く叩く。放物線を描いて飛んでいったボールは相手チームの床に強く突き刺さった。
おおぉ~……
試合を見ていたみんなからどよめきが起こる。
自分でも今のサーブは想像以上にうまくいったので、びっくりしつつ手のひらを見る。すると千夏や他のチームメイトがやってきてハイタッチを要求してきたので、それに応える。
「凄いじゃん龍希!部活の先輩でもあんなに上手く決まらないよ!」
「もうサーブは龍希にお願いしちゃおっか!」
とりあえずサーブは交代制なのでもちろん別の人に打ってもらった。
そうして試合も進んでいき、最終的には負けてしまった。
試合も終わり水分補給をしながら次のチームの試合を眺める。
そしてさっきの試合で感じた事を眼鏡さんに質問する。もちろん周りに聞こえない様に頭の中で訊ねる。
――眼鏡さん、さっきの試合なんだけどさ。なんか身体がいつもより軽く感じたんだけどもしかして無意識にスキル使っちゃったのかな?
そうなのだ。最初のサーブといい、床に落ちそうになったボールを追い駆けた時といい妙に身体が軽く感じられたのだ。
それでひょっとしたらと思って心配になって眼鏡さんに聞いてみた。
『安心してください。スキルの発動は確認できませんでした。先程のは間違いなくマスターの素の身体能力ですよ』
――でも、明らかにボクの知っているボクじゃなかったと思うんだけど?
『それが示すところは、マスターの身体能力の底が上昇したという事ですね』
――確かに魔物と戦ったりはしたけどそんなにすぐに鍛えられるものなの?
『レベルの事をお忘れですか?マスターのレベルは世界で見てもぶっちぎりのトップです』
ああ、そっかレベルが上がると鍛えた分だけ強くなるんだっけ。
『その通りです。以前から少しづつですが力の上昇を確認していましたが、今回こうして本人が違和感として感じ取れるぐらいまでに成長したのですよ。本来なら体を鍛えたぐらいで違和感があるほどの上昇は見込めませんが、マスターはレベルがレベルですからね』
つまり成長が早くて急に身体が軽くなったように感じたってことか。そういえば最近妙に体の調子が良いと思ってたんだけど、こういう競技みたいな形で試す機会が無かったから分かりにくかったんだ。
でもこうして見ると、ちゃんとトレーニングの成果が出ているのが実感できた。
「龍希!さっき凄かったじゃん!さすがはドラゴンスレイヤー!」
「そのあだ名絶対に広めないでよね!?」
「ええ、かっこいいのに?」
カッコいいのは分かるけど、いざ自分がそう呼ばれると……何だか、こう、凄くこそばゆいと言うか微妙な感覚があるというか。
とにかく自分がそう呼ばれるのは勘弁して欲しい。
あと、そのうちあの時倒したのはドラゴンじゃなくてワイバーンだったって訂正したい所だ。でもドラゴンは知らないけど、ワイバーンの見た目とか完全にドラゴンだよね。ボクだって眼鏡さんの鑑定機能が無かったら、見分けがつくかどうかだもん。
「でも、本当にびっくりしたよ。あれってスキルは使ってないんだよね?」
「うん、レベルが上がったのと夏休みの間にコツコツ鍛えたからお陰かな。走ったり、ほら最近ゲームしながら運動が出来るソフトとか沢山あるじゃん?あれやってっみたんだ~」
ちょっと前に話題になったスウ◯ッチのリングフィットア◯ベンチャーを買ってみたのだ。
あれ、実際にやってみると結構効くよね。もう最初の時とか腹筋とか太ももとか次の日酷いことになってたもん。
「そっか、ついに龍希も体を鍛える喜びを知ったんだね。ちなみに今うちの道場で、無料でトレーニングが体験できるコースキャンペーンやってるんだけど、やってみない!?」
「う~ん……今度話聞きに行きたい」
ダンジョンに行くって決めたんだから、出来る事はやっておきたい。それに友達の家族がやっている道場なら行きやすいし、探索者試験の前にきちんとした体の動かし方を習っておきたい。
「それじゃあ早い方がいいよね。次の土曜日なんてどうかな?休日なら話を聞いた後に受ける気があるならそのまま見学とか体験もしていく事も出来るし」
「うん、その日なら予定も無いから大丈夫だよ!ああでも、千夏の家ってどこにあるの?」
「そっか龍希は来た事無かったんだっけ、それじゃあ私が龍希の家に迎えに行くよ。私は龍希の家で遊んだことあるから場所も覚えてるし。何時ごろがいい?ああ、家は朝からでも全然いいよ!」
いや、朝からはさすがに迷惑だと思うし、そんなに早くに起きる自信が無いので遠慮しておく。
「それじゃあ……お昼前ちょっと前ぐらいがいいかな。お昼ご飯は道場で食べても大丈夫?途中で買っていくつもりなんだけど」
「それなら家で食べちゃいなよ!どうせ道場の門下生の分も作るから龍希一人増えた所で問題無いし!」
「ほんとに!?それじゃあご馳走になっちゃおうかな!」
そんな感じで週末の日程が決まった。
そんな話をしている内にコートが開いたので、またボク達のチームに試合の順番が回ってくる。さっきはちょっとした違和感を掴むので精一杯だったけど、今度は絶対に勝つぞ!
そう思って臨んだ二試合目だったけど、接戦まで持ち込んで負けてしまった。千夏や他のチームメイトが凄く頑張っていた。
――ボクはって?
確かに力はついたんだけど、それイコール運動が得意になるという事じゃない。
マッチョなのに裁縫が得意な人とかいるじゃん。そんな感じでボクも例外に漏れず、結局運動は苦手という事で落ち着いた。
最初の一発目のサーブは力加減もコントロールも奇跡的な確率のまぐれだったらしい。
うん、とりあえず千夏の道場で習ったら運動神経が改善するかどうか聞いてみよう。
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