第35話

 学校帰りの寄り道は学生のうちの特権だと思う。買い食いしてお喋りしながら帰ったり、カフェとかファミレスでおやつを食べたり。部活帰りにラーメン屋によってチャーシュートッピングで半チャーハンと餃子のセットを食べたり。


「いや、龍希は部活入ってないじゃん。それに考えてる事が食べることばっかりなんだけど?」


「……はっ!?」


 始業式も終わり午前中登校となった放課後なので、まだお昼にはちょっと早い。

だけど考えてみて欲しい。朝食をしっかり食べたとしても二時限目の始まりぐらいには既にお腹が空き始めているのだ。それを菓子パンやスナックを食べて何とか繋ぎつつお昼を迎える。

しかし今日は油断してお菓子を持ってくるのを忘れてしまった。今朝千夏から貰ったチョコ菓子以外何も食べていないのだ。


 これでお腹が空くなという方が無理である。


「もっともらしい言い訳してるけど、休み時間も絶え間なく食べ続けてるのは龍希だけだよ。女子高生の一般的な意見みたいに言わないでね」


「そんな事はどうでもいいの!ほら、早くお昼食べに行こう!」


「なんでそんなに食べてるのに小さいままなのか。ある意味人間の神秘を垣間見てる気がする……」


「……?」


 食べても大きくなんてならないよ?

 身長も胸も結局は遺伝なんだよ。でもお父さんもお母さんもさほど身長は低くないし、お母さんはお胸だって小さくない。水月や朝陽だって中学生としてはむしろ高いぐらいで、朝陽に至ってはクラスの女子で一番背が高かったりする。


 あれ、じゃあボクの遺伝子はどこからやってきたんだ?

 こんな負の遺産を残したのは一体どこのご先祖様なのか。もしタイムマシンがあったら一言文句を言いに行きたい。そして牛乳をたっぷり飲ませて意地でも成長を促してやる。


「ほ~ら龍希。ダークサイドに落ちかけてるぞ~?戻ってこい。お昼食べに行くんでしょう」


「そ、そうだった。何食べていく?ボクは何でもいいよ。ステーキでも丼系でも食べ放題系でもどこでもいいよ!」


「うん、そこまでがっつり食べる気はないかな。学校から商店街に行く途中にあるカフェにしようよ。最近新作のスイーツが出来たって話だから行ってみない?」


「新作スイーツ……よし、行こう!」


 教室の残っていた人達に挨拶をしてから後にする。

 お弁当を持ってきていた人は午後から部活があるのか、それとも午前だけって事を知らなかったのかどっちだろう。明日それとなく聞いてみよう。ボクとしては後者だと思うんだけどね。


 学校を出て商店街の方に歩いていく。ここからだとそんなに遠くもないので、十分も歩けばつくはずだ。

 道中は千夏と夏休みの間の話をした。と言っても千夏の質問にボクが答えていく感じになっているけど。向こうの話は最初に修行で山に行っていたと言われてそれっきりだ。


 むしろそっちの方が気になるよね! 

 女子高生が山籠もりって、それって本当に現実にある話なんだ!?隣にその体験者がいることにもっとびっくりだよ。というかだから夏休みの最初の方は連絡が取れなかったのか。


「やっぱりダンジョンを攻略したのは龍希だったんだ。まあ名前からして間違いないとは思ってたけどね。それに加えてこの間のドラゴン討伐といい、龍希の夏休み濃すぎるでしょ!」


「改めて聞いて自分でもそう思うよ。あとドラゴンじゃなくてワイバーンね。ドラゴンよりもずっと弱いらしいよ」


「げっ、あれであれよりも強い魔物がいるの?さすがに今は手が出せないわね~。そういえばレベルアップすると身体能力って上がったりするの?私のスキルそういう系じゃないからあれクラスと戦うとなると相当難しいんよね」


「う~ん……どうなんだろう?」


 ビッグスライム戦、ワイバーン戦を経てボクのレベルはかなり上がっている。だけど日常生活で力が強くなったとか脚が早くなったとかは実感していない。体力が付いたのは普通に走ったからだろうし、少し筋肉が付いた気がするのそれが理由だと思う。


 だったらレベルが上がる意味ってなんだろう?

 眼鏡さんなら分かるかな?


『レベルが上がる事で得られるメリットは大きいものから小さいものまで色々とありますが、最たるものは身体の適応性の上昇でしょうか』


 適応性の上昇……?


『はい。例えば魔力であれば、レベルが上がれば扱うことの出来る魔力量、そしてその操作力が自然と増していきます。その為同じスキルのレベルでも自身のレベルが高い方が威力や調整が出来るようになります。スキルでも同様の傾向がありますね。そして身体能力が上昇するかと言われると、それは否です。レベルを上げてきちんと体を鍛えれば、それに応じてどんどん身体は適応していきます』


 それって走る練習ばかりすれば滅茶苦茶足が速くなって、筋トレばかりすれ怪力になれるって事でいいの?


『その認識であっていますよ』


 でもそれって普通じゃない?

 だって入る練習をすればタイムは上がるし、筋トレすれば筋肉が付くんだから力も上がる。これって別にレベルが無くてもいつも通りの事じゃん。


『上昇幅が段違いなんですよ。それに筋トレをしても筋肉をつけたくないと思えば、見た目はそのままに筋力が上がります。逆にマッチョになりと思って練習すればバキバキに筋肉がついていきます。つまりは成長に対するブーストみたいなものですね』


 筋肉が付かないのに筋力が上がるとはこれいかに?

 いや、スキルとか魔法とかステータスがある世界になったんだ。もはやこれぐらいの不思議な事が起こってもそれこそ不思議じゃない。


「龍希……?どうかした?」


「え、ああ、いやちょっと考えてただけだよ。ええっと、トレーニングの効率が上がる感じかな?同じトレーニング量でもレベルが上がった方が効率よく能力が上がるみたいな感じかな?」


「ふむふむ……なるほど。つまり素でこの前の龍希みたいな動きが出来るようになるかは鍛え方次第ってことだよね」


「そうじゃなくても魔法で身体強化したり、ダンジョンでもスキルが手に入るみたいだからそれで補うっていう手もあるけどね。実際ボクの身体能力だってスキルだよりだし」


「い、今魔法って言った!?身体強化の魔法って言ったよね!?」


「あっ……」


 前に斎藤さんと日高さんに魔法について話した事があった。 

 その時に、この話はかなり重要な話だから国からの発表するまであまり外で言わない様にって言われたんだった。


「ええと、今の話は無かったことに……」


「でも魔法なんて言葉を聞いたら落ち着いていられないよ!」


「う~ん……それじゃあまた今度話そう?さすがにここじゃ無理だし、偉い人に口止めされてるから!」


「……それなら仕方ないか。でも言えるようになったらちゃんと話してね!」


「それはもちろん!むしろ一緒に練習しよう!」


 これは将来的に千夏に魔法を教えることになるかもしれない。

 となれば、ちゃんと練習しておかないといけない。サイコキネシスはどうにか安定して浮かせる事が出来るようになってきて、もう少しで浮いたまま動かせる気がするんだ。


『身体強化魔法なら今すぐにでも見せる事が出来るじゃないですか。それにサイコキネシスよりも遥かに扱えてますし』


 だってアレ地味じゃん。魔法って言ったらもっとこう、ザ魔法って感じのやつじゃないと。身体強化はスキルでやってる事と変わらないし、後怪力っぽく見えるのが微妙にヤダ。


『……まあでもそっちの練習もキチンとするんですよ。役に立つ時が来るかもしれないんですから』


 分かってるよ。ちゃんとサイコキネシスと合わせて毎日やってるでしょ。

 

 それから少し歩いてカフェに目的に到着した。


 新作のスイーツは何と季節のフルーツを使ったタルトだった。ぶどうがふんだんに使われていて、黒と緑と赤が綺麗なグラデーションになっていて目で見ても楽しかった。

 生地はしっとりしていて、ぶどうの酸味がクリームの甘みを上手く引き立てていた。


つまり、とても美味しかったです。


 それから暫くお喋りをしてからお店を後にした。

 千夏はこれから道場で練習があるそうなので、お店の前でお別れした。ボクは当初の目的であるお菓子を買うために商店街の近くにあるスーパーに寄ってから帰った。

 

「ただいま~!」


 玄関で声を掛けてみたけど、返事が返ってこない。

 お母さんは出かける予定は無いって言っていたからいると思ったんだけど、もしかして出掛けてるのかもしれない。

 とりあえずリビングに行ってみると、テーブルの上にメモ書きが置かれていた。


 どうやら買い物に行ったらしい。うちでよく使っているのはさっき行ったスーパーなので入れ違いになったのかもしれない。部屋がまだ涼しいからついさっき出掛けたのみたい。


「さて、どうするかな。あ、そういえばスライムちゃんは何処にいるんだろう?」


 とりあえず荷物を置くのと着替えをするためにメモ書きを置き直して自分の部屋に向かう。


「ただいま~。スライムちゃんいる~?」


「……(おかえりなさい、龍希)」


「あ、やっぱり部屋にいたんだ。何してたの?」


「……(これと言っては特に何もしてないわよ。魔法の練習とか漫画読んだりとか。ちょうど暇してた所よ)」


「そうなんだ。これお土産のお菓子ね。結構おいしかったから食べてみて!」


 スライムちゃんが食べている間に手洗いとうがいを済ませて部屋に戻ってくる。


「……(学校はどうだった?やっぱりかなり騒がれたりしたの?)」


「ううん、それほどでもなかったよ。視線とかはすごく感じたけど、話しかけてくるとか近づいてくる人も友達ぐらいだったし」


「……(あら、意外ね。空港に到着した海外スターばりに騒がれるんじゃないかと思ったけど)」


「ああ……うん、無くも無かったかな」


『アレのインパクトは凄まじいものがありましたね。スライムちゃんも今度来てみるといいですよ。あのクラスなら魔物の一匹や二匹教室でエンカウントした所でペット二号として可愛がってくれると思います』


 否定したかったけど、微妙に否定できなかった。化け物みたいな魔物ならともかくスライムちゃんならそれもあり得るかもしれない。

 それとペット二号って事は一号がいるんだよね?誰の事を言っているのかな?


「……(それは是非いってみたいけど、それは難しいんじゃないの?そもそも魔物が外を歩いているだけで大問題でしょう)」


『今はそうですが、それが将来的に変わらないとは限りません。以前テイム系のスキルの話を聞いた事があるでしょう?そう言ったスキルがあるという事はいずれ魔物をペット感覚で連れ歩けるような世界になるかもしれないじゃないですか。諦めたらそこで試合終了ですよ?』


「……(まあ、将来に期待ってところね。あ、今のセリフで有名な漫画も読んでみたいんだけど本棚にないのよ。今度本屋さん行きましょう、本屋さん!他にも色々欲しい漫画があるのよね!)」


 スライムちゃんはすっかり文学作品に嵌ったらしく、家じゅうにある本を読み漁っている。それぐらいしかする事が無いともいえるけど。何か暇つぶしと言うか、趣味でも出来ればいいかなと思ってたんだけどさほど心配もいらなかった。


「う~ん、それなら電子辞書でも買おうか?あれなら本屋さんに買いに行かなくてもすぐに読めるよ?」


「……(何それ?)」


『マスターのスマホが一回り大きくなったような端末の事ですね。その中にデータとして何百冊もの本を入れておく事が出来、充電がある限り好きな時に読み、ネットが繋がるなら何時でも新しい本を購入できる便利な道具です』


「……(……ちょっと悩むわね。でもそれって高いんじゃないの?)」


「それなら大丈夫だよ!この前のアイテムとかを自衛隊に売ったお金があるから。前に電気屋さんで見たけど、それほど高くないのもあったし。それにそんな事で遠慮しなくてもいいんだよ?スライムちゃんには色々相談に乗ってもらってるし、助けても貰ってるんだから!」


「……(ま、まあ龍希がいいっていうなら……いやでも実際に本をめくる感覚にも捨てがたいものが――)」


 なんか読書する人の上級者みたいな事を言っている。


「まあ考えといてよ。とりあえず本屋さんには明日学校から帰ってきたら一緒に行こうか。鞄に入ってれば滅多な事が無い限り見つからないだろうし、外に出ても大丈夫でしょ」


「……(分かったわ、それじゃあよろしくお願いね。それとでんししょせきのほう考えておくわ。ありがとう)」


 それにしても電気屋さんか……ダンジョンに行くとしたら何か必要なものがあるかな?

 明かりとかカセットコンロとかはあったほうがいいかな。お腹空いた時に水をスライムちゃんに出して貰えばレトルト系が作れるもんね。 

 ああでも、そういうのは電気屋さんよりもホームセンターとかの方がありそうかも。

 電気屋さんで買うとしたら他には、カメラとかモバイルバッテリーとか?


「眼鏡さん、ダンジョンに行ったとして日程ってどうなるかな?日帰りで帰って来れるかな?それとも二、三日かかるかな?」


『それはマスター次第でしょう。そこまで進むのか、何を目的としているのか。行動日程というのはそれらを総合的に見ると自然と決まるものです。突然そんな事を聞いてどうしたんですか?』


「うん。ほら、ボクがダンジョンに巻き込まれた時って着の身着のままだったでしょ?だからちゃんと準備していくとしたらどんなものが必要なのかなって思ってさ。ちょうど電気屋さんの話をしたから何かないかなって思ったの」


『なるほど……少々お待ちください――』


 すると眼鏡さんのレンズに画面が表示された。

 それはよく見る大手のネットスーパーのホームページだった。色々な商品が載っているが、眼鏡さんの操作でどんどん検索が進んでいく。


『どんな日程になるにしても、持っておくべきものはあります。万が一遭難した時に備えての非常食ですとか、怪我をした時に応急処置が出来るものとかう予備の武器ですとか……ですがマスターの場合は食料さえ与えておけば怪我はしませんし戦闘能力も維持できます。武器にいたっては地上にあるものよりも遥かに高性能なものを万単位で所持してますから必要ありません』


「言われてみればそうだけど……じゃ、じゃあ何か持っていくものって無いの?」


『そうではありません。その人によって持っていくべきものは変わるという事です。そもそも私がいる限り収納も使う事が出来るので、マスターに荷物を持たせるという負担を負わせることは一切ありません』


「おお~……でもさ、そうじゃないんだよね。なんか、こう使えそうなものを詰め込んでパンパンになったリュックを背負うとかね。やっぱりそういう雰囲気が大事なんじゃないかなって思うんだ!」


『……まあ、万が一にも私とマスターが別行動になるという可能性が無いわけではありません。最低限は荷物を持っておくべきでしょう。それはそれとして、ダンジョンに持っていくべきものの話でしたよね?』


「そうだったね。それでさっきから何を探してるの?」


『一般的なアウトドア商品、所謂キャンプ用品ですね。泊まりがけになるならテントなどが必要ですし、それにダンジョンには食料となる魔物はいますが調理器具がありません。私も正しいダンジョン探索なんて分かりませんから、これを見ながら少し考えてみましょう』


「おお、さすが眼鏡さん!」


 まだまだ九月が始まったばかりで実際にダンジョンに入るのはずっと先のことになると思うけど、こういう事を考えるとワクワクしてくるよね。

 途中からスライムちゃんも参加して色々と考えた。いつの間にか帰っていたお母さんが夕飯の時間になって呼びにくるまで夢中で話し合ってしまった。

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