第34話

 ダンジョン――


 漫画やゲームの中にしか存在しなかったはずのそれは、既に空想のものではなくなった。それの意味するところは、この世界にダンジョンが出現したということ。


 もしそれ以前の自分に十六歳の夏休みのダンジョンが現れるなんて言えたとしても信じる事は絶対に無かったと思う。それが未来の自分の言葉だとしてもね。

 それはボクだけじゃなくて世界中の誰もがそうだったと思う。

 それだけダンジョンという存在は現実味の無いものだったのだ。


 しかしそれが現実なのだ。現にボクはダンジョンにも行ったことがあるし、魔物とも戦ったことがある。両方とも事故みたいなものだったけど、お陰で新しい友達も出来た。人間じゃないし、偶にお姉さんみたいに感じることもあるけど今では大切な友達だ。

 家族って言ったらちょっと臭いかな?


 そんな訳でダンジョンのある世界でボク達はこれから生きて行かなくちゃいけない。

 

 もちろん世界には沢山の影響があった。その中でも最近一番注目されたのが、先日発表された『ダンジョンの一般開放』のニュースだった。これは日本だけじゃなくて複数の国で同時に発表された、有名どころだと、アメリカとロシアと中国、後はヨーロッパの方でフランスとイタリアかな。他にもいくつかあったけど聞き馴染みのない国名だったから覚えてない。


 日本では発表があった日には大いに騒がれた。前日に政府から重要が発表があると言われて、次の日のその時間にはテレビの前に家族みんなで待機していたほどだ。どこの家も同じような感じだったと思うよ。

 そしてその発表があったという事は、人生で一番長く感じた夏休みの終わりを告げていた。





 九月七日、今日は始業式。学校の二学期が始まる日だ。今年は色々あったけど学校な普通に再開されることになった一安心したことを思い出す。


「それじゃあ行ってくるね~!」


「いってらっしゃーい。気を付けて行くのよ。知らない人の声を掛けれても付いていっちゃだめよ。あと何かあったらすぐに家に連絡すること。それから――」


「いや、もう高校生だからね!?そこまで心配しなくても大丈夫だって!?」


 退院してから今日まで変な人や危ない人と出会ったことは無いけど、どうにもお母さんが過保護気味になっている様な気がしてならない。ボクだって十六歳で高校生で二人の妹のお姉ちゃんなんだから大丈夫だって言ってるのに!


「じゃあ今度こそ行ってくるから!今日は授業は無いはずだから、午前中には帰ってくるね。お昼ご飯は……もしかしたら食べてくるかもしれないからその時は連絡するから」


「分かったわ。行ってらっしゃい」


 水月と朝陽も今日が学校初日だけど部活の朝練があるらしく、とっくに出掛けてしまった。まさか今日ですら練習があるとはなかなか気合いの入った部活である。中学時代に入らなくて良かったと今更ながら思うよ。


 学校は歩いて二十分ぐらいの距離にある。少しぐらい寝坊しても十分に間に合う距離なので滅茶苦茶助かっている。ちなみに中学校にも同じぐらいの時間で到着する。

 お父さん、お母さん。ここに家を建ててくれて本当にありがとう!


「それにしても、何か妙に視線が集まっている気がしなくもないような?」


『そりゃあこの間の出来事といいランキングの件といい、マスターの名は売れまくっていますからね。大量入荷で大安売りされるぐらいには売れていますから注目が集まるのは仕方がないでしょう』


「その例え地味に嫌なんだけど……」


 学校が近くなってくるとボクと同じ制服を着ている生徒が増えてくる。うちの学校の制服はブレザーなのだ。中学時代はセーラー服だった。女子の制服は結構可愛い感じなのでそれ目当てで入ってくる生徒がいるとかいないとか。


「というか今更だけど眼鏡かけてるの変じゃないかな?」


『本当に今更の話ですね。昨日も散々悩んだ挙句、自分でつけていくって決めたんじゃないですか。夏休み開けたら急に眼鏡をかけてきた友達がいたところでそこまで気にしませんよ。まあでも眼鏡を馬鹿にしてくる奴がいれば……その眼鏡の素晴らしさを叩き込んでやりますが』


「何する気か分からないけど絶対にやめてよね!?うちのクラスにはそんな人いないはずだから!?」


 眼鏡さんと、と言うか眼鏡をかける事自体にも最近はすっかり慣れてしまった。


 そんな会話をしながら通学路を歩いていると、突然後ろから何かに抱き着かれる。


「ふぁ!?」


「そんなに驚かなくてもいいでしょ?やっぱり龍希はちっちゃくて可愛いな~」


「ち、千夏!?急に驚かさないでよ!?」


 声のした方の視線を向けると、そこには見覚えのあるポニーテルが一本視界に入ってきた。もうちょっと首を捻って後ろを向くと、こっちが文句を言っているのに悪びれる様子もないニコニコ笑顔が見えた。


「ごめんごめん。だって行く先に見覚えのある龍希が見えたから思わずね?」


「もう言っても無駄だと思うけどあえて言うよ。抱き着くより先に言葉で存在を知らせて!心臓が止まる!」


「もうやられるって分かってるんだからいい加減慣れなよ。もしくは背後から近づく存在を察知できるようになればいいんじゃない?」


「怖い映画は結末を知っていても怖いでしょ!?それにボクはそんな達人技は使えないの!」


 無駄だとは思ったけどやっぱり無駄だったか。その上ボクの方に驚かないことを求めてきたよコイツ。いい加減ガツンと言った方がいいかもしれない。


「もう背後から抱き着くの禁「ほら、新発売のお菓子持ってきたから機嫌直してって!」――今日だけだから!」


 渡されたのは丁度ダンジョンが現れる前ぐらいにCMで宣伝していたチョコレート菓子の新商品だった。いつもはキノコとタケノコの二種類しかないんだけど、新しく加わったワカメ。第三勢力がまさかの海の食材な上になんでそのチョイスなのか分からないワカメだ。まあキノコとタケノコな理由も知らないんだけど。

 ワカメを模したパイ生地の表面をチョコレートでコーティングした新勢力。しかも今回はそれの期間限定抹茶味である。

 商品名は『ワカメの浜:抹茶チョコレート』だ。


 チェックはしていたんだけど、色々と騒ぎが起こってしまったせいで買うのを忘れてしまったあのお菓子だった。


 袋を開ければいつものデフォルメされたちっちゃいワカメが抹茶を使っている事で緑色に染まっている。しかも明るい緑ではなくまさに海藻の黒に近い緑だ。絶対に狙っているとしか思えない見た目だけど、これぐらいの方が面白い。


 一粒食べてみると、ちょっと濃いめの抹茶味が口に広がりパイ生地のサクサク感が食べているって感じにさせる。


「……もしかしたら今期の覇権は大盤狂わせが起こるかもしれない」


「そういうチョロい所も可愛いよ!ほら、食べながらでいいから学校行こうか!」


 千夏が何か言っているけど今は味に集中したいのだ。

構っている暇は無い。この抹茶はもう少しマイルドにした方が子どもにはいいと思うけど、これはこれで大人受けもいいと思うしあえて改善する必要は無いのかもしれない。いやでもお菓子の子どもの消費は消して馬鹿に出来ないもので――


 ちょうど一袋食べ終わる頃には、いつの間にか学校に到着していた。

 不思議な事もあるものだが、まあ別にいいか。それよりも帰りに他の種類も併せてもう一袋買っていこう。帰ったら贅沢に食べ比べをするのだ。

 お金ならちょっと前に臨時収入があったので問題は無いのだ!むしろ店中のお菓子を買い占めてやろうか!


『マスター、学校に着きましたのでそろそろ現実に戻ってきてください』


「?……あれ、今度は教室の前にいる。どうして?」


「どうしても何もあたしが押してきたんだけどね。ほら、ちゃっちゃと教室入るよこの後はすぐに始業式なんだから」


 先に入った千夏に続いて教室の中に入る。直前まで話し声が絶えなかった教室だけど、ボクの姿を見た途端に一斉に静まりかえる。


「ほらほら龍希、朝の挨拶をしないと!」


「えっ、ええっと……みんな、おはよう?」


 ――……(ノ・ω・)ノオオオォォォ


 次の瞬間、謎の歓声が上がった。


「な、何事!?どうして朝からテンション高いの!?」


「そりゃあ我がクラスのマスコットに久しぶりに会ったんだもの。これぐらいの反応にはなるよね」


「ならぬ!これは空港で芸能人が現れた時ぐらいしか見ない反応だよ!あと、マスコット扱いは止めてっていったよね!?と言うか人が集まってくるからそろそろ静かにしようか!!?」


 夏休み明け前日……クラスや学校のみんなはこれまで通り接してくれるだろうか。もしよそよそしい態度を取られちゃったらどうしよう。あのワイバーンと戦う動画を見た事があるけど、自分でも人間を止めている動きだと思った。映画で見るような正義のスーパーマンか、それとも暴れまわる緑の怪物か。


みんなの目にはどう映っただろうか?


 学校の再開を目前にしてそんな考えが胸をよぎったのだ。

 そしてその答えが目の前の光景だった。


「龍希の活躍テレビで見たよ~?まさか夏休みの間にあんなことになるとは欠片も想像していなかったけど、凄かったね!」


 千夏のその言葉の他にクラスメイトからも「かっこよかった!」「凄かった!」「可愛かった!」「付き合って!」などなど声が聞こえてきた。


「最後の奴あとで校舎裏だから覚悟しておくこと!まあとにかく元気そうで良かったよ。二学期もよろしくね!」


「……うん。みんなも二学期よろしくね!」


 朝から大騒ぎになってしまったけど別に悪くはない気分だった。

 だからボクの目から出ているのはこの熱気にやられて出てきた汗なのだ。汗だと言ったら汗なのだ。断じて涙なんかじゃない!





 全員のテンションが多少の落ち着きを見せ始めてから、体育館に移動して始まった始業式。いつも通り生徒代表のあいさつとか諸々の連絡とか校長先生のお話があった。

 特に校長先生の話では、少しだけダンジョンに触れていた。内容はやっぱり先日発表されたダンジョンの一般開放についてだ。


「一般開放の年齢制限は十六歳と発表されました。皆さんの大半はこの制限にかかることなくこれに応募する事が出来るでしょう」


 するとこそこそっという話声で、あちこちからその事について相談するような声が聞こえてきた。その多くは応募したいという考えが多いように感じる。


「当校ではこれを禁止する事はしません。しかし応募する事はしっかりと考えてから行う事を強く願います。友達がやるからではなく、しっかりと自分で考える事を。自分だけの考えではなく両親や信頼できる人に相談する事を忘れないでください」


 それから空気を変えるように校長先生なりのジョーク話を挟んで始業式は終了した。どんな話だったのかについては校長先生の名誉のために言わないでおく。

 一つ言うとしたら、ジェネレーションギャップだろうか。一部高齢の先生方は爆笑していたけど比較的若い先生は無の表情をしていた。

 話を終えた後の校長先生の満足げな表情が印象的だった。


 始業式を終えて自分たちの教室に戻ってくる。この後は明日以降の予定表が配られたりそれを見ながら確認したりする時間だ。

 みんなが席に着いたぐらいに先生が教室に入ってくる。ボク達のクラスの担任は数学の先生で、白髪と白髭が特徴のおじいちゃん先生だ。


 予定の確認もそれほど時間が掛かるものでもない。二学期の時間割が配られて明日からはその日程に沿った授業が始まるとか簡単な連絡をする程度だ。

 先生のゆっくりな口調でも三十分とかからずに終わってしまった。


「では、連絡事項はこれで終わりです。最後に恒例の今学期の抱負を一人ずつ発表して終わりにしましょう。では出席番号一番の愛内さんからその場で起立してお願いしますね」


 この先生は自分のクラスだと学期はじめに必ずこれをやっているらしい。一学期の時もやったのでみんなまたかと思いながらも、順番に発表していく。

 やっぱりダンジョンの影響なのか、勉強や部活の他に探索者になりたいという声がちらほらと見受けられた。先生は少し難しそうな顔をしていたけど拍手をしてくれた。


 そして千夏の順番が来た。千夏の苗字は『鏡』なので順番で言うとかなり早いほうだ。 

 何を言うのかなと思いながら千夏の抱負を聞く。


「私はとりあえず冬にある剣道の大会で優勝する事が目標です。それともう一つ、もっと強くなるために探索者の試験を受けて探索者になりたいです。そしてダンジョンに入って魔物と戦いたいです」

 

 千夏の家は剣道の道場をしていてその影響なのか部活は剣道部に入っている。中学生の頃は全国大会で優勝した事もあるぐらい凄く強い。試合を見に行った事もあるけど、みんな動きが早くて強そうだったけど千夏がその中でも頭一つ抜けていた印象だ。

 

 まあ要するに、あの道場の人達ならそんな理由で魔物と戦いたいと思っても不思議ではないと言う事だ。全くもって千夏らしい抱負だと思ったくらいだ。


 これまでの人と同様に拍手が起こってから自分の席に戻って行く。帰り際にボクの方に向かってウィンクをしてきたけど、何の合図だったんだろう?後で聞いてみるとしよう。


 次の人達の話を聞きながら自分の番で言う事を考える。

 抱負と言っても部活には入っていないし、勉強にもこれといって気合いを入れる気にもなれない。


 部活に入っていないのは、一学期中に入りたい部活が決まらなかったからだ。

 千夏に誘われて剣道部の部活見学に行ったり、他の部活の見学にも行った。だけど、どれもこれもピンと来なくて結局迷っているうちに一学期が終わってしまったのだ。

 いっその事オカルト研究部にでも入ってやろうかと思ったけど、なんか雰囲気が怪しかったのでギリギリで踏みとどまった。

 時々部室から唸り声のような音が聞こえてくるというのは、入学してすぐに知ったこの学校の七不思議の一つだったりしなかったり。


 そんな事を考えているうちにボクの順番が回ってきた。

 教卓の前に立って一つ深呼吸。こんな感じでみんなの前で話したりするのはあんまり得意じゃないんだよ。


「えっと、ボクの二学期の目標はテストを頑張る事と……探索者になる事です。それでダンジョンに行って、魔物を倒して、美味しいドロップアイテムを見つけたいです」


 とりあえず思いついた事を適当に言った感じだけど、こんなもんでいいだろう。言い終わるとこれまで通り拍手が起こり、ボクも自分の席に戻った。


 そんな感じでクラス全員が抱負を言っていくと、ざっくり半分ぐらい。うちのクラスが三十人とちょっとだから十五人ぐらいかな。それぐらいの人達が探索者に応募するという話をしていた。言わなかっただけで本当はもっといるかもしれない。


 やっぱりダンジョンの影響力は強いんだなと感じた。


 全員が話し終わり、最後に先生が教壇に立つ。


「みなさんとてもいい目標を持っていますね。二学期もそれぞれの目標に向かって頑張って下さい。それともう一つ、もし皆さんの誰かが本当の探索者になったとしたら。その時は自分の命を最優先に考えてください。危ない場所ですから怪我をする事もあるかと思います。けれどこのクラスから誰も欠けるなんてことにならない様に。しっかりと自分の命を大事にしてください。それではホームルームを終わりましょう。皆さん明日も元気に登校してくださいね」


 先生の話が終わり、今日は日直が決まっていないので先生が号令をかける。


 さっきの言葉のがあったからか、みんなの顔が少し引き締まった様な気がする。

 ボクだってこのクラスから誰かが居なくなるなんて事は想像もしたくない。それが親しい友人だったら猶更だ。


 だからダンジョンに入るために出来ることはしっかりとやっておかないとね!

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