第33話

 ボク達以外に誰も居なくなった病室は、心なしか広くなった気がして少し寂しく感じる。

 そんな事をさっきスライムちゃんが向いたリンゴを食べながら思った。


 ……あ、このリンゴ美味しい。


「それにしても……(ゴクン)、ダンジョンが現れてから怒涛の夏休みだったね。まさかこんな事になるとは思ってもみなかったけど」


『あれからまだ一か月も経過していない事を考えれば、驚くべきイベント密度ですね。さすがはマスターです』


「そんな事で褒められても嬉しくないんだけど!?」


『そんな事よりもマスター……ワイバーンのお肉、食べたくありませんか?』


「食べたい!――でも病院で料理出来るわけないでしょ。退院するまで我慢だよ、ガマン」


『そうですか、残念です。今すぐにでも食べる事が出来るいい方法を思いついたのですが、ストレージの奥深くにしまって「ちょっと待って!」――何ですかマスタ―?』


「作戦だけでも聞こうじゃないか……」


 眼鏡さんの考えは至極単純な方法だった。


『病院の屋上に行ってバーベキューをしましょう』


「そんな事出来るの?」


『問題ありません。既に時間は夜ですので、一目は少ない。マスターの身体能力があれば屋上まで誰にも見つからずに辿り着くのは難しいことではないでしょう』


 確かにやろうと思えばできるかもしれない。少しスキルを使って高速で移動すれば、忍者的な動きをする事も今のボクであれば可能なのだ!


「でも、仮に屋上に行けたとしてもバーベキューをする道具がないじゃん」


『私に抜かりはありません。先日自衛隊の基地で非常食を収納した時に荷物の中に簡易的なバーベキューセットが紛れ込んでいました。恐らく野営用でしょうけど炭もあったので普通に使えます。火に関してもスライムちゃんならすぐに点けられますよね?』


「……(火属性は苦手なんだけど、種火ぐらいなら出来るわよ)」


『と言う事です。どうしますか、マスター』


「そこまで準備されたら断れないよね。よし、屋上に行ってパーッとバーベキューをしよう!」


 そうと決まれば話は早い。持っていくべきものは全部眼鏡さんの収納の中に入っているから手ぶらでいいし、後は上手く病室から抜け出せばいいだけだ。

 でも、最近の建物って屋上が閉まってる事が多いよね。それに病院の中にも防犯カメラとかもあるだろうし見つからないで行くのはかなり難しそうだ。


 ……いい方法を思いついた。


「スライムちゃんボクに捕まって!出発するよ!」


「……(はいはい……って、どうして窓を開けているのかしら?)」


「それはもちろん、屋上に行くためだよ!」


 寝間着からささっと着替えを終えて靴を履いてから窓を開けた。

 そして縁にかけて、外側に身を乗り出す。そして本当に軽めにスキルを発動して身体能力を強化する。


「行くよ……そりゃあ!!」


 近くにあった木に飛び移り、そこから屋上に向かって大きくジャンプする。

 ちょっと加減しすぎたようでギリギリ屋上の手すりを掴む事が出来た。


「あ、危なかった。今度はもうちょっと強めに使ってもいいかもしれないね」


「……(次にこんな事をする機会は無いと思うけどね。まったく、あまり無茶しないのよ)」


「あはは、ごめんごめん」


 屋上はかなり広くて、ここでパーティーが開けそうなぐらいの広さがあった。

 

『無事到着しましたね。では役割分担をして準備をしましょう。スライムちゃんは道具を出しますので、火の準備をお願いします。マスターはこっちでお肉の準備です。テキパキ始めましょう』


「「は~い(分かったわ)」」


 コンロの準備をしてくれているスライムちゃんの横でブルーシートを広げる。眼鏡さん曰くここの上にお肉を置くらしいんだけど、それにしてもこんなに大きく広げる必要あるんだろうか?

 最初はテーブルぐらいのサイズがあればいいかと思ったんだけど、眼鏡さんに言われて大体六畳ぐらいの大きさに広げられている。


『思い出してみてください、あのワイバーンの大きさを。あの巨体からそれっぽっちしか取れないわけないでしょう。これぐらいのサイズは必要です』


 言われてみれば確かにそうかもしれない。あんなに大きな身体だったのだ。そこから撮ることの出来るお肉だったらこれぐらいのサイズは必要かもしれない。


 シートを広げ終わり、その横に立ってドロップアイテムであるビー玉を眼鏡さんから受け取る。


「確かこれを手に持って中身を取り出すように意識すればいいんだよね」


 これが分かる前は手に取った途端に出てきてしまって大変だったらしい。分かった理由は掴んでも中身が出る人と出ない人がいたこと。

 出てきた人がきっと無意識に中身に意識が見たいとか思ってたんだろう。

 ビー玉を掌に載せて出てこい出てこいとイメージしてからシートの真ん中あたりを狙ってそれを投げる。


 すると一瞬でビー玉が大きなお肉の塊に姿を変えてしまった。

 大きさは六畳ぐらいに広げられたシートのギリギリまできているぐらい巨大だった。こんなに大きなお肉の塊を見たのは生まれて初めての経験だ。


 するとまだ生肉なのにも関わらず美味しいそうな匂いが漂ってきた。


『そこから食べたい分だけ切り取ってこっちのお皿に乗せてください。後は状態が悪くならない様にしまっておきますので』


「了解!それじゃあ――【武装召喚】“よく切れるのナイフ”!」


 ペンダントを使って大きめのサバイバルナイフっぽい武器をイメージする。

 そして現れた魔法陣に手を突っ込んで取り出したのは、欲しかったぐらいのサイズのナイフが一本。ただ刃の部分が金属っぽい銀色じゃなくて薄っすらと赤く染まっている。


「これ、妖刀とかじゃないよね?なんか雰囲気が怪しい気がするんだけど?」


『マスターの希望した通りよく切れるナイフですよ?』


「う~ん……まあいっか。そんな事よりも今はお肉だよね!」


 おっきい塊のど真ん中の部分からお皿いっぱいに乗るぐらいのサイズを切り取る。

 心配だったナイフな問題無い切れ味を発揮して、スッと切る事が出来た。切った後に赤身が少しましたような気がするのは気のせいだと思いたい。

 切り出したお肉を食べやすいサイズにささっと切り分けてナイフにはペンダントの中に御帰り願った。


「あっ、洗ったりしてないけど大丈夫だったかな」


『ペンダントの中に収納される時に汚れなどは全て分解されるので問題ありません』


 そう言う事だったので良しとしよう。

 スライムちゃんの方はとっくに火の準備が終わって待っていてくれた。眼鏡さんの出してくれた小皿と焼き肉のたれ、それと割りばしで食べる準備も整える。


「今更だけど、なんでこんなに色々入ってるの?焼き肉のたれとか絶対に自衛隊のやつじゃないよね?」


『前にお母様に収納機能がある事をお話したらキッチンにあるものを出し入れして遊んでいまして。一部がそのまま入りっぱなしになっているだけですよ』


「お母さん……」


 ボクの知らない所でそんな事をしていたらしい。

 とりあえず他に何が入っているのか後で聞かないと。


「さて、それじゃあ焼いていこうか!」


 ワイバーンのお肉を網の上に乗せる。


 ジュワーっという音と共にお肉の焼ける美味しいそうな匂いが辺りに充満した。


 これはヤバいね。カレーのスパイスじゃないけど食欲を刺激しまくる匂いだよ。

 

「まだ街の明かりがあるから星は見えにくいけど、こうしてるとキャンプみたいだね。それにちょっと悪い事をしているみたいで、ワクワクするよ」


「……(夜景っていうのも悪くないわね。でも、もうちょっと高い所から見てみたいわ。これだと遠くまで見通せないわ)」


「あ、だったらボクが上に投げてあげようか?」


 オーケーが出たのでこれまたちょこっとスキルを使ってスライムちゃんを真上に投擲する。

 あ、投げ過ぎたかもしれない。キャッチできるかな?


 そんな心配をしていると、真上に到達したスライムちゃんは触手をバッと広げてパラシュートのような形を取る。

 そうしてまるでシャボン玉みたいにゆっくりと降りてきた。


「……(すごい、凄いわよ!山の向こうの方の街の明かりも見えたわ!)」


 果たしてどれだけ高くまで投げてしまったのか。

 スキルのコントロールは後できちんと練習しよう。とりあえずスライムちゃんがもう一回を所望しているので、今度はさっきよりも加減して投げてみる。

 

 高さが足りないと文句を言われた。


 最初と同じぐらいの力でスライム投げをすること数回、眼鏡さんに声を掛けられる。


『お肉がそろそろ食べ頃のはずですよ。投擲の練習はそこら辺にして食べましょう』


「いや、投擲の練習じゃないんだけどね……まあいいや。それじゃあ食べよっか!」


 いい感じに焼けたお肉をまずはそのまま食べてみる。塩コショウを軽く振っているのでそのままでも十分に味が付いているはずだ。料理はほとんどしないので、正直味付けとか分からないので適当だ。まあ食べられないことは無いと思う。

 ちなみに塩コショウも眼鏡さんの収納に入っていた。


「(もぐ)……!!?」


 あまりの美味しさに言葉が出てこなかった。というか美味しさに驚きすぎて一瞬固まってしまったぐらいだ。

 次のお肉を食べながら今度は味に集中してみる。


 これまで食べてきたどのお肉とも違う。牛肉、豚肉、鶏肉でもない。前に食べたジビエの鹿肉とか牡丹肉とも違う。あえていうならワイバーンのお肉と言う感じの味だ。

 まあつまりは――


「美味しい!!」


「……(ほんとね!これすっごく美味しいわ!)」


 二人して食べ進めていき、あっという間に網の上がまっさらになってしまった。

 すぐに次の分を焼き始める。この分だともうちょっと切り取っておいても良かったかもしれない。不思議と油がのっているのにあっさりと食べる事が出来るのだ。これならまだまだ食べる事が出来そう。


 そんな事を考えていると、体に妙に力が漲っているのに気が付いた。

 無意識にスキルを発動しちゃったかなと思ってオフにしようとするけど、それが出来ない。


「ねえ眼鏡さん。なんかスキルが勝手に発動してオフに出来ないんだけど、これって何が起こってるの?」


『ふむ……なるほど。ワイバーンの肉を食べた事でマスターの魔力が増えていますね。それに……もう一つのスキルの影響もあるようです』


「それって<絆を紡ぐ者>のこと?なんで食事でそれが発動するのさ?」


『それは<八百万の晩餐>のせいですね。<絆を紡ぐ者>もマスターの力の一部と見なして影響力が及んでいるようです。ステータスを確認してみてください』


 言われた通りステータスを開いて確認する。

――――――――――――――――――――

名前:柊龍希 女(16)

レベル:54


ユニークスキル

八百万の晩餐Lv.2 

 ・活食

 ・医食

 ・食識

絆を紡ぐ者Lv.2

 対象:『スライムちゃん』 

絆の欠片:『スライムちゃん』

力の欠片:『ワイバーン』


スキルポイント

228


称号

最速ダンジョン攻略者 ユニークホルダー 

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―――――――――――――――――――――

ユニークスキル 絆を紡ぐ者

効果 生き物との間に絆を紡ぐ事が出来る。

絆を紡ぐことによって『絆の欠片』を得ることが出来る。

欠片を集めることによって一つの絆を作り出すことが出来る。


食べた魔物から『力の欠片』を入手する事が出来る。

『力の欠片』を使う事で、一時的にその魔物の力を使う事が出来る。 

―――――――――――――――――――――


『この『食べた魔物から』という部分が影響された部分ですね。本来であれば絆を紡いだ魔物限定だったようです』


 スキルが他のスキルを勝手に改造し始めました。

 なんでボクのスキルはこんなに自由なんでしょうか?誰か交換とかしてくれませんか?


『これだけだとまだ分からない部分が多いですので、退院したら検証してみましょうね。いや~、本当にマスターは面白いですね!退屈する暇がありませんよ!』


「うん……とりあえず食べよう!」


 もう知らない。明日のことは自分に任せればいいんだ!今はこの美味しいお肉に意識を集中しよう。

 とりあえず眼鏡さんには追加でお肉をだして貰おう。





 翌日、病院周辺の上空で謎の飛行物体が目撃されたとかされていないとか噂が立っていた。


「ボクは知らないからね!知らないもん!?」


 いや、有罪ギルティ―である。

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