第30話

『その調子ですよマスター。ゆっくりと魔力を体の外に出してください』


「うん……」


 体の内側にある力の塊みたいなものから少しだけ身体の外、手のひらに集めるように流れを誘導する。すると少しずつだけどそれが動き始める。

 この力の塊が魔力なのだ。昨日の練習では最初にこの魔力を感じ取る所から始めた。

 まあそこに関しては案外すんなりといったのだけど。


 でも、今みたいに魔力を意識的に動かそうとするのは難しいのだ。まだ慣れていないという事もあると思うけど、なかなか思った通りに動いてくれないのだ。だからまだゆっくりとした動かす事が出来ないのだ。


『それぐらいでいいでしょう。ですが集中を切らさないで下さいね。意識を話すと集めた魔力はすぐに霧散してしまいますから』


「うん……」


『よろしい。ではその魔力を向うのコップに向かっていくように意識してください』


 眼鏡さんの指示に無言でうなずき、手のひらの魔力がコップに向かっていくように意識する。するとさっきと同じようにゆっくりと動き始めるが、自分から距離が離れる程にその扱いは難しくなっていく。


『自身の魔力なのですから、その操作の難易度は本体からの距離に比例して上がっていきます。もうちょっとですので頑張って下さい!』


 コップの置かれている机まではここから2mぐらいの距離がある。

 どうにかして魔力をそっちまで伸ばしてく。そうしてその先端がようやくコップに触れた手応えがあった。こいうのも感覚的に分かるのだ。


「ふぐぅ……!?」


『いい調子です!そのまま集めた魔力を全てコップの所まで送ってください!』


 あとちょっとだと思った所で、少し気が抜けてしまう集めた魔力が霧散してしまった。


「あぁ……」


『惜しかったですね。しかし昨日の今日でここまで出来るようになるのは凄い事ですよ?スキルによる補助もなしに自力で魔力の操作が出来ているんですから!』


「うん、ありがとう。やっぱり難しいね~」


 魔法の使い方を教わり始めて今日で二日目。

 まだまだ魔法使いへの道は遠いけど、着実の進んできているのを実感してるところだ。今日はなんだか興奮していつもより早く起きてしまったので、朝食の前に魔法の特訓をしていた。

 ボクがこれだけ苦戦している一方で、隣ではスライムちゃんがコップやら机に置かれているもの全部を一気に持ち上げている。方法はもちろんボクが練習しているサイコキネシスだ。


「というか何でボクよりもスライムちゃんの方が早く出来てるのさ!」


「……(そりゃあ元々魔力の扱いに関しては得意だし。無属性魔法は基本誰にでも使えるんだから私が出来てもおかしくないでしょう?)」


「それはそうなんだけど、だって一発で成功しちゃうんだもん!ボクの方はまだ発動までも漕ぎつけてないのに!」


「……(それは経験の差でしょ。普段から魔法を使って慣れている私と、魔法になんて触れたことが無かった龍希とじゃあ違いが出るのもしょうがないわよ。でもこれ、魔力操作のいい練習になるわね。トレーニングの組み込んでみようかしら)」


「……ボクだってすぐに出来るようになるんだから!」


 朝食の時間まで練習したけど、結局発動させるまでには至らなかった。

 でも魔力を動かすのが少し早くなったので、とりあえずそれでよしとしておこう。


「それにしても、やっぱり病院食って物足りない感があるよね」


 朝食を食べながらそんなことを口にする。

 入院もこれで二回目だけど、食事の度に思っていることだ。味付けが薄味になっているのもあると思うし、単純に量が少ないというのもある。

 下のコンビニに行けば、おにぎりとかサンドウィッチとか食べ物は売っている。だけどこの前のこともあって病院内と言えど迂闊に出歩く事が出来ないのだ。


『収納の中に自衛隊の基地で貰った非常食の残りがありますが、それでも食べますか?』


「うう~ん……アレも味気ないのは同じなんだよね。今はこう、ジャンキーな食べ物が食べたい気分なんだよ。ハンバーガーとかピザとか」


『ではお母様たちにお願いしてお見舞いのついでに買ってきてもらっては?確か今日も来る予定でしたよね?』


「あ、それもそうか!そうと決まればメッセージ送っておこう!」


 お母さん宛にメッセージを送ってみる。

 するとすぐに既読がついて返信が帰って来た。


「お、返信早いな~。ええと……んん?」


『どうかしましたか?』


 こっちの様子に気が付いたスライムちゃんも気になったようで、よく分からない動きを止めて手元を覗き込んでくる。

 お母さんからの返信には行きにハンバーガーを買って来てくれるという事の他に、もう一件別の事が書かれていた。


「今日は日高さん達もお見舞いに来てくれるんだって。なんか話したい事があるんだって」


「……(話したい事?もしかして、そろそろ退院しても大丈夫になったのかしら?)」


「詳しい事は会ってから話すらしいけど、この前の事件の後始末関係の話らしいよ。でももしかしたらその事についてかもしれないね」


 もし本当に退院についての話だったら嬉しい。魔法の練習という時間の使い道が出来たとは言え、家に帰れるのならそっちの方がいいに決まっている。

 みんなはお母さん達はお昼前にはこっちに来るそうで、お母さんと水月と朝陽の三人で来ると言っていた。お父さんは仕事が外せないらしくて、何とか早めに切り上げて夕方ぐらいには来れるとのこと。

 そして日高さん達は、日高さんと斎藤さんの二人が午後から来ると連絡があったとメールに書いてあった。


「結局まだ時間があるんだね。それじゃあお昼ご飯に期待することにして、みんなが来るまでは魔法の練習でもしてようかな」


『皆さんの前で披露するのですか?』


「出来れば練習が成功してからにしたいんだけど、でも日高さん達が来るなら教えた方がいいよね。ダンジョン攻略が少しでも楽になるかもしれないし。無いよりはあった方がいいでしょ」


『そうですね。サイコキネシスは微妙な所ですが、身体強化はかなり有用だと思いますよ。戦闘系のスキルを持っていない人でも、それなりに動く事が出来るようになりますからね』


「そうだよね!という事で、やっぱり見せる事になりそうかな。ああ、でもボクのは失敗しそうだから成功例はスライムちゃんに見せてもらう事になりそうかも。もしそうなったらよろしくね!」


「……(任されたわ。それぐらいお安い御用よ)」


 この前の事件でも、戦闘に使えるスキルが無いと魔物の相手をするのは大変だという事が改めて分かった。ちなみにサイコキネシスは魔物を持ち上げる、というよりも一定以上の魔力を持った生物には通用しないらしい。もし魔物と戦う時に使うとしたら、周りの岩とかを浮かせてぶつけたりするんだろうか?


 うん、それはそれでカッコいいと思う。岩じゃなくて剣とかの武器を複数浮かべた方が見栄えはいい。むしろ自分でやってみたいぐらいだ。


「そうと決まれば練習を頑張らないとね!スライムちゃんも手伝ってくれる?コツとか、こうしたらいいとかがあれば教えて欲しいから!」


「……(だったら、朝ご飯全部食べちゃいなさい。練習はそれからよ)」


「は~い!」


 残りをささっとお腹に入れてから、早速練習を始める。

 今朝の続きで、魔力を外に出しても安定させる事が出来るように練習をした。


 暫く練習を続けていると、病室のドアをノックする音が聞こえてきた。


「龍希、入るわよ」


「どうぞー!」


 この時間にお客さんと言えば、お母さん達しかいないのですぐに返事をする。

 ちょうど魔法の練習もひと段落して休憩していた所だったので、タイミング的には丁度よかった。


「うん、元気そうね。身体にどこかおかしな所はない?」


「大丈夫だよ~?昨日も同じ事聞いていたし、検査でも大丈夫だって言ってたじゃん」


「そうは言っても心配なものは心配なのよ」


 そう言ってお母さんはベッドの隣に置かれている椅子に腰かけた。 

 後ろから入ってきた水月と朝陽もその隣の椅子に座る。朝陽は大きめの鞄を一つ持って入ってきたが、その中からいい匂いが漂ってくる。

 視線がそこに釘付けになっていると、それに気づいた朝陽が開けて中身を見せてくれた。


「これは頼まれてたお土産だ。お昼ご飯の時に出すからそれまで我慢してくれ」


「この匂いで我慢しろって無理だよぉ……」


「むう……じゃ、じゃあポテトだけなら?」


 お母さんに視線を向けて許可を待つ。お母さんは一つため息を吐いてから苦笑しながら許可を出してくれた。

 出てきたのはボクがよく食べているファミリー用のLLサイズだった。

 ポテトってついつい食べ過ぎちゃうからこれぐらいないと足りないんだよね!


 二、三本摘まんで食べると芋と濃い塩の味がする。それから揚げ物特有の脂っこさも今はたまらなく恋しく感じる。


「んん~、美味しい!!」


 買って来てもらったポテトを摘まみにしてみんなでお喋りをした。

 と言ってもボクの方は病室からほとんど出ていないので、自然とみんなの話を聞くことになるんだけど。


「ああ、やっぱり学校でも騒がれてるんだ……」


「ん……友達に質問攻めにあった……」


 二人から学校での事を聞いていると、やはりと言うべきかボクのことが話題になっているらしい。話題になるだけなら良かったんだけど、二人に迷惑が掛かってしまうのは申し訳なくなる。


「二人ともごめんね。ボクがかなり目立っちゃったばっかりに」


「そんな事気にしなくていいぞ。別に嫌がらせとかされた訳じゃないからな。それにあのランキングに名前が載ったぐらいから騒がれてはいたんだ。柊龍希なんて名前もかなり珍しいこともあってな」


「みんなたつ姉に会ってみたいとか……どんな人なのかとか聞いてくるだけだから。今の所、否定的な話は聞いてないかな……それに質問してきた人にはたつ姉の事沢山話しておいたから大丈夫……!」


 そんなやることはやっておいたぜ、みたいな顔で親指立てられても……

 変な事話したりしていないかお姉ちゃん心配でしょうがないんだけど?信じていいんだよね?大丈夫だよね?


「この調子だと夏休みが終わったら学校行けるのかしら?まだいくらか日数はあるけど、その間に治まるともとも思えないわよね」


 お母さんの言っていることもその通りなのだ。世間でのあの事件に関する話題はまだまだ落ち着く様子はない。まああれから数日しか経っていないからしょうがないというのもあるんだけどね。


「まあ、多少騒がれるとは思うけどそこまで心配することもないでしょ!それも暫くすれば落ち着くだろうし、すぐに別の話題に流されるって!それに、話題の素になりそうなものも世界中に出現しているしね」


「まあ、それもそうね」

 

 そんな話をしていると、ちょうどお昼を告げる鐘の音が鳴った。

 もうそんな時間になったのかと思う一方で、ようやくお昼になったかとも思っていた。


「お母さん!」


「はいはい、分かってるわよ。それじゃあお昼にしましょうか」


「よしっ!」


 朝陽の持ってきた鞄からハンバーガーとさっきと同じサイズのポテト、飲み物が出てきて机に並べられる。というかハンバーガーで小山が出来ている。


「これぐらいあれば足りるか、姉さん?」


「う~ん、もうちょっと食べられそうだけど今日はこれぐらいでいいや。食べ過ぎても美味しく食べられないしね!」


「これでもまだ食べらるのか。食欲は相変わらずだな……」


「それじゃあ、いただきます!」


 うん、このジャンキーな感じがたまらん!

 毎日はさすがに飽きそうだけど、偶に無性に食べたくなる味だよね。しかし、体に悪い食べ物程美味しいのってなんでだろうね?これじゃあ食べ過ぎちゃっても仕方ないと思うんだ。別にわざと不味く作れって言ってるわけじゃないんだよ。むしろそんなのは絶対に許さん!

  そんな感じで山が徐々に切り崩されていき、あっという間に平地に戻ってしまった。


「さすがに匂いがこもってるわね。ちょっと換気したいから窓開けるわよ」


 そう言って食べ物臭が凄くなった部屋の空気を入れ替えるために窓を開ける。 

 まだ夏真っ盛りな事もあって、生ぬるいどころか熱いとさえ感じるぐらいの風が吹き込んでくる。クーラーの効いた病室に籠っていたボクにとっては熱気とさえ感じる。


「うわ、まだ暑いね~……」


「今年は例年以上の猛暑になってるってニュースで言ってた……これもダンジョンが関係しているんじゃないかって言ってる専門家もいたけど……」


「そうなの?」


 熱さに負けてクーラーに吹き出し孔の近くに移動すると、水月がそんな事を言った。

 ダンジョンが気温とか気候とかに影響するなんて本当にあるのかなと思っていると、水月が話しを続ける。


「ん、詳しくは分かっていないんだけど……まるで地球全体が活性化しているみたいだって言ってた……研究者の界隈でも二番目に話題になってる……その原因が全く不明だったからダンジョンが影響しているんじゃないかって……」


「なるほど……?」


 ダンジョンが出現したから地球が活性しているって事な訳か。 

 もしそうだったとしたら、ダンジョンの出現だけでも手一杯なのに暑さも増すとか本当に勘弁してほしい所なんだけど。


「まあ事実だったとしても今の所ダンジョンとの関連性を解明するのは不可能だって話だけど……技術とか知識とか色々と足りないらしい……」


「この間突然出てきたばかりなんだ。それも当然だろう。というかそんな詳しい話を一体何処から仕入れてくるんだ?」


「色々と伝手があるの……ちなみに一番の話題はもちろんたつ姉……!全体の半分ぐらいがこの前のたつ姉の動画に夢中になってる……!」


「そ、それは聞きたくなかったなあ」


 ボクの話はともかくとして、やっぱりダンジョンは分からない事ばかりだ。

 唯一の情報源の地球の意志が作ったサイトも、あくまでダンジョンに関する基本的な部分しか書かれていないのだ。ワイバーンの件が終わった後にも一度見たけど、ダンジョン内での注意事項とかそこら辺が載っていた。

 今の話に関してはダンジョンを攻略したからどうにかなるのかって気もするけどね。


「お母さん、窓閉めていい?」


「……そうしましょう。なんか熱気のせいでサウナ状態になって来てるし。匂いも取れてきたからいいでしょう」


「は~い」


 窓を閉めようと窓際によると、中庭を知った顔が歩いているのが見えた。


「日高さ~ん!斎藤さ~ん!」


 思わず声を出して手を振ると、向こうもこっちの存在に気づいて手を振り返してくれた。

 それからすぐにボクの病室がある棟に入って行った。


「斎藤さん達来てるの?」


「うん、中庭を通ってるのが見えたから。もうすぐでこっちに来ると思うよ」


「そうなのね。それじゃあ机の上を片付けちゃいましょう。三人とも手伝ってね」


「「「は~い」」」


 腹ごしらえも出来てまんぞく、まんぞく。

 さて、日高さん達は何の話をしに来るんだろうか?

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