第29話

 魔物がダンジョンの外に出現する――


 日本で起きたその事件は、世界中の知るところなった。半年後までは無いと思われていたダンジョン外での魔物の出現。それは多くの人々に不安の種を残した。日本政府はこの度の事件について詳細な説明を求められ、それに応じる形で事件のあらましについての説明を行った。

 それにより用途、詳細の不明なダンジョン産の魔道具に関してはスキルによる鑑定を行うことが必要になった。既にダンジョンの攻略を始め様々な魔道具を持ち帰っていた各国は、そちらの対応で目を回すことになる。


 そしてもう一つ、事件からほどなくして地球の意志の運営するサイト通称掲示板に新たな情報が追加された。それはドロップアイテムは一部を除き食べることが出来るという情報だった。

 てっきり事件に関する情報だと思っていた人々は首を傾げる。どうして今この情報を追加したのか。何故全く関係のない話を急に持ってきたのか。それについては謎は尽きない。


 この度の事件は一応の収束を見せ、少しの不安を残しながら落ち着きたかに見えたが、そうはいかなかった。その原因は、いまや全世界が知る事となった一人の少女だった。動画サイトにはニュースの切り抜き動画がとんでもない再生数を叩き出し、連日ニュースで取り上げられるほどの話題となった。

 その動画では、自衛隊を薙ぎ倒したドラゴンのような魔物を終始圧倒する少女の姿が映っていた。その詳細を知る者たちはどうにかそれを抑えようとしたが、一度で回ってしまったデータを完全に消し去ることは不可能であったのだ。


 「彼女は一体誰なのか?」「あの強さは何なのか?」「我が国に来てくれないか?」「本当に人間か!?」などなど様々な話題を呼んでいた。 

 そしてその話題の少女はと言えば、再度病院へと逆戻りしていた。





「暇だ~……」


 病室のベッドに寝転がり、既に見慣れてきてしまった天井を見ながらぼやく。

 まさかまた入院することになるとは思わなかった。


「別に身体に問題がある訳じゃないのに。もうこんなに元気なんだから」


『問題といえば年齢平均よりもあるかに小さいその身長ではないですか?この際身長を伸ばす方法でも先生に聞いてみてはいかがでしょう?』


「余計なお世話だよ!?いきなりぐっと伸びる人もいるって聞いたことあるもん!それに毎日牛乳飲んでるんだからそのうち伸びるんだから!」


『ちなみにマスターの身体情報の解析から今後の身長の伸び具合の予測が出来ますが、聞きますか?』


「え、遠慮しとく。まだ希望があると信じたいので……」


 まったく眼鏡さんは失礼な事を言うものだ。ボクの身長は覚醒の時を待っているだけで、その時が来ればぐんと伸びるんだから!


 まあこうして入院してはいるが、本当に体に異常はないのだ。スキルを使った反動もほとんどなかったし、約束した通り怪我もしなかった。だからこれは念の為の入院ではあるんだけど、それにしても元気な分、病院生活は暇なのだ。外に出るにしても今は敷地内での散歩も許されていないので本当に暇だ。 

 もっとも散歩が許されていないのは別の理由なんだけどね。

 テレビを付けるとやっているニュースの話題が原因なのだ。


「まさかアレが撮影されてたなんて思わないよねぇ」


『まあ、さすがに一度ネットに出回った動画や画像は消せませんからね。それにあの光景とランキング1位の謎の人物を結び付けて、アレこそが柊龍希だと推測する人も多くいますよ』


「結局ほとんどバレてんじゃん……顔までばっちり映って、お陰で迂闊に外を歩けなくなっちゃったし」

 

 ワイバーンを倒した後、基地は大歓声に包まれた。それだけじゃない、基地からだけじゃなくて外からも聞こえたのだ。まるで街全体から歓声が上がったかのような感じだった。もしかしたらあの瞬間は、街だけじゃなくて世界中が喜びの声を上げたのかもしれない。


 シェルターの方に戻れば、沢山の自衛官の人たちがボクに手を振っていた。「ありがとう!」とか「凄かったぞ!」とか声が聞こえてきて、ちょっと恥ずかしかったけどね。


 まあその後はすぐに病院に運びこまれて、今日まで数日の間ずっと病院で缶詰をしているわけだ。その後の基地の様子についてはどうなっているのか知らない。日高さんや斎藤さんは向うの処理で忙しいらしくて、あれからまだ会えていないのだ。

 ちなみに両親や妹は毎日お見舞いに来てくれている。特に妹達は現場にいなかったので、かなり心配していた。また心配させてしまったことにちょっとだけ、申し訳ない気持ちになった。今度何かで埋め合わせをしないと。


『マスターの入院は事態が落ち着くまで身を隠すためでもあるのですから。仕方ありませんね。身体に異常が無いのは分かっているのに、退院出来ないのは色々と処理に追われているせいもあるのでしょう』


「それは分かってるんだけど、何時になったら落ち着くのやらって感じだし。もう暫くはここにいることになりそうだね。もうすぐ学校も始まるんだけどな……」


 スマホには学校の友達からのメッセージが文字通り山ほど来ている。通知の音が鳴りやまなかったので、今は通知音が鳴らない設定にしている。何も返さないのも申し訳ないので『こっちは無事だよ。話しは学校が始まってからで』と一斉送信しておいた。

 言ってしまってからこれで新学期は初日から騒がしくなりそうだと少し後悔した。


「スライムちゃんはじっとしてるけど、暇じゃないの?」


「……(別に何もしてない訳じゃないのよ?これでも特訓してるんだから)」


「特訓……?」


「……(そう、魔力操作の特訓よ。この前の事件でもうちょっと消費魔力を抑えられたらって思ったのよね。それに魔法自体の威力も上げたいと思ったし。だからその為の特訓中なのよ)」


「へぇ~、それってボクでも出来るの?魔力は多分あると思うんだけど。というか魔法もかなり気になってる!」


 どうして今まで気付かなかったのか!

 今の世界ではステータスや魔力なんてものが存在しているのだ。それにスライムちゃんが当然の様に魔法を使っていたじゃないか!

ということはボクも魔法が使えるかもしれない!


「……(人間の感覚がよく分からないけど、魔法は適正が無いと使えないはずよ?龍希の魔法の適正ってどうなってるのかしら?)」


『それなら確認していますよ。マスターの魔法適正は無しです』


「それってボクは魔法を使えないって事!?」


 折角魔法が使えるかと思ったのに、希望が一瞬にしておられた……


『ああ、魔法適正が無いという事は無属性魔法を使う事が出来るということです。属性魔法や、他の適正が必要になる魔法は使えないというだけです』


「……じゃあ使えるってこと?」


『はい、使えますよ』


「やったぁぁ!!無属性魔法ってどんな事が出来るの!?スライムちゃんみたいに傷を治したり、火とか水とか出せたりするのかな!?」


『いい機会ですから、魔法について少し説明をしましょう』


 そして眼鏡さんからの魔法についての授業が始まった。


『まず魔法には大きく分けて二種類が存在します。一つは適性を必要とする魔法、もう一つは適性を必要としない魔法です。適正を必要としない魔法は無属性魔法の一つしかありませんが、適性を必要とする魔法は多くの種類があります。例えばスライムちゃんの使っている水魔法や回復魔法がそれにあたります。他にも火、風、土、光、闇の属性魔法。時空、重力などに代表される特殊魔法。特に特殊魔法の種類は私でも把握していません。ユニークスキルなどで発現するオンリーワンの魔法も区分けとしては特殊魔法に分類されます。ここまでは大丈夫ですか?』


「……うん、なんとか」


『ちょっと複雑になってしまいましたかね。レンズに表示しますので、それを参考にしてください』


 その言葉と共に、空中にスクリーンが浮かんでいるように視界が変化する。前にも使ったけど、この機能って本当に便利だよね。眼鏡さんがいればスマホとか無しに、どこでも動画とか見れるんだもん。


『それでは続けますね。マスターお待ちかねの無属性魔法に関してです。無属性魔法とは文字通り属性を持たない魔法の事を指します。つまり魔力を属性に変換せずにそのままの形で扱うという事です。例えば水魔法であれば魔力を水に、火魔法であれば魔力を火にという具合にです』


 スクリーンには不定形の魔力と名付けられた塊が、火だったり水だったりに変化する様子が写し出された。というか前は静止画だけだったはずなのに、アニメーションを使っている。妙な所で成長を見せられてしまった。


『例えば身体強化は魔力で体を強化する無属性魔法です。それから魔力を盾や武器として形成することもできます。後は……ああ、サイコキネシスなんてのも有名ですね』


「サイコキネシス!!」


『後で練習には付き合いますので、今は話を聞いてくださいね~。要するに魔法適正とは魔力をそれぞれの属性に変換することが出来る才能の事を言います。マスターはそれが出来ないという事ですね』


 なるほど。火をバーッと出したり、風に乗って空を飛んだり、テレポーテーションとかも楽しみではあったのだけど、それはもうしょうがない。無属性魔法とは言え魔法は魔法なんだ!これは俄然楽しみになってきた!


『ちなみにですが、魔法適正は後天的に得る事も可能です!』


「本当にっ!?」


『はい、ダンジョンで出てくるアイテムの中にはそういったものも存在しています』


「ダンジョン、か……」


『ダンジョンの一般開放はちゃくちゃくと進んでいるようですので、そこに関する心配は必要ないでしょう。もっともマスターの心配は別の所にありそうですがね』


「……うん、そうだね。ダンジョンに入るのが怖いとかじゃなくて、もちろん怖くない訳じゃないんだよ!でも今は身を守る手段は出来たことだし、前よりは前向きな感じ。ただ何というか、このままダンジョンに入って良いのかって気がしてるんだよね。う~ん、上手く言葉に出来ない感じ」


 何でこんな気持ちになるんだろう?

 言った通りスキルが使えるようになって、身を守る心配についてはさほどしていない。ワイバーンも倒せたから、最初の層ならどうにかなると思うし。魔物が怖いせいなのかと言われれば、それでもないと思う。

 じゃあ何なのかと聞かれればやっぱり上手く纏まらない。どうしてダンジョンに入るのに躊躇してしまうんだろう?


「……(そんなの単純にダンジョンに入る理由が見つからないからでしょう?)」


「……っ!」


「……(一度ダンジョンを攻略してしまっている龍希がダンジョンに入った所で攻略にはほとんど関わる事が出来ない。でもダンジョンを一般にも開放する目的は一刻も早いダンジョンの攻略を目指しているから。そこら辺で矛盾が生じているって所かしらね)」


「……そうかもしれない」


 スライムちゃんの言葉を聞いて驚くほどしっくりときた。まさにその通りだと思えるほどに見事に言い当てられた気がする。


「……(だったら話は簡単よ。変に考えすぎなのよ。大体一般開放でダンジョンに潜る人の全員がそんな指名を背負ってると本気で思ってるの?んなわけないでしょ。少なくとも半分ぐらいは興味と好奇心よ)」


「……」


「……(それにあんたが出来ないのは最終階層の攻略でしょう。それまでの階層だったら進むことに制限はない。だったらその情報を提供してやれば十分に協力出来ていることになる。理由付けなんてそれぐらいで十分じゃない。あんたはもっと気分で自由にしていいのよ。食欲みたいにね)」


「食欲は余計だよ!でも、確かにそうかもしれないね。うん、そう考えたらダンジョンの一般開放が楽しみになって来たかも!さっきの魔法適正のアイテムの話もあったしね!」


 うん、かなりスッキリしたぞ!

 それにしてもスライムちゃんは何歳ぐらいなんだろうなあ。前にも相談に乗ってもらっていたし、いつもボクの気持ちをズバッと言い当ててくれる。あれ、でもダンジョンが出現したのってつい最近だから1歳未満ってことになるのかな?

でも、全然赤ちゃんっぽくないし普通に大人っぽく感じるんだけど。


「スライムちゃん、だっこしてあげようか?」


「……(……突然何言いだしてんのよ?やらないわよ)」


「いや、よく考えたらスライムちゃんってかなり若いんじゃないのかなって思って」


「……(まあ生まれてからの年齢で言えば、そりゃあ若いけどね。でも精神的にはあんたと同じぐらいの年齢よ?)」


「うっそぉ!?スライムちゃん同い年ぐらいだったの!?」


「……(何を今さら……そういえばこんな話したこと無かったっけ。まあそういうことよ。これまで通り気軽に接してくれていいからね。というかむしろそうしなさいよ!)」


 スライムちゃんの驚きの事実が明らかになった。絶対に年上だと思ってたのにまさか同じぐらいだとは思いもしなかった。

 と、スライムちゃんの話で話題が逸れてしまったので魔法の話に戻す。


「それで、無属性魔法の話だったよね。じゃあ早速練習しようよ!」


『いきなり魔法を使える訳がないでしょうに。まずは魔力の使い方の練習をしてからですよ』


「オッケー!時間なら売るほどあるからね!」


 眼鏡さん指導の下、スライムちゃんにも協力してもらってその日中になんとか魔力を外に出すことが出来るようにった。看護師さんから聞いたら退院まではもう少しかかるそうなので、魔法の練習時間はたっぷりあるようだ。

 

よし、明日からも頑張ろう!


 寝る前にそんな事を決意して、明日の事を考えながらその日は眠りについたのだった。





 龍希が眠り、静かになった病室でまだ起きている者が二人いた。


『寝てしまいましたね。まさか魔力操作を教えたその日に出来るようになってしまうとは』


「……(まあ、なまじ魔力に触れる機会は多かったからそのせいもあるんでしょう。それに龍希自身の身を守る力が上がるのは良いことだわ)」


『それはその通りですね。確かにマスターは何かと巻き込まれやすいようですので』


 龍希はここ数日でダンジョンの出現時の巻き込まれ事故、そして先日のダンジョン外での魔物出現事件に関わっている。それも片足ではなく、両足入って腰辺りまで沈んでるぐらいの関わり方だ。


「……(私としては退屈しないからいいけどね。地上も色々と楽しいけど、やっぱり体を動かさないとどうしてもね。これも魔物の性なのかしら?)」


『そういう部分はあるでしょうね。元々魔物は総じて闘争本能が高い傾向にありますので、仕方のない所です。しかし、マスターに対して過保護気味なあなたがダンジョン行きをむしろ促すとは以外でしたね』


「……(そんなこと無いわよ?スキルを使えるようになったことで龍希は戦う力を得た。気持ちもほとんど固まっていたし、それをちょっと後押ししただけ。それに危険があれば私とあんたで出来る限りフォローすれば、大抵のことは乗り切れる自信もある、そうでしょう?)」


『出来る限りのことはするつもりです。これでも特訓しているんですよ。ああ、それとマスターの迷いの件を任せきりになってしまい申し訳ありませんでした。あの手の話はどうにも苦手でして。でもやはりスライムちゃんが話したことが結果的に良かったようですけどね』


「……(ワイバーン戦の前に活を入れたのはあんたでしょうに。私だってああいうこと言うの少し恥ずかしいんだから。次からはあんたも加わりなさいよ。頼りにしてるんだから)」


 少しの沈黙の後にふふっと静かに笑い合う。 

 お互いに人生で初めて出来た友人と話しながら夜は更けていくのだった。

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