第28話
「スライムちゃん、お願い!!」
「……(分かってるわよ!!)」
ワイバーンの放ったブレスをスライムちゃんの作った水の壁で防ぐ。ぶつかった所がぶくぶくと音を立てて水が蒸発している。すぐさま追加の壁を出すけど、それもすぐに蒸発されられてしまう。
「……(このままだと貫通される!龍希、悪いけど魔力もらうわよ!!)」
「好きなだけ持っけぇ!!」
スライムちゃんの言葉と共に体から何かが、魔力が抜けていくのが感覚で分かった。けれど、吸い取られて減った傍から体の奥底から魔力が溢れてくる。十秒にも満たない時間だったけど、目の前で何枚もの水の壁が破壊された。
「間に合って良かった……」
みんなとの話を終えたボクは、すぐさま行動を開始した。まずは怪我をして後方に下がっていた人達の治療から行った。もちろんボクには治療できる知識もスキルも無いので、スライムちゃん任せだったけどね。
そうして全員の治療を終えてこっちに来てみれば、倒れている自衛隊の人たちに向かってワイバーンがブレスを吐こうとしていたから全速力で間に割って入ったのだ。
「それにしても凄い煙だね、向こうがさっぱり見えないよ」
『そりゃあ、あれだけの量の水を蒸発させられましたからね。それよりもマスター、今のうちに補給をしておいてください。さっきの治療と今のでかなり消費したでしょう?』
「あ、それもそうだね。スライムちゃんも食べる?」
「……(私は食べてもそこまで回復しないのだけれど。まあ、一口貰うわ)」
手元にカロリーメイトみたいな食べ物が現れる。これはシェルターの中にあった緊急用の非常食だ。日高さんや斎藤さんに聞いたら持って行ってもいいと言われたので、遠慮なくもらってきた。
薄っすらと煙も晴れてきたので、急いで口の中に放り込む。
『マスター、後ろに庇った自衛隊の方ですが、かなり重症のようです。早く治療をしましょう』
そう言われて振り向くと、倒れている人は体のあちこちに酷い火傷を負っている。しかも所々火傷どころではなく、黒く炭化してしまっている箇所もある。
「大丈夫ですか!?」
「……っ」
帰って来たのは声にならない声だった。意識はあるようで何かを喋ろうとしているけど、声が出ていない。これをしたワイバーンへの怒りがふつふつと湧いてくるけど、今はそっちよりもこの人の治療が先だ。
『この人の他にもあと二人向こうで倒れています』
「酷い怪我……スライムちゃん、そっちはお願いね。あっちと、あっちにも倒れている人がいるから」
「……(任せてちょうだい。あんた達も私が戻ってくるまで無理はしないのよ)」
そう言い残してスライムちゃんはボクの肩から降りると、自衛隊の人の方に跳ねていく。それを見てから視線をワイバーンに戻す。さっきのブレスを止められたことが癪に障ったのか、怒りの籠った目でボクのことを見ている。
「ねえ眼鏡さん。一応聞くけど、あれと仲良くできると思う?」
『無理でしょうね。前にも言いましたがスライムちゃんが特別なだけで、魔物は基本的に人類の敵ですよ』
「……そうだよね」
ほんの少しだけ、もしかしたらスライムちゃんみたいに話せば分かるかもしれないと思ったけど無理みたいだ。でも確かに目の前の魔物からは、あのビッグスライムと同じような雰囲気がある。迫力とかもそうだけど、何というか敵意とかそういうのが本能的に共存は無理だと思わせるんだ。
「確か……柊龍希さん、だったか?」
すると後ろから突然声を掛けられた。なるべくワイバーンから視線を外さないように、ちらりと後ろに視線を向ける。するとさっきまで倒れていた人が、火傷も怪我も治って立っていた。
「はい。皆さんを助けに来ました」
「助けにって……」
『GYAaaaa!!!』
ワイバーンがまた雄叫びを上げる。自分の攻撃が防がれたことに怒っているのか、すぐにでも襲い掛かってきそうな様子だ。
「これ以上、攻撃させる訳にはいかないよね……眼鏡さん」
『攻撃パターンの解析開始、恐らくですがもう一度ブレスを放ってくるものと思われます』
スライムちゃんは完全に回復に回ってしまっているので、次にあの攻撃が来たら防ぐことは出来ない。
撃たれる前にやめさせないと!
「下がっていてください。後ろにいた人達は全員回復させてきたので、話はそこで聞いてください。こっちは任せて!」
後ろに言葉を飛ばしてから、スキルを意識してより大きな力を引き出す。
それなりにあった距離を数歩で一気に詰めて、ワイバーンに肉薄する。真下に着いた時には、ワイバーンはボクのことを見失っている様子だった。
「いくよ……おっらぁ!!」
地面を思い切り踏みしめて、顎下に向かって拳を叩き込む。
『GYAaaaa!!?』
殴った衝撃そのままにワイバーンはバランスを崩して、後ろへと倒れていく。ズシンッと重い音が辺りに響き渡り、土煙があがる。
『いい一撃でしたね』
「うん、綺麗に入ったね。今ので気絶とかしたかな?飛行機が来るまで時間稼げそう?」
『脳が揺れていると思うのですが、魔物に人の常識は当てはまりませんよ。恐らくすぐに起き上がってくると思いますよ』
「まじか……あ、ほんとだ」
眼鏡さんに言った通り、少しするとワイバーンが起き上がってきた。頭を振っているので、まだ調子が戻った訳じゃなさそうだけどね。そうしてボクの姿を見つけると、殺意むき出しの目で睨みつけてきた。
「あれ、かなり怒ってるよね」
『まあそうでしょう。鬱陶しい虫程度にしか思っていなかった人間にぶっ飛ばされたんですから』
「……怒ってるのはボクも一緒だけどね!!」
ワイバーンに向かって駆け出しながら、ここに来るまでに見た景色を思い出す。
研究所の地下室を出たボク達は、まず後方に下がっている人達の治療に当たった。これは斎藤さんにお願いされたことだ。スライムちゃんの治癒能力を知っていた斎藤さんに、重体な人たちの治療をお願いされたのだ。
すぐに了解して外に出てきたのだが、どの人も本当に酷い怪我をしていた。スライムちゃんの回復魔法で治していき、ボクは魔力タンク的な役割をしていた。
全員の怪我は治すことが出来たけど、今使える魔法では失った血までは残らないらしい。治すまでにかなりの血を流してしまった人もいて、後遺症が残ったり下手したら傷は治っても助からないかもしれないとも言われた。
そんな状況を見せられて、頭にこない訳が無い。
「それに、お母さんやお父さん、日高さん、坂井さん、斎藤さんも、みんな苦しそうだった」
だから怒っているのは、お前だけじゃないんだ。
「眼鏡さん、まだ力上げられるよね?」
『……残りカロリーから考えれば、まだ上昇させることは出来ます。しかし、これ以上力を引き上げれば使用可能時間が短くなりますよ?』
「大丈夫。そんなに時間かけるつもりは無いから」
<八百万の晩餐>を意識する。それは派生スキルである<活食>や<医食>ではない。それらを含んだ<八百万の晩餐>そのものを意識するんだ。
あの時、眼鏡さんやスライムちゃんと話したことを思い出す。
『そもそもとして、マスターがビッグスライム戦で振るっていた力。あれだけの力を出して、体が無事で済むはずがありません。そこで、色々と調べてみた所、活食の本質は力を引き出すことではなく身体の強化にある事が分かりました』
「体の強化……?」
『はい。<八百万の晩餐>の内容については覚えていますか?』
「ああ~……うろ覚えかも。ちょっとまって、開いて確認するから」
ステータスを開いて自分のステータスを開き、スキルの詳細を確認する。
―――――――――――――――――――――
ユニークスキル 八百万の晩餐
効果 食事によって様々な効果を発現する事の出来るユニークスキル。
食材からエネルギーを取り込み、自らの力と化す。
派生スキル
活食 全身の細胞を活性化させる。
医食 傷や状態異常を治癒する。
―――――――――――――――――――――
どこかで避けてあまりじっくり見たことが無かった気がする。
こうして確認してみると、医食は体を治す力だと言うのが分かるけど、活食の方はそのまんま過ぎて、何に使うのかいまいち分からない。
『そこに書いてある通り、活食の効果というのは細胞の活性化にあります。これは体を強化し、大元のスキルからの力の供給に耐えることの出来る体にすることに役割があると考えられます。そしてもちろんの事ですが、そのように体を強化すればその反動があります。マスターの不調の原因はその反動によるもの、そしてその反動を癒すのが<医食>ではないかと考えています』
「ふむふむ……なるほど。つまり活食はスーパーマン並みに体を丈夫にするスキルなのね。それでおこる疲労とかを治すのが、医食だってことか」
『その通りです。最初はスキルの存在そのものを知らなかったので、無意識のうちに身体を保護しようと、活食が強く働いたのでしょう。一方で、そちらにエネルギーを割いてしまったために医食の力が落ちてしまった。マスター、食事の時に身体が軽くなったりする感覚はありませんでしたか?』
聞かれてう~ん、と考えてみる。そうして記憶を探ると、思い当たる所が一つあった。
「あ、そういえばダンジョンの外の基地でご飯食べた時にそんな感覚があったかも!?」
『それは食事によってエネルギーが補給されたからですね。まあ結局、活食が発動したままだったので、少し回復した程度になってしまったようですが。活食の発動に関しては、食事をしたときにマスターが再び無意識下で発動してしまったのでしょう。まあ、制御できていなかったともいいますが。ということですので、スキルを意識して使い、十分なエネルギーさえあれば問題無く扱うことが出来るでしょう』
眼鏡さんの話をきいて納得していると、スライムちゃんから声が上がった。
「……(ちなみにその推論が確かである確証はあるの?)」
『……シミュレーションは何度も行いましたし、99%は確かだと断言できます。しかし、実際に使ってみた時に何が起こるのかは、その時になって見なければ分かりません。そこから先はマスターの気持ち次第です』
「……(あんた的にはこれ以上ないほど確信してるわけね。そんな感じだけど、龍希はどうするの?)」
スライムちゃんが念を押すようにして確認してくれたけど、ボクの答えは話を聞く前から決まっているのだ。
「やるよ。眼鏡さんのこと信じてるもん。それに何かあった時は、二人がどうにかしてくれるってことも信じてるからね」
『これは……期待に応えなくてはいけませんね』
「……(そうね。龍希はやりたいようにやるといいわ。フォローに関しては私達が全力でするから)」
「うん、ありがとう!」
『差しあたってはエネルギーの補給ですね。ちょうどそこに高カロリーの栄養食がありますので、食べてしましましょう』
「え、それってこの避難所の備蓄食なんじゃないの?勝手に食べちゃだめでしょ」
『いえいえ、緊急時ですから大丈夫でしょう。それにどうせあのワイバーンは倒されるんですから、ここに長期間いる必要もなくなります。いざという時は、マスターの臨時収入で弁償しましょう』
「え、臨時収入ってアイテムを売ったお金のことだよね!?――」
その後、事後報告になってしまったが置いてあった食料を半分以上食べた事を日高さんや斎藤さんに報告した。食べた量を聞いて唖然としていた二人だったが、むしろどんどん使って欲しいと言われたぐらいだった。そこで遠慮のない眼鏡さんが、残りの半分を収納してしまったのには表情がヒクついていたけどね。
という訳で、活食も医食も含めてスキルを発動することでこうして戦えるようになった訳だ。意識をスキルに、そして身体に向けることで、奥底からパワーが溢れてくる。
ちなみに、レベルアップの効果で身体が前よりも頑丈になっているらしい。だからこそ、前の時よりも、より大きい力を使う事が出来る。
溢れる力そのままに、ワイバーンの尻尾を掴む。
「おっ……りゃぁ!!」
掴んだ尻尾を背負い投げの要領で投げて、ワイバーンを地面に叩きつける。
『正直レベルアップによる分を含めてしまえば、マスターの扱うことの出来る力はワイバーンなんて超えていますよ。こちらに向かっている戦闘機には申し訳ありませんが、爆撃による被害などを考えれば――マスターが倒してしまっても問題ないでしょう』
「う~ん、作戦では救助と時間稼ぎだったし……ちょっと聞いてみてくれる?」
『了解しました、確認してみます。少々お待ちください』
日高さん達からの返事があるまで、攻撃を裁きながら時間を稼ぐ。爪や尻尾による攻撃は避けたり、受け止めたり。ブレスを吐きそうになった時は、発動する前に攻撃して潰す。
……何というか、ちょっと作業じみてきた。
そんなことを考えていると、向こうから返事があった。
『マスター、許可を頂きました。倒してしまってもいいそうです。ただ、絶対に無理をしない様にとのことです』
「了解。無理せずに、ね!」
許可も出たので攻勢に出ようとした時にスライムちゃんが戻ってくる。治療と避難は終わっているようで、既に周りには誰の人影も無かった。
「……(あっちから見ていたけど、完全に手玉に取ってるわね。あと一段ぐらい変身を残してたりしないかしら?)」
「いつの間にそういうの覚えたの?そういうこと言うとフラグになるから駄目だよ?楽に倒せるならそれが一番いいんだから。さっさと倒しちゃおう!」
「……(それもそうね。必要ないようにも見えるけど、何か手伝う?)」
「それじゃあ、空に打ち上げる事って出来たりする?一度全力出してみたいから、何もない空の方が都合がいいと思って」
「……(そういうことね。任せて!【水魔法:坂巻く水柱】!)」
ワイバーンの下から水が滲み出してきたかと思うと次の瞬間、とんでもない量の水が柱となって溢れ出す。そして勢いそのままにワイバーンを空中に打ち上げる。
「……(これでいいかしら?)」
「バッチリだよ!さすがスライムちゃん!」
それを確認してからボクも走りだす。この一撃で終わらせるつもりでいるので、出せる限りの力を出してみようと思う。再度スキルを意識してもっと多くの力を引き出す。そうしていくと、感覚でこれ以上は無理だというラインが自然と分かった。
「こんなもんかな?」
『それが現状の限界ラインですね。でも時間的には本当に余裕が無くなるので、早めに決着をつけてくださいね』
「りょう、かい!」
音を置き去りにして、ワイバーンの真下にやってくる。不思議な事に、早く動いているはずなのに動いていく景色はゆっくり見える。落ちてくるワイバーンを見ながら、腰を落として地面を踏みしめる。武術なんてやったことがないので、漫画で読んだやつの見様見真似だ。ボクはただ全力で殴るだけだからね。
準備は出来た。後はワイバーンが落ちてくるのを待つだけ。
少しずつ大きくなってくるその姿を見ながら、ふと今日の事を考えた。一日の出来事とは思えないぐらいに色々あった。まさかこんなことになるとは思わなかったけどね。
だからこそ、ガツンとしなくちゃいけない時もあるのだ。言ってやらなくちゃいけないのだ。ダンジョンなんてものを世界に出現させた地球の意志に。今もダンジョンで人間が来るのを、殺意バッチリで待ち構えている魔物たちに。
――これが人間の力だぞと
――黙ってやられてなんかやらないぞと
――そして、人間を舐めるなと
「ぶっ飛べ!!」
下で地面が割れる音がする。腕の先からワイバーンの重さが伝わってくる。その重みに、負けるものかと力を込めて押し返す。一度押し返してしまえば、後は勢いのままに殴り飛ばすだけだ。
飛んで行ったワイバーンは空高く打ちあがり、さっきよりも遥かに高くまで上がっていく。そして天辺に辿り着いたワイバーンの身体は、勢いをつけて落下してくる。
ズシンッッッッ
鈍重な音を立てて地面に落下する。白目を向いて完全に意識を失ったワイバーンはそれほど間を置かずに、光の粒子になって消えて行った。消えた後には、中に何か入っているビー玉とボクの頭より大きい黒い石が残っていた。
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