第27話
地上に魔物が現れる。それはあり得ることだが、あり得ないことのはずだった。この星にダンジョンを出現させた地球の意志という謎の存在。そんな超常の存在は確かに言ったのだ。魔物が出てくるようになるのは半年後だと。しかし、そんな言葉を嘲笑うかの様に空の魔法陣から出現したのは、最強の生物の代名詞ともいえるドラゴンだった。
正確にはドラゴンではなく、ワイバーンというドラゴンよりも力の劣る魔物だという事らしいが。
そんなものは俺達にとってはどちらでも構わなかった。目の前に現れた圧倒的な存在感を放つ存在に、体が根源的な恐怖を覚えた。斎藤二佐からの指示が無ければ、その場から動くことも出来なかったかもしれない。
「攻撃の手を緩めるな!!絶対にアイツを飛ばせるんじゃないぞ!!」
「「「了解っ!!」」」
すぐの共有された情報では、あの翼は見せかけではなく空を飛ぶことが出来るらしい。それを聞いた時は肝が冷えた。あんなのが街の方に行ってしまえば、その被害は計り知れないものになる。航空砲撃が始まるまで、何としてもアイツをこの場所に惹き付けておかなくてはいけない。それはその場にいた全員が共有した思いだった。
結果からみればそれは順調といえるのかもしれない。ワイバーンは飛ぶことも無く、その場に留まり続けていた。それが俺達に攻撃による成果なのか、また別の理由があるのかは分からない少なくとも俺達の行為が無駄だったわけではないと思いたい。
その巨体から振るわれる爪は容易く防刃防弾服を貫き、羽ばたきによる風圧は人間の体重を軽く吹き飛ばした。幸いなことに即死した者はいなかったが、その命が尽きるのも時間の問題だろう者が何人もいる。それでも俺達は攻撃を続けた。仲間が沈んでゆく光景を見ても誰一人として逃げ出す者はいなかった。
当然だろう。この基地で働く者のほとんどは、この街に家族がいる。両親が、妻が、夫が、娘が、息子が、大切な人がこの街には住んでいるのだ。その人たちを守るためには絶対にあの魔物を逃がすわけにはいかない。
負傷して動けなくなった隊員を後方に下げつつ、何とか立て直して足止めを続けた。
――まだか、まだ来ないのか!!
アサルトライフルは豆鉄砲にもならなかった。
機関銃の弾はその鱗に全て弾かれた。
ロケットランチャーの爆発は、煤による汚れが付いた程度だった。
どれもこれもが相手に傷をつけるに至らない。戦車でもあれば、ひょっとしたら手傷を負わせることも出来たかもしれない。無いものねだりをしても仕方無いとは思いつつも、そんな事を考えてしまった。
――どれぐらいの時間が経ったのかも分からなかった
気づいた時にはあれだけいた仲間が、既に三人しか残っていなかった。自分も含めて、その誰もがボロボロで満身創痍の状態だった。
「俺達にも戦闘系のスキルがあればなぁ!!」
「まったくその通りだぜ!!そうすりゃあアイツに一泡吹かせられるのによ!!」
「俺なんて<裁縫>だぜ!?あ~あぁ、てめぇの皮で財布でも作ってやりたかったぜ!!嫁にプレゼントしてやるのによぉ!!」
「ワイバーン皮の財布ってか!?そりゃあいいなぁ!!」
「「「はっははは!!!」」」
こうして仲間と話す事で何とか立って戦う事が出来ていた。
しかし俺達も何時までもつのか分からない。
そうして攻撃を続けている時だった。ワイバーンがこれまでにない挙動をし始めたのだ。腹は大きく膨らみ、口を大きく開けてまるで深呼吸でもするような変な行動だ。
「まさか、情報にあったブレスってやつか!?」
「絶対に撃たせるんじゃねぇ!!ちょうど開いてんだ、口の中に鉛玉撃ち込みまくれ!!」
口を狙って放たれた弾丸達はしかし、ワイバーンが翼を盾にして防いでしまった。攻撃から身を守るという初めての行動に俺達は目を丸くする。
「守ったってことは、攻撃されたくなかったってことだよな?」
「少なくとも嫌がっていることは確かだ」
「……ってことはチャンスって事じゃねぇか!!やるぞ!!」
全員が即座に行動を開始した。正面に翼がある以上、アレを貫いての攻撃なんてのは不可能だ。しかし、相手は翼によって視界を奪われているのにも等しい状態だ。つまりやることは――
「アレの目の前でぶっぱなすぞ!!」
走る。どこにそんな力が残っていたのかも分からないが、とにかく走った。目指すは翼の内側、大きく開いているあの口だ。
やはり視界が塞がれているためか、俺達の動きを妨害するような攻撃はしてこなかった。僅かに開いた翼の隙間から内側に入りこみ、持てる限りの火力をその場で解放した。
そして確かに聞いた。
『GYAaaaa!!!』
あの化け物が確かに悲鳴を上げるのを。俺達は間近で起こった爆発によって、吹き飛ばされていた。耳鳴りが鳴りやまず、全身のあちこちが痛む。もはや立ち上がる力どころか、引き金を引く力さえ残っていない。
視線の先には口から煙を出しながら、こっちを睨みつけているワイバーンの姿があった。その視線にはさっきまではなかった憎しみにも似た敵意が宿っているように感じる。それは俺達が確かにあの化け物にダメージを与えたという証拠だろう。
ワイバーンは再び大きく息を吸い込む。ダメージを与えはしたが、技を使用不能にするには至らなかったらしい。
視線だけを周りに巡らせれば、俺と同じように倒れているのが見える。意識があるのか無いのかはここからだと分からないが、少なくとも無事ではないだろう。そして俺達にはもうあれを止めるだけの力は残っていない。
ヤツの口の中で何かが光ったのが分かった。それがどんどん膨張していき、あっという間に直視できないほどの光になる。
――これまでか
俺達は十分に時間を稼ぐことが出来たのだろうか。空自の支援は間に合うのだろうか。ここで俺が死んだら、残された家族はどうなってしまうのか。死にたくない、死ぬことは出来ない。
だが、逃げようにも戦おうにも体がいう事を聞かない。意志の力だけではどうにもならない段階に達してしまっているのだ。
一際強い光が放たれる。それは一瞬で俺達を飲み込んだ。
それはテレビの中継を通じて、全国に届けられていた。
カメラマンやクルー達は上空からカメラを回しながら、その圧倒的な力でもって自衛隊を蹴散らしていく魔物を見ていた。一刻も早くこの場から逃げ出したい。そんな思いが体の奥底から湧き上がってくる。しかし、これを撮らずして、これを届けずしてなにがマスメディアかという根性のもと、どうにかその場で堪えていた。
その映像が届けられているニュース番組のスタジオでは誰もが口を開くことが出来ないでいた。銃という人間が作り上げた武器の悉くが通じず、国を守る要となる自衛隊が倒されていくのだ。今からでも何かのフェイク映像だとネタばらしでもしてくれないかと現実離れしたことを考えてしまうぐらいには混乱していた。
その映像を見た人々は誰もが思った。これが魔物なのか、と。これがこれからの世界で自分達が共存していかなくてはならないダンジョンに潜む化け物の姿なのかと。
それはダンジョンの出現を喜んでいた人には冷や水を。恐怖していた人には更なる恐怖を。特に気にしていなかった人には衝撃を与える出来事となった。
その映像はSNSや動画サイトを通じて世界中に届けられていた。今や世界中が自国に出現したダンジョンの攻略に躍起になっている。それは半年後に迫っているダンジョンからの魔物の放出から国を守るために。しかしダンジョンにはあのような人知の及ばぬ魔物がいることを知り、心を暗雲が包んでいた。
軍やそれに近しい者は、自衛隊の練度が低いわけではない。ましてや武器が弱い訳ではないことを知っている。しかし、それを差し引いてもあの魔物が強すぎるのだ。まるで神話に語られるドラゴンのような圧倒的な強さを持っているのだ。
もしあの魔物が自分達の国に出現した時、国を、国民を守ることが出来るのだろうか。もしアレを倒そうとするなら、どれだけの被蓋を出せば倒すことが出来るのか。そもそも自分たちの武器が通用する相手なのか。
――これが、この世界の未来なのか
その言葉を肯定するかの様に、ワイバーンに最後の攻撃を仕掛けた自衛隊の隊員達が極光に包みこまれた……かに見えた。
しかし、どこまでも伸びていくはずのその極光は僅かな距離を進んだ所でその勢いを減衰させていた。それは丁度自衛隊員が倒れていた辺りだったかと画面を見ていた人々は思った。しかし、何故止まったのか、そこには壁も無く遮るものは一切なかったはずなのだ。
しかし肝心のその場所は強い光によってまともに見ることが出来ない。数秒の間放出され続けていたその極光は次第に収まっていく。
世界中が目の前の画面に注目していた。テレビに家族で集まって、スマホの画面に齧りつくようにして、車のナビ画面に視線を集めて。その瞬間は世界中の人々が呼吸を止めていた瞬間かもしれない。これが本当なら史上初の事なのかもしれない。
立っているのは、日本人の女の子。中学生、いや小学生ぐらいの年齢かもしれない。その肩にはピンク色のスライムが乗っており、眼前には半透明の壁のようなものがあった。
なんでこんな場所に、こんな幼い少女がいるのか人々は理解できなかった。まさかあの少女が今の攻撃を防いだのか、いやまさかそんなことがある訳がない、だがしかし――そんな事を考えながらも次の行動を見逃すまいと、視線だけは外さないでいた。
そして次の瞬間には再び驚愕することになる。
ワイバーンが顎下から打ち上げられ、後ろに倒れたのだ。
それを成したのは今もさっきまでワイバーンの顎のあった位置から落下中の少女だった。
光に包まれたかと思われた俺達だったが、何時まで経っても衝撃が来ない。もしかして、衝撃すらないままあっという間に殺されてしまったのか。そう思いながら、閉じていた目を開ける。外はまだ明るいままで、眩しい。しかし目を焼くほどだったさっきまでの光に比べれば柔らかくなっているのが分かった。そして視線の先には誰かの背中があった。自分よりも小さなその背中からは、その人が子どもであるという事を伺わせた。
もしやあの子は天使で、ここは天国なのだろうか?
そうして光が弱くなり、その背中の向こう側でいまだにこちらを睨みつけるワイバーンの姿があった。つまりこれは夢でも死後の世界でもなく、現実だということだ。
そしてその背中が振り返る。
「大丈夫ですか!?」
声からして女の子だろう。自分の娘と同じか少し上ぐらいの年に見えた。その肩にはピンク色のスライムが乗っており、ぼーっとする頭では何が起こっているのか理解が追い付かなかった。
「……っ」
「酷い怪我……スライムちゃん、そっちはお願いね。あっちと、あっちにも倒れている人がいるから」
その言葉を理解したの肩からスライムが下りると、俺の方に向かってくる。そして俺の身体を優しい光が包むと、体の痛みが引いていくのが分かった。それに伴い意識もはっきりとしてくる。
そうだ、目の前のこの子は――
「確か……柊龍希さん、だったか?」
「はい。皆さんを助けに来ました」
「助けにって……」
いや、さっきの攻撃を受け止めたのがこの子なのだとすると既に俺達は助けられている。だが、どうして一般人であるはずの子がこんなところにいるのか。それを聞こうとしたが、それはワイバーンの雄叫びによって中断させられてしまう。
「下がっていてください。後ろにいた人達は全員回復させてきたので、話はそこで聞いてください。こっちは任せて!」
任せて――自分よりも年下のはずの少女から放たれたその言葉に、不思議と安心感を覚えてしまった。
今まさに動き始めようとしたワイバーンに向かってとんでもない速度で走っていくと、あっという間に真下に辿り着く。
「おっらぁ!!」
地面が割れるほどの衝撃で飛び上がり、ワイバーンの顎下に拳を叩き込む。そして信じられないことに、その衝撃によってワイバーンは顎をかちあげられ、その勢いのままに仰向けに倒れてしまったのだ。
あまりの光景に唖然としていると、後ろからクイクイと引っ張られる。見るとさっきのピンク色のスライムがその触手で俺の服を引っ張っているのだ。そしてその後ろには倒れていたはずの仲間がいた。
「お、お前らどうして……」
「何だか知らねえがこのスライムに助けられた」
「俺も同じだ。それにあの子は確か、斎藤二佐のお客さんじゃなかったか?」
「ああ、世界初のダンジョン攻略者の柊龍希さんだ」
その言葉に二人が大きく目を見開く。
柊さんは名前だけなら世界中で知られているが、その姿はほとんどの者が知らないのだ。まさか子どもの、それも女の子などとは思いもしなかっただろう。
「とにかく、俺達は後方に下がるぞ」
「な、良いのかよ!?少しでも援護をした方がいいんじゃないのか!」
「アレは俺達が入っていけるような戦いじゃない。それに柊さんの所のスライムも早く下がれって言ってるしな」
俺達を回復させたスライムはさっきからずっと俺達の服を引っ張り、負傷した仲間を下げた後方を指さしている。さっさと行けってことだろうな。
さらに衝撃音の響いてくる方では、立ち上がろうともがくワイバーンを拳一つで寝かしつける柊さんの姿があった。
それを見て納得したのかひとつ頷く。
後方に下がりながら、さっきの光景を思い浮かべる。
死を覚悟した俺達を助け、あの魔物を相手に一歩も引かずに戦っていた。
「ははっ……すげぇ、かっこよすぎるぜ!」
その光景を見ていた人々は思った。
「あの少女は何者なのか!?」と
龍希を知る人物たちは思った。
「龍希(ちゃん)何してんの!?」と
世界中の人々が、その趨勢に注目していた。
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