第25話
「どういう事……?あの箱は完全に破壊したはずなのに……」
『すみません。何が起こったのか私にも分かりません。私がもっと詳細に調べる事が出来ていれば……!』
「いいえ、あの状況では眼鏡さんの情報が唯一の生命線でした。それによって箱を破壊することにも成功しています。であるならば、アレは何か別に要因があったのでしょう。最初に言っていた生命力を吸収するという術も発動していませんしね」
坂井さんの言っているように、確かに生命力を吸い取るとかいう効果も無く魔物が召喚されたのだ。眼鏡さんが間違うとも思えないし、最初は本当にそうだったのかそれとも途中で手を変えてきたのはは分からない。
今は魔物が召喚されてしまったことの方が問題なんだ。
「眼鏡さん。あの魔物について何か分かる?」
『マスター……』
「大丈夫!一度失敗したくらいでくよくよしない!これまでが優秀過ぎただけで、偶にはこういうこともあるって!だからもう一度力を貸して、お願い!」
自分でも勢いで言ってしまっている感があるのは分かるけど、どうにか立ち直ってもらおうと励ましの言葉を言い募る。
『……もうこんな無様は晒しません。マスターの期待に必ず応えてみせます』
慰めになってのかも分からないけど、とにかく眼鏡さんが元気になってくれてよかった。ダンジョンから帰って来てからスライムちゃんと同じでずっと一緒にいるから、もう友達だからね。友達には悲しいままでいて欲しくないもんね!
『あの魔物についてですが……種族名はワイバーン、亜竜の一種です。竜ほどではありませんが、魔物としては強い力を持っています。先程も見たと思いますが、あの翼を使っての空中戦と得意とする魔物です。口からのブレスに加えて、あの赤い鱗ですから火の魔法を得意としている種ですね』
「空を飛ぶって、マズいじゃん!!?もしそんなのが街の方に飛んで行ったら……!!?」
「斎藤二佐、聞いていましたか!?」
「『聞いてた!すぐに近くの航空自衛隊の基地から応援を寄越してもらう!航空砲撃であの化け物を倒す!それまでの時間は地上の部隊に稼ぐように伝える!お前らはすぐにそこから避難しろ、いいな!』」
そういって通信が切れる。モニターの中のワイバーンは何故か動くことなく、その場でじっとしている。三階建ての建物よりもさらに大きいそいつは、キョロキョロと周囲を見回していた。
「皆さん、すぐに基地内にあるシェルターに避難します!」
日高さんと坂井さんが先頭に立ち、すぐに避難が始まる。移動しながら最後に見たモニターの映像には翼を広げ始めたワイバーンの近くで爆発が起こる所だった。さっきまでと違うのは爆発音の他に聞こえてくるワイバーンの鳴き声と早鐘を打つ自分の心臓の音だ。
シェルターは研究所の建物の地下にあり、複数の出入り口と広い空間が広がっていた。学校の体育館ぐらいの広さを持ったそこには水とかの物資とか色々なものが置かれていた。研究所にいた人が全員ここに避難しているみたいで、こんなにいたんだとびっくりするほどには人が集まっていた。
中に入ったぐらいからほとんど音が聞こえなくなっているけど、きっと今も外では戦闘が行われているのは確実だ。
「こちらのモニターで外の様子を確認できますのでついてきてください」
そう言う坂井さんに案内されて、シェルターの中に部屋の一つに入る。中には大きなモニターと複数のパソコンが置いてあってどこかの指令室みたいだなと思った。
坂井さんがカシャカシャと機械を弄ると、モニターの電源が付きそこの外の様子が映し出される。
目に飛び込んできたのは前足で自衛隊の人たちを薙ぎ払っているワイバーンの姿だった。すぐにお母さんが目を塞いでくれたけど、直前に倒れている人と地面に流れる血が見えてしまった。
「……すみません。配慮が足りませんでした」
「……ううん、大丈夫です。お母さんもありがとう。でも大丈夫だから」
お母さんの手を外すと、まだワイバーンとの戦いが繰り広げられていた。
「あの、さっき吹き飛ばされた人たちは?」
「バイタル値を見る限りまだ生きています」
「じゃ、じゃあ助けに行かないと!?」
「それは出来ないわ。外の連中は非戦闘員を逃がすために、あの魔物が外に出て行かないために戦ってるの。それにこれから外は戦闘機による航空砲撃が始まってさらに危険になるわ。そんな中に救助に向かわせるのは危険でもあるし、何より彼らが戦っている意味を踏みにじることになる」
「でもっ……でもっ……!」
日高さんはボクの言葉に取り合うことなく画面を見つめている。聞こえてきた声は平坦で、何の感情も感じさせない。日高さんのあんな声音は初めて聞いた。いや、こんな感じで誰かに話しかけられたのは初めてかもしれない。その突き放すような声に少し怖くなる。
でも視線を落とした時、日高さんの手がぎゅっと握られ震えていることに気が付く。よく見れば薄っすらと血が滲んでいるようにも見える。
そうだ。ボクなんかよりも日高さんの方が助けに行きたいに決まっている。一緒にこの基地で働いていて顔見知りも、友達だっているかもしれないのだ。
「ごめんなさい……」
それしか言えなかった。その場に空気に耐えることが出来ず部屋を出ようとする。お父さんとお母さんもついて来てくれようとしたけど、一人になりたいと言って部屋を出る。気持ちを汲んでくれたのか二人はついてこなかった。
入口のすぐ横の壁に背中を預けて座り込む。
今さっきのやり取りを頭の中で反芻する。
助けに行く、なんて言っても結局は誰かに行ってもらうだけで自分が行くわけじゃない。もしボクの言葉が受け入れられていたら、あの戦場に他の誰かを送り込む所だったのだ。そんなことになったら、後悔してもしきれなかったと思う。
そしてこうしている間にも外では、戦いが続いていて沢山の人があの化け物に殺されているかもしれないのだ。
でもそんな状況でもボクの脚は動かなかった。ボクがスキルを使えば、もしかしたら取れている人ぐらいなら連れて帰れたかもしれないのだ。ワイバーンを倒せるかどうかなんて事は分からない。それでもボクには出来る事があったはずなんだ。それなのに、その言葉は喉元で引っかかって出てこなかった。だってその力を使えばボクは死んでしまうかもしれないのだ。あんな怪物と戦うことになるかもしれないのだ……それが怖かった。
みんながそのことを責めているような気分になった。そんなことは無いと分かっているけど、そう思ってしまった。だから一人になりたかったんだ。
『マスター……』
「何?悪いけど今は一人にして欲しいんだけど」
そういえば眼鏡さんも一緒だったことを忘れていた。ずっと目の前にあるんだけど、最近は違和感も無くなってきたからね。
でも眼鏡さんは向うにいたほうがいい。この状況で魔物に関する情報を持っているのは眼鏡さんだけだ。だったらボクといるよりも向こうにいたほうがいいに決まっている。
そう思い眼鏡さんを外そうとすると――
『マスターは何を勘違いしているんですか?』
「え……?」
眼鏡さんに言われた言葉に外そうとしていた手が止まった。
勘違い?何を言ってるんだろう。ボクが何を勘違いしているというのか。なんで眼鏡さんはそんなに怒った様な声で喋っているのか理解できなかった。
『いいですか?マスターはまだ高校生の子どもです。社会的にも大人予備軍、子どもとくくられる年齢です。そんな子どもが何を御大層な事を考えているんですか?確かにマスターには強い力が宿っています。それこそあのワイバーンすらも倒してしまうほどの。しかし、普通の女子高生があんな化け物と戦う事を怖がらないとでも?自分の身体が壊れてしまう力を使う事を恐れないとでも?ちゃんちゃらおかしいですよ!!』
「……」
『マスターは偶然強いスキルを手に入れただけの子どもです。例えて言うならば木の棒を振り回して聖剣とか言っている子どもの持っている木の棒が本当に聖剣だったようなものです。そんな子どもに誰が期待しますか?そんな子どもに何の義務が生じるというんですか?そんなものありませんよ!戦うのが怖い?大いに結構!自分の身体が心配?むしろしない方がどうかしている!たかだか強い力を持った程度でヒーローにでもなったつもりでしたか!?』
何時からだろう?
何かをしなくちゃいけないと思うようになったのは。
何時からだろう?
スキルを基準に物事を考えるようになったのは。
眼鏡さんの言葉を聞いてそう思った。
『お分かりですか、マスター。あなたは普通の女の子なんです。責任なんていうものは大人に取らせればいいのです。マスターが気にすることではありません。ノブレスオブリージュなんてそこらの野良犬の餌にでもしてしまいなさい!』
確かにそうかもしれない。眼鏡さんの言うようにボクは偶然強い力を得ただけの子どもなんだ。それでいつの間にか力があるんだからっている考え方になっていたのかもしれない。
思えばダンジョンから帰ってきてからそんな考えが頭のどこかにあった様な気がする。
『マスターは誰よりも早く、ダンジョンの危険な一面を体験しました。だからこそ、という部分もあるのでしょう。これに関しては仕方のない部分もあります』
そっか。ボクはダンジョンでのドキドキするような体験と一緒に本当に死にそうな体験もしているのだ。それが引っかかっていたのかもしれない。強い人が頑張らないとあんな体験を沢山の人がするかもしれないって。
眼鏡さんの言葉を聞いて、心が軽くなったような気がした。
魔物と戦うとか、スキルを使うことの恐怖が無くなった訳じゃない。でも、何というかほんのちょっと軽くなった気がしたのだ。
――でもね?
「……でも、出来ることをしたいって気持ちは消えないの。もしかしたらワイバーンをやっつけるまで無事かもしれない。後で助ける事が出来るかもしれない」
それだけじゃ無かったんだ。ダンジョンの危険性を知っていることから来る強迫観念のような義務感だけじゃないのだ。
眼鏡さんと話していて初めて分かった。
「みんなを助けたい。ボク達を守るために戦ってくれた人達を、今度はボク達が助けたい。それが出来るだけの力がボクにはあるんだから」
身近な人を、目の前の助けることの出来る人を、助ける事が出来る力があるのなら。ボクはそれを助けたいと思う。それは義務感でもなんでもなく、ボクの心からの本心なんだ。
「でも、怖いのも本当なの。それにもしそれで失敗したらと思うと、脚が竦んで動かなくなる……どうすればいいのか分からない……」
『……さっき、魔法陣が起動してしまった時にマスターが私に言った事をお返しします。失敗を恐れないでください。マスターはやりたいようにやればいいのです。それで失敗した時は私も一緒に怒られます』
「眼鏡さん……」
『それにスキルの反動に関してはどうにかするあてがあるので、大丈夫ですよ。私を信じて、その上であの化け物に挑む勇気がマスターにはありますか?』
眼鏡さんの言う事が本当なら、ボクはスキルを使うことが出来る。でもそれが本当だとして、あのワイバーンのような怪物が暴れている場所に行くことが出来るのか。
すぐに答えを出すことが出来ず、少しの間黙ってしまう。けれど眼鏡さんは答えを急かすことなく待っていてくれた。
そして考えた末の結論を言葉にする。
「……うん、やるよ。眼鏡さんのことを信じる!」
『そうですか……』
「うん。やっぱり何もしないで見ているなんて出来ないよ。でもやっぱり一人だと怖いから、眼鏡さんも手伝ってくれる?何もしないで見ていることなんで出来ないんだ」
『最大限のサポートをすることを誓いましょう。では方針が決まった所で、あっちで覗き見をしている人も加えて悪巧みでもしましょうか』
「覗き見……?」
何のことだと思って横を見てみると、ボクが出てきた扉からひょっこりとピンク色の触手が出ていた。
ボクが視線を向けるとビクンと反応する。これって顔の部分なのかな?
「スライムちゃん?何してるの?」
「……(べ、別にちょっと様子が気になったから見に来ただけよ!?)」
『何を言っているのか。マスターが部屋を出ててからずっと覗いていたくせに……』
「……(う、五月蠅いわよ!心配だったんだからしょうがないじゃない!)」
『ではそこで聞いていないで、こっちに出てきてください。作戦会議を始めますよ。スライムちゃんの力も必要なんですから、しっかりと話を聞いてください』
「……(分かってるわよ。それで作戦って?場合によっては却下するからね)」
閉まっているはずの扉からにゅるっと出てくるスライムちゃん。ここの扉って結構ぴっちり閉まっていると思ったんだけどなあ。やっぱりスライムって全然弱くないよね?
どうしてスライムがあちこちで弱い扱いをされているのかよく分かんなくなってきた。
『ではまずスキルの反動の解決案についてです。そもそもですが、マスター。おかしいとは思いませんでしたか?』
「え、何が?」
『マスターはダンジョンボスである魔物を倒す時に初めてそのスキルを使いました。しかしその時マスターはレベル1な上に、加減なしに発動したままに使っていたとか。間違いないですか?』
「うん、そのはずだよ」
あの時はスキルの存在自体知らなかったからね。なんか出ちゃった力をそのまま使ってた感じだから、調整とか加減とかしてる余裕は無かった。
それにしても眼鏡さんは何を言いたいんだろう?
『つまりですね、レベル上昇の恩恵もなしにそれほどの力にマスターの身体が耐えられるはずがないんですよ。これまでの話をそのまま受け取るなら、その時に死んでいてもおかしくはない』
「……(それは龍希が気絶している間に私が回復魔法を掛けたからじゃないの?)」
『体の崩壊というのは回復魔法でどうにかなるものではありません。まあ最高位の回復魔法ならその限りではありませんが、スライムちゃんは使えませんよね?』
「……(確かにそこまでは使えないわね。つまりあなたが言いたいのは、私が治した傷はスキルで治しきれなかった、もしくは治る途中のものだったって事かしら?)」
『まさにその通りです』
でも前にお医者さんが、<活食>のスキルは細胞の破壊と再生を繰り返しているって言ってたからそういう事なんじゃないのかな?特におかしい所も無いように思えるけど。
『私が言いたいのは過剰な力による体の崩壊すらその時に治っていたことが問題という事です。ああ、一応言っておきますとあのお医者さんが間違っていたわけではありません。単純に情報不足というものですね』
「……(それでつまり何が言いたいわけ?じれったいから早く結論を言ってくれる?)」
『せっかちですね。分かりました。結論を言いますと、<八百万の晩餐>のもう一つの派生スキルである<医食>が今回の鍵になる、という事です』
そうして眼鏡さんの話を聞き、この後の方針を割とあっさり纏めたボク達はすぐに行動を開始した。
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