第23話

 戻ってきてからお茶を飲んでお喋りをしながら、眼鏡さんの鑑定が終わるのを待っていた。坂井さんから研究のために色々な国に行った時の話をしてもらったり、日高さんの自衛隊での話を聞いたりして退屈はしなかった。

 そうして待っていると、ようやく待っていた声が聞こえてきた。


『お待たせしましたマスター。ペンダントの鑑定が終わりましたよ』


「眼鏡さん!本当にっ!?」


『はい。機能、使い方その他もろもろきっちり調べ上げました』


 ということだったので、すぐにその結果を聞くことになった。


『まずは時間が掛かってしまいすみませんでした。かなり複雑な構造をしていたのでそれを読み解くのが大変で大変で。皆さんがさっきまで見ていた魔道具なんて目じゃないぐらいでしたよ』


「そうだったんだ……って魔道具の事知ってたの?話す余裕は無いですって言ってなかったっけ?」


『一応外の様子ぐらいは確認してましたよ。言う通り反応する余裕とかは無かったので本当に見ていただけですがね。まあそれはともかくとして、鑑定の結果について話しましょう。思った以上の代物でしたので早速お伝えしたいと思います』


 眼鏡さんの言葉に場に張り詰めたような空気が流れる。自身がかなり凄い魔道具である眼鏡さんがそう言うぐらいなんだから、きっと凄いものだったんだろう。

 ボクもちょっとドキドキしてきた。


『では説明します。あのペンダントの主たる機能は、召喚機能です。これがペンダントの機構を複雑にしていた大きな原因でした』


「召喚、ですか。つまり別の場所から物を呼び出すことが出来るという事でしょうか?」


『その通りです。とは言ってもこのペンダントの場合は召喚できるものが限られています。調べたところ、魔力を使ってこのペンダントに登録されている武器を召喚することが出来るようです』


「武器かぁ……」


 召喚って言われて面白そうだと思ったけど、その上まさか武器を召喚出来るなんて。伝説の剣とか、魔法が使い放題の杖とか召喚出来たりするのかな!?


「それは既に登録された武器があるという事でしょうか?」


『その通りです。現時点でペンダントに登録されている武器の数は万に上ります。さすがにそれぞれの武器の性能には手が回っていないので不明ですが』


「「「……」」」


 眼鏡さんの言った事に全員が唖然とする。

 一つとか二つぐらいかなとか思っていたら万とか言われたらそりゃあびっくりするよ。皆も似たり寄ったりの数字を思い浮かべていたようで、目を見開いている。


「め、眼鏡さん!どうやって使うの?というか使えるの!?」


『使えますよ。実際に見たほうが分かりやすいでしょうし、使ってみますか?』


 バッとお父さんとお母さんの方を見る。使ってもいいでしょと気持ちを込めた視線を送ると困ったような顔が返ってきた。さっき魔道具を使ったばかりだから大丈夫だと思ったんだけど、ダメなのかな?


「うーん、出てくるものが武器とか危ないものなのがねえ。使う時の説明をキチンと聞いてから決めましょう。龍希もそれでいいわね?」

 

 ここでごねると本当に使わせてもらえないかもしれないので、素直に頷いておく。


『では使用法についての説明をしますね。まず使う人はこのペンダントを首から下げます。後の手順は簡単で、欲しい武器を思い浮かべながら『武装召喚』と口にするだけで、武器が現れます。イメージ自体ははっきりとしなくても、こんなものが欲しいという思いを読み取ってペンダントがその場に適切な武器を選んでくれます』


「なるほど。それでしたら危険は少ないように感じますので、使っても問題無いと思います」


「……それじゃあ、使ってみる?」


「使ってみる!」


 坂井さんの後押しもあって使ってみる事になった。眼鏡さんが言った通りにペンダントを付けて、欲しい武器をイメージするんだけど……


「……どんな武器をイメージすればいいかな?」


「ちゃんと考えておきなさいよ!?まったく、てきとうに危なくない武器とかでいいんじゃないの?」


「あはは、ごめんなさい。それじゃあいくよ――【武装召喚】“危なくない武器”!」


 ボクの言葉を発動キーとしてペンダントが輝き始める。それに呼応するに目の前にペンダントと同じ色の光で描かれた魔法陣が現れた。その瞬間、身体から少しだけ何かが抜けたような感覚があった。これが眼鏡さんの言っていた魔力を持っていかれるってことなのかな?


『その魔法陣の中に手を入れて武器を引き出してください』


「えっ!?こ、この中に手を入れるの?……分かった、やってみるね」


 少し躊躇したけど、眼鏡さんが言うんだから危険はないんだろう。でもいくら美味しいって言われても、イナゴの佃煮とかは抵抗があるでしょ?ちょっと違うかもだけど、そんなもんだよ。

 覚悟を決めて魔法陣に向かって手を伸ばすと、するっと入っていくが向こう側からボクの手が出てこない。でも指先からひんやりとした感触が伝わってくるから、手が無くなったりしたわけじゃないはずだ。


 そうして肘ぐらいまで腕を入れた時、指先に何か固いものが当たったのが分かった。


「あ、これかな?」


 多分そうだと思ったので、さらに腕を突っ込んで武器っぽいものを掴んで一気に引き抜く。役目を終えたからか、引き抜いた瞬間に魔法陣は消えてしまった。そして自分の手の先を見てみると、そこにはフォークが握られていた。


「なんでフォーク?」


『マスター……呼び出す時にお腹空いたなとか雑念入りませんでしたか?私の予想ではヒノキの棒的なものが出てくると思ったのですが』


「そ、そんなことないよ!?」


 いや、ちょっとだけ思ったかもしれない。だってもう12時とっくに過ぎてるのに、まだお昼ご飯食べてないんだもん。お腹空いたとか考えちゃうのもしょうがないでしょ!?


「と、とにかく危険そうなモノじゃなくて良かったですね!まあフォークが武器なのかは疑問なところではありますが」


『一応これの詳細も調べておきますね。すぐ終わりますのでちょっと待ってください……――鑑定終わりました。そこの詳細をマスターのスマホにデータを送りますので見てください』


 その言葉と同時にボクのスマホに通知が届く。そういえばスマホと同期がどうのこうのとか言ってたからこんな事が出来ても不思議じゃないのかもしれない。というかホントに便利になったよね。 

 全員で覗き込むようにして届いたファイルを開く。


――――――――――――――――――――

『守りのフォーク』

一度だけ持ち主をどんな攻撃からも守ってくれる。使用後は再使用まで二十四時間必要。普通のフォークとしても使用可能。しかしそこまで丈夫ではないので、戦闘で使うには不向き。

――――――――――――――――――――


「守りに特化しているのですか。どんな攻撃からもというところを検証してみたいですし、もし本当に書いてある通りなら再使用可能というのは凄いですね。しかし何故形がフォークなのか……」


 うん、確かに凄い効果なのに形がフォークなのは何というか気が抜けるよね。というか誰がフォークで戦うんだよ、この文章考えたの眼鏡さんだよね。もしかしてボクに対して言ってるのかな?そうなのかな?


「出したものを戻すことは出来るのですか?」


『もちろん出来ますよ。召喚した時とは逆に“送還”と言えば自動で元の空間に戻って行きます』


「そうなの?“送還”――って本当に消えた」


 送還と唱えた途端に手の中にあったはずのフォークが光ったかと思うと、次の瞬間には消えていた。


「なるほど、興味深いですね。先程フォークは元の空間に戻ると言っていましたが、それはどこか別の場所という意味ではなく異空間ということですか?」


『その通りです。このペンダントは数多の武器が所蔵された空間に繋がり、そこから武器を取り出すことの出来るいわば鍵のようなものです』


「それはまた、すごいですね。是非ともその仕組みを研究したいところですが……龍希さん。先程はマップだけを売っていただくという話でしたが、このペンダントについても検討していただけないでしょうか!?」


 坂井さんがギリギリまで顔を寄せてそう聞いてくる。

 この人って研究のことになると我を忘れるというか、積極的になるというか。まあ別にそれ自体は構わないんだけど、ちょっと圧が凄いんだよね……


 それにしてもこのマップは別に売るのに躊躇もなかったけど、このペンダントはなあ。色々面白そうだし、武器だけじゃなくてさっきのみたいに役に立ちそうな武器(仮)も入ってるんだよね。それに、ペンダントのデザインも嫌いじゃないし。


 どうしようかな?


「坂井、少し落ち着きなさい。急にそんな話をしても龍希さんも混乱するでしょう?龍希さんも聞き流してくださって結構ですからね。そもそも自分の力でダンジョンを攻略して得たものなんですから」


「またやってしまいました……すみません龍希さん。今の話は本当に気にしなくていいですから。もちろん調べさせてもらいたいというのは本音ですが、今すぐに出来るというものでもないので」


 二人はそう言ってくれてるけど、沢山の武器が入っているってことは戦う人が持っていた方がいいに決まっている。でもボクはダンジョンに行くこともできないし、だったら自衛隊の人たちが持っていた方がいいんだと思う。


「そういえばお昼の時間を過ぎているんでしたね!皆さん、そろそろお昼ご飯にしましょうか!」


 空気を変えようと思ってか、日高さんがそんな提案をする。

 ボクもみんなもそれに乗っかり、お昼ご飯にすることになった。この建物には食堂もあるらしく、頼めば研究室まで持ってきてくれるらしい。あまり手が離せず外に出たがらない研究者たちに配慮されてそんな仕組みになったらしい。

 それじゃあとそれぞれ注文を言っていき、坂井さんが食堂に電話を入れる。


 そして出前も届き、いざ食べようとした時だった――


 突然建物を大きな揺れが襲った。


「な、なに!?」


「恐らく地震です!皆さん、落ち着いて机の下に隠れてください!」


 坂井さんの指示で机の下に入って地震が収まるのを待つ。

 そして、それほど時間もかからずに揺れは小さくなっていき一分ほどで収まった。研究室は頑丈に造ってあったのか棚とかは倒れてこなかった。ちょっとした小物が落ちてきたぐらいだ。

 完全に収まったのを確認してから机の下から這い出る。


「けっこう大きかったね。震度5ぐらいあるんじゃないの?」


「そうね。震源が近かったのかもしれないわね。家は大丈夫かしら?」


「そっちにテレビがあるので日高さんお願いします。私は研究所への影響を確認するので」


「分かったわ。ちょっと待って――」


 そうしてテレビをつける。日本は地震の情報だけは早いからすぐに速報か何かで出るだろうと思っていたのだけど……


「あれ、全然やらないね?」


「おかしいなあ。もうそろそろ出てもいい頃だと思うんだけど」


 お父さんも同じことを考えていたみたいで、日高さんにお願いして色々とチャンネルを回してみるけどやっぱりやってない。

 変だなあと首を傾げていると、坂井さんの叫び声が響いた。


「何ですって!?魔道具保管庫が大破!?どういうことですか!!」


 あまり大声を出す印象が無かったのでびっくりするけど、そんな事には気づかないほど興奮している感じだ。

 それにしても魔道具保管庫ってさっきの場所だよね?そこが大破って、かなり大変な事なんじゃないの?


「やっぱりそれだけさっきの地震が大きかったんだ。でもそうするとやっぱりおかしいよね」


「……(……龍希。恐らくだけどさっきのはただのただの地震じゃないわよ)」


『同感です。先程のはまず間違いなくプレートテクトニクスによるものではありません。お気をつけください』


「今すぐ外の映像を付けてください!この建物周辺の上空が映っているものです!急いで!」


 坂井さんが研究員さんにそう指示を出してすぐに部屋にあった大きな画面にその映像が映し出される。どうして坂井さんがあんなに焦った様な物言いだったのか、映像を見てもすぐには理解できなかった。


 多分この建物から少し離れたところの上空に真っ赤な光が波紋の様に広がっていた。それはこの基地全体を覆い尽くすほどに大きく、脈打つみたいに赤い波が断続的に放出されている。

 そしてその中心には遠目でいまいちはっきりとしないけど、黒い小さな何かがあるのが見えた。


「……魔道具保管庫にあった魔道具の一つが突如として起動、様子を見に行った研究員の話では、赤い光線が天井を突き破り保管庫を破壊したそうです」


「魔道具が暴走したって言うの!?」


「暴走なのか正常な反応なのかは分かりません。しかし、あれがどういうものか不明な以上警戒は必要でしょう。とにかく今はあの魔道具を止めることが先決です。このままでは何が起こるのか分かりませんからね」


「そうね。私は斎藤二佐に連絡を入れてアレを攻撃する準備をしてもらうわ」


 坂井さんと日高さんが動きだす一方で、空にも変化があった。赤い波紋が徐々に形を作っていく。それはさっきペンダントを使った時に見たような魔法陣だった。でもそれは血のような紅で、とても良いことが起こるようには思えなかった。


「坂井さん。あの中心に黒いのが見えるんだけど、あれって何ですか?」


「本当ですか?……確かに何かありますね。ズームしますのでちょっとお待ちください」


 映像が形作られていく魔法陣の中心をアップにする。

 そうして見えてきたのは見覚えのある黒い箱だった。


「あれって、さっき見てきた魔道具の箱ですよね?」


「なるほど、原因はやはりあの魔道具でしたか。さっき報告を聞いてまさかとは思っていたのですが。一体アレは何なんですか……?」


「眼鏡さん!あれが何をしようとしているのか鑑定とか出来たりする!?」


『もちろんです。すぐに終わらせますので少々お待ちください『鑑定』……――終わりました』


「どうだった!?」


『かなり不味いです。あの魔法陣は……魔物を召喚するためのものです』

 

 想像もしていなかった、想像よりも最悪の事態になってしまっていた。

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