第22話

「聞きたいことのもう一つは、魔物についてなのです」


「……?」


「ダンジョンにいる魔物は人間を見ると襲ってきます。国内で言えば、これに例外はありませんでした。海外のことは不確定ですが、私の把握している限りでは確認されていません。しかしここで一件の例外があります。それがスライムさんと龍希さんの接触なのです!」


「な、なるほど」


 スライムちゃんとのテイムのような関係が結ばれた事が坂井さんによって確認された。こんなにあっさりしていていいのかなと思ったけど、テイムという関係があるということが重要なので問題ないのだそうだ。

 そしてまた不明な要素が増えたスキルについては、あとで眼鏡さんに確認してもらうことにして置いておく。坂井さんはもっと詳しい話を聞きたがっていたけど、日高さんにもう一つの話を進めろと言われて泣く泣く話題を変えていた。


 その話題というのが、さっき坂井さんが背後にバンッと文字でも出てきそうな勢いで言った魔物との関係らしい。


 ボクはスライムちゃんとビッグスライムしか知らなかったけど、ダンジョンでは基本魔物に襲われるものなんだそうだ。

 だからこそ、最初から友好的に話す事が出来たボクとスライムちゃんの話を聞きたいのだそうだ。


「と言われても、ボクは普通に話しかけただけなのでよく分からないです?」


「……(わたしの方も別に用も無いのに襲ったりしないわよ。蛮族じゃあるまいし。ああでも、わたしの種族は蛮族だったか……)」


 ああ、そういえばスライムちゃんの前の種族って『バーサーカースライム』とか言ってたっけ。そう話す声は、何というかあえて何の感情も込めないようにしている風に聞こえた。 

あれだね、身内の恥というか黒歴史みたいな感じなんだね……


「ああでもそういえば、前に眼鏡さんと話した時に知能が関係しているんじゃないか、みたいな事を話した事があります」


「知能ですか……?」


「えっと、スライムちゃんの知能が特別高くて、そのお陰で無差別に襲ったりしないんじゃないかって」


「……なるほど。そうなると、魔物が人間を襲うのは本能によるものと考えられますか。知能という事は、理性があるかどうかが関係しているのでしょうか……?」


ぶつぶつの思考の海に沈んでしまった坂井さんの代わりに、日高さんが質問を引き継ぐ。


「他に何か心当たりのある事はありますか?」


「う~ん……ボクは特にありません、かね?」


「……(わたしも特には無いわね。自分でもどうして知能が高かったとか分かるわけないし)」


「なるほど。坂井、そっちはどうなの?考えはまとまった?」


「……まだ例が少ないので何とも言えません。ですが、知能が関係するならばどの程度のラインが基準なのかを調べる必要があります。ちなみにスライムさんは、龍希さんに初めて会った時に言葉を理解できましたか?」


 スライムちゃんの返答は「分かった」だった。ボクは最初の頃、ほとんどニュアンスで理解してたけどスライムちゃんはちゃんと理解していたんだ。その時の事を話すことも無かったから、知らなかった。


「となると、人間の言葉が理解できるのが最低限なのかもしれませんね。まあ、ヒントは得たのでここからはこちらで色々と検証していきます。龍希さんとスライムさん、貴重なお話をありがとうございました」


「全然大丈夫です!何か役に立ったなら良かったですから!」


 そんな感じでスライムちゃん関連の話しはまとまったけど、眼鏡さんの方はどうなっているのかと聞こうとしたとき。眼鏡さんの方から声が掛かった。


『申し訳ありませんマスター。まだ時間が掛かりそうですので、少し時間を潰していてください』


「あっ、そうなんだ。じゃあ伝えておくから、頑張ってね!」


『はい!性能の全てを丸裸にしてやりますよ!』


 気合いを入れ直して頑張っている眼鏡さんを応援しながら、もう少し時間が掛かる事をみんなに伝える。

 どうやって時間を潰そうかと思っていると、折角研究所に来たのだからダンジョン産のアイテムを見学していくかと誘われた。お父さんとお母さんも興味があったようで、ボクも含めて少し興奮気味に見学に参加することになった。


 案内されたのは、丸くて天井の高い部屋だった。部屋の壁一面には同じ大きさの長方形に区切られている。けどあまり見たことのない部屋なので、それが何なのかよく分からない。


「これは……まるで貸金庫見たいですね」


「貸金庫?お父さんこの壁の四角いのが何か分かるの?」


「多分だけど、あの四角の一つ一つが引き出しみたいになっているんじゃないかな。その中にアイテムとかが入ってるんだと思うけど……どうですかね?」


 確認するように聞かれた坂井さんは、正解ですと答えて手近な一つを開ける。

 お父さんが言ったように引き出しの様に開くと、中から一本の棒を取り出す。


「これもダンジョンから持ち帰られたアイテムなのですが……では龍希さん。これにはどんな効果があると思いますか?」


「えっ、う~ん……」


 見た目はこれといった装飾の無い木の棒だ。持ち手側から先端にいくにつれて徐々に細くなっている。色は黒っぽくて、漆とかでも塗ってあるみたいに少し表面に光沢がある。

 というか、これ見た目が完全にあれだよね?魔法の有名な洋画で主人公含む魔法使いたちが使っている杖だ。


「えっと、もしかして魔法の杖とか?」


「ふふ、やっぱり分かりますか。見た目が完全のそれですからね。まあ魔法の杖と言っても使えるのは――」


 坂井さんが杖に意識を集中すると、杖の先端にライターほどの大きさの火が灯る。


「この様に小さな火を出すことしか出来ませんが。このアイテム、私達は魔道具と呼んでいますが、魔道具の中でも使い方が分かりやすいタイプでした。杖を持って使いたいを念じれば、この通り火を出すことが出来ます。使ってみますか?」


「はいっ!」


 坂井さんから杖を受け取ると、言っていたように杖を使うと念じてみる。

 すると、本当に杖の先端に火が灯った。


「「おお~!」」


「凄い……本当に魔法使いになったみたい」


 お父さんとお母さんも、その光景に感嘆の息を漏らす。

 それだけ不思議で感動的な現象だったんだろう。もちろんボクも同じだ。まるで映画の中の世界にでもいるかのように、魔法を使う事が出来ているんだから。


「それじゃあこっちも試してくれますか?」


 もの欲しそうにしていたお父さんとお母さんに杖を預けて、別の魔道具を受け取る。

 それは箒だった。竹箒ではなく、学校の教室掃除で使うような目の細かい短いやつ。何て名前なんだろう?

でも、この流れからもしかしてと思って坂井さんを見る。


「えっと、それで空を飛ぶことは出来ません。効果としては、掃いたところ凄く綺麗になるといったものです」


「そうなんですか……」


「ふふ、甘く見てはいけませんよ?こっちにコーヒーをこぼして汚れたTシャツがあります」


 期待とは違った効果にがっかりするボクを尻目に、坂井さんはどこからか一枚のシャツを取り出す。胸の辺りに大きく染みが出来ていて、しかも白地だからもう落ちないと思えるシャツだった。

 というか本当にどこから取り出したんだ?


「この汚れた部分をゆっくりと払うと――どうですか!この通り汚れが消えるんです!」


「おお!凄い!」


「まあ何故かコーヒーの汚れしか落ちないんですけどね」


 そう言ってまたどこからかシャツを一枚取り出す。赤っぽいオレンジだから、ケチャップか何かの汚れだと思う。 

 さっきと同じように箒で払うけど、汚れは一切落ちなかった。


「なにそのコーヒー特攻……」


「まあこんな感じで様々な効果を持つ魔道具があるわけです。役に立つかどうかはともかくとしてですが」


 さっきの魔法の杖はともかくとして、こっちの箒は使いどころが少なすぎると思うんだ。何でこんなものがダンジョンから出てくるのか、本気で不思議だよ。

ちなみに魔法の杖は日高さん監督の元、お父さんとお母さんも使っている。火をつける度に「おお!」とか「わあ!」とか声が聞こえるから楽しんでいるみたいだ。


「今みたいに見た目通りに使ったり、使いたいと念じれば使うことの出来るものが半分ぐらいですね。残りの半分は見た目から用途が分からないものと、使い方が分からないものです」


「へぇ~……それじゃあ、この引き出しの中には全部魔道具が入ってるんですか?」


「いえ、下の手近な所が埋まっていてその他はまだ空いています。まだ数もありませんし、ここに入らない大きさのものは地下の倉庫に入っていますからね」


「それじゃあ他の魔道具も見てみましょうか」


「はい!」


 それから色々な魔道具を見せてもらった。ただ実際に欲しいと思ったのは本当にちょっとで、他はあの箒と同じ微妙に使えない物ばかりだった。本当になんであんな道具ばかりが宝箱から出てくるのか。

 坂井さんは階層が低いから微妙なものばかりで、もっと下の階層に行けば凄いものが出てくるんじゃないかという話だった。


「とはいえ、ここにある魔道具の全ては未知の技術で作られています。解析してその仕組みを知る事が出来れば、色々と応用が効きます。それが例え一見役に立ちそうにないものでも、です。私にとってはこれら全てが宝の山ですよ」


 その話をしている時の坂井さんの目は、虫とか石とかを宝物という少年の様に輝いていた。言っちゃ悪いけどボクにとってはガラクタにしか見えないこの魔道具たちも、この人には本当にお宝に見えているんだ。

 それぞれに使いどころとか、性能とかはポンコツなところは多い。けど、その効果は確かにボク達の知らない未知の技術なんだ。


 何となくだけど、きっとこういう科学者が将来凄いものを発明したりするんだろうなあなんて思った。もしそうなったら、みんなに学校のみんなに自慢できるね!


 そんな事を考えながらちょっと魔道具を見る視点が変わった様な気がしながら他の魔道具を見ていた時だった。


「……?」


 自分でもどうしてか分からない。だけど、沢山ある引き出し型金庫の一つから、どうしてか目が離せないのだ。何というか、視線が惹き付けられるというか妙に気になる。


「ねえ坂井さん。あの金庫にはどんな魔道具が入っているんですか?」


「あそこですか?……あそこには確か用途不明の箱型魔道具が入っていたかと思います。どうしてですか?」


「あ、いや、何となく気になって……」


「ふむ、そうですか……では見てみますか?特に危険なものでもないので大丈夫ですよ」


 その言葉にコクコクと頷く。やっぱりこの感覚は気のせいなんかじゃない。


 坂井さんが金庫を開けると、中に入っていたのは言っていた通りに箱だった。手のひらサイズの黒い箱で、ちょっと不気味な雰囲気を放っている。


「どうですか?」


「……何というか不気味です。ちょっと怖いですね」


「やはりそう思いますか。私も含めたうちの研究員たちの意見も同じです。ただの黒い箱のはずなのに、何故か気味が悪い。それで調べてみても、正体は分からずじまい。ですので、こうして仕舞われていたんです。さすがにこんな感じですから、開けてみるというのも出来ず」


 確かにこんなに怪しい箱を開けようとはならないよね。何が出てくるか分かったもんじゃない。ちょっと前にも箱にまつわる怖い話の映画がやっていたし、開けた瞬間に呪われたりお化けとかが出てきたりしたら目も当てられない。ちなみにボクはあの映画は見ていない。だって怖いから。

 そんな事を考えながら箱を見ていると、下からにゅっとピンク色の触手が伸びてきた。


「……(なにこれ、凄い魔力なんだけど)」


 嫌なものを見たといった感じの声でスライムちゃんがそんな事を言う。


「スライムちゃんもコレが気になるの?」


「……(気になるっていうか、こんなに強い魔力を放っていたらそりゃあ気になるわよ)」


「もしかして、スライムさんはこれが何か分かるのですか?」


 ボク達が話している様子を見ていた坂井さんは、スライムちゃんがこの箱の事が分かると思ったらしい。とりあえずその勘違いを訂正してから、いま話していた内容を説明する。


「……(もちろん他の魔道具にも魔力はあるんだけど、この箱はそんなの比べ物にならないぐらいの魔力を纏っているの。具体的にと言われると表現が難しいけど……そうね、さっきの杖の魔道具がコップ一杯分だとすると、この箱はこの前テレビで見たプールぐらいかしらね)」


「テレビで見たって、あれ25mプールとかじゃきかないよ……?」


 スライムちゃんが言っているのは県内にある結構有名はプールの事だと思う。流れるプールとか、波の出るプールとか色々な種類がある施設だ。スライムちゃんがどれの事を言っているのか分からないけど、どれにしたってコップ一杯と比べれば遥かに大きいことは間違いない。


「その話が本当なら無暗に弄らなくて正解ですね。単純に杖の数千倍の火力が出るとしても、かなりの被害が出ます」


「……(手が空いたら眼鏡に調べてもらう事を進めるわ)」


「スライムちゃんが眼鏡さんに調べてもらった方がいいって言ってます」


「そうですね。龍希さんが良いのであれば眼鏡さんに鑑定をお願いしたいのですが、構わないでしょうか?」


「ボクは大丈夫ですよ!眼鏡さんの方は後で聞いてみますけど大丈夫だと思いますよ」


 とりあえず眼鏡さんに調べてもらうまでこれまで通りしまっておき、そろそろいい時間という事でさっきの部屋に戻ることになった。もうすぐ眼鏡さんの鑑定も終わるかもしれないしね。


 使った魔道具を全部片づけて、厳重に戸締りしてから保管室を後にした。

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