第20話
斎藤さんの口から出たあまりの金額に、小市民であるボクたちの脳はフリーズした。
そこからいち早く立ち直ったのはお母さんだった。
「ええっと、その、その金額はちょっと多すぎるのではないでしょうか?一体どうしてそんなことに……?」
お母さんの言葉にボクとお父さんも立ち直り、ブンブンと首を縦に振る。
それを見ていた斎藤さんたちはからかう様子でもなく、真剣な顔で話をしてくれた。
「私の方で色々と解析、検証をしてみたのですが、特にあの紙の束。アレは、龍希さんが攻略したダンジョンの完全なマップだということが判明しました。しかもただのマップではなくダンジョンに関する様々な情報が付随していたのです」
「と、いうことであのマップは今後のダンジョン攻略において、非常に高い価値を持ちます」
「……価値で言えば本当はもっとあるはずなんですけどね。色々と制限があって、頑張ってもその金額が限界でした。全く物の価値を理解できない奴らの多いこと多いこと」
坂井さんはそう言っているが……いや、1000万でも十分に凄いですからね!?あ、あれだよ、諭吉さんが1000枚分のお金なんだよ!?
考えただけでも使い道がいくらでも……っと、危ない危ない。完全に貰う方向で考えていた。
どうするよ、とお母さんお父さんと目を合わせる。
すると、坂井さんがそれに関することがまとめられたレポートをボクたちに見せてくれる。手に取って読んでみるが、ボクにはどこら辺にそんな価値があるのかいまいち分からない。
「……とにかく龍希の持ち帰ったものがとても価値のある物だと言うのは何となく分かりました。しかし、まだ高校生の龍希にいきなりそんな額をポンと出されても困るというか」
お母さんの言う通りだ。確かにお金が欲しくないといったら嘘になるけど、それでも限度がある。さすがに額ぶっ飛びすぎなのだ。
「えっと、とりあえず貯金して龍希さんにはお小遣いという形で少しずつ渡していっては?」
「「「……あ」」」
日高さんの言うことに、それもそうだと納得するボクたち。
今でも毎月のお小遣いは貰っているけど、それが少し増えるってことだよね?それなら嬉しいだけで、色々と心配しなくてもいい。
というかこんなことも思いつかない程度には、揃って混乱していたみたいだ。
「そうですね……龍希は売ってしまっても大丈夫なの?」
「え、あ、うん。ボクが持っていても使い道無いし、全然大丈夫だよ」
「分かったわ。それじゃあそう言うことでよろしくお願いします」
「こちらこそ貴重なものをありがとうございます!これで今までは借り物ということで出来なかった、様々な解析手段を試すことが出来ます!」
「……それではいくつか記入してもらう書類があるので」
テンションが上がりまくっている坂井さんを尻目に、いそいそと書類の準備を進める斎藤さん。ボクも署名を書く必要があるらしいので、そこだけ記入する。書いてある文章を読んでみたりもしたけど、甲とか乙がどうとかよく分かんない。
「ああ、それから一緒に受け取っていたペンダントなのですが。アレは特別な効果というのはなさそうですので、最後の解析が終わり次第お返しすることになっています」
「そうなんですか?」
「はい。ボスの討伐報酬とか、ダンジョンの攻略報酬なので何かあると思っていたのですが、いくら調べても何も無かったんです。つけてみても身体能力や何らかの力に変化もありませんでしたし。一応、ただペンダントということで結論づけました。今行っているのも念のための解析です」
確かに別の宝箱から出てきた眼鏡さんがこうして喋ったりしているのだ。特殊な機能があってもおかしくはない。でも、攻略して出てきた宝箱の中身がただのペンダントってどうなんだろう?でも、一緒に入っていたマップの方が凄いからしょうがないのかな?
そういえば眼鏡さん、前に鑑定の機能が使えるとか言ってなかったっけ?それ使ったらペンダントのことも何か分からないかな。
『そうですねぇ……実は収納していた時に鑑定自体は試しているんです。ですが、まだ機能が万全ではなかった頃だったので鑑定不能となっていました。今ならもう少し何か分かると思うのですが、実物を見ないと何とも言えませんね』
ということは何か分かるかもしれないんだよね?だったらやってみたほうがいいと思う。
眼鏡さん、やってくれる?
『マスターが望むのであれば、私はただそれに応えるだけです。全力を尽くして結果をもぎ取ってみせましょう』
ありがとう、眼鏡さん!
それから今のやり取りを坂井さん達に説明する。
すると是非やってほしいと頼まれた。むしろ眼鏡さんを解析させて欲しいと頼まれけ
ど、それは断っておいた。分解とかされたら嫌だもんね。
「研究所にはスライムさんの件で行こうと思っていましたので、それについては向こうで説明しましょう」
坂井さんの言葉に、その話もあったと思い出す。さっきのお金の話が衝撃的すぎて忘れていた。そうして残るらしい斎藤さんを除いてボク達は、研究所のある建物に向かうことになった。
同自衛隊駐屯地にある研究所 ――
そこではダンジョン探索で得られたドロップアイテムなどの研究が主に行われていた。周辺にあるダンジョンから得られたアイテム類のほとんどがここに集まってくるのである。まだ短期間とはいえ、それは既にかなりの量になっていた。
例えばある部屋では、とある魔物からドロップした生肉について解析が行われていた。まずはその肉の成分を調べることで、人体に害のあるものかどうかを知るのだ。
しかしその研究もあまり芳しい成果は得られていない。
「これって確かウサギ型の魔物の肉だったよな……?」
「報告書によればそのはずだぜ……」
二人の研究員が結果を見ながらうんうんと唸っていた。
「確かにウサギ肉に酷似しているんだが、こりゃ全くの別物だな」
分析の結果、目の前に置かれているこの肉は地上にあるウサギの肉と似ている事が分かった。もちろん種族によって差異はあるが、大まかな部分がウサギと似ているのだ。しかし、それを構成している細胞に全くの未知の物質が含まれている。
そしてその物質はこの肉だけでなく、他のドロップアイテムにも多少の違いはあれど含まれていることも分かっている。
「まさに暗黒物質(ダークマター)とでも言いたい気分だよ。それなりに長いこと研究職やってるつもりだけど、こんなのを見たのは初めてだ」
「どっちかと言うと魔素とかの方が合ってるんじゃないですか?こっちの方がよりファンタジーって感じがして気分がでますよ」
「ははっ、それ良いな!今度の報告書にはその名前で推薦しとくか!」
そんなことを言い合いながらっている内に休憩も済み、再び解析作業に戻っていく。
また別の部屋では、植物に関する研究がなされていた。ドロップアイテムとして、何の変哲もない葉や根っこを落とすような魔物もいるのだ。
「なあ……これやっぱり食ってみねぇか?」
「馬鹿言ってないで作業進めなさい。仕事はいくらでもあるんだから。というか次から次へと入ってくるのよ!」
仕事が多すぎて、若干荒ぶりつつある同僚を宥める。
「そ、そうは言うけどな?だってこれ、どっからどう見ても大根だろう?」
そう、男の視線の先にあるのは太く白い主根に、瑞々しい青い葉っぱを携えた、まさに大根であった。
「……でもそれ。そうなる前は手足が生えて歩いていたらしいわよ?しかも呪いにでもかかりそうなおどろおどろしい声付きで隊員を追いかけまわしたらしいわ」
確かにそう聞くと、食欲は失せていく。
しかし、何もお腹が空いたから食べようなんて言ったわけではないのだ。
「だけど、例の未知の成分のせいで食用か可能かどうかも分からんだろう?一応マウスで試してはいるが、問題はないみたいだし。結局食べてみないと分からんじゃないか」
「それで怪物にでもなっちゃったらどうするのよ。バイオハザード的展開は勘弁してよね」
付き合っていられないと、自分の仕事を進める傍らで、男はじっと大根モドキを見ていた。そして、何かを決意したような目をしてそれを手に取る。
「……よし、俺は食うぞ!」
「はぁ!?あんた何言ってんの!?」
男の突然の行動に、追い付いていない女性研究員。
そして男は大根(仮)を高く掲げ――
「俺は人間を止めるぞーー!!ジョ◯ぉぉーー!!」
「洒落んなってないから止めなさいーー!?」
そうしてここに一人に勇者が誕生した。ちなみに彼は人間を止めることはなく、大根(のようなもの)を食べたことによる影響はみられなかった。その代わりこっぴどく叱られたが。
その後、忘れていたかのように『案内板』にドロップアイテムの食用についての注意書きが追加され、本当に意味で安全が証明されたのだが。
やはり地球の意志は、どこか抜けているのかもしれない。
そんな研究所の一番奥にある研究室では、主に道具系のアイテムの研究が行われていた。自衛隊によるダンジョン攻略が本格化しており、道具系のアイテムもそれなりの数が集まっている。その多くは宝箱の中から入手したものであるが、中には魔物からのドロップも存在する。
指輪やネックレスなどのアクセサリー、瓶に入った様々な色の液体、へんてこな形のものまでその種類は様々だ。
そんな研究室で今まさに調べられているのは、箱型のアイテムであった。表面は光を吸い込むような黒色をしている。大きさの程度は手に乗る程度であり、宝石箱のように豪華な形をしている。しかし、何故だか長時間は見ていたくはない嫌悪感のようなものも感じられる箱だった。
「……やっぱり外側からじゃ中身は見る事すらできないか」
「X線でも何も映りませんしね。見た目もそうですが、本当に不気味な箱ですよ」
その怪しい雰囲気から、下手に弄らない方がいいと判断した一同は外側からの解析にその手段をとどめていた。
「何か分かるような手段が出来るまでコイツは厳重に保管しておこう。今の段階じゃ何も分からないからな」
「そうですね。スキルの中には『鑑定』とか、そっちに特化したものもあるらしいですから。そっちに期待ですね」
「だな。どうせなら俺達もそんなスキルが欲しかったんだけどなあ。俺のスキル<日曜大工>だぞ?休日のお父さんかよ……」
「おれの方は<計算>です。結構いい感じですよ!計算に限っては前よりも格段に速くなりましたから!」
そんな会話をしていると、後ろの扉が開き他の研究員が入ってくる。
その手には電話が握られており、走って来たのか少し息が上がっている。
「先輩、先輩!大ニュースですよ!例の鑑定持ちのアイテムを持った子が、解析に協力してくれるって主任から連絡がありました!」
「……なにぃ!?」
一瞬の思考の後、その話の重要さに椅子を弾く勢いで立ち上がる。
鑑定持ちの魔道具とは、もちろん龍希の所有する万能眼鏡の事だ。それがよく漫画で見るような鑑定という能力を使える事は既に、主任である坂井によって研究員の間には周知されている。
「だったら特に解析を手伝って欲しいアイテムを見繕ってこなくちゃな!ちょっと行ってくる!」
「あ、ちょっと待って!副主任ってば――」
扉の前に立っていた研究員を押しのけて出ていく副主任の男。話をした研究員の止める声なんて聞こえていない様子で、全速力で走り去ってしまった。
「――ああ、最後まで聞いてくださいよ~」
「他にもなんかあるのか?」
「いえ、その子が強力してくれるのは自分でもちこんだペンダントのアイテムだけっていう続きがあったんですけど」
「……あんな言い方したら誤解するだろうが!おれだって色々と手伝ってもらえるものだと思ったわ!とにかく副主任を止めに行くぞ!」
「は、はいぃ!!」
暴走する上司を止めるべく、その後を追って部屋を出ていく研究員二人。
そうして誰も居なくなった部屋には、黒い箱だけが残されていた。
そして、人がいなくなるのを見計らっていたかのように、その表面に怪しい輝きを宿しているのは誰も知らない。
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