第19話
前日の食べ歩きで大満足していた翌日の事。
日課になりつつある早朝のランニングを済ませて、みんなで朝食を食べているときのこと、家の電話が鳴り響き、お母さんがそれに対応する。
まあそれはいつも通りのことだったので、みんな特に気にすることも無かった。そうして電話を終えて戻ってきたお母さんが一言――
「龍希。日高さんから電話だったんだけど……もし予定が空いているのであれば自衛隊の基地まで来てくれないかって」
「へっ?」
「もちろん今日じゃなくても構わないんだけど、龍希から預かったアイテムとか、龍希自身のその後の経過とかも話したいからって。後はスライムちゃんについても聞きたいことがあるって言ってたわ」
ああ、そういえばダンジョンで手に入れたアイテムは日高さん達に預けてたんだっけ。すっかり忘れてたよ。話しがあるってことは何か分かったのかな?
スライムちゃんのことはよく分かんないけどね。病院とかダンジョンの前でも大体のことは話したと思うし。
まあでも、ダンジョンの件から病院の件まで日高さん達には色々とお世話になっている。まだちゃんとお礼を言えて無かったし、いい機会かもしれない。
「だったらこれから行くよ。特に予定も決めてなかったからね!」
「……そう?それじゃあそう伝えてくるわね」
お母さんはちょっと困ったような、迷っているような顔のまま電話口の戻って行く。
恐らく、ダンジョン関連で色々あったから自衛隊の所に行くと聞いて複雑なんだと思う。もちろん話をしに行くだけだから、危ないことをしに行くわけじゃないんだけどね。
少しして電話を終えたお母さんが戻ってくる。
「とりあえず、この後迎えに来てくれるそうよ。それから同行者も問題ないそうだから、私も行くわ」
「そうなの……なんか急な話になってごめんね?」
「いいのよ。私も予定とか無かったからね。10時ぐらいにこっちに到着するらしいから、その前に準備しておいてね」
「は~い!」
とは言っても持っていくものなんて特に無いので、外着に着替えるぐらいだけどね。スライムちゃんを連れて行くにしても、鞄に入れていくだけだからね。
そんなことを考えていると、お父さんも同行したいと言い出した。
「彩燈さん。僕も同行していいかな?やっぱり心配だからね」
「……そうね。私もその方が心強いわ。でも、仕事の方は大丈夫なの?」
「そっちは問題ないよ。予定よりも進行状況は順調だし、在宅でも出来るからね。今日は家で仕事をする、ということにしておくよ」
お父さんはプログラミング関係の仕事をしているので、こうして偶に家でも仕事することもある。ボクや妹の学校の行事とかではよくこの手を使っている。それでもお父さんは優秀らしく、きっちり仕事を終わらせているんだから凄いと思う。
するとお母さんのちょっと固かった顔が和らいだような気がする。
「お母さん……私も行きたい……」
「わ、私も行きたいぞ!」
「それはダメ。朝陽は大会が近くて練習に集中したいんだっていったばかりでしょう。今日も練習があるんだから休むのは認めません。水月もロボ研の仕上げがあるって言ってなかったっけ?」
「「……」」
「はい。二人はしっかり学校に行って、やるべきことをしてくること。いいわね?」
「「……はい」」
ということで今日も皆に予定が決まった。
水月と朝陽は出かける時に最後まで未練がましい目をしていたけど、そんな目をされてもボクには何もできないからね!?
文句があるからお母さんに言ってよね……できればの話だけど。
先に部活に行った妹たちを見送った後、暫くして玄関のチャイムが鳴る。
外にいたのはもちろん日高さんで、その後ろには前に乗った様な迷彩柄の車ではなく普通のワンボックスカーが止まっていた。それから日高さんの格好も前に見た迷彩服ではなく、スーツになっている。
「お迎えに上がりました。久しぶりですね、龍希さん。お体の調子は大丈夫ですか?」
「日高さん!お久しぶりです!はい、何事もなく元気ですよ!」
お父さんとお母さんも軽く挨拶を済ませてから、車に乗り込む。
車にはボクたち以外に日高さんと運転手さん。そして前に見たことのある白衣のお姉さんが乗っていた。
二人はボクたちと向かい合うように座っている。
「初めまして、ではないのですが自己紹介すらしていなかったので、改めまして。私は坂井薫と言います。国からダンジョンに関する研究の為に派遣された者です。今回は突然のお話になってしまう本当に申し訳ありませんでした」
そう言って坂井さんは深く頭を下げる。それと同時に隣に座っていた日高さんも同じように頭を下げた。
「あ、は、初めまして!柊龍希です。よろしくお願いします」
「母の柊彩燈です。いいえ、こちらこそ龍希のことを心配していただいてありがとうございました」
「父の柊達也と申します!ふ、二人とも頭を上げてください!こちらこそ龍希の話が何かの役に立つなら協力させてください」
顔を上げると、二人の表情から緊張が取れているような気がした。
お互いに自己紹介も終わったので、今日のことについて話ながら目的に向かって出発する。大体三十分もあれば到着する距離にあるらしい。
そういえば、前に学校の校外学習で通った記憶がある。遠目でしか見てないけど、かなり広かったと思う。
「それで、今日はどのような話を……?」
「まず聞きたいのは龍希さんの体調の経過です。病院での定期検査に関する報告は受けているのですが、やはりきちんと直に会って確認したいと思いまして」
定期検査はボクが一週間に一度受けている検査のことだ。退院した後に、暫くの間は通って経過で異常が出ないかを見たほうがいいと言われたのだ。もちろん特に断る理由も無かったので、そうしている。
ついこの間も行ってきたばかりなのだ。
「それから、こちらが本題になってしまうのですが。電話でもお話したように龍希さんからお預かりしたアイテムについてきちんと結果を報告することです。そして同じく龍希さんがダンジョンから連れてきた、そこにいるスライムについてもきちんと調べておくことです。これに関しては基地についてからでないと動けませんので……まずは龍希さんのお話を聞かせてもらえますか?」
結局、移動時間のほとんどはボクの近況報告みたいになってしまった。
早朝にランニングを始めたこと。暫くまともに外出出来なったこと。この間の食べ歩きの事などなど。退院してからあったことを、沢山話した。
それを日高さんも坂井さんも、とても嬉しそうに聞いてくれるのでますます話が弾んでしまった。
そうしてひとしきり話終える。
「……どうやら経過は問題ないようですね。元気そうで本当に良かったです。病院にいた時は本当に辛そうだったので」
「はいっ!もう十分、元気になりましたよ!」
「ふふ、そのようですね……っと、もう少し聞いていたい所ですが着いたようですね。続きはまた後にしましょう」
その言葉に合わせるかの様に、車が止まる。外を見ると迷彩柄が沢山見えて、大きな車とか、さらに向こうにはヘリコプターとかも見える。
「おお~ここが自衛隊の基地……」
「ようこそ、ここが私達の基地です。さあ、案内しますので付いて来てください」
車を降りると、轟音だったり、誰かの叫ぶような声が聞こえてくる。案内されいてる間も、基地のあちこちに視線が向く。お父さんとお母さんも、やっぱりもの珍しいみたいできょろきょろしている。
そうして一つの建物、その中の応接室のような部屋に案内される。入ってみると、中には既に人影があった。その人はボク達が入って来たのに気が付くと、立ち上がって敬礼で挨拶してくれた。
「お久しぶりです、柊家の皆さん」
「斎藤さんっ!」
中にいたのは、これまた以前にお世話になった熊みたいに大きな斎藤さんだった。
促されて高級そうに見えるソファに座る。
うわぁ、柔らかい……体が沈みこんじゃう。
「本日は急な御呼びたてになってしまい、本当に申し訳ありませんでした。実はなるべく早くにお話ししておきたいことがあったんです」
「それはもう構いませんが、確かにどうしてこんなに突然の話になったのでしょう?いや、今日来ると言ったのはもちろんこっちなんですが……」
お父さんが斎藤さんと話をしている間に、何時の間に準備をしたのか日高さんが飲み物を持ってきてくれる。大人たちにはお茶を、そしてボクにはストローの刺さったオレンジジュースだった。
……なんか子ども扱いされているみたいで納得いかない……ちゅる……あ、美味しい。御代りが必要だったら言ってくださいと言い残して、自分も席に戻って行った。
「ご存知かもしれませんが、今政府はダンジョンの一般開放に向けた動きを始めています。その件で我々にもかなりの仕事が回ってきて、今を逃すと暫くは時間が取れそうになかったのです」
「……確かに最近ニュースなどでも取り上げられていますが、本当にそうなんですね。いえ、理由は分かりました。気を使って下さりありがとうございます」
二人の話の中で、ダンジョンの一般開放という言葉が耳に残る。
お父さんの言う通り、最近のニュースでよく取り上げられている話題の一つでもある。しかし、そのどれもが決定的なものじゃなくてそんな感じの動きがある程度に言っていた。
もしそれが本当だとして、ボクはどうするのか。そのニュースを見るといつもそんなことを考えてしまう。結局、結論が出ていないんだけどね。
「それでは早速ですが、お話に移らせていただきます。まずなのですが、龍希さんから預かっていたアイテムがあるかと思います」
それについてはもちろんみんな知っている。
「そのアイテムを坂井の率いる研究者達で調べて所、ダンジョン攻略にとても有用なものであることが判明したのです。そこで、あのアイテムを売っていただけないかという相談がまず一つ目のお話です」
「売る、といいますが、何となくイメージで国に提出しなくてはいけないものだと思っていたので。私たちも、もちろん龍希も戻ってくるとは思っていなかったのですが……」
お父さんの言葉にボクもお母さんもうなずく。日高さんたちにアレを預けた時に、何となくもう戻ってこないんだろうなと思っていたもん。だから眼鏡さんはボクが貰うってことで、渡さなかったのだから。
「いえ、そんなことはしません。まあ中にはそういった考えの者もいないとは言いませんが、私共としてはきちんと取引という形を取りたいと思っています。それで額についてなのですが――」
続く言葉を聞いて、思わず耳を疑った。
「――1000万円でどうでしょうか?」
……わぁ、0が沢山だぁ。
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