第18話

 朝食を食べながらさっきの事をみんなに話した。

 お父さんは「男のロマンだっ……!」と言って珍しくテンションを上げていたけど、お母さんからの冷たい視線を受けて急速に萎んでいた。

 お父さんもボクたちと同じでゲームとか漫画大好きだもんね。気持ちは分からないでもない。


「それにしても凄いマント……本当に姿が見なくなった……」


「ああ、気配も完全に消えて追うことすら出来なかった」


 マントを見ながら楽しそうに話すのは水月、少し悔し気に話すのは朝陽だ。二人はボクの話を聞いてすぐに不可視のマントを試していた。朝陽は見つけられる自信があると言っていたが、マントを被った水月にかすりもしなかった。それでちょっと落ち込んでるわけだ。

 まあ食事中にそんなことをしていたもんだから、お母さんにこってり絞られたけどね。というか、それでも笑顔でいる水月は本当に凄いと思ったよ……怒ったお母さん本当に怖いもん。


「そ、それで龍希は何処に出かける予定なんだ?あんなものを持ち出してきたってことは、どこか行きたい場所があるんだろう?」


「う~ん、外に出るとしたらアレがあったら便利だよねって話をしてただけだから特に決めてないんだけど……そうだなぁ」


「ああ、出掛けるのはともかくあんまり遠出はダメよ?せめてご町内にしなさい」


 ご町内限定となると行ける場所はかなり絞られてくる。ボクの行動範囲がそこまで広くないのもあるかもだけど、この街はそんなに広くない。だから、遊べるような場所もだいたは決まってくるのだ。

 となると……あ、あそこなんかいいんじゃないかな?

 

「そうだ、商店街に行こう!」


「……なんで東北に行こうみたいなノリで言ったのよ」


「商店街……ということはもしかしなくても……食べ歩き……?」


「水月、正解!最近行って無かったからね。折角だから久しぶりに行こうと思って!」


「「「……」」」


 あれ、どうしてみんな黙っちゃうの?

 水月と朝陽は遠い目をしてるし、お父さんが苦笑してるし、お母さんにいたってはなんで頭痛を堪えるような仕草をするのさ!?


「……まあいいわ。あんまり羽目を外しすぎないようにね」


「うん?分かってるよ?」


「……はぁ」


 あれぇ~?どうしてそんな呆れたような表情をするんだ?……あれかな、前に一緒に行った時にお母さんのアイスクリームを一口で食べたからかな?


 するとお母さんは隣の席で朝ごはんを食べていたスライムちゃんを撫でる。スライムちゃんは特に気にした様子もなく、されるがままに食べ進めている。


「もうスライムちゃんにお願いするしかないわね。龍希が食べ過ぎない様にしっかりと見張っててくれる?」


「……(……?とりあえずついて行っていいなら私も行くわよ?)」


 スライムちゃんはどういうことなのか分かっていない様子。もちろん言葉が通じてないわけじゃない。結局スライムちゃんの言葉はボクしか理解できず、話すことがある時はボクを通訳に挟んでいる。水月はスライムちゃんのことを「かなり頭がいい」と言っていた。水月がそんなことを言うのはかなり珍しいので、みんな驚いたものだ。


「スライムちゃん連れてってもいいの!?」


「う~ん、まあいいんじゃないの?頭もいいし、大人しいし。鞄とかに隠れててもらえば大丈夫でしょ」


「やったー!!」


 朝ごはんを食べ終え、仕事と部活に行くお父さんと妹たちを見送ってから暫く。お昼前ぐらいの時間になったので、早速出かける準備をする。

 着替えをして身だしなみを軽く整える。


「お母さん、そろそろ行ってくるね!」


「気を付けて行ってくるのよ!」


「は~い!」


 スライムちゃんを鞄に詰め込んで、上からマントを羽織って外に出る。 

 外に出た瞬間からむわっとした熱気が全身を包む。しかしそれも一瞬の事で、すぐにその熱さが気にならなくなった。


「あれ、熱くない……」


 正直この真夏に黒いマントを着ていくなんて自殺行為もいいところだろうと思っていた。けど、心配したような事もなく快適に過ごせている。

 

『そのマントに温度の快適化の機能がついているからですね。ある程度の熱さ、寒さはそれを着ていれば対応できます。極論、この地域なら真冬にそのマント一枚でも快適に過ごせますよ』


「それじゃあただの変態だよっ!?やらないからね!?」


『軽い冗談です』


「……全然軽くないんだけど」


 眼鏡さんの冗談はともかくとして、快適に過ごせるのは良いことだ。熱さを気にすることなく炎天下を歩けるなんて思っても見なかった。

 周りに歩いている人を見ると、ハンカチで汗を拭いたり、手持ちタイプの扇風機を使ったりしている。

 

「むふふ……ちょっとだけ優越感っ!」


『マスター、あまり喋っているとバレてしまいますよ』


「おっとそうだった。びーくわいえっと、だね」


 大きな声を出さない様にして、商店街の方に歩いていく。

 道中にある色々なものをスライムちゃんや眼鏡さんに説明しながらだから、それなりにゆっくりだけどね。


「……(龍希、あの大きな箱は何?凄い速さで動いてるわ)」


「そっか車は見たことあったけど、電車はまだだったね。アレも車と同じ乗り物だよ。大勢の人が乗って移動してるの」


「……(へぇ~……凄いわね)」


『マスター、アレは何ですか?魔物ですか?』


「……アレはただのモヒカンだよ。ああいう髪型の人間だから」


 何てものに目をつけてるんだ。なんかヤンキーっぽいしあまり関わりたくないかも。

 でもあんまりこの街で見ない人だけど、ここら辺に住んでいる人じゃないのかな?


「というか眼鏡さんは自分で調べる事も出来るでしょ?この前ネットにつながったとか言って喜んでたじゃん」


『確かにネットを使用することは出来ますよ。アレは良いものですね、色々な情報が瞬時に手に入る』


 やっぱりそうなんだったんだ。

 家に帰ってきてすぐの事だけど、ボクがスマホを使ってた時の事だ。スマホを解析させて欲しいと言われて暫く貸した結果、ネットという新しい機能を手に入れたのだ。 

 ちなみに一瞬で検索してくれるものだから、ボクも便利に使わせてもらっている。


『それに折角マスター直々に説明してくれるのですから!仲間外れは良くないですよ?』


「いや別に仲間外れにしようとかじゃないけど。まあいっか」


 そんなことをしている内に商店街についてしまう。いつもよりも時間が掛かっているはずなのに、むしろ早く着いたように感じる。

 入口に来た段階で既に美味しそうな匂いが漂ってきている。


「デザート系は最後にするとして、まずは何から食べようかな~?」


「……(本当に沢山お店があるのね。龍希はここにあるお店のものは全部食べたことがあるの?)」


「もちろんっ!お店は全部回ったし、商品も新商品も含めてチェック済み!――よしっ!お腹に余裕があるうちにがっつり系を食べよう!」


 ちなみに商店街に入ってからマントは脱いでいる。ちょっとそこの路地裏に入って、眼鏡さんに収納して貰っている。

 お小遣いは最近使えていないので、十分ある。美味しそうな匂いのお陰でお腹も空いてきた。準備は万端!


 早速入ってすぐの所にあるお総菜屋さんに近づく。ここは家でもよく利用しているお店で、コロッケとかメンチカツとかから揚げとか、揚げ物が美味しいのだ。

 お店のおじさんはボクが近づいてくるのを見ると、大きく手を振ってくれた。


「龍希ちゃーん!!随分と久しぶりじゃないか!!」


「おじさん、やっほー!今日は久しぶりに食べ歩きに来たよ!」


「何だって!?――お前ら!!龍希ちゃんの食べ歩きが始めまるぞ!!しっかり準備しておけよ!!」


 おじさんがその大きな体に似合った大きな野太い声で、商店街の方に声を張り上げる。

 すると道行く人は驚いて何事かと身構える人と、始まったかと笑顔になる人の二つの反応に分かれる。

 そしてその声を聞いたお店の店主たち、特に飲食店の人たちが一斉にお店の外に飛び出してくる。


「何ぃー!?龍希ちゃんが来ただと!?うちのパンは丁度焼き立てだぞ!!」


「ほんと、龍希ちゃんがいるわ!?私の所も丁度いまシュークリームが焼きあがったところよ!」


「いらっしゃい、龍希ちゃん!!今日はいいタコが入ってるんだ!とびっきり上手いタコ焼き作ってやるからね!」


「なぬぅ!?儂のところの和菓子も龍希ちゃんに食べられるのを待っとったぞ!」


 一斉に飛び出してきたおじさん、おばさん、お爺さん、おばあさんはみんな顔見知りのお店の店主さんだ。他にも自分の所のお店の前で手を振っては、後で寄って行ってくれと声を掛けてくれる。


「みんなありがとー!!あとで回るから待っててね!!」


 そう言うと、「よっしゃー!」という声を上げながらそれぞれのお店の中に戻って行った。


「……(な、何だったの……今のは……)」


『勢いが凄かったですね。まさかこうなるとは思いませんでした……』


「ん?大体いつもこんな感じだよ?――という訳だからおじさん。あんまり一つのお店で買えなくなっちゃった」


「んなこと気にすんなっ!俺達は龍希ちゃんが食べに来てくてるだけで嬉しいんだからよ!」


「……うん!それじゃあ早速食べようかな。今日のおすすめは何?」


「今日は鶏肉がいいのが入ったからな。うちの自慢のから揚げがおススメだぜ!」


「じゃあそれを……500gお願い!」


「あいよ!すぐに揚げたてを用意するからちょっと待ってな!」


 そう言うとおじさんは店の中でから揚げを作り始める。既に店頭のガラスケースにはから揚げがあるのだけど、ボクが来るといつも揚げたてを用意してくれるのだ。


『500gってマスター……本当に食べ切れるんですか?これから他のお店でも食べなくちゃいけないんですよ?』


「だからいつもよりも少なめにしたんだよ?」


「……(……龍希のお母さんの言っていた意味がちょっと分かった気がするわ)」


『……私もです』


「……?」」


 よく分からない意見の一致をしている二人はさておき、すぐに出来上がったから揚げを受け取る。

 おじさんにお礼を言いながら、食べ歩きを続ける。

 ゆっくり歩くことで次のお店に行くまでに、前のお店の者は食べ終える。そして持ってきていたお茶を飲んである程度味をリセットしてから、また買うのだ。


 それを繰り返すこと暫く――


 かなり時間はかかったけど、全てのお店を回る事が出来た。お小遣いは吹き飛んでしまったけど、大満足だ。


「ふぃ~美味しかった。ご馳走さまでした!」


「……(……本当に食べ切ったわね。途中でおまけとかいって余計に貰ったりしていたのに)」


『あの量の食料が、この小さい体のどこに消えているというのか……まさに生命の神秘ですね』


 なにやら大げさなことを言ってるけど、これぐらい食べられる人なんて沢山いるよ。でも今日は久しぶりだったから、いつもより多めに食べちゃった気がするけどね。さすがにお腹いっぱいだよ。

 するとそこで、五時になったことを告げるチャイムが街に鳴り響いた。


「あ、そろそろ帰らないと……最後にクレープ食べて帰ろうかな!」


「『いい加減にしなさい(してください)』」


 あ、クレープは美味しかった。味はチョコバナナホイップクリームね。

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