閑話2
会議室の中で3人の人間が話をしている。
一人は肩口で切りそろえられ髪が特徴の女性。彼女は日高優子。柊龍希がダンジョンから帰って来た時に何かと世話を焼いてくれた女性自衛官だ。
「それにしても大変なことになりましたね」
「そうだな……」
それに答えたのはガタイのいい男性。この基地の全員を束ねる立場にあり、龍希からは熊のような人と称された斎藤武彦である。本人にそんなことを思われていたということは知る由もないが。
「しかし、これは時間の問題だったでしょうね」
そう言うのはこの場にいる最後の一人。長い髪を無造作に伸ばし、頭の後ろで一つにくくっている女性。白衣を着たその女性は、地球の意志にカルマシステムについての質問を投げかけた坂井薫である。彼女は自衛隊ではなく、国から研究者として派遣されてきている。
「だが、こんなに早く話が進むとは思っていなかったぞ」
「それだけ状況が切迫しているということでしょう。こちらも猫の手を借りたいぐらいには人手が足りていませんからね」
彼らが何を話しているのかというと、それは――
「ダンジョンの一般開放、か」
ダンジョンの一般開放。つまり彼らのような自衛隊や警察の人間でなくとも、民間人でも入れるようになるということ。
「それで私達に何をしろと?」
「……民間から募集する者たちへの指導、ダンジョン周囲の土地の整備、ドロップアイテムの管理などなど無理難題ばかり言ってくる」
「それは……確かに無茶ですね」
「それだけならまだいいさ。極めつけは『柊龍希にダンジョン攻略を協力させる』だ」
「ふ、ふざけないでください!龍希さんには十分な休養が必要です!それはこの前の検査の後に報告したはずでしょう!?」
「少し落ち着け。それは俺も聞いたし、上に報告もした。しかし、これが一部の奴らの暴走なのか全体の総意なのかは分からん。出来れば前者であって欲しいものだが」
「恐らくは一部の暴走でしょうね。実際には柊龍希は様子見ってことで話が通っているみたいです。それを承服できなかった一部の馬鹿どもが無理やりねじ込んだんでしょうね」
肩を怒らせながら怒鳴る日高を宥めていると、坂井が一部の暴走だと断じる。
「それは確かな情報なのか?」
「はい。これでも顔が広いのでそれなりの情報は集まります。各国からの情報請求にも、分かり次第共有すると言って受け流しているようですから」
「そうか……」
そもそも一般開放といい、柊龍希の話といい。こんな話になっているのは数日前の出来事が原因になる。
元々日本政府としては自衛隊によってダンジョンを攻略することで半年後の危機を乗り切ろうとしていた。しかし、そんな折にアメリカから入った情報。そこには、ダンジョン内での死亡や、ドロップアイテム。そして魔物との戦闘でスキルを使った結果が書かれていた。
まあ所々情報が明らかに切り取られた箇所があったので、馬鹿正直に教えたわけではないのだろうが。
その報告をみた日本政府はダンジョンを脅威としてだけでなく、資源として活用する発想に至った。それだけダンジョンと言う場所は様々な面で自給率の低い日本には魅力的な場所だったのだ。
それは他国でも同じだったようで、世間はダンジョンの一般開放の話題が溢れていた。
「龍希さんは、例のスキルを使わない以上普通の女の子です。ダンジョンで戦うことは出来ません。そう言って突き返しておいてください」
「それは俺も同感だま。まあ、オブラートに三十回ぐらい包んで返答しておこう。それはそうとして、一般開放をどう見る?」
「そうですね……研究者としては、色々な素材をみることが出来るのは嬉しいですね」
「そうじゃなくてだな。本当に上手くいくと思うか?」
「初期の受け入れ人数を考えればギリギリでしょうか。後は入る人間と、持ち帰ったものの管理体制が整っていれば問題ないでしょう」
想定している初期の受け入れ人数は千人。それを全国にあるダンジョンの内、一部を使って受け入れを行う。そしてその一部のダンジョンには、彼らが封鎖しているダンジョンも含まれているのだ。
「そもそも、いくら死なないからといってどれほどの人が集まるのか」
「半年後には世界中が危機に陥るかもしれないんです。それまでに力をつけておこう、攻略してやると、気概を持つ人も中にはいるみたいです」
「そしてそのダンジョンを世界で初めて攻略してしまったのが柊さんなんだ。いま世界中が彼女に注目している――」
ネットでも『柊龍希』については何度も騒がれている。突如として現れた、世界で唯一ダンジョンを攻略した人物。むしろそれが話題にならないという方が無理がある。
「それで、柊家の皆さんはどうしている?」
「はい。やはり一部で情報が洩れてしまったようで取材の電話や手紙が来ていました。強引な取材をしようとしたところは、カルマシステムの制裁を受けていたので今は落ち着いているみたいです。幸いな事に一般にはさほど情報が流れていないようで、そこに関しては一安心です」
「ふむ、しかし心配ではあるな。周囲の警護はどうなっている?」
「皆さんには気づかれない様に継続しています。それどころか龍希さん自身のご近所での気に入られようが凄まじく、むしろご近所総出で見守ろうという空気があるくらいです」
「……そうか。今はこれだけ騒がれているが、ダンジョンの一般開放が始まればそれも収まっていくだろう。それまでの間は柊家の皆さんのことをしっかり頼んだぞ」
「もちろんです!」
「うむ……柊さんの話で思い出したが、アレはどうなってる?」
「アレ、と言いますと柊さんから預かったアレでしょうか?」
「そうだ。彼女がダンジョンを攻略した際に手に入れた宝箱とドロップアイテムだ」
龍希は検査が終わってすぐに、自身が手に入れて万能眼鏡が収納していたドロップアイテムを「少しでも役に立つなら」といって日高達に渡していたのだ。
それはすぐに坂井が率いる研究班に渡り、解析が開始された。
「かなり面白いことが分かりましたよ?少しまってください……」
そう言うと坂井は手元のタブレットを起動させて、いくつかの資料を表示させる。
「まず、宝箱そのものに関してです。これらについては材質からして分かりませんでした。未知の金属から出来ているうえに、耐久性、柔軟性ともに現存する金属よりも優れている」
「未知の金属か。さすがはダンジョンだな」
「何らかの合金かとも思ったのですが、純粋に一種類の金属から出来ているようです。これに関してはもう少し研究を重ねたいところですね」
「それで肝心の中身についてはどうなんだ?」
「それについてはこっちの資料ですね」
画面をスライドして別の資料を表示させる。
「赤い方の中身は龍希さんのつけている眼鏡だったとのことなので割愛します。あれもそのうち調べたいところですが……ともかく、まずはこっちの紙の束ですね。これに関してはこの動画を見て下さい」
そう言って再生される動画はまず紙の束が広げられた状態から再生される。その中央には星型の図形が描かれている。それを指で一筆書きでなぞっていく。すると、その図形から波紋を描くようにインクが広がり、形を作っていく。
「こ、これは……!」
「“ダンジョンマップ”とでも呼びましょうか。ここに書かれているのはダンジョン内の地図です。まだ一層だけですが検証したので間違いありません。それとこの黒い点があるのが分かりますか?」
「……ああ、これの事か」
ダンジョンマップと言われた地図の中では確かに黒い点が動き回っている。そのどれもが集団で集まっており、孤立している点は一つもない。それを見て斎藤はピンとくるものがあった。
「これはダンジョンに侵入している人間を現しています。つまりこの地図を使うことで、ダンジョン内にいる人数を管理することが可能です」
「やはりか。しかしこれは画期的だな。さっきの話でも役に立ちそうだ」
「坂井さん。こっちに表示されているシルエットみたいなものは何ですか?」
見れば迷路が描かれている外側に、何かのシルエットの様なものが複数描かれている。
日高の質問に坂井はニヤリと笑って答える。
「これはダンジョン内にいる魔物の図鑑のようなものです。シルエットの様になっているのは、まだ遭遇していない魔物だろうと推測しています。これなんかは……ほら。龍希さんの所にいるスライムと同じ種族ですよ」
そこには確かに龍希から聞いていたことと同じ、青スライムの姿とバーサーカースライムの文字が。
これを見せられた二人は思わず息を呑む。このマップ一つからこれほどの情報を得る事が出来るのか、と。
その反応を見て、坂井は他の機能も説明していく。しかしあくまでこのマップは、これを入手したダンジョン専用である。しかし、ここで得られる情報が他のダンジョンでも役に立つ可能性は大いにある。
そう考えればこのマップの情報の価値はかなりのものとなるはずだ。
「……ここまで来ると、凄いとしか言いようがないな」
「龍希さんから受け取ったアイテムはあと一つありましたよね。そっちに関してはどうでしたか?」
「ああ、あのペンダントですね。色々と調べてはみたのですが、うんともすんとも言いませんでした。本当にただのペンダントなのか、それとも別の使い道があるのか。まだ検証が必要ですね。一応、身体能力や魔法能力の増減はありませんでした」
「運気上昇とかだったら具体的に調べようがないからな。分かったそっちに関しても引き続き頼む」
「分かりました。ああ、それとこっちの資料にも目をとしておいてください。攻略に役立つはずです――」
そういって坂井は二人に数枚の資料を示す。そこに書かれているのはアメリカの部隊がダンジョンに入った時のこと。その中でもとりわけ魔物との戦闘についてが詳細に書かれていた。
「助かる。日高、これを攻略部隊の連中に共有してくれ」
「分かりました」
「他には何かあるか――……ないみたいだな。それじゃあそれぞれ仕事に戻ってくれ。一般開放の準備の件については追って連絡する」
「「了解です」」
そうして二人が部屋を出ていき、斎藤も仕事に戻る為に部屋を後にした。
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