閑話1

 世界にダンジョンが出現してからもうすぐ一週間が経とうとしていた。数日前にあった地球の意志からの魔物を外に出すという話。その話もあって、世界中はダンジョンの攻略に積極的になっていた。

 

 とある合衆国――


 この国でも二度目の地球の意志からの話の後からダンジョンの攻略に力を入れていた。広い土地を持つこの国では、それに比例してダンジョンの数も多い。もしその全てから魔物が溢れてきたりしたら、その被害は計り知れないものとなる。よって一刻も早いダンジョンの攻略が求められていた。


 軍から組織されたダンジョン攻略部隊は複数のダンジョンに同時にアタックを掛けていた。


 そのうちの一つは丁度今、ダンジョンに足を踏み入れたところであった。


「ここがダンジョン……」


 光の渦を潜った先に広がっていたのは一面の草原だった。そして、そこにはまるで放牧でもされているかのように牛のような魔物の姿があった。


 しかしそこは訓練された軍人である。油断することなく部隊全体に合図を送り、銃を構える。そして、相手に気づかれないうちに一斉射撃を行う。そしてその弾丸を受けた牛のような魔物は「ぎゅおぉぉぉーー!!?」という断末魔を上げて、光の粒子となって消えてしまった。

 それによってこちらの存在に気が付いた複数の牛の魔物がこちらに突進を仕掛けてくる。それに対しても先程と同じように攻撃を行い、順調に倒して行く。


 そして見える範囲から魔物の姿が消えたことを確認し、警戒を緩める。見晴らしのいい草原のフィールドで隠れる場所はない。


 そして魔物が消えた地点に行くと、そこには複数の真珠のような珠が落ちていた。顔を近づけてみると、透明になっているその珠の中には生肉のようなものが見える。それを手に取ったとき、それは突然生肉へと姿を変えた。

 他の場所で拾っている隊員の元でも同じ事が起こっていた。


「これが話に聞いていたドロップアイテムなのか」


「そうみたいだな。それにしても生肉のまま地面に落ちなかったことを喜べばいいのか、手に取っただけで出てきちまったことを悲しめばいいのか」


 ダンジョンでは魔物を倒す事でドロップアイテムを得ることが出来る。そしてそれは、このように透明な珠の形でドロップし、手に取ることで中身を取り出すことが出来るのだ。

 それを後続の部隊に預けると、彼らは先に進む。ドロップアイテムを預けられた部隊は入ってきた場所に未だに存在する光の渦に入って地上に戻る。


 そして先に進んだ方の部隊はさらに第二階層、第三階層、第四階層と苦戦しながらも進んでいき、


 ――第五階層で全滅した。


 幸いにもダンジョンで死んだ者はこの半年に限り、蘇生されて地上に戻される。よって事実上の死者はゼロであった。しかしダンジョンが一筋縄ではいかない事を、文字通り死ぬ思いをして経験していた。





 一方で、別のダンジョンを攻略しているある部隊。その攻略進度は既に第五階層に達してた。


「火球!!」


「ストライクバレット!!」


「フォートレス!!」


 この部隊は戦闘系のスキルを持つ者のみで構成された実験部隊である。目的はスキルがダンジョン攻略にどの程度貢献するのかを調べる事。そして目の前の光景がその答えであった。

 火の玉が飛んでいき敵を燃やし尽くす。通常の銃ではありえない威力の弾丸が飛び出し、何体もの魔物を貫く。それを抜けてきた魔物はシールドに阻まれ、それ以上進むことが出来ない。


 まさに圧倒的とう言葉がふさわしいほどの光景だった。魔物で溢れかえっていたその空間は、暫くすると静まり帰る。


「……敵の増援なし。気配は感じない」


「了解だ。全員陣形を組み直せ!いつ何処から現れるか分からないぞ!警戒を怠るな!」


 そう号令したのはこの部隊を率いているスキンヘッドの巨漢。その言葉に無駄のない行動で応える部隊の者たち。 

 すぐに準備を整え先に進む。


 そうして見えてきたのは、扉。


 先へと進む道はここ以外にないため、攻略を目指す彼らは進まねばならない。周囲を確認しながら扉を開けて、中に入っていく。それは大きさの割に軽すぎて、張りぼてかと疑ってしまうほどであった。


 全員が中に入ると、一人でに扉が閉まる。退路の確保の為に開けようとするが、今度は打って変わってびくともしない。

 そうしている間に部屋の地面が怪しい光を放った。それは幾何学模様を形成していき、魔法陣のようなものを描き出す。そして、地面から生えてくるかの様にして何かが出てくる。


 緑色の皮膚。鎧のようなものを着ている。手には大剣をもち、頭には王冠のようなものを載せている。ここに来るまでに出てきたのは目の前の魔物と同じような身なりをしていた。

 それは、少しでもファンタジーの知識を持つ者であれば知っているような魔物「ゴブリン」だった。


 ここに来るまでに戦った魔物は基本的にゴブリンとコボルト、そしてスライムだった。下の階層に行くにつれて、徐々に強くなっていき、装備や使う技も異なってきた。

 しかし、目の前の存在はこれまでのゴブリンとは決定的に違っていた。


 肌を刺すような殺気が部屋全体の空気を淀ませ、その存在感から目を逸らすことが出来ない。その姿はまさにゴブリンの上位種としてよく名前の挙がる「ゴブリンキング」そのものであった。


――隙を見せれば、殺される。


そのことをその場の全員が理解した。 

先に動いたのはゴブリンキングの方であった。鋭い咆哮を上げると、その周囲に複数の魔法陣が生じる。そして中からこれまで戦ってきたゴブリンが現れた。剣を持つ者、弓を持つ者、杖を持つ者。その数はざっと数えて30体。


戦闘が始まる。仕掛けてきたのは召喚されたゴブリンたち。しかも各々に連携を取って襲い掛かってくる。何とか数を減らしていくがゴブリンキングがその都度新たに召喚する為、一向に数が減らない。


しかし彼らとて戦闘系スキルを持った者が集められた戦闘部隊。たかが普通のゴブリン程度に遅れは取らない。隙を伺いつつ数を減らしていく。

そして、かなりの数を減らしキングが新たに召喚しようとした瞬間――


「これ以上召喚させるな!」


 その声と共にキングに向かって攻撃が集中する。それによって召喚の動作がキャンセルされ、後続は現れない。さあ反撃に出るぞと気合を入れ直した瞬間の事だった。

キングがその大剣を振り下ろすと、その斬撃が飛んできたのだ。咄嗟のことに反応出来なかった隊員が一人両断される。それに気を取られた者がまた一人飛ぶ斬撃の犠牲となる。


これ以上は打たせないと、素早い動きで近づいた者が首の辺りを切りつける。しかし、硬い皮膚の前に剣のほうが負けてしまう。そしてその大剣で切り裂かれる。そうしてまた一人、また一人と殺されていき最後に残ったのは部隊長とキングのみ。

 目の前で大剣を振り上げるキングの姿を見上げる。


「化け物め……」


 意識がブラックアウトし、次の瞬間にはダンジョンの外に出ていた。周りには仲間の姿もちゃんとある。自分の首に手を当てる。そこには確かに繋がっている自分の首があった。しかし、切られた感触も確かに残っている。 

 無事に蘇生はされたが、死んだ感覚までは消えないようだった。


「『Tatuki Hiragi』は一体どうやって攻略したんだか……」


「例のサイトのやつですか?」


「ああ。世界で唯一ダンジョンを攻略した人間。しかも出現してから数日で、だ。何をどうやったらそんなことが可能なのか」


「よほど強力なスキルを手に入れたのか、それとも何か別の理由があるのか。もしあるのだったら、是非とも教えていただきたいものです」

 

 そういって肩を竦めて見せる仲間に「そうだな」と返しながら一週間ほど前のことを思い出す。短期間に二度目の地球の意志からの声。今度は何だと思ったら、なんとダンジョンを攻略した者が現れたというじゃないか。そして告げられた魔物の排出とダンジョンの仕様変更。

 特に魔物の排出はやばい。あんなのが外に出てきたら一体何人死ぬか分かったもんじゃない。


 そして地球の意志に示されたサイトに書かれていた『Tatuki Hiragi』の名前。


「名前からして日本人だろうってことで、上は日本にコンタクトを取っているらしい」


「へぇ~それじゃすぐに見つかるかもしれませんね」


「いや、それが日本は情報を出すことを渋っているんだそうだ」


「そりゃまたなんで?」


「嘘かホントか分からんが、どうもその人物が未成年の子どもらしいんだ」


「はぁ!?子ども!?」


 自分だって最初に聞いた時はあり得ないと思ったし、今も半信半疑だ。

 しかし、その話が本当だろうと嘘だろうと関係ないことがある。


「今の世界は“ヒーロー”を必要としている。それこそ漫画やアニメに出てくるようなスーパーヒーローを、な」


 その事実だけは変わらない。世界中がこれから先のことで不安に満ちている。そんな状況でたった一人ダンジョンを攻略して見せた『Tatuki Hiragi』は十分それになり得る可能性があるのだ。いや、正体の分かっていない今でさえその話題性と人気は高い。


 ――世界は待っているのだ。圧倒的な輝きを放つこの時代のヒーローを。

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