第16話
朝からの検査も終わって、病室に戻ってお昼ご飯を食べていた。
お母さんが家で作ってきてくれたお弁当と、下のコンビニで買ってきたおにぎりとかを机に並べてみんなで食べている。
別にボクは病人という訳ではないので、病院食とか制限されはいない。だから、食事も自由になっているのだ。
「それにしても、ここのところ食欲が凄い増してる気がするんだよね~」
両手におにぎりを持ちながらそんなことを言うと、お母さんが呆れたような顔した。
「確かに前にも増して食べているわよね。ちなみにそれで何個目?」
「え~っと、十個目かな?」
「……うちの家系って大食いが得意な人いなかったと思うんだけどねぇ」
「まあ美味しく食べてくれるからいいんだけどね、ちょっと心配だけど」とお母さんはいつも言っている。
いつもだったら十個ぐらいで終わらせるんだけど、今日はまだいけそうだ。おかずを摘まみつつ、おにぎりを頬張る。
「まあ何にしても昨日よりだいぶ元気になったね。本当に良かったよ」
「お父さんは心配しすぎだよ。先生だってちゃんと休めば大丈夫って言ってたでしょう?でも午前中はお腹空いて元気でなかったけど」
「姉さんが寝坊するから朝ごはん食べ損ねるんだろう?」
「確かにそうだけどさぁ」
久しぶりのゆっくりとした時間を過ごしながら、検査の結果が出るのを待っていると日高さんが呼びに来てくれた。ボク達がお昼を食べている間に先に結果を確認しに行っていたのだ。
そんな日高さんの顔はどことなく影を落としているような気がする。いつも通りなんだけど、ちょっと違うような。本当にそんな勘みたいな話なんだけど。
とにかく結果を聞きに行くために、先生のところまで行く。ボクも歩けるぐらいにまでは回復しているので普通に歩いて向かった。
「では、早速ですが昨日出なかったものも合わせて今日の結果をお知らせします」
パソコンに色々な数値が並んでいる画面を映しながら話を進める先生。
「まず昨日言っていた異常についてはちゃんと解消されていました。やはりあのスキルが原因だったようですね」
その言葉を聞いて空気が弛緩する。両親や妹はもちろん、ボクも張り詰めた糸が緩んだ気になった。大丈夫とは思いつつもどこかで不安だったみたい。
これで大丈夫だと思いながら話を聞いていると、続く言葉がそんな空気を一変させる。
「そして検査の結果もう一つ分かったことがあります。柊龍希さん……もしこれ以上あのスキルを使ったら貴女の身体は長く持ちません」
「えっ……?」
全身から血の気が引いていくのを感じた。
「ど、どういうことなんですか!?だって龍希の体の異常は治ったって……」
「……確かに昨日の時点で判明していた異常は無くなっています。しかし、昨日の検査と今日の検査で新たな問題が見つかりました。詳しく説明しますと――」
先生が言うにはこういうことらしい。
細胞の破壊と回復。それ自体は人間の体が普段からしている事なので、特段気にするほどの事でもない。しかし、ボクの場合はその速度が常人の何十倍もの速さで起こっていたらしい。
「ですがそれは体への負担があまりにも大きい。言い方は大げさですが、常時体を作り変えているようなものです。現に、スキルを切った龍希さんの身体は疲労が激しかったでしょう?」
そう言われてハッとする。昨日スキルを切った後の疲労感は本当に酷かった。今でこそ歩けてはいるがそれでも実際、本調子とは言えない。
「幸いなことに、今感じている疲れや怠さは数日もすれば取れると思います。むしろ以前よりも体の調子が良くなるぐらいかもしれません」
「でもそれだとさっきの話と矛盾していることになるんじゃ……?」
「あくまで過ぎた活性化が害になるということです。程よいものであれば、傷の治りが早かったり、疲れが取れやすくなるような効果ですから。しかし、これ以上のスキルの仕様は体への負担が大きくなりすぎる――」
先生はそこでいったん言葉を切る。
「――ですので、今後一切のそのスキルの使用は控えてください」
「で、でも程よくなら先生も体にいいって――」
「確かにそう言いました。ですが、貴女はスキルをちゃんと制御できていますか?ちゃんと程よくで抑える事が出来ますか?」
「それは……練習すれば……」
「失敗した時のリスクがあまりにも大きすぎる。過活性による体の崩壊の治療なんてものは世界でも前例がありません。そうなったとき本当に治せるかは今のところ不明なんです。ですから……そのスキルは使用禁止です」
「……はい」
先生の言葉は至極もっともだ。スキルなんて不思議な力を本当にコントロールできるかなんて分からない。失敗した時のリスクは自分の死。あまりにも分の悪い賭けだ。その時のことを想像するだけで、全身に鳥肌が立つ。
そっと後ろから手が回ってきた。見るとお母さんが後ろからボクのことを抱きしめていた。
「大丈夫。使わなければいいんだもの。これまでだってスキルなんて存在しなかったんだから。使わなくても何かあるわけじゃない。だから大丈夫よ、龍希」
「……うん」
他の所には特に異常はなく、とにかく今後あのスキルを使わなければ何の心配もないという事で話は落ち着いた。
とは言え万が一ということもあるので、今日も入院することになった。
そしてその夜。家族も帰って静かになってしまった病室にはボク一人だけだった。いや、スライムちゃんと眼鏡さんはいるんだけどね。
「……(そう。そんな話になってたのね)」
「うん。だからあのスキルはもう使えないんだ。だからダンジョンに入るのもちょっと難しいかな~」
『マスターはダンジョンに入りたかったんですか?』
今日のことをスライムちゃんに話していると、眼鏡さんにそんなことを尋ねられた。
「う~ん、そうかもしれない」
『ですが、聞いた限りでは特に面白いことも無かったのでしょう?むしろ怖い思いをしたはずなのに行きたがるなんて……マスターはあれですか。マゾなんですか?』
「変な事言うのやめてくれるかな!?違うからね!?……まぁ何というか、確かに怖かったよ?殺す気満々の魔物とか本当に恐怖でしかないよ」
あの時、ビッグスライムから浴びせれた殺気みたいなものを思い出すと今でも体が震えてくる。本当にボクのことを殺す気なんだと本能的に分かってしまったぐらいだからね。
「でも……それだけじゃなくてドキドキ?ワクワク?したというか」
『やっぱりマゾじゃないですか』
「だから違うって!……ボクが言いたいのは怖かったのもあったけどそれだけじゃないってこと。スライムちゃんと友達になれたり、眼鏡さんにも会えた。ビッグスライムを倒した時の達成感とか他にも色々。一言じゃいえなぐらい沢山あって、でもその全部がボクにとってはドキドキワクワクするような時間で――」
その一つ一つがボクの記憶に鮮明に焼き付いているんだ。忘れようにも忘れられないそんな時間の全部が。
「――上手く纏まらないけど、そんな感じでまたダンジョンに行ってみたいと思ったの。でも眼鏡さんも言ったでしょ?魔物との力の差を埋めるのがスキルなんだって」
『まあでも実際問題、行くべきではないでしょうね。どれだけ武装しようが、今の地上にある装備では通用しない部分も多々あります。だからこそステータス、スキルがあるのですから』
何かおちを付ける訳でもなく、ただ自分の言いたいことだけを話した。スライムちゃんも眼鏡さんもそんな話を退屈もせずに聞いてくれた。
家族だとむしろ話にくいから、こうして話せるのも聞いてくれるのも嬉しい。
気が付けば日付が変わろうとしている時間まで喋っていた。眼鏡さんに言われなかったら一晩中話していたかもしれない。
さすがに病人の身で夜更かしするのは不味いと思ったので、すぐに寝る事にした。
布団をかぶって暫くしてから、ふとスライムちゃんに話しかけた。
「……ねぇ、スライムちゃん。起きてる?」
「……(起きてるわよ。なに?)」
「もうちょっとだけ話してもいい?」
「……(明日も早く――はないのか。でも体を休めなくちゃいけないんだから……ちょっとだけよ?)」
「うん、ありがとう!」
眠ろうと思ったんだけど、胸の辺りでつっかえているものが妙に気になってしまう。さっきまであんなに喋ったのに、まだ話し足りない事があるのか。自分でもいまいち分からない。
だからもうちょっと喋ってみれば、なおるかもしれないと思ってスライムちゃんに話しかけた。
「ボクね、先生にスキルを使うなって言われて、体のことも怖かったけど……すこし残念だなって思ったの」
何を話そうかと思って、自然と出てきたのがこれだった。
ああ、そうか――
「……(……どうして?)」
「ダンジョンを攻略したり、強い魔物に勝っちゃったり。何だかヒーローみたいでしょ?ボク昔からそういうの好きなんだ」
小さい頃の話だが、僕は漫画やアニメ、特撮に出てくるヒーローが大好きだった。女の子らしくないって言われたこともあるけど、全然気にならなかった。だって好きなんだから仕方ない。
彼らは困っている人がいると颯爽と駆け付け、その人たちを笑顔にして帰っていく。その姿が凄くカッコよくて、いつも目をきらきらさせながら見ていたことを思い出す。
「でも運動は苦手だし、勉強も友達と妹に手伝ってもらってようやく何とかって感じ。ボクって結構ダメダメなんだ。だからスキルの話を聞いた時、ちょっとワクワクしてたの。それを使えばボクも憧れたヒーローみたいになれるんじゃないかなって」
「……(……)」
「……でもそのスキルを使えば自分が死ぬかもしれない。それを言われた時はすごく怖かったよ。それでもボクに出来ることをしたいって思って……そこで足が竦むの。ダンジョンに行く?魔物と戦う?スキルも使えないボクが?」
ボクはヒーローに憧れた。それはきっとダメダメな自分にはない輝きを持っていたから。でも、その壁は高くて、厚くて――ボクにはとても届きそうになくて。ひょっとしたら手が届くかもしれないと思った矢先に、また遠くに行ってしまった。きっともう、手が届かないほど遠くに。
「そんなの無理だよ。だってボクはこんなにも弱くて、臆病だ……」
半年後に迫った魔物の放出。ボクが憧れたヒーローたちならそんな困難にも立ち向かっていくのだろう。けど、ボクにはそんな事出来ない。
「ごめんね、スライムちゃん……もう寝るね」
「……(――龍希。ダンジョンで戦った時のことは覚えてるわよね?)」
「え、う、うん。もちろん覚えてるよ」
「……(だったらあの時。スキルが初めて発動したときのことを思い出してみなさい。スキルの存在なんて知らないダメダメな女の子が、何を思ってそれを使ったのか。どうして、あんな危険な相手に立ち向かっていこうと思ったのか)」
「……」
「……(……それだけよ。もう遅いんだからそろそろ寝なさい)」
「……うん。ありがとうスライムちゃん」
話し声も無くなり、部屋の中はしんと静まり返る。
すぐに目を瞑ったボクは気が付かなかった。枕元で淡い光を放っているハイテク眼鏡を。
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