第9話

 突然な話だが、ボクは運動が苦手だ。

 漫画とかテレビで見るような格好のいい技とかを真似してみたこともある。でもその度に失敗して、怪我をして家に帰るまでがセットだった。その後も練習したりするんだけど、結局は全然出来ない。体育の授業とかでも同じだった。他の人は出来ているのに、自分だけできないなんてことは何度もあった。

 もちろんそれは家族も承知なわけで。つまり何が言いたいのかと言うと――


「「「あり得ない」」」


「まあ、そういう反応するよねぇ」


 うん、ダンジョンでの話をしたらこういう反応をするだろうとは思っていた。ビッグスライムを倒した辺りなんて特にだ。自分で話していても、本当に自分の事なのか疑問に思うぐらいだったもん。


「あのたつ姉が魔物と戦って勝つなんて……正直信じられない」


「いや自分でもどうかなと思ったんだけど、本当なんだよ?」


 ボク達の話を目を丸くして聞いている自衛隊の人達。そして、信じられないけどボクが言うなら本当なのかもと思っている家の面々。ここで家族すら完全には信用できていないことから、普段のボクの運動音痴っぷりが伺える。


「……まあ、そこに関しては置いておくとして。怪我なんかはしなかったかい?さっきの話だと戦って勝ったぐらいしか分からなかったんだけど」


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、お父さん」


 眉を心配そうに八の字にしている父を安心させるように、体を動かして見せる。


「ほら、どこも怪我なんてしてないでしょ?」


「……確かにそうみたいだね。ああ、良かったぁ」


「あ、でも攻撃された時に怪我したんだよね。あちこちから血が出て大変だったよ」


「あ、あちこちから、ち、血が出た……?」


「そうそう」


 あの時は本当にもうダメかと思った。思いっきり壁に叩きつけられて、全身痛いし血で視界が滲むし。でも、これまた不思議な話で戦っている間に治ってたみたいなんだけどね。


「もう大丈夫だよ。なんか不思議な力が湧いてきたときに、一緒に治ったんだよね。気が付いたらいつの間に怪我も無くなってるし、まあ大丈夫だよ!」


「……」


「……あれ?」


 目の前で手を振ってみるけど、反応が無い。 

 お父さんは怪我がないと聞いて安心した時の表情のまま失神していた。


「ちょ、お父さん!?」


「龍希が血が噴き出るほどの怪我したなんていうからでしょ!?それよりも本当に大丈夫なの、ちょっと体見せてみなさい!」


「いや噴き出したなんて言ってないから!?だから服を脱がそうとしないで!水月と朝陽も抑えるならお母さんを抑えてよ!?」


 危うく衣服を剥ぎ取られるところだった。でも結局確かめることになり、目隠しにカーテンを持ってきてもらった。スペースを作っている途中で、日高さんが男性陣に出ていくように促す。父が自分はいいよね?みたいな顔してたので、こっちも笑顔でダメと追い出した。


だから、いまテントの中にいるのはボクと水月、朝陽、お母さんと日高さんだけ。白衣の女の人は一緒に追い出されていた。何でだろう?というか、結局出ていてもらうなら目隠し作る必要も無かったと今更気が付いた。

でも折角なので目隠しの中でお母さんに確認してもらっている。あんまり広く作れなかったのもあるけど、大人数に見られるのって恥ずかしいから。


 上着を脱いですぐに背後に回っていたお母さんが動きと止める。どうしたんだろうと思っていると、絞り出すような声が聞こえてきた。


「……ちょっとこれ」


「あれ、まだ怪我残ってた?」


そういえば見えないところは怪我の有無を確認していなかった。もしかしたら治っていなかった傷があったのかもしれない。

しかし、お母さんはそんなボクの疑問に答えることなく黙って背中を見つめている。


「えっと、お母さん?どうしたの?」


「……」


 するとお母さんは無言でボクの背中の写真を撮り、それを見せてくれた。その時のお母さんの顔は血の気が引いて、まさに顔面蒼白だった。本当に何があったんだろうと思いながら、差し出された写真を見る。するとそこには、大きく引き裂かれたかのような裂傷があった。

右肩の辺りから左下にかけて一直線に明らかに周りの皮膚と色が違っている。まるで恐竜にでも引っかかれたみたいだ。


「うわぁお……」


「わお、じゃないでしょ!!いったいこれどうしたの……!?」


 心当たりはあった。あの時、ビッグスライムと戦った時に、思い切り壁に叩きつけられた。あの時は痛みどころか感覚すら怪しかったから気が付かなかった。怪我の大きさを見て、下手したら死んでたかもしれないと思うと背筋が凍る。


「うん、多分さっき話した大きなスライムと戦ったときのやつだと思う。自分でも今の今まで気が付かなかったよ」


「あんたこんな酷い怪我っ…本当に平気なの!?」


「どうしました――これはっ……!」


 お母さんの声に驚いてやってきた日高さんが覗きに来た。そして、ボクの背中の傷を見て険しい表情を作る。

怪我に関しては色々と知識があるとのことで、そのまま怪我の具合を診てもらった。腕や肩を回したり痛いところはないかなど聞きながら診察する。そして、一通り確認したのかほっと一つ息を吐く。


「……確かに怪我は完全に治っているようですね。でも、よほど傷が深かったのか跡が残ってしまったのでしょう。これは本当に過去の小さい頃のものとかではないんですか?」


「ええ、そんな大きな怪我したことありませんから。それが何か?」


「いえ、ダンジョンの中で負った傷にしてはなら治るのがあまりにも早すぎるな、と。この深さの傷が数時間やそこらで治るわけないのですが……」


「……あの、これは消えるものなんでしょうか?」


「ここまで大きな傷跡となると、難しいかもしれません。ある程度薄くはなるでしょが、完全に消えることは無いと思います」


 何だか場を重苦しい空気が包む。

 本人的にはあまり気にしていないから、そこまで深刻にならないでいいんだけど。


「えっと……ほら!別に痛いとかは無いから大丈夫!まあ温泉とかは行きにくくなったけど、そんなに心配することじゃないから!」


 空気を変えようとしてみるが、失敗してしまう。二人には強がりを言っているように聞こえたみたいだ。日高さんは悲痛な顔をするし、お母さんは泣きそうな顔で抱きしめてくる。

 ……この空気はあんまり好きじゃないな。この傷跡が消えればいいんだけど、どうにかならないものか。


「……(結構長引いているけど、大丈夫なの?)」


「あ、スライムちゃん」


 重苦しい空気が立ち込めていた空間にスライムちゃんが入ってきた。抱えたまま脱いだりできないので机の上に置いてきたのだ。確かにちょっと時間が掛かり過ぎたかもしれないから、見に来てくれたんだろう。


 お母さんと日高さんのスライムちゃんを見る目が、心なしさっきよりも鋭い気がする。怪我の原因が同じスライムだからかもしれない。

 スライムちゃんはそれに気が付いているのかいないのか、気にせず中に入ってくる。


「確認してみたらまだ傷が残ってたみたいなんだ」


「……(傷……?)」


「ほら、これ」


「……(……不覚ね、気づかなかった。すぐに治すから背中こっちに向けなさい)」


 言われた通りスライムちゃんに背中を向ける。すると、スライムちゃんは触手をボクの背中に伸ばす。

 しかしそれを見ていた二人から待ったがかかる。


「ちょっと待ちなさい!何してるの!」


「このスライムは何をしようとしているのでしょうか?ご説明願えますか?」


「大丈夫だから、ちょっと見てて!」

 

 今更スライムちゃんが変なことをするわけないので、そのまま身を任せる。触れたひんやりとした感触に驚いていると、次はじんわりと温かいものが流れてきた。

 やったことないけど、お灸ってこんな感じなのかな?


「……(はい、終わったわよ)」


「え、もう?」


「……(ええ。そんなに難しいことでもないから)」


 スライムちゃんはボクの前と後ろに一本ずつ触手を持ってくると、それをむにょんと広げる。するとその表面がみるみる鏡の様になっていき、あっという間に二枚の姿見が出来上がった。

 凄いな~と驚きつつも、自分の背中を確認する。


「わあっ、本当に治ってる!?」


「「……ええぇっ!!」」


すると、さっきまであったはずの傷は影も形も無くなっていた。

あっという間の出来事に、ワンテンポ遅れてお母さんと日高さんも驚きの声を上げる。何度か確認してみたけど、本当にどこにも残っていなかった。


「凄いねスライムちゃん!本当に治ってるよ!」


「これは……本当に消えていますね」


「ね、大丈夫って言ったでしょう?ありがと、スライムちゃん!」


「……(別に、出来ることだからしただけよ。それに龍希が困っていたみたいだから)」


 もしかして、さっきの会話とか聞かれてたのかな?

 なんだかスライムちゃんにはダンジョンからお世話になりっぱなしな気がする。後で何かお礼がしたい。


 お母さんと日高さん、特にお母さんはスライムちゃんにお礼を言っていた。こっちの言葉は通じるので、言われたスライムちゃんは少し赤くなった気がした。

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