第8話

 しばらく泣き続けて、みんなが落ち着いてきた頃。

 いつの間にか、自衛隊の人たちは外に出ていてくれた。ボク達に気を使ってくれたみたい。それに気づいたお父さんが外に呼びに行く。さっきは僕たち以外なんにも目に入らなかったけれど、落ち着いたら当然余裕が出てくる。

 日高さんと、熊みたいに大きい男の人。後は白衣を着た人が数人一緒に戻ってきた。きっとさっきの野太い声の男の人はあのおじさんだと思う。

 

 そうして、予備の椅子も持ってきて全員が席につく。

 やっと場も落ち着いた。そうすると必然的にこの場に紛れ込んだ違和感に視線が行ってしまう訳で――


「ね、ねえ龍希。なんというか、そのピンク色のプルプルしているものはなに?」


 お母さんがみんなを代表して聞いてくる。お父さんも、自衛隊の人たちもみんな聞きたそうにしている。朝陽と水月はさっきの騒動を聞いていたから、検討はついているみたい。二人とも頭いいもんね。


「何に見える?」


「……スライム?」


「正解!」


「「「……」」」


 家の家族はそれなりにゲームとかをする方なので、スライムについては知っている。多分自衛隊の人たちもそうだろう。だからこそ、なんでスライムがこんな所にいるんだ、という顔をしている。

 ボクだって分からないよ。ほんとあの洞窟何なんだろう。


「じゃ、じゃあそっちの眼鏡は?昨日学校に行ったときには掛けて掛けてなかったわよね?」


「うーん、これは洞窟の中にあった宝箱の中にあったんだ」


「……と、とにかくそれも含めて聞かなくちゃいけないことが沢山あるみたいですね」


「あ、皆はあの洞窟が何なのか知ってるの?ボク、何時の間にか洞窟で倒れてて何があったのかほとんど覚えてなくて」


 ボクがそんなことを聞くと、全員が信じられないようなものを見る目を向けてくる。

 あれ、そんなにおかしなこと言ったかな?


「もしかして、ダンジョンのことも知らない……?」


「ダンジョン?ゲームとかマンガで出てくるアレのこと?」


「……本当に知らないみたいですね」


 何をそんなに驚いているのか分からないんだけど……ダンジョンがどうかしたのかな?

 まさか……あの洞窟がダンジョンだったなんてことは無いでしょ?


 いや、確かにスライムとか宝箱とかあったけど、いやいや、まさか……うん、とりあえず話を聞くことにしよう。考えても仕方ないや。


「それでは、現状の確認の意味も込めてあの時のことを説明しましょう。恐らく龍希さんがちょうど気を失っていることだと思いますから」


 そう言って日高さんが、語り始めたのは普段の自分だったら到底信じられないような話だった。





 8月14日

 その日、世界が揺れた。

 文字通りの意味で、世界中で同時に地震が発生したのだとか。幸いなことに、あまり大きくなかったこともあってか被害がほとんどなかったことだろう。


 しかし、そこで不思議な現象が起きた。

地震と同時に各地で謎の光の渦が発生したのだ。


それは、人通りの多い街中だったり民家の庭、果てはビルの屋上だったりと、本当にあちこちで目撃情報が上がった。

 そしてさらに不思議なことは重なる。


 全世界の人々の頭に謎の声が聞こえてきたのだ。

これは後から分かったことだが、あらゆる国の、言語の違う人々が一言一句全く同じ言葉を聞いたのだ。

 そう……言語の全く異なるにも関わらずだ。


 そして、その声はこう言っていた――


『私は地球の意思である』


 第一声はこれであった。

 地球の意思を名乗る存在の言葉は続く。


『地球は幾星霜の時を得て、新たなる変化の時を迎えた。いや、これはもはや進化と言えるだろう。その最もたるものが、ダンジョンの出現である』


 この声は一体何を言っているのだろうか?

 新しい変化?進化?ダンジョン?……これは果たして現実なのだろうか?

この声を聞いている全ての人々が同じことを思った。

 

『地球は変わる。変わるときが来たのだ』


『地球に住む全ての生命達よ。この変化が君達がどう捉えるのかは自由だ』


『進みだした時間は戻らない。これから先のことをよく考えるといい』


 そんなことを一方的に告げていき星の意思からの声は聞こえなくなった。




 

 各国のトップはまず大規模なテロ、もしくはいたずらを疑った。はなから、あんな事を真実として受け入れるのは無理があるし、トップとしても失格だ。

 しかし、現代のエンターテイメント文化に影響された者たちの行動は早かった。そして早々に発見されたのがステータスシステムである。

 この情報を入手した首脳陣は愕然とした。


 こんなものは今の人類の技術でできるものではない。

 つまりは、これを引き起こしたのは超常の存在--それが超技術オーバーテクノロジーをもった宇宙人なのか神のような存在なのかは分からないが――であると理解するしかなかったのだ。


 そして、星の意思の声が言っていたことが本当のこととすれば無視できないことがある。あの「ダンジョンが出現する」という言葉だ。

 あの漫画やゲームに現れるダンジョンが本当に現代に存在するのか?大体いくらステータスが現れたからと言っても、ダンジョンまで本当とは限らないじゃないか。

 SNSにダンジョンと思わしき金色の光の渦の画像が多数投稿されたのは、そのすぐ後のことだった。


 もしこれが本当に『ダンジョン』なのだとすれば、中には恐ろしい怪物が潜んでいるかもしれない。各国の政府はすぐさま民間人が不用意に入らないように封鎖した。これほど政府の行動が迅速であったのは史上初めてであったかもしれないというぐらいのスピードで封鎖が行われた。しかしそれでも、既に中に入ってしまった人は存在していたらしい。


 人々はどこかで理解していたのだ。それは遺伝子に刻まれた情報なのか、星に住む者の本能なのか――地球の意思の言葉が真実だということを。だからこそ、ダンジョンと言う言葉に人々は熱狂し、一方で恐怖もした。

 これからの自分達の生活がどう変わっていくのか……この瞬間が確かに地球にとっても、そして人類にとっても転換期であったことは言うまでもなかった。





 というような話を、搔い摘みながら説明してもらった。

 

「……なるほど。それでここに自衛隊の人たちが沢山いたんですね」


「ええ。国内だけでもかなりの数が出現していて、今も全国に自衛隊や警察がフル稼働しているわ。間違っても一般人がこれ以上入らないようにしないといけないからね」


「一般人……そういえば、どうしてボクってダンジョンにいたんですか?それにお母さんとお父さん、水月も朝陽もここにいるの?」


「それはこれを見てもらった方が早いわね」


 日高さんはそう言うと、ボクの前に一台のパソコンを差し出してくる。

 何だろうと思って見ると、そこには動画が映っていた。しかも、かなり見覚えのある場所が映っている。

ボクが偶に学校の帰り道として利用している公園だった。十四日もちょうどこの公園を通っていたのを思い出す。


「……あれ、これってボク?」


 しばらくして、動画の中にボクが映った。

 歩きながら、寄り道して買った漫画を鞄に詰め込んでいる。うん、確かに新刊の発売日で本屋さんに行った帰り、近道するためにこの公園の中を横切った。

 そしてボク以外に誰もいない公園で、真ん中あたりに差し掛かった時だった。

 

 画面が軽く揺れるのと同時に、公園の地面の一部が光り始める。そしてその光は背後からボクのことを追い越し、光が静まった弱まった時に――そこにはボクの姿は無かった。代わりに金色の光の渦が出現していた。

 動画はそこで終わった。


「……これはこの公園のカメラの映像なの。ダンジョンの入り口が出現した場所が公園だった聞いてすぐに防犯カメラの映像を調べたのだけれど――」


「――そうしたら見事に巻き込まれるボクが映ってことですか」


「その通りよ。すぐに身元を調べて、ご両親に連絡を入れた。そして、いざ救出部隊を派遣しようとしていた所で龍希ちゃんが帰ってきたって流れよ」


 実際に自分の映像を見ても、首を傾げてしまった。どうにも光に飲み込まれる直前ぐらいからの記憶が、やっぱりない。地面が光っていたこともいま知ったぐらいだ。多分その後すぐに洞窟で目が覚めた場所に送られたんだと思う。 

 ……それにしても、寝すぎな気がするけど。


「……そんなことがあったんだ」


「電話が来てから私も朝陽も、お父さんもお母さんもずっと心配してた……」


「水月も姉さんに何かあったらどうしようって気がきじゃなかっただろう?」


「そう言う朝陽もずっと顔が暗かったでしょ……?


「うん、心配かけてごめんね。でもこの通り無事に帰ってきたから、ね?」


 朝陽の呼び方がもとに戻ってしまった。いつからか姉さんって呼ぶようになったけど、前のままでも良かったのに。とりあえず心配かけたお詫びに頭を撫でておく。二人ともボクよりも身長が高いので、背伸びして伸ばしてやっと届く。


「あ、それじゃあ今度はボクが話す番ですよね?ダンジョンの中で何があったのか」


 この場の全員がボクの言葉に、待ってましたとばかりに静まりかえって耳を傾ける。

 こんな空気になられると、緊張するんだけどなぁ……


「えっと、それじゃあ洞窟、ダンジョンで目が覚めたところからですね。まず――」


 そして、ボクは自分が体験してきたダンジョンでの体験を話し始めた。

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