第7話
視界が一瞬で洞窟の風景から切り替わる。
しかし、その瞬間飛び込んできたのは真っ白な世界だった。というか、猛烈な光が浴びせられて超眩しかった。
「め、目がぁ!?」
どこかの大佐ではないが、あまりの眩しさの思わず叫んでしまった。本当に眩しい時には人は同じことを言ってしまうのかもしれない。
いや、そもそも戻ってきた途端にこれってどういうことなの!?
目を閉じていても眩しいのが分かるぐらいには光が強いんだけど!?
「ちょっと、何なのこれ!?」
『人の眼には危険な光量を感知。遮光モード発動、マスターもう大丈夫ですよ』
「……あ、ほんとだ。眩しくなくなった」
眼鏡さんが光りを遮断してくれたようで、ほとんど眩しく無くなった。一応、目を開けていられるぐらいにはなったけど、まだ視界が戻ってこない。太陽を見た時みたいな感じかな?
「……(敵っ、敵なの!?)」
スライムちゃんが慌てたように声を荒げる。
すると、向こうの方から誰か知らないけど人の声が聞こえてくる。
「……っ!全員、銃を下ろせ!要救助者の子だ!」
「……(あんたらね……龍希に何してくれてんのよ!!)」
「ちょっと、スライムちゃん!?」
状況がカオスになってきた。スライムちゃんがドスの効いた声で飛び出して行く。男の人の声は知らないけど、あっちには人が居るらしい。どうやら、スライムちゃんにはそれが見えているみたいだ。
……あ、男の人の悲鳴が聞こえてきた。
うん――……早くスライムちゃん止めないと!!?
動こうとするが、やっと視界がぼんやりと戻ってきたので、まだはっきりとは分からない。声を頼りにスライムちゃんを止めに行こうとすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
最初は気のせいかな程度だったけど、だんだんと大きく鮮明になってくる。ここまで来ると、もう間違えようもない。
「「……ね…ぇ!!」」
「……やっぱり。みつ「「たつ姉ぇぇ!!!」――うひゃあ!?」
左右から突然の衝撃。
お腹の辺りに何かが凄い勢いで突っ込んできた。いや、一瞬ほんとに内臓飛び出るかと思った。その勢いのまま地面に倒れこむ。
ズザザーっと背中から地面にスライディング。ちょっと痛いけど、今はそんなことよりもこっち。さっきの声……僕が聞き間違えるはずもない。今も僕のお腹に頭をぐりぐり擦り付けているこの困った妹達の存在だ。
「ただいま、
「「おかえり、たつ姉ぇぇぇぇーーー!!!」
へとへとで帰ってきた姉にいきなり抱き着いてくるなんて。ちょっと姉に対するリスペクトが足らないんじゃないのかな?自分よりもデカい妹二人に飛びかかられてみろ、潰されるかと思った。
――まあでも二人のこの声も体温も、ひどく懐かしく感じる。帰ってきたんだと実感できる。
「柊龍希さんで間違いありませんね?」
「え、はい」
妹とじゃれている間に、いつの間にか一人の女性が近づいてきていた。張り付いたまま離れない妹を抱えながら、上半身を起こす。お姉さんは倒れている僕に合わせるようにわざわざしゃがんで話しかけてきてくれてる。
うん、背の高さを合わせて喋ってくれる人の九割はいい人だ。残りはロリコンか幼稚園の先生だ。ちなみに僕の経験上の数値ね。
「初めまして、私は自衛隊に所属している日高優子と申します」
「あ、初めまして。僕は柊龍希です。あの、どうして自衛隊の人が……?」
もしかして、僕の遭難がそんなに大事件に発展してしまったんだろうか?ひょっとしたら捜索隊がと思ったけど、本当にそんなことになってしまったのかもしれない!?
すると、そんな僕の様子を見かねたのか日高さんは優しい声音で話しかけてくれた。
「詳しい話は後ほどしましょう。今はご両親の元へご案内します……それにしても、生きていてくれて本当に良かった」
日高さんは安心したように、柔らかい笑顔で微笑んでくれた。僕が生きていることを本当に喜んでくれているみたいだった。
「えっと、まずは立ち上がりましょうか」
「あ、ありがとうございます」
日高さんの手を借りて立ち上がる。
妹を引っ付けたまま立ち上がれたけど、僕ってこんなに力あったっけ?いつもなら逆に引きずられていくぐらいなんだけど。気づかないうちにダンジョンで鍛えられたのかもしれない。
今なら二人をおぶっても歩けそうな気がする……やらないけど。
そういえばと、視界が戻っていることに気が付く。周りを見てみると、さっきの光の原因っぽいのがあった。スポットライトをさらに大きくした形の、刑事ドラマとかでよく見かけるやつだ。
そして、その後ろには日高さんと同じ迷彩柄の服装の人がたくさんいる。だけど、何故かみんな地面に倒れ伏している。
……休憩中なのかな?
すると、別の方向から悲鳴が聞こえてきた。見ると、自衛隊の人達がピンク色の何かを対峙している。そして見ている間に、一人が伸びてきた触手に捕まれて投げ飛ばされた。
「ああ、スライムちゃんのこと忘れてた!?」
ということはさっきの死屍累々な光景を作ったのもスライムちゃんってことだよね?
ああ、お家帰りたい……
そんなことを考えている間にも、スライムちゃんによって死体(『死んでませんよ』)が量産されていく。
「あの、できればあの生き物を止めていただけるとありがたいのですか……」
そうですよね!?現実逃避している場合じゃなかった!?
「すみません、今すぐ止めますから!――こら、スライムちゃん!止まりなさい!」
「……(でもコイツら敵かもしれないのよ!?)」
「敵じゃないから!大丈夫だから!いったん落ち着いてぇぇ!!」
必死の説得の末、何とか怒れるスライムちゃんを宥めることに成功した。生贄となった自衛隊の皆さんごめんなさい。
とりあえず、勝手に飛び出して行かない様にガッチリと抱える。
あと、スライムちゃんに謝らせている時に気が付いた。僕以外誰もスライムちゃんの言っていることが分からないのだ。だから僕が通訳しながら話したけど、どうして僕だけ分かるのだろう?そういえば僕は最初からある程度は分かっていたと思うんだけど。
みんなで首を傾げたけど、よく分からなかったのでとりあえず置いておくことになった。
その後はそれぞれ持ち場に戻って行ったので、僕達もようやく移動することにした。その為にまずは、二匹の引っ付き虫を剥がさなくては――
「ほら、二人とも向うのテント行くよ。あと、歩きづらいからちょっと離れて!」
「「……」」
二人は渋々といった感じで、僕から離れていく。並んで立ってみて改めて思ったけど、なんでこんなに成長に差が出たのだろうか……これを深く考えると暗黒面に落ちるのでよしておこう。
でも、僕より大きくても年下の妹なんだ。よっぽど心配させちゃったみたいだね……後でちゃんと謝らないと。もちろんお父さんと、お母さんにも。
「ふふ、仲がよろしいんですね。ところで龍希さん、そちらの生き物についてなのですが……」
日高さんは微笑ましそうな視線を僕達に向けた後、今度はスライムちゃんに視線を向ける。その瞳には敵意とまではいかないけど、確かな警戒心が宿っていた。
「えっと、洞窟で迷っている時に友達になりました。ね?」
「……(そうね)」
「友達に……ですか?」
僕の返答に、日高さんは困った表情を見せる。まあ、現実にスライムと言われても変な話だよね。驚くのも無理ないと思う。
横から覗いていた妹達は、スライムちゃんの身体をツンツンしている。スライムちゃんも特に気にしていないのか、されるがままにしている。あ、いや気にしてない訳じゃないみたい。ぷるぷると震えている。でも怒っている訳じゃないみたいだからいいか。
「……ぷるん(なによ?)」
「……」
僕とスライムちゃんの間を、何度も視線を行き来させる日高さん。
「大丈夫です!何処かに行かない様にちゃんと抱えてますから!」
しばらく考え込みながら唸った後、溜息を一つ吐く。
「……仕方ありません。先程のことはしょうがないとしても、龍希さんがしっかり抑えておいてくださいね」
「はい!」
さっきより疲れた表情になった日高さんに許可を貰い、再び歩き始める。少しすると、複数のテントが立ち並んでいるエリアに辿り着く。見たこともないような大きな機械だったり、白衣を着た研究者っぽい人がいたりと凄い事になっている。
でもって、周りからの視線が痛い。
何というか動物園の動物ってこんな気持ちなのかなって思った。ほとんどが物珍しそうな視線で、その中に時々獲物を見るような目が混じっている。特にあの白衣の人達がいる辺りから。
それにしても、視線からこんなこと分かるもんなんだ。これも洞窟で色々経験した影響なのかもしれないね。
そして、一番奥にあった周りよりも大きめのテントの前で立ち止まる。
「日高です。柊龍希さんをお連れしました!」
「入れ!」
帰ってきた声は男性のものだった。
野太いけど、張りのある背筋が伸びるような声でちょっと驚いた。
水月と朝陽がここにいたってことは、両親もここに来ているはずだ。それにさっきの日高さんの話だと、多分このテントの中にいるんだと思う。
たった一日しか離れていなかったのに、なんだか緊張してくる。
僕の緊張を感じ取ったのか、腕の中のスライムちゃんが心配するかのようにぷるんと動く。
「大丈夫だよ。ありがとう」
一息をついてから日高さんに続いてテントの中に入る。
二人は……いた。
椅子に座ってこっちをじっと見ていて、その目元は赤くなっていた。
「「龍希!!」」
「お父さん、お母さん!!」
僕の姿を認識すると、バッと駆け出して両側からぎゅっと抱きしめられる。
お母さんは凄く力強く、お父さんも珍しくギュッと力強く。
両親の目にも僕の目にも涙が浮かんでくる。そして後ろから水月と朝陽も抱き着いてきた。
泣いたらきっと心配させちゃうから絶対に泣かない様にしようと思ったのに……
そう思っても涙は止まらない。
堰を切ったように溢れ出してくる。
――もう、今日は泣いてばかりだな
「あなたはいっつも、いっつも心配かけて……」
「よかった、無事でよかった。本当によかったぁ」
僕たちは思いっきり泣いた。
たった一日、されど一日。僕達にとっては、本当に長い一日だった。
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