第6話

 とりあえず手に取って観察してみる。

 赤いフレームに柄の部分は、見る角度によって回路みたいなものが見えたりする。さらに、内側には恐らく文字が描かれていた。見たことない文字だから断言できないけど、多分文字だと思う。どこの国の言葉なんだろう?

 顔の前に持ってきて、覗いてみるとレンズには度が入っていない。伊達眼鏡とかおしゃれメガネとか言われているやつのようだった。

観察結果、普段使いできそうなどこにでもあるような普通の眼鏡。


 ……ちょっと、掛けてみようかな?


「どうかな?」


「……(似合っているんじゃない?)」


 鏡がないから分からないけど、スライムちゃん曰く似合っているらしい。これで僕も知的な女子高生の仲間入りかな?眼鏡をかけると、自然と頭が良くなったような気がするね!


 そんなことを考えながら、鼻の部分とか端の所をくいっとしている時だった。


『知的生命体による装着を確認。これよりユーザーの登録に移ります。名前をどうぞ』


「え、なに、なに!?」


「……(ちょっと龍希、どうしたの?)」


「なんかこの眼鏡急にしゃべりだしたの!なにこれ!?」


 急に声が聞こえてきたのだ。それも空港とかで流れてきそうなアナウンスじみた綺麗な女の人の声。でも、そこに人の温かみを感じない怜悧な音だった。

 それに、どうやらスライムちゃんには聞こえてないらしい。


「なんで、ナニコレ!?」


「……(……おそらく魔道具ね。喋る魔道具なんて滅多にないけれど……そうねぇ……)」


 スライムちゃんは考え込んで沈黙してしまった。

 その間にもこの眼鏡は延々としゃべり続けている。同じ調子で、同じ音程で同じ言葉をずっと繰り返しているのだ。その若干ホラーな感じに怖くなって外そうとするが、くっついたかのようにびくともしない!


『名前をどうぞ名前をどうぞ名前をどうぞ名前をどうぞ……さっさと名前を言ってください』


「ひゃぁぁ、なんか命令口調になったよ!?しかもこれ、外れないし!?スライムちゃん、スライムちゃぁぁぁん!?」


 なんか口調がイライラしたものになってきてるぅぅぅ!?心なしか声がワントーン下がった気もする!?

 名前を言えって、やだよ怖いもん!


「……(落ち着きなさい!いい、龍希。その魔道具の言う通りにしなさい。大丈夫、きっと悪いことにはならないから)」


 スライムちゃんの声を聞いて、何とか落ち着きを取り戻す。まだドスのきいた声は聞こえてくるけど、とりあえず無視しておく。


「……(私のこと信じてくれる?)」


 もしかして、まだ気にしているのかな?


「……うん、信じるよ。スライムちゃんが言うならきっと大丈夫だと思うから」


 これは偽らざる僕の本心。

確かにここに来て、色々と大変な目にあった。けれど、この短い時間は僕にとってすごく濃密でぶっちぎりに凄い体験をした時間だった。もう嫌だという気持ちよりも、ドキドキワクワクする気持ちの方が今も強いのだ。例えるなら、体育の授業でシャトルランを終えた後に近いかもしれない……ちょっと違うかも?


 それに、僕の勘はよく当たる。その勘がスライムちゃんを信用しても大丈夫といっている。僕自身も、自分の身を投げうってまで僕を助けようとしてくれたスライムちゃんを信用してもいいと思っている。


「……(……ありがとう)」


「うん!……それじゃあ――私の名前は柊龍希ひいらぎたつきです」


『対象の固有名称を登録。柊龍希をマスター登録……完了。良い名ですねマスター。これより生体情報のスキャンを開始……50%……100%。スキャン完了。生体情報を登録。魔道具、万能眼鏡の起動に成功。機能の随時解放のための演算開始。今後ともよろしくお願いいたします、マスター』


「……終わった?」


「……(どうなったの?)」


「ええと、なんかこの魔道具のマスターに登録された、らしい?」


「……(そう、なら大丈夫よ。マスター登録した魔道具はその人にしか扱えないし、マスターの指示には基本的に従順よ。試しになにか言ってみなさい)」


「ええ、急にそんなこと言われても……じゃ、じゃあ、あなたは何者なんですか?」


『諾です。

 私は魔道具、万能眼鏡に搭載された疑似人格になります』


「わあ!?本当に返事した……」


 疑似人格……要するにAIみたいなものかな?でも、こんなに流暢に会話出るAIなんてあるのかな?

……専門家じゃないからよく分かんない。


 それにしても万能眼鏡って。

 見た目も変わっているようには見えないけど、何が万能なんだろか?普通の眼鏡にしか見えないんだけど。


『遺憾です。

 私をそんじょそこらの眼鏡と一緒にしてもらっては困ります。私、万能眼鏡に出来ることは文字通り万能、多岐に渡ります。さらに使えば使うほど学習し、マスターに適したようにカスタムされていく便利仕様です……今は使える機能は限られますが』


 うひゃあ!?心のなかで思っただけなのに返事が来た!?

 もしかして読まれちゃってるのかな?心の中読めたりするんだろうか?


『諾です。

 私は凄い眼鏡なのです』


「……凄い?」


『その通りです。凄いのです。ちなみに現在使用できる機能は鑑定、通話の二種類のみです』


 へ~、凄い眼鏡なんだね~……後で心を読む機能だけはオフにして貰おう。プライベートは大切だもんね、うん。


『残念ながらデフォルトの機能なのでオフにはできませんよ?基本的にはマスターと思考共有している状態になりますので』


「……っく、外れない!?やっぱりこの眼鏡外す!!」


『……しょうがないですね。機能拡張をしてオンオフが出来るようにしました』


「何か早すぎない?本当に今作ったの?元々あったんじゃなくて?」


『さぁ?』


 何だかこの眼鏡の性格が分かってきた気がする。AIに性格があるのか分からないけど。とりあえずオフにして貰う。これで一安心だ。

 

 このとき僕は気が付かなかった。

この眼鏡が自分の機能を自分で制御していることに。そして、かなり自由な性格をしているということに……


「……(……そろそろ私にも説明してほしいのだけれど)」


「あ、スライムちゃんには聞こえてなかったのか。眼鏡さん……うん、そう。できる?……『これで聞こえるでしょうか?』……どう、スライムちゃん。聞こえてる?」


「……(ええ、ちゃんと聞こえているわ。初めまして魔道具さん私はスライムよ。名前はないわ)」


『ええ、初めまして。私も名前はありません。しいて言えば万能眼鏡ですが。それにしても……これはまた珍しい進化をなされましたね』


「……(そう?私は気に入ってるわよ?かわいいし)」


 うん、二人とも仲良くなれそうだね。

 ふふ、何だがにぎやかになっていいね、これ。自分以外の会話を聞いたのは久しぶりな気がするよ。そもそも僕、どれくらいこの洞窟にいるんだろう?時間の感覚が全然分からない。


「あっ。ねえ眼鏡さん、今の時間とか日付とかって分かる?」


『諾です。

 現在時刻は8月15日の20:25になります』


 えーと、ここに来る前は確か14日だったかな?

 つまりあれから丸一日以上たっていると……


 やばくない?


 捜索願とか出されてたらどうしよう?

 絶対みんな心配してるよね。両親は過保護気味だし、妹達も何故か僕のことをよく構おうとしてくる。僕の方が年上なのに、普通心配するのは立場が逆な気がするんだけど。


「ちょ、まずいよ!?早く帰らないと!」


「……(そうなの?じゃあ、とっとと帰りましょう)」


『肯定です。

 マスターの記憶が確かなら、完全に無断外泊になってしまっています。年頃の女の子の無断外泊……あることないこと妄想されそうですね。早く帰還するのがいいでしょう』


 さらりと記憶を呼んだことを暴露したけど、今はそんなことに構っている余裕はない。マジで早く帰らないと騒ぎが大きくなっちゃう。


『その前にマスター。宝箱に手を触れてくれますか?』


「え、こう?」


 眼鏡さんに言われた通り宝箱に手を触れると、一瞬でどこかに消えてしまった。驚きながらももう一方の宝箱に触れるとこれまた一瞬で消えてしまう。


「眼鏡さん、なんかしたの?」


『肯定です。

 万能眼鏡の機能の一つ、収納機能により宝箱を収納しました』


「あれ、さっき使える機能は鑑定と通話だけだって」


『マスター、私は成長するのです。いつまでも同じところにはとどまっていないのです!それはともかく、貰えるものは全部貰っていきましょう。ついでに向うのドロップアイテムも触ってください。収納します』


 ドロップアイテム。

 なんでも、魔物を倒した時に落とすアイテムのことで壁際に落ちているちっちゃいスライムっぽいのがそうらしい。あのビックスライムって魔物だったんだ。

 これを触って収納する。

 なんでだろうか、あのスライムみたいなのを見ているとお腹が空いてくるんだよね。何というか、体が欲しているというか、もっと言うと食べたかった。

 ……そういえば水しか飲んでないもんね。帰ったらお母さんの手料理食べまくろう。


「……(二人とも、何してるの。早くいくわよ!)」


「はーい!……あっ、スライムちゃん、一緒に来てくれるの?」


「……(私は最初からそのつもりよ。それとも……迷惑だったかしら?)」


「ううん、ううん!嬉しい!帰ったら私の家族にも紹介するからね、みんな驚くよ!スライムの友達ができたなんて聞いたら」


 そうして、スライムちゃんを抱える。仄かに伝わってくる温かさが、夢じゃないということを教えてくれる。

 そして、意を決して光の粒子を押しのけながら渦の中心に入る。すると、次の瞬間にはふわっとした浮遊感が襲ってきた。


 振り返って、ぐるりと部屋を見回してみる。

 



 ―――また来たいな




 ふと、そんなことを思いながら僕たちの体はその場から消えた。




 そして、僕はさらっと聞き逃していたのだが。

 それを追求しておけばよかったと思わないときはない。


 結局僕はこの後、記憶を覗いていた件について追及するのを忘れてしまった。


 もしその場で、記憶を覗くことを止めていればと何度も思うことだろう。いや、それも全て計算の上であの眼鏡はあの瞬間に言ったのかもしれない。

 とりあえず言えることは……もう、勘弁してください。

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