第5話

 ……夢を見ていたのかもしれない。


 目が覚めるのを感じながら、僕はそんなことを考えていた。


 思い出しても夢物語のように思える時間だった。変な洞窟で目が覚めて、スライムっぽい子に出会って、自分よりもさらに大きなスライムと戦って――そして勝った。そんな他人に話したらゲームのしすぎだと笑われてしまうような話。

 でも、僕の人生にきっと少なくない影響を与えるであろう大切な時間のことを。



 

~~

 気が付くと僕は地面に横になっていた。


 ……そっか、あれは夢じゃなかったんだ。


「……ふふ」


「……(……起きたと思ったら急に笑い出して。何?頭でも打ったの?)」


 聞き覚えのある声がする。

 諦めそうになったあの時、僕の意志を繋ぎとめてくれた声。

 命がけの状況の中で、僕を友達として救おうとしてくれた、ついさっきできたばかりの友達。相棒、なんて言ったら図々しいかな?


「いや、大丈夫だよ。ただ、僕達生きてるんだなって。そう思ったら思わず、ね」


「……(……まあいいわ。それよりも体に異常はない?大怪我してたでしょ。ぱっと見、外傷は治ってるように見えるけど)」


 ああ、そういえば。

 

 そうだよ。僕、大怪我してたよね?

 あのデカいスライムに壁に叩きつけられて、僕を守ろうとしてくれたスライムちゃんも壁の染みになって……ってそうだよ!?スライムちゃんも怪我してるんじゃないの!?


「スライムちゃんは大丈夫なの!?あの時、原型無くなるぐらいドロドロになってたけど!?」


「……(スライムに物理攻撃はほぼ無意味だから大丈夫よ。そんなことよりも自分の身体を確認しなさい)」


 やっぱりここに出てくるスライムって物理が効かないタイプだったんだ。確かにスライムちゃんはもとの形に戻っているように見えるし、変なところもないと思う。

言われた通り自分の身体を確認することにする。でも頭とか、体を色々触ったり動かしたりしてみるけど痛むところは特にない。それどころか、流していたはずの血も、負っていたはずの傷もない。

 スライムちゃんの言う通り外傷は一切残っていないようだ。


「……たいした怪我じゃなかったのかな?」


「……(そんなわけないでしょ!?あんたみたいな華奢な子があの攻撃を受けてただで済むはずないじゃない!)」


「で、でも怪我は治ってるし?」


「……(それはあの力のおかげでしょうね。詳しくは分からないけど、身体能力を極限まで高めることで治癒能力でも高まったんじゃないの?)」


 ふむ。

 

 ……痛くないならそれでいいや。


 それにしても、気絶した時と部屋の様子がちょっと変わっている気がする。

 まず、大きく変わっているのは部屋の様子だ。ビッグスライムと戦っていると時は、明るいけどどこかどんよりとした……あれだ、魔王城みたいな雰囲気があった。でも今は、禍々しい雰囲気どころかさわやかな空気さえするし、心なしか壁の色も白みを増している。


 さらに部屋の中央に置かれている二つの宝箱っぽいものと、ビックスライムを叩きつけられて消滅した場所にはちっちゃいスライムみたいなのが数個落ちている。

 ただ、あのスライムっぽいのからは生き物の気配がしない。何故だかそんなことが分かった。だから、特に警戒する必要もない。


 最後に、僕たちが入ってきた扉から部屋の中央を挟んでちょうど反対側。そこには光の渦が出現している。地面から吹き上がった粒子が、ちっちゃい竜巻の様に渦を形成している。  

何だろあれ?


 そこで、ふと視界に映るものに違和感があった気がして、もう一度ぐるっと部屋を見渡す。宝箱とか渦とか、ピンク色のスライムちゃんとか……もう一度、スライムちゃんに視線を向ける。

 ぷるんとしていて、水まんじゅうみたいなフォルム。そして綺麗な桃色の……桃色?


 スライムちゃんって最初何色だったっけ?


 青色。


 そうだよ。青色だよ――……あれぇ!?


「ち、ちょ、スライムちゃん。色、色、体、からだ!?」


「……(ああ、これ?ちょっと体色が変わっただけよ。気にしないで)」


「ええぇっ!?」


 気にするなと言われても、スライムってそういう生き物なのかな?気分で自分の色を変化させることが出来るとか、そんな特技を持っている……のかもしれない?


「……(いいから!それよりもあなたがここに来た目的は地上に戻ることでしょ?おめでとう。あなたはよく頑張ったわ)」


「それって、どういう……」


「……(あの光の渦。あれはダンジョンを攻略したときに現れるものよ。あれに乗れば外に出ることができる。つまり!――あなたは自分の手で脱出の手段を勝ち取ったのよ)」


 ……あの光の渦に乗れば帰れる?


 ……そっか、僕、帰れるんだね。家族のところに、友達の、みんなのところに。


「うん、うん、やったよ。ズライムぢゃん、僕やっだよ~~」


 そう思ったら涙が止まらなくなっていた。自分を抱きしめながら泣き続ける僕の頭を、スライムちゃんは優しく撫でてくれた。それで、余計に涙が溢れてきた。


 ――僕は、自分で思っている以上に泣き虫だったらしい。


 



それから10分ぐらい泣き続けて、ようやく気持ちも涙も落ち着いた。その間スライムちゃんはずっと僕に抱えられていたけど、文句ひとつ言わずされるがままになっていた。申し訳ない気持ちもあったが、仄かに温かくて気持ちよかったのだ。


「ごめんね、スライムちゃん。急に泣き出したりして」


「……(いいわよ。あなたが頑張ったのは私がよく知ってるもの……それより、泣き止んだのならついて来なさい)」


「うん?」


 スライムちゃん僕の腕から逃れると、触手で引っ張って歩き始める。連れてこられたのは、部屋の中央にあった宝箱の前。


 左右に二つ置かれたそれは、それぞれ色が異なっていた。

 一つは赤に金色で装飾されたいかにもな雰囲気の宝箱。大きさは、僕の膝ぐらいまでの高さがある。僕の身長が150cmぐらいだから、4~50cmはあるんじゃないのかな?それなりの大きさがあった。


 もう一つは不思議な宝箱。何というか、見る角度によっていろんな色に見える。玉虫色とか虹色って表現が合いそうな宝箱だ。でも大きさは、赤い方よりも一回り小さい。


「……(龍希、これはあなたの戦利品よ。持って帰りなさい)」


「うわぁ、凄いね!人生初宝箱だよ!……あれ?スライムちゃん僕のこと龍希、って名前で呼んでくれた?」


「……(うるさい!いいからさっさと開けなさいよ!///)」


「ふふ、うん。ありがとう」


「……(……///)」


 桃色の身体にちょっと赤みが増した。もしかして照れているのだろうか?

 あんまりからかいすぎても怒られても嫌だし、早速宝箱を開けてみることにする。


 突然だが、僕の家には妹が二人いる。

 3歳違いで今は中学2年生の双子だ。


 姉妹がいると、必然的に起こるのが取り合いだ。

 さらに不幸なことに僕たちの好みは似通っていた。お母さんの作る料理も好物が一緒だし、好きな漫画やアクセサリーの趣味だったりも。


 ある時は、買ってきて部屋に置いてあったはずの漫画が強奪されていた。その上ネタバレしそうになったので、慌てて黙らせた。

 またある時は、お夕飯に好物が出てくると、二人が見事なコンビネーションを見せて僕のお皿から奪い去っていったこともある。まあ、こと食事に関しては負けたことがないので、逆に向うの皿のを食べてやった。

 食べ物で僕に勝とうなんて、100年早いよ……


 つまり何が言いたいのかと言うと、―――決めたら即行動。好きなことから先にする。遠慮はしない、だ。


 好物があれば真っ先にそれを食べ、好きな漫画がでれば真っ先にそれを読む。まあ、その後に妹たちに貸すのは構わないんだけどね。だが、一番最初に読むのは私だ。ネタバレは許さん。


 目の前の二つの宝箱。赤色と虹色。こういう場合は、確実に赤色がレア、虹色がスーパーレアだと相場が決まっている。

 という訳なので――


「虹色の方、オープン!」


 勢いよくあけた虹色の宝箱の中には――紙の束と、ペンダントが入っていた。

 紙の束は、折りたたまれた大きな一枚の紙らしい。両手を広げてもなお大きく広がりそうなので、広げるは外に出てからでいいや。

 ペンダントの方はシンプルなデザインだ。菱形の金色の枠に赤い宝石がはめ込まれている。


 ……何これ?


 よく分からない。使い方もよく分からないし、レアなのかも分からない。現実には鑑定なんて便利な機能は無いのだ。もし凄いものだったとしても、どう凄いのかが分からないと意味がない。もし、呪いのペンダントとかだったりすると嫌なので、付けるのは止めておこう。


「ねえスライムちゃん。これ何かわかる?」


「……(……さすがにアイテムの詳細は私では分からないわね。込められている力が大きいと思うんだけど……何が凄そうなアイテムな気がするわ!)」


「なるほど、考えても仕方がないと……じゃあ次に行こう!」


 とりあえず、虹色の宝箱から紙の束とペンダントを取り出しておく。


 どっちもよく分からないから、放置決定!


「じゃあ、赤い方オープン!」


 そして赤い宝箱の中には――眼鏡が入っていた。


「何故に眼鏡?」


 それなりの大きさの宝箱の中に、赤い縁の眼鏡がポツンと一つ置かれていた。もしこれがご褒美なのだとすれば、あんまりじゃないだろうか?

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