第4話
いつの間にか体に白い靄の様なものを纏っていた。力が止めどなく溢れてくる一方で、何かが削れていく感覚もある。この状態はあまり長持ちしそうにない。
力の使い方は自然と理解できた。自らの内から溢れ出す力の奔流を操作して、全身に巡らせる。
そして思いっきり地面を踏み込む。直後、一瞬でビックスライムの前に移動していた。突然のことで焦ったが、そこで気が付いた。世界がゆっくり見える。
僕を迎撃しようと、自分と僕の間に触手を伸ばしているが、それも凄くゆっくりに見える。
よく分からないけど、こっちにとっては都合がいい。拳に力を集めて思いっきり振りぬく。
ぶにっという感触と、確かな手応えを感じた。
そして、壁際にまでぶっ飛んでいくビックスライム。壁にぶつかった途端、ものすごい轟音と部屋全体が揺れるほどの衝撃が発生する。
――いける……この力ならアイツに勝てる!!
ビックスライムが体勢を立て直す前に、追撃を仕掛ける。
もっと早く、もっと強くアイツをぶっ飛ばすために。さっきよりも大きい力を拳に、脚に、体全体に纏わせる。相手からすれば一瞬で自分の目の前に現れたように見えただろう。僕には、はっきりと見えていたけど。
抵抗なんて許さない。一発一発すべてを全力で。身体をどう使えば、より有効的な攻撃になるのか。それも直感的に理解できた。思考なんていらない、相手を倒すことだけに全力を注ぐ。
格闘技なんてやったことがないから、きっと傍から見たら不格好に映るんだろう。でも、不格好でもビッグスライムに攻撃が通っているのが分かる。
「……ッ!!」
ビックスライムは声にならない声を上げながら、衝撃波を発生させ強制的に距離を取らせる。そして、複数の触手を出してその一つ一つから水球を発射してきた。始めはただの水球なんて、と思い弾き飛ばそうとした。しかし、接近してから分かった。
――あれは、不味い
目の前に迫ったそれに背筋が凍るような感覚を覚えて、咄嗟に転がって避ける。けれど回避が遅く、腕に少し掠ってしまう。
次の瞬間には、その掠った部分に熱を感じた。瞬時に力を使って、制服の肩口から先を吹き飛ばす。見てみると、右腕の二の腕の辺りに火傷したような跡があった。
「酸の攻撃……?」
確かにスライムと言えば、酸による攻撃も有名だ。ここまで使ってこなかったから、てっきり体当たりしかできないものと思っていた。こうなると、他にも隠し玉があるかもしれないから、戦いにくくなる。
ビックスライムは今の反応を見て味を占めたのか、酸の攻撃による弾幕をさらに厚くしてくる。避けるだけならば、速さが分かった以上そう難しいことじゃない。数が来たところで、部屋を埋め尽くすほどの数でなければ、避けるスペースがある。
しかし、ビックスライムは触手を徐々にだが増やしている。恐らくこの攻撃で封殺するつもりなんだろう。
けど、そうはいかない。
拳を開き、手刀の形をとる。そして、纏う力もより鋭く刃の様になるイメージをする。そして、触手に接近して振り下ろす。
「できた……」
振り下ろした手刀は、一切の抵抗なく触手を切り落とす。
スピードだけなら僕の方が上なのだ。走り回って、出現している触手の全てを切り落とす。これにはビックスライムも驚いたのか、後退する。だが、正直なところ手応えは感じているのだが、それが有効打になっている気がしない。やはり、無効ではないにしても物理攻撃では倒すのは難しいかもしれない。
何か弱点のようなものは無いのか。頭の中にあるスライムについての知識を漁っていく。それと同時に目の前のビックスライムの観察も行う。がむしゃらに突っ込んでも勝てる相手じゃないのは、これまでの攻防で分かった。
そして思いだす。スライムと言えば、体の中に核のようなものがあるのではなかったか。核を破壊すれば倒すことが出来るかもしれない。そういえば、スライムちゃんにも体の中に黒い石があったはず。もし、スライムの共通の特徴ならコイツにもあるかもしれない。
アイツの体は、スライムちゃんよりも透明度が低く濁っている。再生した触手から飛んでくる酸を避けながら、体の周りを一周しながら核を探す。
――見つけた
さっきまで僕が立っていた位置とは、ちょうど反対側にそれはあった。しかし、すぐにまた見えなくなってしまう。もしかして、僕に見つからない様にいままで隠していたのだろうか。それも見えない様に、真後ろに。小癪なことをすると思ったが、同時にこれならいけるとも思った。
ちょうど真後ろにあるのなら、正面から体ごと貫いてやればいいだけ。
これに賭けるしかないと思い、力を込めて一度壁際にまで殴り飛ばす。そして逃げ道をなくしてから、拳にありったけの力を籠める。
「……お前なんかに負けない!」
ビックスライムに対して全力の拳を突き出す。しかし、弾力のせいかなかなか貫けない。
しかし、ここで引く訳にはいかない!
無限に溢れてくる力の全てを拳に集中させる。
踏み込みから伝わってくる力を、膝を、腰を、肩を、腕を伝って、増幅させて拳に込める。
「いっけぇぇぇ!!!」
一瞬の抵抗の後、何かを砕いた感触があった。
洞窟全体がものすごい強さで揺れる。壁には漫画でしか見たことのないようなクレーターが出来ていた。そして揺れが収まった時には、ビックスライムは無数の光の粒になって消え始めていた。
―――ああ、勝ったんだ。あの化け物に……
「そうだ、スライムちゃんは!?」
「……(……大丈夫よ。生きてるわ)」
「うぅ……ずらいむじゃぁぁぁーんんんん!!!」
「……(ちょっと!?いきなり抱き着いてこないでよね!まったく……結局あなたに任せてしまったわね。ごめんなさい)」
「ううん、ううん。違うよ、スライムちゃんが助けてくれたから、スライムちゃんがいてくれてから頑張れたんだよ。だから、ありがとうスライムちゃん」
「……(……もう、何よそれ)」
少し照れたように何も言わなくなるスライムちゃん。かわいい。
ふと、気を抜いたとたん体から一気に力が抜けた。さっきまでのなんでもできそうな感覚はなくなって、けれど痛みとかはなくて。ただただ脱力感が体を襲ってくる。
ああ、だめだ。意識を保っていられない。
「……(大丈夫よ。私がついているから。ゆっくり休みなさい)」
うん、ありがとうスライムちゃん……
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