第3話

 本当に感覚的な話になってしまうのだが、あのビックスライムは絶対に敵だと分かった。それがどうしてなのかは分からない。でも、隣にいるスライムと出会った時とは全く違う。その感覚が僕にアイツは敵だと教えてくれる。


「君はどう思う?」


「……(ぷるん)」


「そうだよね、やっぱり敵だよね」


 このスライムにとってもアイツは敵みたいな認識らしい。確かに人間とゴリラが仲良しこよしかと言われたら、場合によってはとなるだろう。アイツとスライムも一緒の種族に見えて、完全な別種なのかもしれない。

 ……何か違うかもしれないけど、そんな感じだろう。


 とりあえず目の前の相手が敵だと分かったところで……どうしろと?

 スライムと言えばゲームでいうところ、雑魚モンスターの代名詞だ。しかし、場合によっては物理攻撃無効だったり、魔王になったりするとんでもないのがいたりする。アイツがどのタイプなのかによっては、手の出しようがないかもしれない。


「……(ぷるん)!」


「え、スライムちゃん!?」


 一瞬の出来事だった。

 僕が自分思考に没頭している時、突然スライムが私のことを突き飛ばした。それと同時に、さっきまで僕が立っていた場所にビックスライムが体当たりしてきたのだ。そして僕の代わりにスライムが弾き飛ばされ、壁にたたきつけられる。


「うそ、スライムちゃんっ!」


 スライムのもとに駆け寄ろうとするも、ビックスライムの意識が僕に向いていることに気が付く。いや、今の様子だと最初から僕が狙いのようだ。ビックスライムが体を縮めたので、とっさに横に飛んで転がる。


 その直後、先程と同じように僕のいた場所をビックスライムが通過していった。速さは見えないほどじゃない。以前にバッティングセンターで見た有名野球選手の球に近いものがある。むしろそれよりも早いかもしれない。

 あれは一度も打てなかったが、これはバットに当てるんじゃなくて避ければいいだけましだと思うしかない。


「んっ!?」


 間髪入れずに体当たりを繰り出してくる。叩きつけられたスライムの様子を見に行く余裕がない。思いっきり壁にぶつかっていたが、大丈夫だろうか。どうにかして、コイツの攻撃を潜り抜けないと。


 そんな事を考えていたのが悪かったのかもしれない。目は離していなかった。でも思考を逸らしてしまった。集中の途切れたその時のことだった。

 さっきのスピードとは比にならない速さで突撃してきたのだ。まるでさっきまで手加減していたかの様に。こちらが気を逸らすのを待っていたかのように。


 ……反応できなかった。


 気づいたときには体に衝撃が走り、直後に背中にも衝撃があった。肺の空気が強制的に吐き出され呼吸が上手くできない。身体の感覚が鈍くなり、視界が赤く染まっていく。


 体当たりされて、その衝撃で壁に激突した。そういうことなのだろう。


 自分の状態を確認しようにも思考が纏まらず、体が動かない。

薄らと、ビックスライムが近づいてくるのが分かる。体当たりはせずにぼよん、ぼよんと、ゆっくり。まるでこちらの恐怖心を煽っているかのように。きっと顔があったら醜悪に歪んでいたことだろう。


 ああ、こいつ絶対性格悪いわ。


 もうそんなことぐらいしか考えられなくなっていた。


 頬を液体が流れている。その感覚が続くのと比例するかのように、徐々に寒くなってきている。指先はピクリとも動かない。

 分かるのは自分に死を与えるであろう存在がゆっくりと近づいてきていることだけ。


 ―――まったく、何だってこんなことになったのか。


 ―――学校帰りに近道をしようとしたのが悪かったのか。


 ―――今日、朝寝坊したのが悪かったのか。


 ―――スライムについてきたのが悪かったのか。


 ―――いや、あの子は僕を守ろうとしてくれた。


 ―――あの子から常に感じていた感覚。それは僕を守ろうとする、そんな気持ちだった。まあ、僕の勘違いだったのかもしれない。だって初対面であったばかりの僕にそんな気持ち抱くはずがないでしょ?


 ―――でも、悪いことしちゃったな。僕に付き合わせたせいでこんなことになってしまった。ごめんね、スライムちゃん。


 目の前にはビックスライムが迫ってきている。




 ――――――ああ、死にたくないな。




「……(諦めてんじゃないわよ)!」


「……え?」


 霞んでいる視界の中で、薄れゆく意識の中で声が聞こえた。

 真っ先に壁に叩きつけられたスライムが、ビックスライムに弾丸のような勢いで突っ込んでいたのだ。


 だが、それでもビックスライムには意味がなかった。表面が少し揺れたぐらいで、対したダメージがあるように見受けられなかった。ひょっとしたら、物理攻撃無効のタイプなのかもしれない。


「……(さっさと起きなさい!起きて逃げなさい!)


 ――そっか、スライムちゃん、かな。そんな声してたんだね。

 ふふ、でもごめんね?体が動かないんだ。

 僕だって逃げたいさ、でも体が動いてくれないんだよ。


 君だけでも逃げてくれないかな?

 こいつの狙いは最初からずっと僕だ。注意が逸れているうちに逃げてよ。


「……(何言ってんのよ!ここまで連れてきたのは私、この部屋に入らせたのは私、こいつの力を見誤ったのも私なのよ!だったら私にはあなたを……友達を守る責任がある!)」


 話している間にも、何度も何度もスライムちゃんはビックスライムに突撃を繰り返している。足を止める事には成功しているが、それでもダメージは見受けられない。


 ――お願いだよ。逃げてよ。君だけでも逃げてくれよ。

 君が責任を感じる必要なんてないんだ。僕は君に勝手について来て、それで死にそうになっているだけ。君についてきたのも、この部屋に入ったのも僕の意志だ。


 だから君が責任を感じる必要はないんだよ?


 ね、だから逃げてよ。お願いだよ……


「……(きゃっ!)」


「……っ!」


 ビックスライムは何度もちょっかいをかけてくるスライムちゃんを煩わしく思ったのか、触手を使って弾き飛ばす。

 壁に叩きつけれたスライムちゃんは『べちゃっ』と放射状に広がって、壁をゆっくりと伝って地面に垂れていく。下に溜まった液体は水たまりのように広がりもとに戻ることは無い。


「うそ、でしょ……スライムちゃん。返事してよ、スライムちゃん!!」


 呼びかけに対して、返事は帰ってこない。さっきはあんなに聞こえていたはずの声も、今ではもう聞こえてこない。


 ―――なんで……なんで逃げてくれなかったのか。


 ―――僕を守る為に、なんて。そんなこと、君が心配することじゃないのに。


 邪魔者がいなくなった事に満足したのか、再びこっちに歩みを進め始める。だが、今はそんなことはどうでもよかった。青い水溜まりを見ながら、どうしてこうなったのかと考えてしまう。


 そして湧いてきたのは、今もなお自分に敵意を向けている巨大なスライムだった。




 ―――ふざけるな……




 ―――なんで僕の友達がこんな目に合わなくちゃいけない。なんで僕が、僕たちがこんな目に合わなくちゃいけないっ




 ―――確かに出会ってから時間は経っていない。今日出会って、ほんの数時間の関係だ。確かにその程度の関係だけど……あの子は僕のために体を張ってくれた。友達だからと、僕を守る為に戦ってくれた。




 ―――だったら僕も、立ちあがらなくちゃいけない。まだまだ負けちゃいない!こんなところで寝てられない!



 ―――アイツをぶっ飛ばさなくちゃいけない!




 そう考えたと同時に、『ドクン』と。はっきりと聞こえるほど、心臓が大きく高鳴った。

 不思議、そう不思議な感覚だ。


 さっきまで指一本も動かなかったはずの体に、力が湧いてくる。

 血が流れ過ぎて、寒くなっていたはずの体に熱が戻ってくる。


 ……感じる。身体を駆け巡る大きな力の流れを。敵を倒すための、友達の仇を取るための力が底の底から溢れてくる。


 立ち上がれる……動ける……戦える!


「……僕の友達に手を出したんだ……覚悟しろよっ!」


 地面を踏みしめて、拳を握りしめて。

 僕は目の前の敵を睨みつけて、そう宣言した。

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