第2話

 スライムに案内されてしばらく歩いた。しかし、行けども行けども何もない。このスライムに出くわした以外に本当に何もない。ひたすら一本道が続くだけで、代り映えのしない景色というのは中々に精神に来るものだ。


 ペットボトルの水を飲みながら歩を進める。

 時間を確認しようにも時計として使っていたスマホの電池が切れてしまっていて、今が何時なのかもどれぐらい歩いたのかも分からない。


 そのスライムはと言うと後にいる僕を確認するように振り返りながら、先頭を進んでいた。跳ねるようにして前に進んでいるのだが、それが思った以上に速い。


 一歩で僕の3歩分ぐらいは進んでいるんじゃないかな?


 そんな感じでスライムに気遣われながら洞窟を進んでいく。

 

 そして、いつまで続くのかと思っていた矢先にそれは見えてきた。


 まだ遠目にだが、突き当りがあるのが見える。恐らくあそこが案内されている場所なんだろうと思う。この分なら普通に歩いていても着いたね。一本道だし。

 少し歩いてその全貌が明らかになる。


 突き当りにあるもの、それは大きな扉だった。


 分かったのは、突き当りが開けた空間になっていたこと、扉が思ったよりも大きかったことだ。扉は天井から床までの高さがあって、ちょっと威圧感を感じる。


「ええっと、ここが出口に通じているってことですか?」


「……(ぷるん)!」


「……なるほど」


 扉の前で跳ねていたスライムから肯定の意志が感じ取れた。どうやらここがゴールで間違いないようだ。ここが本当に出口に通じているなら開けるんだけど……下手したら鬼やら蛇やらが出てくるかもしれない。今更スライムのことを信じない訳じゃないけど、万が一ということもある。


 ……いや、ひょっとしたら自分の巣に誘い込んで食べる気かもしれない。


 とは言え、開けないという選択肢は始めからないのだ。

 最初のスタート地点からここに来るまで、ずっと一本道だった。他に行けるような道も無ければ、ここ以外に扉も無かった。つまり、外に出るためにはこの先に進む必要があるわけだ。

 まあそれ以前の問題として、この大きな扉を開ける事が出来るかっていうこともあるけど。もし、隠し通路とかがあったらその限りじゃない。しかし、あったとしても探している時間も、見つける自信もない。


 僕がそんなことを考えている一方で、スライムは壁に向かって体当たりしていた。ちょうど扉の横の壁に、どうしてか知らないけど体当たりをしている。


 ……


「えっと、何してるんですか?」


「……(ぷるん)!」


 ニュアンス的には『黙って見ていろ』って感じだろうか。

 すると、すぐに変化が訪れた。壁が崩れたのだ。いや、崩れたというか割れたというか。体当たりをしていた箇所の表面がパリンッと割れると、その中から穴が現れた。屈めば人一人が通れそうなぐらいの、少し大きめの穴だ。


「……えっと、それ何ですか?」


「……(ぷる)?」


「もしかして……隠し通路なの?」


「……(ぷるん)!」


 そういうことらしい。見つけられっこないと思っていた隠し通路を、あっさりと見つけてくれた。


「まさか本当にあるなんて……」


 別にフラグを立てたわけじゃないと思うんだけど、ちょうど隠し通路の事を考えている時にこれだ。まあ、近道出来る分には悪いことではないので全然かまわないんだけどね。

 それにしても何でこのスライムは隠し通路の場所なんて知っていたんだか。


「……(ぷるん)、……(ぷるぷる)」


「つべこべ言わずとっとと入れ!?ちょ、だって君、これどこに続いているのさ!?」


「……(ぷるん)」


「本当に近道なんだろうね!?」


 スライム曰く、ここ穴が近道であることは間違いないらしい。


 ただね~……この穴、下に続いてるんだよね。


 おかしいよね?僕は外に出たいと言ったはずだ。だと言うのに、この穴は地下に向かっている。あれかい、ここは地上よりも高い塔みたいな場所なのかい?


「……(ぷるん)」


「……君を信じていない訳じゃないんだよ。水を分けてくれたし、ここまで連れてきてくれた」


「……(ぷるん)」


「……そうだね。だったら最後まで君のことを信じてみるよ」


 スライムからの真剣な意志を感じて、隠し通路の方を行くことを決めた。出会ってからずっとこのスライムは、僕のことを気遣っているような様子があった。だからこそここまでついてきたのだから!


 ……ものは試しと、着ていた制服のボタンをちぎって放り込んでみる。


 からから……からから……――


 坂道を転がっていくような音が暫くすると聞こえなくなる。ただ、下に着いたとかじゃなくて徐々に聞こえなくなった。


 つまり……それだけ深いってことだ。

 

 念のために今度はボタンよりも重い金属製の定規を落としてみる。

 

 カンカン……カンカン……――


 ボタンの時と同様にしばらくは転がる音がして、時間と共に徐々に聞こえにくくなり最後には完全に聞こえなくなる。その音はさっきよりも長かったけど、下に着いたような気配はなかった。


「やっぱり、こっちの扉の方から行かないかな~なんて?」


「……(ぷる)」


「ちょっ、なんで押した!?まってまって、これ思ったよりも急でちょっと無理かもぉぉぉぉぉぉーーーーー」


 しびれを切らしたスライムによって穴に放り込まれました。思ったよりも力持ちだったのね。




 落下すること暫し、ようやく下に辿りついた。

 あちこち擦ってお尻にいたっては火が出るかと思ったけど、何とか無事に下に来ることが出来た。しかもスライダーの表面が滑らかなもんだから、スピードが出るわ出るわ……それを面白かったと思ってしまう自分がいるのだ!


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけもう一回やってもいいかなとも思う。


「それにしても、扉を無視して滑り台した結果、目の前にあるのがまた扉とはどういうことだい?」


「……(ぷるん)」


「あ、こっちが出口に一番近い扉なのね。それにしても隠し通路の先のことなんてよく知っているね。前にも来たことがあるの?」


「……(ぷるん)」


「来たことは無いけど、そういうものだから?……うん、よく分かんない。それで、こっちの扉は開けていいんだよね?」


「……(ぷるん)!」


 ここには扉の他にも、通路が存在している。スライムは通路の方ではなく、扉を開けろと言っている。通路も扉もさっきの場所とほとんど違いが分からないので、一瞬スライダーを滑ってまた戻って来たんじゃないかと疑ってしまったぐらいだ。 

 きっと、さっきの部屋の扉を進んでいくとここに出てくるってことなんだろう。


 まあ、それはともかくとしてスライムからのOKも出ていることだし、早速扉を開けてみよう!


 身長の倍以上はありそうな巨大な扉に手を掛ける。開くかどうか分からないけど、とにかく頑張ってみようと思い扉を押してみた。しかし返ってきたのは、拍子抜けの手応えだった。触った感じは金属のようだったのに、いざ開けてみると発泡スチロールでも押しているかのような重さだった。


「あれ、思ったよりも軽いな。なんだろ、張りぼて?」


 もしかして、本当に発泡スチロールで出来てるんだろうか?

 だとしたら、やはりドッキリという可能性も捨てきれない?


 次々と疑問が湧いてくるが、ここに来てからは本当に分からないことだらけだ。

 この洞窟は何なのか。こんなに広い洞窟、というか遺跡が自分の街の下に埋っていたのか。なぜスライムなんてモンスターがいるのか。

 考えれば考えるほど疑問は尽きない。


 ふと、隣にいるスライムに視線を向けてみる。便宜上スライムと呼んでいるが、本当のところどうなのかは分からない。こんな生物、地上に存在するどの生き物図鑑を調べても載っていることは無いだろう。


 ……いや、いま優先するべきなのは外に出ることだ。というかいい加減に早く帰りたい。ずっとこんな洞窟に閉じ込められてそろそろ精神が参りそうだ。今は、脱出に全力を向ける。


 空いた扉の隙間から中を覗いてみる。


 中の広さは、学校の教室よりも一回り大きいぐらいで、そこまで広くはない。薄暗い部屋の、ちょうど真ん中の辺りに何かの影が見える。それをみた瞬間の事――


「っ……!?」


 全身に鳥肌が立った。

 どうしてなのか自分でも分からない。扉を握る指先が震え、それが全身に伝播していく。呼吸が浅く、早くなり心臓の音が耳元で聞こえるほどに早鐘を打つ。


 どうにかこうにか視線を外して、扉を閉める。


「はぁっ……はぁ……はぁ……!?」


 ――殺意。

  

 それがあの影から感じた怖気の正体に一番近い気がする。もちろん普段生活していて殺意とか殺気とはは感じることは絶対に無いし、僕も感じたことは無い。

 呼吸を整えつつ、気持ちを落ち着ける。

 

 何なんだアレは!?

 あの影の正体は分からない。けれど、近づいていい存在ではないと僕の根源的なところが言っているのだ。


 でも、入るしかない。

 ここから出るには、この扉の先に行くしかないのだ。

 

 意を決して扉の中に入る。すると、部屋全体が突然明るくなり、その全容を見る事が出来るようになる。それと同時に背後では扉が閉まる音がする。

 振り向くと、やはり扉が閉まっていた。

 開けてみようとするが、今度は金属塊になったかのようにびくともしない。


「退路……断たれた?」


「……(ぷる)」


「……ふぇ」


 その事実に思わず涙が出そうになる。でも泣いちゃだめだ。ここで泣いたらきっと前に進めなくなる。

 そして明るさを増したことによって部屋の中央にいた存在がはっきりと見えるようになる。


「あれ、君の親戚か何か?」


「……(ぷる、ぷる)」


「そっか違うんだ」


 震える声のままにスライムに目の前の存在について尋ねる。


 部屋の中央にいたのはおっきな、おっきなスライムであった。具体的には僕の身長と同じぐらいのビックなスライム。隣のスライムとは10倍以上の差がありそう。便宜上ビックスライムと呼ぶことにしよう。


 そしてあのビックスライムは敵だ。隣にいるスライムみたいには絶対に分かり合うことは出来ない。

 姿をはっきりと認識できた瞬間、その確信が持てた。

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