第16話 彼女の誕生日

 6月に入り、半袖の服を着る人も多くなってきた時期。今日は金曜日。明日は大学は休み。

 歩乃目ほのめたちは大学の講義室で講義を受けていた。教授が前で熱心に講義をしている。

 ふと歩乃目が隣を見るといつものように真優まゆが寝ている。そのさらに隣では、夏生なつきが面倒くさそうな顔をしながらノートに文字を書いていた。

 講義の内容がほとんど頭に入ってこないほど、歩乃目はそわそわしていた。

 今日は歩乃目の誕生日だ。ついに20歳になったのだ。これで3人でお酒が飲める。

 講義の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 歩乃目は寝ている真優などそっちのけで夏生に言った。


「ねえ、いまから3人で居酒屋行きたい!」


 夏生は驚いた顔をいていた。しかし、その返事を聞く前にもう一つの顔が目の前に起き上がってきた。


「よっしゃ、すぐ行くぞ!」


 奥で呆れた顔をしていた夏生の様子をうかがうと、夏生は歩乃目の方を向いて頷いた。

 

「いいよ。明日は何も用事ないし」

「やったぁ! 2人ともありがとう」

「よし、じゃあさっさと行こうぜ」


 そうして3人は居酒屋に向かうことにした。どうせだから、と少し大学から離れた居酒屋に行ってみることにした。

 


 大通りから少し外れた場所にあるひっそりとした居酒屋に3人は着いた。外見は昔の日本家屋のような古風な見た目をしている。

 中に入るとおそらく夫婦であろう2人が笑顔で迎えてくれた。3人は個室に案内され、腰をおろした。

 歩乃目はメニューを手に取った。2人もそれを覗いた。


「2人ともいつもどうするの?」


 歩乃目が聞くと2人は答えた。


「私はとりあえず梅酒飲もっかな」

「じゃあハイボール」


 歩乃目は飲み慣れている様子な真優と夏生を見てメニューに視線を戻した。梅酒やビール、レモンサワーなどのよく名前を聞くお酒だけでなく、スクリュードライバーだとか鬼ごろしといったまるで味の想像できないお酒の名前も書かれている。

 歩乃目は初めてのお酒を何にするか決められずにいた。すると、おつまみのメニューを見ていた真優から最初は梅酒とかサワーがオススメだと言われた。そこでレモンサワーにすることにした。

 注文を終えしばらくするとお酒とおつまみが運ばれてきた。歩乃目の注文したレモンサワーは、グラスに氷と透き通る黄色をした液体が注がれており、それが炭酸の泡でシュワシュワという音を立てていた。

 それぞれ自分のグラスを持ち、3人で乾杯した。歩乃目はレモンサワーを口に含む。酸っぱいレモンの味とほんの少しの苦みが口の中に広がった。お酒は苦いものだと思っていたけれど、これはそんなに苦くなくて炭酸ジュースと同じような口当たりだった。


「あー! 久しぶりに飲むとうまいなぁ」


 ハイボールをグラスの半分ほど飲み終わった真優が言った。まさか今の一口目でこれだけ飲んだのだろうか。横で夏生が呆れた顔で見ていた。


「あんたバカじゃないの......。歩乃目、それおいしい?」


 夏生に問われた歩乃目は、グラスにまだたくさん残っているお酒を見て言った。


「このお酒、思ったより苦くなくておいしかった。でも......真優ちゃんみたいには飲めないかな」

「こんなふうには飲まない方が良いよ」

「聞こえてるぞ! 私はお酒強いから良いんだよ」

「真優はいつも無茶な飲み方するから――――」


 そんな2人を見ながら、歩乃目はもう一口レモンサワーを飲んだ。

 すこし頭がグラグラする。なんだか真優と夏生が言い争っているみたいだ。

 

「えへへー。なんか楽しいねぇ」


 歩乃目の口から普段からは想像できない気の抜けた声が発せられた。それに驚いて真優と夏生が歩乃目の顔を見た。

 歩乃目はほんの少しのお酒で酔っ払ってしまっていた。


「歩乃目!? おい大丈夫か?」

「こんなお酒弱い人初めて見た」

「えへへ~。なんかふわふわするー。お酒すごーい」


 歩乃目は夏生に寄りかかった。だんだんと歩乃目の視界は閉じられていく。


「なんかそのまま寝そうだな」

「そうだね。このままにしておこうか」


 何か2人が言っていたみたいだが、歩乃目はそれを理解することなく眠ってしまった。

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