第1章

第2話 友人たちと私

 ポカポカと聞こえてくるようなほどに暖かい日の光に照らされ、夏に差し掛かる朝。


 夏生(なつき)は大学の講義室の椅子に座り、机に伏せながら夢の世界に入り浸っていた。

 夏生は大学生活をずっと楽しみにしていた。しかし、過ごしてみれば、大学の講義は高校と同じく眠たくて仕方の無い時間だと感じていた。まだ今日の講義は始まっていないのだが。


「おっ、今日も早いな! おっはよー夏生!」


 講義室の入り口から騒々しい声がする。朝に弱く、いつも夢の中の夏生を現実に引き戻すのは、この明るい声だ。

 長くサラサラとした黒髪に整った顔立ち、そして誰もが憧れるモデルのような高身長の土屋 真優つちや まゆだ。多くの人が彼女を美人だと思うだろう。

 夏生は机に突っ伏したまま顔を横に向ける。


「うるさいなー。朝から元気だねぇ、真優(まゆ)」


 未だ夢の世界から抜け出そうとしない夏生の返事に、隣に座った真優は心配そうな顔をする。


「お前はいつも眠そうだな......。ちゃんとご飯食べてるか?」

「食べてますぅー」


 余計なお世話だ。

 夏生は美優のような元気も身長も持っていなかった。同じ人間なのに、一体どうしたらこんなにも差が出るのだろう。

 気の抜けた返事をした夏生を、小さな顔が覗いていた。


「夏生ちゃん、もうすぐ講義がはじまるよ」


 友人である倉木 歩乃目くらき ほのめはそう言うと、席に座りカバンから筆箱を取りだした。誰よりも小柄な体をカーディガンで包んだ歩乃目は、ふわりと顔を包む髪型とぱっちりした目もあいまって、いかにもゆるふわ女子大学生な風貌をしている。

 もうすぐ夏だってのにその格好暑くないのか、と夏生は思った。

 大学に入学してすぐの頃、1人でいた夏生は歩乃目と美優に話しかけられた。それからは3人で一緒に行動することが多くなっていた。夏生は最初、物静かな歩乃目にこんなにもうるさい友人がいることに驚いていたが、今は2人と一緒にいると不思議と心地良さを感じていた。

 講義が始まる時間になったのか、おはようございますと教授の声が聞こえた。



 講義が終わると、教授の話などそっちのけでキョロキョロ周りを見回していた真優が、ある1人を見ていた。

 それを見て歩乃目が言った。


「真優ちゃん、今日は誰にするの?」

「ああ、今日はあそこにいる......えっと、なかまつ.......なんだっけ」


 真優は喉元まで出かかったその名前を言い出せずにいた。


「そうだ思い出した! 仲松 成美なかまつ なるみだ! よっしゃ行ってくる」

「そうなの、頑張ってね」


 ニコニコと笑みを浮かべながら走り去っていく真優を尻目に、机に突っ伏していた夏生は思わず歩乃目に問いかけた。


「真優はなにしようとしてんの......」

「なんかね、大学生のうちに1回は同じ学科の人全員と話したいんだって。楽しそうって」


 一体何がしたいのか。やはりどこか変なやつだと夏生は思った。

 そんなことより、と夏生は歩乃目に問いかける。


「もうすぐ夏休みだけど、歩乃目は大学生のうちにやっておきたいことはあるの?」

「あるけど真優ちゃんみたいに『変なの』じゃないよ」


 ......変なの。


 そうか。知り合ってから思っていたが、歩乃目はたまに心の声が漏れる。

 そんなことを思いながら夏生は次の講義までの空いた時間にご飯を食べようと、歩乃目と共に食堂へ向かった。

 


 夏生は口に甘く広がる杏仁豆腐の風味を堪能していた。横では歩乃目が机の上のチョコプリンを眺めている。食堂で同じ机の席に座った2人は、食後のデザートを楽しんでいた。

 そこへ騒がしい声が近づいてくる。


「いや~! やっぱ成美なるみ面白いわ!」

「だから私は普通だと思ってたの!」


 夏生は口に含んだ杏仁豆腐を味わいながら、騒がしい声のするほうをチラリと見る。

 真優ともう1人、『成美』と呼ばれていたショートカットで背の高い女性がいる。

 騒ぎ続ける2人に夏生は問いかけた。


「えっと、誰?」

「こいつは仲松 成美なかまつ なるみ。なあ聞いてくれよ、こいつさぁ――」

「ちょっと!」


 笑いながら何かを言いかけた真優を成美が止める。しかし、


「こいつ去年の夏、"なるみ"って真ん中に名前が書いてある水着で海行ったらしいぞ。高校3年生で」

「それって学校で着る......」


 プリンを食べ始めていた歩乃目がそう言いかけた。今も楽しそうに笑う真優を見る成美は、睨んでいるようでもあった。

 真優はそんなことお構いなしと夏生たちのいる机の空いていた席に座り、その横に成美も座る。


「だって海に行ったことなかったんだから仕方ないじゃん......」


 成美は、海から遠く離れた草木の茂る地域で育ってきて、高校3年生までずっと海に行ったことがなかったのだと言った。

 しかし、学校指定の水着を着て海ではしゃぐ高身長女子を想像した成美は笑いをこらえていた。それに気づいた成美は夏生を睨んだ。


「じゃあ今年の夏休みは4人で海に行こうよ!」


 プリンを食べながら、歩乃目がおもむろにそう言った。それに真優も賛成する。


「いいんじゃないか! 一緒に水着も見ような、成美!」

「えっ......」

 

 成美は戸惑った様子で2人の顔を見ている。さっき知り合ったばかりの自分が、すでにグループの一員として扱われていることに驚いているようだった。


「私も?」


 成美が驚きをあらわにした。まだ内心半笑いの夏生は答える。


「いいじゃんか~、一緒に行こうよ~」

「う、うん」


 戸惑っている様子の成美だったが、とりあえず了承してくれたようだった。

 満足げにスプーンを置いた歩乃目を横目に、夏生は言う。


「今からみんなで夏休みの予定立てよう!」


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