第3話 夏休み

 太陽がジリジリと照りつける夏の日。海へと続く道路には、長い車の列が出来ていた。

 夏生なつきの運転する車も、その真ん中にいた。


「もうなんなんだよこれ。すっかり渋滞じゃねえかよぉ」

「しょうがないでしょ。夏休みなんだし」

「早く海行きてえよぉ」


 後部座席に座る真優まゆ成美なるみが文句を言い合っている。

 分からなくもない。車の流れはもうずっと停滞している。


「疲れたなら寝ておきなよー、真優」


 夏生はそう言った。しかし、


「今日のために昨日はやく寝たから寝れねえよ~。 なあお前だってそうだろ? なあ、成美~」


 成美からの返事はなかった。そういえば、真優はなぜか車に乗るときに浮き輪をつけていた。

 助手席に座っていた歩乃目ほのめが言う。


「夏生ちゃん、ありがとね。車運転してくれて」

「いいよいいよ。私しか免許持ってないし」


 大学1年目の夏休みに自動車免許を持っているのは、入学前に取った夏生だけだった。

 大学で使うことはないと思っていた免許がこんな形で役に立つとは。夏生は内心嬉しかった。車はレンタカーだが。

 歩乃目も海に行くが楽しみだったようで、そわそわした様子で夏生に言う。


「私、海に来るのなんて久しぶりだよ。ひとりっ子だから中学生のとき友達と行ったくらい。」

「そうなんだ」

「夏生ちゃんはよく海行くの?」


 歩乃目の突然の問いに、夏生は一瞬答えるのをためらった。


「よく行ってたよ。受検も終わったし、今年も家族で行くはずだったんだけど、その......妹が」

「あっごめん」


 車を運転している夏美に歩乃目の表情は見えなかったが、申し訳なさそうにしているのは分かった。


「妹さんがどうかしたの?」


 2人の会話を聞いていた成美が問いかけた。


「えっと......うちの妹、受験前に事故に遭っちゃってさ。大学にも行けてないの」


 夏生は答えた。すると、


「そうなんだ。私の妹も大学行けてないなー」

「えっ?」


 夏生にとって予想外の返答だった。成美の隣に座る真優もそうだったようで、


「えっなんで?」


 成美は答える。


「妹は静花しずかって言うんだけどさ、うつ病で高校に通えなくなっちゃって。今は休学してるの。双子なのに私だけ大学生なのちょっと申し訳ないな」


 成美の妹のことは初めて聞いた。が、夏生も同じ気持ちだった。できることなら一緒に大学に通いたかった。事故に遭ったのが自分だったら良かったのに。しかし事故の場にいなかった夏生にはどうしようもなかった。

 いつの間にか車内には静寂が訪れていた。



「うちは兄貴といつもけんかしてたな......」


 真優が呟いた。


「そうなんだ、どんなけんかなの?」


 その言葉に歩乃目が反応する。


「私が兄貴のプリン食べたとか勝手に漫画持ってったとか......って何言わせるんだ歩乃目!」

「全部真優が原因じゃん」


 即座に成美がツッコミをいれた。その言葉に夏生と歩乃目は笑う。

 真優は成美にうるさいと文句を言い始めた。


 車内には、また騒がしさが戻った。

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