第38話 いざ決戦の刻
「三魔将は全て敗れたか……」
誰にでもなく虚空にむかってつぶやく。我が邪悪なる力をくれてやったのに、まったく情けない奴らだ。まあよい。奴らの代わりなんぞいくらでもいる。
「それにしても“鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタ、面白い敵だ」
奴が三魔将の全てを屠ったという。一度顔を合わせただけだが、野獣の様な瞳の面白い女だった。
我が軍団の中には三魔将が討ち取られた今、本国への一時退却を唱える者もいる。だがそれは愚かな考えだ。スタントン西方王国なぞ、完全に覚醒した我が邪悪なる力の前には無力。それに時期皇帝たるこの俺に、最初から敗北の二文字は許されていない。
「全軍、決戦の刻は来たれり! 屍の山を築け! 流血の河を満たせ! この俺に歯向かったことの愚かさを教えてやれ! フゥーハッハッハ!」
生贄は満ちつつある。大丈夫だ。この俺ならやれる。この“魔の教典”さえあれば、次の皇帝の座は既に我が手中だ。
☆☆☆☆☆
「斥候から報告。やはりクラウディオの野郎は決戦をしかけるみたいですぜ!」
「自暴自棄にでもなったか?」
中央帝国の西方侵攻軍に動きありと伝えられたのが三日前。
即座に部隊を編成し、迎え撃つべく出陣した。
だが、その敵の軍勢の数が尋常ではない。
おそらく西方侵攻軍全軍が動いている。決戦の構えだ。
「どう思う、アンナ?」
「三魔将は討ちとられ、追い詰められているのは間違いありませんわ。一発逆転狙いでしょうか? こちらの各騎士団長が戦線復帰しているのは、敵も知っているはずですが……」
三魔将に後れをとったトーレス、グレゴリー、カリナの各騎士団長は復帰し、各部隊の最編成も終わっている。いくら遠征全軍でこようが、こちらは隙のない布陣だと敵もわかっているはずだ。
「ローレンス、敵の
「大半が面白みのない〈ヒガンテ〉だよ。他も三魔将の様な機体は見当たらないね」
クラウディオはわけわからん力――女神ルミナ曰く、邪悪なる魔法の力がある強敵だ。だけど不可解な事に、大将であるクラウディオの旗印はこの戦場にない。どういうことだ?
「ガードナーのおっさんは決戦受けてたつべしと言っているんだな?」
「へい、そう伝令が来てやす」
「了解したと伝えろ。私たちは敵主力を横から奇襲するよ。ジャン、カルロ、準備させな」
「へい姉御!」
「わかりました姐さん!」
特務騎士団ジョーカー自慢の運動量と度胸を活かした奇襲を決める。ヤバかったら逃げる。よし、完璧な作戦だ!
「いくぞお前ら! 敵を見たら思いっきり殴れ! タコ殴りだ!」
「「「うおおおおおおッ!!!」」」
――決戦と見られたその戦闘で、私たち西方王国の軍はわずか三十分程で西方侵攻軍の大軍勢を散々に撃破し、蹴散らし、壊滅せしめ、敗走させた。
この日、ロメディアス中央帝国第十三皇位継承者クラウディオ・デラ・ロメディアス麾下の軍団は、その戦力のほぼ全てを失って戦闘集団としての機能を喪失した。
☆☆☆☆☆
「なあ、カリナ。私たちは本当に勝ったのか?」
「敵は戦闘能力を喪失したわけだし、一応は勝利じゃないかな? 後は事務方の仕事だ」
私はカリナに尋ねながら、窓の外に目をやる。
「勝利に乾杯!」
「敬愛すべき母なる女王陛下に!」
「我らが勇猛なる騎士団に!」
西方侵攻軍を蹴散らして一週間が経った。戦勝ムードに湧く王都では、昼間からそこかしこで乾杯が行われている。勝利に沸き立っているのは市民だけではなく、騎士団の者達でもだ。
「クラウディオは?」
「巷の噂にある通り、本国に逃げ帰ったというのがおおよその見方だ。もちろん、捜索は続けているけどね」
あいつはこんなにあっさり逃げ帰る様な奴なのか?
一度しか顔を合わせていないが、とてもそうは思えない。
「イザベル、そう心配そうな顔をしないでくれたまえ。私だって他の団長たちだって油断しているということはないさ」
「そうだね。じゃ、私は帰るよ」
「明日は遅れないようにね。全軍を前に女王陛下のお言葉があるからさ」
カリナたちはともかく、そういう式典があること自体この国全体が浮ついていることだと私は思うんだけどな?
☆☆☆☆☆
「女王陛下より全軍にお言葉を賜る! スタントン西方王国の正当なる支配者にして、偉大なる我らが君主、スカーレット女王陛下のおなーりー」
老齢なれど未だその瞳に闘志をもった、女王陛下が壇の中央へと歩む。私や他の騎士団員たちは、最敬礼をもって迎える。
「皆、良く戦ってくれた。これで我が西方王国は――」
威厳があるも、血の通った温かみのある言葉だ。さすがは国民に母と慕われる女王陛下。私たちは勝ったんだ。そう実感が湧く。これを機に同盟国と中央帝国に攻め込み、逆に領土をぶんどれるかもれない。
だけど何か――米の一粒程だけ嫌な予感がする。
現実になってほしくない。そんな嫌な予感が。
「諸君らの奮戦は間違いなくこのアメリアス大陸に轟き――ん?」
突然。そう、前触れもなく突然だった。
演説をしていた女王陛下の前に、黒いローブをまとった男が現れた。
「貴様! 何者だ――プペ!?」
駆け寄った重武装の近衛たちが、一瞬でミンチになった。
そして黒衣の男はニヤリと笑い――。
「ゴフッ!? あ、あんた……」
「生贄はそろった」
――女王の腹に手を突き立て、貫通させた。
「貴様! よくも陛下を!」
まるで制止したように感じられた時間の中、最初に動いたのはスペードの騎士団団長ガードナーだった。
ガードナーのおっさんは剣を引き抜くと、黒衣の男に斬りかかる。男は無造作に片手を出して剣を止めると、何かの力でおっさんを弾き飛ばした。その時、男のローブのフードが脱げた。
「お前……! クラウディオ!」
そう気がついた瞬間に私は、
「……ふぅん」
「なんだと!?」
クラウディオは事も無げに、私たちの攻撃を何か不思議な力で受け止めた。女神すら殴り飛ばした拳は見えない壁に阻まれ、カリナらの剣も同様にクラウディオを貫けない。私は弾き飛ばされて受け身を取る。
「フハハ、フゥーハッハッハ! 俺は今ここに宣言しよう。今日この日、スタントン西方王国という国は地図から消滅する。その為の生贄はそろった!」
「……生贄?」
「そうだ。西方三魔将を始めとした、我が将兵の命をもってな!」
馬鹿な。ってことはなにか。この前の決戦もどきは味方の兵を私たちに殺させるため?
こいつ、狂ってやがる……!
「夜の闇より
クラウディオは黒い本を掲げて、意味不明な何かを喋る。
これは……魔力の収束!? 呪文か!
「みんなヤバい! 逃げろ!」
「「「うわああああああっ!?」」」
「巡る星は惑い、惑う星は巡る。逃れえぬ濁流、押し流されるべき激流、満ちる
逃げながらも振り返って確認する。クラウディオの回りに、何か黒い泥の様な物が集まっていく。それはどんどんと形作られ、
「なんだ、ありゃあ……」
いや、何だじゃない。さっきクラウディオは言っていた、〈八岐大蛇〉と。なんでそんなもんが出てきたかわからない。だけど間違いなくこの世界に、私ですら知っている前世で伝説に語られた八つの頭を持つ大蛇が、その堂々たる異形をもって顕現している。
☆☆☆☆☆
「おや、無事だったようだね」
「ローレンス! そういうお前はサボっていやがったな?」
「そうだね。だけど、だからこそこうして
私はなんとか魔導鎧格納庫へとたどり着いた。すでに〈アイアネリオン〉らを起動状態にしていたローレンスが迎えてくれる。
「他の奴らは?」
「大丈夫みたいだよ、ほら」
ローレンスが入り口を指し示すと、アンナたちが駆け込んできた。
「はあはあ、お姉様の警告のおかげでなんとか逃げられましたわ」
「姉御、なんなんですかいあの化け物!?」
「もう王都の半分は飲み込まれてますよ!」
「あいつは〈八岐大蛇〉だ。詳しくは私にもわからん」
だけどたぶん、あれはルミナの言っていた邪悪なる魔法で創り出された存在。
「さあお前ら、準備しな。あの化け物を――クラウディオを殴りにいくよ」
「ええっ!? 逃げやしょうよ!」
「そんな馬鹿なことができるか。男なら覚悟決めな!」
「女は覚悟を決めましたわ! 私はお姉様にどこまでもご一緒しますの」
「よしアンナ、よく言った。ジャン、カルロ、他の野郎どもは?」
私の問いに男たちは腕を組み考える。
まあ、普通に考えたら化け物の相手なんて私でもごめんだね。
「……よし! 腹あくくりやした! 姉御について行って男になってみせまさあ! なあみんな!」
「そうだねジャン! 姐さんあっての俺達だよ」
「「「おうっ!」」」
「ようし決まりだ! 特務騎士団ジョーカー出撃! 目標〈八岐大蛇〉! さあ、祭りといこうか!」
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
ルミナの言いなりになるわけじゃない。私は私の意志でみんなを護る為に殴りに行く。だろう、私?
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