第37話 私はあんた、あんたは私
「はあ……、まったくなんの用よ女神……」
寝たと思った。呼び出された。以上。
呼び出されたのは不思議空間。というかここって私の頭の中なのか?
「着実に邪悪な力の持ち主に近づいているようね! 褒めてあげます!」
なんでコイツはこんなに絶妙にイラっとくるんだ?
女神ってのはみんなこんなんなのか?
「オーギュスト、汝の監督のおかげよ」
「はっ、ありがたきお言葉でござる!」
私の足元で最敬礼をとるオシルコ。いや、待てよ……?
「こいつ前線について来てねえぞ。だいたい後方でセシリーとお茶飲んでる」
「お、お嬢様! それは言わない約束でござる!」
ついて来られてもうるさいだけだしな。トーレス戦の時みたいに、
「オーギュスト~!」
「ヒッ! 面目次第もござりませぬ!」
良い感じに話題が逸れたな。寝るか。
「あっ、そうだ。一つ聞かせろ女神ルミナ」
「なによ?」
「前に世界のバランスがどうとか言っていただろ? もし崩れたらどうなるんだ?」
「もし崩れたら? 天変地異が多発するとか、化け物が蔓延るとか、……世界から夜が無くなるとかね」
ふーん、なるほど。そりゃ大事だな。
「そういや私の前世でも、死ぬ何年か前に
「私がやりました」
「え?」
「詳しくは説明しないけれど、私がやりました……」
珍しく神妙な顔の自称光の女神ルミナ。
まじか。こいつ前科一犯なのか……。
☆☆☆☆☆
「お嬢様、準備できましたよ」
「お、ありがとなセシリー」
とある朝、勝負服に身を包んだ私はセシリーに礼を言う。これは私一人じゃ着られないからな。
「でもどうされたんですか? 珍しくパーティードレスなんか着られて?」
そう、私の着ている服はパーティードレスだ。それにメイクや髪のセットもお願いした。お嬢様フル装備だ。フルアーマーお嬢様だ。
「女がめかしこむんだ、決まっているだろ?
☆☆☆☆☆
「どうされたのですかイザベル様、こんなところに殿下をお呼び付けして」
扉を開き、スチュアートの執事であるトリスタンが入ってくる。悪いがこいつには用はねえ。
「スチュアートはどうしたんだ? まさかビビッて逃げたか?」
「僕ならちゃんと来ていますよ」
そう言いながらスチュアートが入ってくる。私の注文通り、
「二人だけで話し合いをしたい」
「……わかりました。トリスタン、下がっていてください」
「しかし殿下!」
「今のイザベルは王国騎士団長です。軽率な真似はしないでしょう」
「かしこまりました……」
トリスタンが出て行き、二人だけになった。
ここは、私の前世の記憶が戻った場所。王都にあるホールの一つだ。
「私の無理なお願いを聞いていただき恐悦至極です、スチュアート第三王子」
私はドレスの裾を持って、貴族令嬢らしい挨拶をする。スチュアートの奴は奇妙な物を見る目で見やがる。失礼な。
「……それで、なんの用なのですか?」
「女王陛下には許可をもらいました。今日、決着をつけます」
「け、決着? いったい何をしようと……!」
「それは――」
決着をつけるのは、
――――――。
――――。
私は私の心の奥底の扉をノックする。
一人の
「いつまで泣いていやがんだ?」
「……ずっと」
「ずっとこの心の奥底に閉じこもってか? 世間ではそういう奴を負け犬って言うんだよ」
少女のすすり泣きは止まらない。
「あなたには愛していた人に嫌われた人間の気持ちはわからないのよ」
「わからん」
「ほら……」
「だけど、あんただって嫌われた理由はわかってるんだろう?」
ワガママ放題、高圧的で傲慢。人を人とも思わず扱う。自分勝手。都合が悪いと嘘をつく。親の権力を笠に着た悪行三昧。これで好かれる人間だったら逆に驚きだ。
「そんなの、言ってくれなきゃわからないじゃありませんか!」
「言っていたさ。アーヴァインの兄ちゃんは注意してくれていたし、スチュアートだって不満を態度に出していた」
お父様、お母様、それに前世の記憶が戻ってからは距離を置いている取り巻き連中が甘やかしたというのはある。だが、立ち止まる機会はいくらでもあった。
「それでも! あの仕打ちは――」
「ストップ! 私に言わず、あんたが直接王子に言いな」
「……無理です。私はあなたみたいに強くない。だからあなたに任せた……」
「大丈夫だよ。私はあんた、あんたは私だ」
「私はあなた、あなたは私……?」
泣いていた少女が私の手をとって立ち上がり、こちらを見る。
「そうだよ。散々威張ってきた自分の強さを信じなイザベル。ヒールをやれるのも才能だよ? 強さにだっていろいろある。ただ喧嘩が強いってだけじゃない。一歩目を踏み出す強さは、あんたにだってある。だって私はあんただから」
「一歩目を踏み出す強さ……」
「女は度胸、ついでに愛嬌ってね。さあ、決着をつけてきな」
私の言葉に、少女が頷く。
もう彼女の瞳に涙はない。
「あなたは……、消えてしまうの?」
「いいや。私はあんた、あんたは私だ。消えるわけがない」
「そっか。今までありがとう、
そして私と私は一つになった――。
――――。
――――――。
「それは、
「あの日……?」
「この格好、この場所、殿下は覚えがないのですか?」
「……貴女が僕を殴った日ですか……?」
「ええ。というよりも、殿下が私との婚約を破棄した日ですわね」
大丈夫だ。私は“鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタ。ビビることはない。クソみたいなお上品なんて捨て去れ。私はそう自分に言い聞かせて、なんとか震えをこらえる。
「何故私に婚約破棄を宣言したのです?」
「それは貴女の性格や素行が――」
「私が言いたいのは! なんであれだけ大勢の人前で! 私をつるし上げるように! わざわざ私に恥をかかせるように! 長くねちっこくクドクドと! 婚約破棄を宣告したのかってことなんだよクソへたれ王子!」
「なっ――!?」
スチュアートの瞳が見開かれた。
「はっきり言って、私はあんたのことが好きだった! 顔が良いのもあった。剣や魔法の腕前が凄いと言うのもあった。王子という肩書もあったかもしれない。けれど何より初めて会った日見た、優しそうな笑顔が大好きだった! いつかその笑顔が私にだけ向けられる日を夢見てた。けれどもう夢は醒めてしまった。私が悪いというのはわかるけれど、あんな事をする人だとは思わなかった!」
私だけの彼になってほしかった。だから私は邪魔する奴等に嫌がらせをした。だって彼はあまりにも人気者だったから……。
「……あの場で婚約破棄を宣言したのは、僕の弱さかもしれません。いいえ、僕の弱さです。つまらない自尊心と言い換えてもいいかもしれない。月日が経った今、いくら理由があったとはいえあのように女性に恥をかかせる真似は、
ポツポツと語りだしたスチュアートは、心底反省しているようだった。そして前を向き、私の顔をじっと見つめた。
「ごめんなさい、イザベル」
「いいえ、こちらこそ貴族として――いや、人として無様な振舞いをしました。ごめんなさい」
お互いに頭を下げた。これで過去は清算された。いや――。
「よし、スチュアート。私を一発殴っとけ」
「ええっ!?」
「あの日の分だ、遠慮するな。さあ、早く」
一発は一発。私は大人しく頬を差し出す。
「……わかりました。それじゃあいきますよ。とおっ!」
スチュアートの拳は私の頬に当たり――
「なんだ? 全然腰が入ってねえじゃねえか」
――私を一歩下がらせることもできなかった。
「それは……。女性を本気で殴りつけるなんて……」
「だからへたれ王子って言われんだよ。こういう時は思いっきり殴れ。こういう風にな!」
「え、なんで――ブベラッ!?」
私の拳を受けたスチュアートは、強烈な回転をしながら弧を描いて飛んでいき、そしてあの日と同じように床にべちゃっと落ちた。
「あ、いけね。思わず殴っちまった……。まあ、いいやすっきりしたし。それじゃあな!」
あー、すっきりした。喉の小骨がやっととれたよ。後はクラウディオの野郎をぶん殴るだけ。さあ、帰るか。
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