第36話 トラウマなんて殴り飛ばせ!

「どうしたんですの!? 聞こえまして、お姉様!?」


 おかしい。さっきからお姉様との連絡が取れない。それどころか、他の皆さんとも連絡がつきませんわ。お姉様から最後に聞こえた、「」という単語が嫌に引っかかる。それが何を意味するか見当がつきませんけれど……。


「これが敵の策――誰ですの!? 《火炎》!」


 何かが動いた。味方じゃないということは敵だ。

 私は迷わず焼き払うと、大鎌を持った奇妙な魔導鎧マギアメイルが炎を振り払って現れた。


 下半身は馬の様に四つ足、上半身は猛獣の毛皮をまとった男の様だ。ちょうど猛獣の口に当たる部分から、頭部が出ている。


「あなたが西方三魔将最後の一人でして?」

「いかにも。俺の名前はガビーノ。“絶対恐怖”のガビーノだ。しかし貴様、なぜトラウマに囚われていない?」

「そんなの簡単でしてよ。辛い経験も、苦しい思いも、全て喜びだと思えばトラウマにはならない。違うかしら?」


 伊達だてに厳しい家庭でドエムやってきたわけじゃありませんの。戦場で泥を啜る経験も、私にはご褒美ですわ。


「ふむ、興味深いな。だがそういうことなら、この俺が直々にトラウマを植え付けてやろう!」

「そのスリル、堪能させていただきますわ!」



 ☆☆☆☆☆



「世界を超えて追っかけてくるたあ、よほど私の事が憎いみたいだね」

『あはは! 憎い、憎い! 殺してもまだ殺したりないほどに!』

「どうやってこの世界に……いや、これが私のトラウマってやつか」


 冷静に考えて、あの女がここにいるわけがない。

 冷静に考えて、銃がこの世界に……たぶんない。

 つまりは敵の能力で見せられている、私のトラウマがこれってことだ。


 結局名前もわからない、私を殺した女の不気味さは私が感じたまま。〈アイアネリオン〉の腹に突きつけられているはずの銃は、まるで私の腹に直接突きつけられているかのような冷たさを感じる。


 あの日感じた死の実感。今まさにそれがそのまま――いや、私の恐怖で倍増されて再現されている。


「なるほど、確かに強力な力だ。 ――だけどね!」


 私はリボルバーを、両手で思いっきり掴む。


『撃つわよ! あの日みたいにあなたを殺すわ!』

「ああ撃てよ! そんな鉛玉なまりだまで止まる“鉄拳令嬢”じゃねえぞコラ!」

『何よあなた! 恐ろしくはないの!?』

「恐ろしいさ。震え上がっちまう。けれどな、今の私は“鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタだ! 前世なんて大昔のトラウマに立ち止まっている暇はないんだよ!」


 リボルバーを握る手にギュッと力を――いや、意志を込める。

 私はこんなのもう怖くはない。怖いのは負けて仲間や家族を失う時だ!


「消え去りな! 過去の亡霊!」

『イヤアアアアアアアア!!!』

「ついでだ! 一発くれてやる!」


 リボルバーが砕け、私はその勢いのまま渾身の勢いで〈ヒガンテ〉を殴りつけた。名も知らぬ女の断末魔をBGMに、砕けたパズルみたいに周囲の風景が砕け散った。


 気がつけば、両隣には二機の〈ストネリオン〉。まだトラウマに囚われているのか、動く気配はない。


「帰って来たか……。待ってろお前ら、すぐに三魔将を倒して解放してやるからな」



 ☆☆☆☆☆



「《火炎》!」

「その程度の魔法で! もらった!」


 大鎌の切っ先がアンナの〈ピンクピンキー〉を刈り取ろうとして――、


「とりゃあああっ! 大丈夫かアンナ!?」

「お姉様!? ありがとうございます、助かりましたわ!」


 私は飛び蹴りで大鎌をはじいた。ギリギリセーフ!


「お前が西方三魔将か……いや、待て。その魔導鎧……」


 上半身はに見える。正確には虎のパジャマを着た人みたいだ。

 下半身はに見える。四つ足で走破性が高そうではある。

 虎と馬……。


「お前まさか虎と馬でトラウマとか言い張る気か? どんなセンスだそれ……」

「貴様! この“絶対恐怖”ガビーノがクラウディオ様からいただいた魔導鎧を愚弄するか!」

「いや、馬鹿にまではしねえけど……」


 この世界日本語じゃねえのにどんな冗談だよ。


「お姉様! この敵、奇妙な見た目ですが手強いですわ!」

「ガビーノとか言ったな。私や仲間を弄んだ落とし前をつけてもらうよ!」

「そういう貴様は“鉄拳令嬢”だな? 己のトラウマを打ち破ってきたか。いや、待て……貴様、まだトラウマを抱えているな?」


 何言ってんだこいつ? トラウマならさっき打ち破ったばかりだ。またあの女が出てきても、秒で脱出できる自信がある。


「溺れろ、自身の心に。《恐怖千万きょうふせんばん》!」


 ――――――。

 ――――。


 ――ここは?


 周囲には若い男女。

 そして私の目の前にはイケメンの男。


 見覚えがある。ここは、前世の記憶が戻ったパーティー会場だ。

 目の前の男――第三王子スチュアートが私を罵る。周囲の男女が、いい気味だとクスクス笑う。


 そうだ。私は前世の記憶が戻って、わけもわからずムカついて殴って――。


 いいや、違う。

 チガウ――。


 ――その少し前だ。


 一人の少女が泣いている。

 顔は泣いていない。心の中で泣いている。

 プライドの高い少女は、決して人に弱みを見せない。


 それは大好きな人に嫌われていると知ったから。

 それは大好きな人が私に恥をかかせるようにしているから。

 それは大好きな人に私の全てが否定されているから。


 誰も味方がいない。

 ダレモ――。


 だから心に閉じこもった。

 だから前世の記憶なんてあやふやなものにすら頼った。

 だからに全てを任せた。


 ダカラ――。


 ――――。

 ――――――。


「――様! 大丈夫ですかお姉様!」

「アンナ!? 私は!?」

「あいつの魔法を受けた後、動きが止まって、それで!」


 つまり今のは私のトラウマ。私が心の奥底に閉じこもって、私に任せる原因となったトラウマ。


「守ってくれてありがとね、アンナ」

「スリルたっぷりで興奮しましたわ!」


 こいつメンタル強いな。メンタル鋼か?


「ぐぬっ、一度ならず二度までも俺の魔法を撃ち破るとは……!」

「お生憎。私は鍛え方が違うんだよ。でもあんたのおかげで忘れていた私の大切な事を思い出した。礼をしてやるよ! アンナ!」

「はい、お姉様!」


 こいつのおかげというわけではないけれど、全て思い出した。私がなんでムカついたか。私がなんで私になったのか。そのお礼をしなくちゃな。


 私とアンナは、二方向からガビーノへと迫る。いくら走破性が高い四脚と言ったって、ローレンス特製の運動性マシマシ魔導鎧二体の動きを追うのは困難だ。私たちのフットワークなめんじゃないよ!


「くそっ、《恐怖千万》!」

「もう効かねえ!」

「私にも効きませんわ!」


 トラウマなんて乗り越えてきた。もう一つはあるけれど、それは打ち破る場所と相手が違う。


「私たちの心にずけずけ入ってきやがって! お代は高くつくよ! アンナ!」

「はい、お姉様! 乙女の怖さを思い知らせましょう!」

「「《怒れる乙女レイジングメイデンの二重拳デュアルブロー》!」」

「馬鹿なあああああああっ!!!」


 〈アイアネリオン〉と〈ピンクピンキー〉、二機の拳が炎をまとって、ガビーノの虎馬機体を貫き、爆散させた。


「この一撃、こんにゃくに苦しむカリナの分も込めさせてもらった」



 ☆☆☆☆☆



「ありがとうイザベル! 君のおかげさ!」


 王都に戻った私を出迎えてくれたのは、トラウマの悪夢から目覚めたカリナだった。ガバッと私に抱き着くと、ギュッときつく抱きしめてくる。


「元に戻ってよかったよカリナ。でもちょっときついって……」

「いやいや、これだけじゃ足りないよ。起きたらアーヴァインが隣にいて、私を救ってくれたのは君だと言う。こんなに素晴らしいことはない! さすがは私の義妹いもうとだ!」


 ほんとカリナやみんなが無事に目覚めて良かった。

 でも妹って? 妹分ってことか?


「カリナ君は、私は色恋なんて興味ないと見せかけているけれど、その実自分を我が友アーヴァインの嫁だと思い込んでいるヤバい奴だからね」

「あ、ローレンス。……って、ええ!?」

「ローレンス、余計な事を言うな! 義妹が困惑しているだろ! 何しに来た!?」

「何ってお見舞いさ。はいどうぞ」


 ローレンスが差し出した籠には、こんにゃくがいっぱい。

 というかカリナ、またさりげなく義妹って言ったか?

 距離をとった方がいいのか?


「こ、こんにゃくー!?!? こんにゃく怖い……!」

「ハハハ、いやあ実に面白い。初めてカリナ君に興味が湧いたよ」


 縮こまってブルブルと震えるカリナ。爆笑するローレンス。


「我が友ローレンス、あまり悪ふざけはしないようにね」

「あっ! アーヴァイン兄ちゃん!」

「お帰りイザベル。さあ、祝勝会でもしようか」

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