第35話 あなたのトラウマなんですか?
平和だとかなんだとか口走っていたノエリアをブッ飛ばして、しばらく経った。
あれから私たち特務騎士団ジョーカーは、再編の終わっていないダイヤとクローバーの騎士団の穴埋めをするために、あっちでぶん殴りこっちで蹴飛ばしと戦場を駆けずり回ることになった。
“絶対催眠”のアマドルと“絶対平和”のノエリアを倒した今、西方三魔将とかいうのも残るは一人のはずだ。きっとクラウディオの奴もケツに火がついていることだろうよ。
そんな風に日々は慌ただしく過ぎて行き、今日は久しぶりの休暇とあって王都へと帰ってきている。
ちょうどアーヴァイン兄ちゃんも時間が取れたので、久しぶりに
「イザベル、君の活躍は聞いているよ。イザベルの武名が上がるにつれて、俺としても働きやすくなっている。礼を言うよ」
「礼なんて良いって。私は軍事的なあれこれを、兄ちゃんは政治的なあれこれを分担するって約束だろ? 結果が出ているなら私も嬉しい」
しょーじき前世の記憶が戻る前も、イザベルとして貴族のどーたらはてきとーにしていたこともあってさっぱりわからん。その分を兄ちゃんがやってくれるのは、素直にありがたい。
というか、本当に今の私が前世の記憶が戻ったイザベルなのかわからん。もうすっかりこのお嬢様生活にも慣れてきたけれど、そこだけは魚の小骨みたいに喉んところに引っかかってる。
私はイザベルであるが、過去のイザベルではないかもしれない。
うん、わからん。考えても無駄だ。
「それより兄ちゃん――」
「休暇中失礼します、アイアネッタ騎士団長閣下!」
話を切り出そうとした私を遮るように、一人の気真面目そうな男が割り込んできた。たしかこいつは……私の元上司でもある、カリナの所の副団長だな。
「なんだ貴様は! 俺と妹の水入らずの時間を邪魔するとは、斬り捨てられたいか!?」
おお怖っ! なんか知らんが、アーヴァイン兄ちゃんったら珍しくキレてやがる。
「こ、これはアーヴァイン様、失礼いたしました! ですが火急の要件にて! アイアネッタ騎士団長と一緒に、アーヴァイン様もご同道願い申し上げます!」
「俺も……?」
ははーん。もうこのパターンは読めてきたよ。
きっと悪い知らせだな。それもとびきり。
☆☆☆☆☆
生真面目な副官に案内された私たちは、ある部屋の前へとやって来た。ついこの間、グレゴリーたちが隔離されていたあの部屋だ。なんか中から叫び声みたいなのが聞こえる。
「では、開けます」
副官が扉を開けたそこは――
「す、すまねえ! 悪気はなかったんだ!」
「ひぃっ、来る!? うわああああっ!!!」
「ぐうっ……、ううう……」
何かを後悔し、ひたすら謝る者。
何かに怯え、まさに恐怖にひきつった顔をするもの。
もはやなんなのか、ひたすら泣き続ける者。
「こいつらは……?」
「我がハートの騎士団の精鋭たちです。そして……」
副官は、私たちを奥のベッドに案内した。
「うわあああっ! やめてくれえええっ!」
「カリナ!? おいカリナ、しっかりしろ!」
何かに怯え、苦しむカリナがのたうち回っていた。
「言え、何があった!?」
「実は……」
その日は、カリナと副官のそれぞれが隊を率いて戦っていた。ある時カリナから救援要請があり駆け付けると、一機の敵
「これは……、悪夢を見ているのか?」
「近い状態だと言えます。何かに非常に怯えている。どうやら団長たちは皆、自身のトラウマに苦しんでいるようなのです」
「トラウマ……?」
このやり口、たぶん最後の一人の三魔将に違いない。トラウマを見せる能力ってわけか。
「カリナはどんなトラウマに怯えているんだ?」
私が言うのもあれだが、カリナは若くして騎士団長に上りつめた女傑だ。精神的にも肉体的にもタフで、トラウマを抱えているなんて想像できない。
「それが……」
気まずそうに眼を逸らす副官。
カリナは恐怖の叫びを上げる。
「こんにゃくがっ! こんにゃくは嫌あああ!」
「はあ? こんにゃくぅ?」
「カリナは昔、こんにゃくで転んで頭を打ったことがあるんだ。それ以来彼女はこんにゃくが大嫌いだ。きっとその件がトラウマなんだろう」
と語るのは、カリナを昔から知るアーヴァイン兄ちゃん。
そんなバナナの皮ですっころぶんじゃあるまいし……。
いや、顔がマジだ。ということはマジ話か。
「ま、まあとにかく。カリナ、あんたの
☆☆☆☆☆
『ハッハッハ、そいつは傑作だ。よし、今度カリナ君にこんにゃくを贈ろう。大量に!』
「ローレンス、あんたも大概いい性格してるよねえ……」
『三魔将を討たないとそんなこともできない。イザベル、頼んだよ』
こいつなりにカリナの身を案じているのか?
というわけで私たちは、その三魔将を討つために出撃している。
『そろそろ敵の目撃地点だね。武運を祈るよ』
「ありがとさん。規定時間以内に戻らなかったら、その時はよろしくな」
情報によると敵は単騎。たぶん能力に味方も巻き込んじまうからだろう。だったらこちらは騎士団をいくつかの小部隊にわける。ひとつの部隊がやられても、敵を逃がさないって寸法だ。
「ジャン、そっちの部隊は?」
『万事順調でさあ』
「カルロの方は?」
『異常なしです!』
「アンナ!」
『私の部隊は広範囲の援護が可能ですわ』
他の部隊からも、異常なしの報告が返ってくる。
だが味方の交戦状況から考えて、このエリアにいるはず。
「よし、範囲を狭めるぞ。各隊前――なんだ?」
私が率いていたはずの二機の〈ストネリオン〉がいない。
「どこにいった? おいゲイリー、マイク、返事しな!」
返事は帰って来ない。まるでそんな奴等最初からいなかったように。薄暗い森は、不気味な静寂に包まれている。
「ったく何が――敵!?」
ぞわっとした悪寒を感じて、私は前方の茂みを警戒する。茂みからは一機の魔導鎧――帝国一般兵用の〈ヒガンテ〉だ。
「なんだ、雑魚じゃねえか。――ッ!?」
本来鈍重な〈ヒガンテ〉は、ぬるりと機械には似つかわしくない動きをして一気に接近し、私の〈アイアネリオン〉の操縦席の位置に何か黒光りするものをつきつけた。
「これは――
銃だ。あまり銃には詳しくねえが、リボルバータイプの拳銃だ。それが魔導鎧サイズに拡大されて、私の腹に突きつけられている。
「なんで銃がこの世界に……!? お前は誰だ!?」
『あはは、あはははははは!!!』
その笑い声を聞いた瞬間、心臓がバクバクと破裂しそうなくらい音をたてる。狂った様な女の笑い声だ。私の脳裏に、長い黒髪を振り乱して笑っていた、あの女の顔が思い浮かぶ。
「どうして……どうしててめえがここにいる!?」
『あはは、あはははははは!!!』
女は答えない。ただ狂ったように笑うだけだ。
こいつは
脂汗が滴り落ちる。手が震える。
私は今、本能的に恐怖を感じている――。
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