第34話 クソ根性を見せつけろ!

「《平和の光》よ」


 シャランと鈴の音が聞こえる。

 またが来やがる。私は後方に大きくジャンプする。


「ジャン、カルロ。無事か!?」

「へえ、なんとか!」

「でもそろそろ〈ストネリオン〉も限界ですよ姐さん!」


 クソっ、かわすばかりじゃいつかは捉えられる。何か手はないのか……!?


「そろそろ観念して私と話し合いをしたらどうでしょうか? “絶対催眠”のアマドルを討ち果たしたことを私は恨んではいません。だからわたくしと、平和な話し合いを」

「いい加減に黙りな! うざったいんだよノエリア!」

「まあ、なんと粗野な言葉遣い。そんな言葉を使っていては、憎しみを呼ぶだけです。隣人には愛の言葉を、対立の前にまず話し合いを」


 あーもう、めんどくさいうるさいさっさと殴り倒したい!

 これだったら、この間のゲスな性格なアマドルの方がまだやりやすいかった。


 でも本当にどうする?

 なにせ相手に近づいて殴ろうとしたら、またあの平和ボケ魔法を食らっちまう。


 だいたいあの攻撃はなんだ?

 魔力を感じるってこたあ魔法だろうけど、どういうふうに作用しているのかまるで見当がつかない。


「姉御、どうしやすか……?」

「今考えているけど中々……。そういやジャン、あいつが魔法を使う時、鈴のような音が聞こえないか?」

「確かに聞こえやすね――うおっと!?」


 そう言っている間にも鈴の音が聞こえる。あの魔法が来やがる……!


「《平和の光》よ」

「くっ……しくじった!」


 考え事をしていたからか回避し損ねて少しだけ食らってしまう。


「大丈夫ですかい、姉御!?」

「ああ、大丈夫。それに私は団長――なんて辞めて、みんなで平和に暮らしま――じゃないっ!!! 大丈夫だ!」


 かすっただけなのに、私の闘争心が一瞬にして奪われる。まったくなんてデタラメな力よ。


「さあ、争いなんてやめましょう。平和こそがこの世で最も尊ぶべきものです。武器を置いて拳をゆるめ、隣人の手を優しくとるのです」


 ノエリア。ああ、まったくムカつく女だ。

 なんだ? なんで私はこのノエリアとかいう女がこんなにもムカつくんだ?


 私に土をつけたクラウディオの部下だからか?

 それともグレゴリーをあんなにした相手だからか?

 いいや違う。もっと根源的な何かだ。


「《平和の光》よ」

「カルロ……!」

「へへっ、大丈夫ですよ姐さん――さあ、戦うことなんて辞めましょ――ぐぬっ! 大丈夫です!」


 そうか。私は根源的にムカついている。

 それは、私の生き方を――私自身を否定されているからだ。


 前世での私の人生は、闘うことで始まり、闘いの中で終わった。今世での人生も、戦うことで道を切り開いている。つまり、闘いこそが私の人生だ。それをあのノエリアとかいう女は否定している。


 いや、私だけじゃない。ジャンもカルロも他の奴らだって、戦いを通してどん底の自分を変えようとしている。それは戦士の矜持を持つグレゴリーだって一緒だ。


「なあノエリア、戦うことってのはそんなに悪いことなのか?」

「当然です。全ての人類は武器を置き、戦うことをやめて平和を愛するべきなのです。そうすることで失われる命は減り、無駄に戦いで浪費されていた資源は、より人類の発展に貢献するでしょう」

「……あんたの言うこと、いちいちもっともだと思うよ」


 本当に心底そう思う。戦いなんてバカのすることだ。疲れるし痛いだけ。

 思えば前世の日本は平和だった。戦争なんて遠い歴史の出来事だった。だから娯楽としての戦い――格闘技が成立した。ま、私がやっていたのは裏社会のやつだけど……。


「……戦いなんてしない方が良い。平和が一番。そう言えば前にも似たような話を聞いたよ」


 訳知り顔のコメンテーターだか学者様が、テレビでそんな事を言っていた。戦いをやめよう。武器を捨てて手を取り合おうって。


「確かに私も平和が大好きさ。戦争しないことは重要だとも思う」

「やっとわかってくれましたか、“鉄拳令嬢”」

「姉御……!?」

「姐さん……!」

「だけどなあ、戦っているやつらの事を馬鹿にするんじゃないよ! あんたの言っている事、やっている事は、戦って何かを守ろうと、何かを変えようとしている奴らへの冒涜だ!」


 そうだ。戦うことで道を切り開いて何が悪い?

 戦いに身を投じ、負けたやつをバカにする権利が誰にある?


 ノエリアの言っていることはお花畑的、理想論的な平和主義ですらない。ただ人間の闘争本能を――前に進もうとする向上心を放棄する思考停止。戦う決意をした人間を嘲笑うかのようなただの冒涜だ。


「平和が大事だとわかっていて、なぜあなたは戦いを否定しないのです!?」

「平和を望むことと、戦うことは矛盾しない! 無駄じゃない! 私が――私たちが、戦うことは決して無駄じゃない!」

「そうは言ってもどうするのです? 貴女に私の“絶対平和”を破れはしない……! 《平和の光》よ!」


 くる。あの攻撃だ。純白の魔導鎧マギアメイルが右手に持ったメイスを掲げて、魔力が集まり――、


「ジャン、カルロ! 五秒間、目と耳をふさぎな! けれど足はペダルを踏みこんで前進!」

「目と耳を!? へ、へい!」

「直進……? わかりやした!」


 ある考えがあって、私は目と耳をふさぐ。

 視界は暗闇だが、魔導鎧は直進する。そう、《平和の光》の範囲に向かって。

 五、四、三、二、一……、今だ!


 目を開ける。眼前にはノエリアの純白の魔導鎧。

 身体は動く、頭も平和ボケになっていない。賭けに勝った!


「ジャン、カルロ、頭は大丈夫かい?」

「へ、へえ!」

「でもどうして?」


 ノエリアの魔法は、たぶん私の強化魔法と同じく光属性の魔法だ。光属性は人体になんらかの影響を与えて、向上させる。強化魔法だと魔力を筋肉や骨に、治癒魔法でもそうだ。


 ノエリアの魔法の場合は、音と光を使って対象の頭か精神に作用する。奴が魔法を放つときに聞こえた鈴の音がたぶんそれだ。あれは魔力が私の脳に作用している時の音だったんだ。


 つまりあいつの魔法は闘争心を消し去るのではなく、平和の心を強制的に増幅させて頭をパーにさせる。さながら攻撃力や防御力を上げるように。


 だったら対策は簡単だ。

 音を聞かず、光を見なければいい。


「これぞ見ざる聞かざるなんとかザル戦法! “絶対平和”破れたり!」

「な、何故あなた達は平和の心に目覚めないの!?」

「教えてやるよノエリア。裕福な人間が上から押し付ける戦いの放棄なんてものは、押し付けられた側からすると反吐へどが出るほどムカつくんだよ!」


 恵まれている環境にいるからそんなことが言える。恵まれた環境にいない人間は、戦わねば明日生きることもできないというのに。そんなことにも思い至らないなんて、致命的な想像力の欠如ってやつだ。


「ジャン、カルロ、お前たちはなんだ? 何のために戦っている?」

「クソみたいな生活から抜け出すためでさあ!」

「クソみたいな戦争で功績を上げてね!」

「よし! じゃあこのお上品な馬鹿女にクソを塗りたくってやれ!」

「「へい!」」

「な、何を……!」


 私の〈アイアネリオン〉、そして二機の〈ストネリオン〉は三方向からノエリアに接近している。もう逃げられないし、逃がすつもりはない。


「受け取れ! これが私たちのクソ根性という名の闘争心だ!」

「ヒィ……! は、話し合いを……!」

「「「三位一体さんみいったい《クソ根性拳ガッツパンチ》!!!」」」


 私たちを突き動かすのはクソ根性。土壇場で闘争心のない奴は、ただの根性なしのヘタレだ。私たちの闘争心のこもった拳が、三方向からノエリアの機体を貫き爆散させた。



 ☆☆☆☆☆



「ん……? 俺はいったい……?」


 戦闘が終わり、王都へと帰還した私は、急いでグレゴリーのもとへと向かった。


「グレゴリー、意識が戻ったのか!?」

「イザベル……! ああ、なんともない。だが記憶が……ううっ」

「思い出せないなら思い出さない方がいいよ。全部解決したんだ」

「そうか? そうか! ハッハッハッハ!」

「ハッハッハッハ!」


 うん。私の記憶にあるも抹消したいくらいだし。

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