第29話 その名はクラウディオ
「お頭! 敵が来てるみたいですぜ!」
「お頭はやめな。私たちは山賊じゃないよ」
「へい! 敵の来訪を謹んで申し上げますアイアネッタ騎士団長閣下!」
偵察員のわざとらしい馬鹿丁寧語に、団員から笑いがおきる。
いい空気だ。適度な緊張感ってのが戦場で一番都合が良い。
「それにしても、敵さんもこりないもんですね。おかげで休暇がパーですぜ」
「文句を垂れるんじゃないよジャン。私たちは馬車馬のように働いて、お上品な騎士様よりかはいくらか使えるってのを証明しないといけない」
敵は魔導鎧の混じった部隊。規模はこちらの倍といったところかしら?
眼下、街道を無警戒に進軍中。帝国から派遣されたばかりの部隊と見た。
「よーし、お前ら! ジョーカー騎士団の信条は!? 一に?」
「「「体力!!!」」」
「二に?」
「「「体力!!!」」」
「三、四がなくても?」
「「「五に根性!」」」
「わからない相手はぁ……?」
「「「殴ればわかる!!!」」」
「よく言った! 魔導鎧隊第一陣、歩兵隊、突撃! 私に続けえッ!!!」
斜面を勢いよく降り始めた私に続いて、野郎どもが鬨の声を上げながら突撃する。さながら山賊の強襲だけれど、何も考えていないわけじゃない。
アンナの隊には魔法で支援させているし、カルロの隊は本体の側面を守るように展開させている。ローレンスは後方で寝ている。これが私たちのいつも通りだ。
「そのマヌケ面に右ストレートォッ!!!」
先陣を切るのはいつも私だ。私は目に付いた不幸な魔導鎧の鼻っ面を、右ストレートで吹っ飛ばす。
私は別にボクサーじゃないし、ジャブだとかフックだとかまどろっこしいことはしない。とりあえず一番強いのを叩き込んで、相手の脳天を揺らす。
「掲げている紋章はどれも見たことないよ! お客さん達にこの西方戦線が地獄だってことを教えてやりな!」
「姉御が目にもの見せたぞ! 野郎共、かかれえッ!」
「「「うおおおおおおおおッ!!!」」」
よし、戦場の空気はこちらが掴んだ。後は勢いで押し切る!
私は目に付いたやつから千切っては投げ、千切っては投げ、殴り、蹴りを入れて吹き飛ばし、必要があれば強化魔法を使ってぐんぐん敵陣の奥深くへと切り込んでいく。
――ガシャンッ!
そんな戦場に、ひときわ大きな音が鳴り響いた。音の発生源は私の視線の先――敵陣最奥部だ。
「あれは……やられたのか!?」
視線の先に、三機の魔導鎧が倒れている。
どれも味方の〈ストネリオン〉だ。あれはマーカスの隊か?
マーカスがやられるのはいつもの事だけど、一緒にやられている二人含めてみんな手練れだ。そんな簡単に三人まとめてのされるわけがない。
「マーカス! おい、マーカス! しっかりしな!」
『姐さん、すいやせん……』
「すぐに助けをやる。それで誰にやられた!?」
『それが――』
倒された三機の〈ストネリオン〉の中心。
そこに男が――いや、少年と言った方が良い人物がいる。
年齢は私と同じくらい。黒髪に銀のメッシュ。左右で色の違う瞳が怪しく光り、その口元には不敵な笑みを浮かべている。不気味だが、整った綺麗な顔立ちだ。
左手には怪しげな本を抱えており、右手には包帯がぐるぐる巻きだ。そして金色の緻密な刺繍がされた豪奢な黒いコートを羽織っているあたり、かなりの地位の人物。
『――生身の人間にです……』
あいつが……、あいつが一瞬で手練れの乗った魔導鎧を? しかも三機同時に?
「わかった。カルロの班はマーカス達を回収して後ろに下がれ。他の奴らも距離をとりな」
『へ……、へい!』
あいつからはヤバいオーラがビンビンに感じやがる。なんだ? 魔法か?
『お姉様!』
「なんだアンナ?」
『あの男の後ろに掲げてある紋章、あれはロメディアス王家の者にしか許されていないものですわ!』
へえ……、王族ねえ……?
私が奴に近づくと、周辺にいる他の敵はさっと道を開ける。
この私を誘い込んでる? たいした度胸じゃないのさ。
「私の部下を随分可愛がってくれたみたいだねえ。私の名はイザベル。スタントン西方王国特務騎士団ジョーカー団長、”鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタ! あんたは?」
男は私の名乗りを聞くと、フッと不敵な笑みを浮かべ、まるでバラエティ番組の司会者みたいに大仰に両手を広げた。
「我こそは、栄光あるロメディアス中央帝国第十三皇位継承者! クラウディオ・デラ・ロメディアスである! フゥーハッハッハ!」
「つまりは皇子ってわけか。なら話は早い。ひっ捕まえて私の手柄になってもらう!」
「ふぅん、貴様にそれができるかな、“鉄拳令嬢”?」
舐められてんね。いや、自信の表れか。ここは相手に合わせて生身で? いや――、
「一気に蹴りをつけてやる! 《
あいつのオーラはヤバい。甘く入ったらこっちがやられる。だから私は全力で拳を叩き込む!
「ふぅん、効かんなあ」
「――!? 止められた!? 私の……、拳が……?」
私が――〈アイアネリオン〉が叩き込んだ渾身の右ストレートは、地中から生えてきた黒いヒルみたいなものに絡みとられて止められた。うへえ、なんだよこれ気持ち悪い。
「俺の太古の力を封印した右目が……いや、俺の右手に宿る悪魔が……、うん、こっちの方がカッコいいな」
なんだ? なにをブツブツ言ってやがる?
「フゥーハッハッハ! 驚いたか“鉄拳令嬢”ォ……! これこそがこの俺の右手に宿る
悪魔……、そんなものが!?
いや、自称女神なんてものもいるくらいだし、なによりこの世界には魔法がある。奴の言っていることは真実か……!
「吹き飛べ!」
「うわあっ!?」
何か波動のようなものを受けて吹き飛ばされる。なんとか受け身を取るけれど、すごい衝撃だ。まったく、なんて力だ……!
「むう……静まれ、俺の右手よ……! フハハ、偉大なる
暗黒の破壊神……?
え、でもさっきは悪魔って……。同じ奴なのか?
「あんたが暗黒神だろうが悪魔だろうが、私は殴るだけだ」
と言ったものの、この相手は強い。何か手を探さないと――。
――ドーン!
その時、戦場の空に花火が上がった。たぶんローレンスの花火魔法だ。
「ふぅん、増援か。部下共も押されているようだし、ここは引くか。全軍撤退! さらばだ“鉄拳令嬢”、この勝負預けたぞ! そして心に刻み込むがいい。封印された
混沌の龍の力……?
あいつはいくつも力を持つっていうのか……?
『姉御、大丈夫ですかい? 追撃はさせますか?』
「私は大丈夫だよ。追撃はやめときな。ローレンスの助け舟が無駄になる」
『了解しやした!』
部隊をまとめるのはジャンに任せるか。結果的に敵の進軍は阻止し、少なくない損害を与えた。私は勝負に負けて試合に勝った……いや、撤退してくれたって方が正しいか。
魔力を増す魔導鎧も使わずにあの力。クラウディオとかいう男、尋常じゃない。
「フフッ、面白い戦いができそうじゃないの」
私は自分でも気づかずに笑みがこぼれる。
殴りがいがある敵だ。私はこういうのを望んでいた。
待ってなクラウディオ。暗黒だか悪魔だか知らないけれど、この私がぶん殴ってやるよ……!
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