第7話 鋼の巨人にも拳で挑む
「ちょ、ちょっとお待ちくださいイザベルお嬢様!」
「どうしたのセシリー?」
闘技場に降りようとする私の腕を、セシリーが慌てて引っ張る。主人が勝負に出ようとしているんだから、そこは素直に応援してほしいんだけれど。
「どうしたもこうしたも! 申し訳ございませんがお嬢様、先ほどのお言葉をもう一度聞かせていただけませんか? 私の聞き間違いかもしれませんので」
なんだ、聞いていなかったのか?
セシリーはしっかり者に見えて抜けたところもあるなあ。
「私はこれからあの
親切な私は、今度は指さしながら説明する。指の先は先ほどチャンピョンと呼ばれていた紫色の魔導鎧だ。
「あれと闘う。以上」
「聞き間違えじゃなかったー!? いやいやいや。無理ですよ!」
「無理かどうかはやってみないとわからないだろう?」
「いくら最近鍛えているからって無理ですって!」
「ええいっ、うるさい! 私は闘うんだぁッ!」
ちょっと前まで食っちゃ寝の生活をしていた、腹肉ダルダルのお嬢様が闘うとか言い出すんだ。そりゃ付き人として止めるよな。だがセシリーがいくら止めようとも、私の闘争本能に火がついちまった。
私は勢いよく円形闘技場の階段を最下段まで駆け下り、フェンスを飛び越えてグラウンドに乱入する。
「ちょっとちょっと、困りますよお客様!」
「私はアイアネッタ公爵が娘、イザベル・アイアネッタだ。あの魔導鎧と闘わせろ」
「ご領主様の……って、ええっ!?」
レフェリーらしきおっさんが止めようと来るが、アイアネッタの名前を出すとさっと離れてかしこまった。
顔には困惑の色が浮かんでいる。無理もない話だ。予定にない客席からの挑戦者。おっさんにとってはイレギュラー以外の何者でもないだろう。
「おいそこの紫の魔導鎧、私の挑戦を受けろ!」
私はビシッと指さして宣言する。
安心しなおっさん。リングの盛り上げ方はよく知っているから。
「どうした
「……いいだろう」
低く重い声が響き、紫の魔導鎧が首肯した。
「よしきた! レフェリー、ゴングを鳴らしな!」
「え、え? その……」
「早くしろ!」
「……ちっ、これだからご領主の馬鹿娘は……! おいグレゴリー、上手くやれよ!」
おっさんは紫の魔導鎧に向かって叫ぶ。
手加減しろってことか? 私も舐められたもんだ。
「《
「アイアネッタ? まさかご領主のお嬢様?」
「魔導鎧に生身でか? そんな馬鹿な……」
風属性の魔法で拡大されたレフェリーのアナウンスが響くが、歓声よりもどよめきの声と言った方が実情に近い。待ってろ、すぐにこの困惑を最高の歓声に変えてやる!
「それでは、試合開始です!」
「オラあああッ! 先手必勝!」
開幕と共に、私は猛ダッシュで敵に突っ込む。
自分より大きな相手と戦う時、狙うべきは足元だ。
もっと言えば
「くらいやがれえええッ!」
跳躍。そして右の拳を敵の膝に叩き込む。
「………………」
「効いていない!?」
私のパンチがまるで効いていない。硬さの問題。いや、それ以上に質量の問題か。
「人は魔導鎧には勝てない。お嬢ちゃん、諦めな」
「誰が諦めるか!」
転生しようとも私は無敵の女王、無敗のチャンピョンだ。自分から始めた勝負を諦めるなんて選択肢は最初から存在しない。
「そうかい。じゃあ上手く受け身をとれよ」
「――ッ!」
紫の魔導鎧が無造作に手を振り払った。瞬間、起きた風によって私の身体は空中へと放り出される。
受け身を――いや、どうにかしてこれを攻撃に転換しないと、奴には勝てない。
「お嬢様、魔法です!」
観客席から叫ぶ、セシリーの声が届いた。
そうか魔法。さっきおっさんが使ったように、この世界には魔法が存在する。
そしてそれは当然私も使える。イザベルが他人への嫌がらせなんかに使うから、指導が控えられている魔法。けれどどうやって使うかは、私の頭にキチンと残っている。
「水よ湧きでよ、《
魔力をイメージし、呪文を唱えた。
すると水属性の
私はその水の勢いを使って、手足を振り、身体を捻り、体操選手の様に空中でバランスをとる。
――見えた。
ここから敵の脳天一直線。私の最大の一撃をお見舞いしてやる。
私は手を後ろに回し、《水流》の勢いで加速し落下する。次に使うのは、イザベルがもっとも得意としている系統の魔法だ。
「《
光属性の魔法《光の加護》。全身に光の魔力を張り巡らせ、一時的に身体能力を強化する魔法だ。
私の身体は硬い。鍛え上げていた前世ではともかく、このイザベルの身体でも硬い。だからさっきも躊躇なく一発入れることができた。
それは何故か? 普段の状態から溢れ出る魔力が、
そして今、改めて魔法を唱えることによって、この身体は申し分なく強化された。魔力を全て注ぎ込み、最大最強の一撃を叩き込む。
敵は手で防御態勢を取ろうとするがもう遅い。
相手に比べれば私は豆粒だ。だから防御もかいくぐれる。
「食らえええッ! 《
「ぐおっ……何だ!?」
その拳に光の魔力を集め、超威力と化す魔法《光子拳》。私の渾身の一撃を叩き込んだ相手は、激しい衝撃を受けぐらつく。
「はあはあ……、どうだ?」
ぐらつく魔導鎧。だが倒れない。ダウンしない。二本の足で立っている。つまり、これは……、
「私の、負けだ……」
悔しさで自分の顔が歪んでいるのがわかる。けれど敗者として敗北を宣言する。もう全ての魔力を使っちまった。これ以上の手はない。というか無理した身体が動かない。だから私の負けだ。
「いいや、引き分けだ」
低く重い声が闘技場に響いた。
「今の一撃で操縦系がやられちまった。俺の負けと言ってもいい。レフェリー、宣言しろ」
「わ、わかりました。勝負はドロー! チャンピョン“ハリケーン”グレゴリーと挑戦者イザベルの勝負はドローです!」
「「「うおおおおおおおおおおッ!!!」」」
もはやどよめきは歓声に変わっていた。三百六十度、全方位から私たちを称える声が響き渡る。
勝利……、ではないが敗北でもない。
大歓声を浴びると言う久々の快感に、私は酔いしれた。
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