第8話 強者の器

 大歓声の巻き起こるスタジアム。そのほとんどが私の健闘を称える声だ。

 魔力を使い切った今、身体に力が入らない。でも歓声を浴びている以上答えなければいけない。私が魔導鎧マギアメイルを殴りつけた右の拳を突き上げると、歓声は益々ヒートアップした。


「お嬢様!」

「うわっ、セシリー!?」


 いつの間にフィールドに降りてきたのか、涙を流したセシリーにギュッと抱きしめられる。心配してくれていたんだな……。


「良い勝負だった。まったく、見上げた根性だ」


 後ろから低く重い声が聞こえた。振り向くと、上半身裸の筋骨隆々としたマッチョな男が立っていた。


「あんた誰だ?」

「……? さっきあんたと戦ったグレゴリーだが」


 ん?

 グレゴリー?


「グレゴリーってのはあの紫の魔導鎧の名前じゃないのか?」

「あれは俺の愛機〈ロックザロック〉だ。俺が搭乗者のグレゴリー」


 搭乗者?

 愛機?


「どうされたのですかお嬢様?」

「いや……、私はてっきり魔導鎧って生物かと……。巨人みたいな」

「「「はあ!?」」」


 グレゴリーとセシリー、それに横にいたレフェリーの声がハモる。

 セシリーは頭痛を抑えるように頭を抑え、


「魔導鎧は人が乗り込む兵器です。それに巨人なんて空想上の生き物です」


 な、なんだって……!? 魔法とかあるし、巨人やドラゴンみたいなのだっていると思っていた。だから鉄の巨人的な生き物だとばっかり……。ドラゴンに乗って空を飛ぶとかしてみたかったんだが。


「お嬢様、もう少しお勉強を頑張りましょう……」

「そうだな……」


 私の中にある知識はイザベルが学んだものだけ。今回の一件で思ったけれど、その知識はひどく偏っているし、固定観念にとらわれているみたいなんだよな。


 魔導鎧の知識がまるでなかったのがその証明だ。私は私の中のイザベル自分とも向き合いながら、この世界の事をいろいろと学んでいかないといけないのかもしれない。


「それにしてもグレゴリー。まさか乗り物に頼るような人間だったとわね。その立派な筋肉が泣いているんじゃないかしら?」


 せっかく見事に鍛え上げたその身体があるのに、魔導鎧なんてものに頼っているのは情けない。男なら自分の拳で殴り合えってのよ。


「お嬢ちゃん、お前は何か勘違いをしているようだな?」


 グレゴリーはその低い声で、こちらを諭すように、あるいは挑発するような口調で語りかけてくる。


「あれはその名の通り鎧だ。魔法使いを包み込み、肉弾戦を可能にした鎧だ」

「……鎧?」

「搭乗者とは言ったが、あれは感覚的には乗るのではなくて身にまとうのだ。人機一体となった〈ロックザロック〉は俺の肉体と言ってもいい。それは拳を交えたお前が一番わかるだろう?」


 ――確かにそうだ。


 私が魔導鎧をそういう生物だと勘違いしたのは、体捌からださばきから判断したところが大きい。グレゴリーの〈ロックザロック〉は相手をする上で、鍛え上げられた生の肉体を感じた。


「それに魔導鎧を上手く操るには、魔力はもちろんだが鍛え上げられた肉体も重要だ。俺の筋肉は飾りじゃない」

「……そうか。納得がいった。偏見でものを言って悪かったよ」

「別にかまわんさ。それにしても嬢ちゃん、あんた魔導鎧乗り興味はないか? 俺の見立てだがきっと良い戦士になるぜ」


 私の暴言も受け流し、才能を認めるや今度は勧誘する。実力があるだけじゃなくて器も大きい男、ということだろうな。前世で私を見出してくれたコーチを思い出すね。


「それってあんたみたいに闘技場で戦うのか?」

「いいや、これはオフの余興みたいなもんさ。魔導鎧の本場は戦場だ。こんなナリだが俺だって栄光ある王国騎士団の団員さ」

「王国騎士団……」


 まあ見た目は悪役レスラーまんまの強面こわもてだもんな。騎士団よりも山賊と言われた方がまだ納得できる。


 この西方王国は、この大陸では中堅国家だと授業で言っていたと思う。だから常に外圧にさらされているとかなんとか。まあつまり、敵は多いが兵隊屋の仕事も多いってことだよな。たぶん。


「ちょっとちょっとちょっと、グレゴリーさん! イザベルお嬢様はアイアネッタ公爵家のご息女ですよ。騎士団になんか入られませんし、戦場なんて行きませんから!」


 私とグレゴリーの間をさえぎるように、セシリーが割って入る。


「おいおい、俺だってご領主様のお嬢ちゃんを本気で勧誘しているわけじゃないぜ。才能があると思うのは本気だけどな。じゃあまたな。縁があったらまた会おう」


 グレゴリーはそう言うと、反対側の入場口から引き揚げていった。

 私はそのデカい背中に二つの感情を抱いていた。


 ひとつは感心。前世で散々筋肉だけの馬鹿を見てきたが、グレゴリーは違う。あいつはたたき上げみたいだが、肉体だけじゃなくて視野も広い。


 私も前世からさんざん脳筋なんぞと馬鹿にされてきた。この公爵令嬢なんて複雑怪奇な立場に転生した今、私も見習って色んな知識を身につけないとな。


 もうひとつは悔しさ。生身と魔導鎧の差は会ったとは言え、グレゴリーが強者なのは間違いない。あいつはまだ本気の半分も出しちゃいない。次に会う時は生身であれ魔導鎧であれ、必ず本気を出させて必ず私が勝つ。


「ふふふ、ははは、あーはっはっはっ!」

「ええ!? お嬢様、どうされたのですか!?」


 楽しいな。心の底から笑いがこみあげてくる。実に楽しい。


 この世界には魔法なんてものがある。魔導鎧なんてとんでもないものもある。きっと私の想像もつかない強者がいるだろう。


 立派な公爵令嬢になる。それは家族に対する義務だ。それはそれとして、私はこの世界でも最強を目指す。やっぱり勝利の美酒というものは忘れがたい味だ。何度だって味わいたい。今日それを確信した。


「さあ帰ろうかセシリー」

「はい、かしこまりました。けれどお言葉遣いが乱暴ですよお嬢様」


 おっとまずい。久々の戦いに昂ったからか、どうにも地が出てしまう。


 ……それにしても魔導鎧か。私が前世の死に際に望んだ鋼の身体に鉄の拳。

 なんだ、イメージとは違うけれど、あるとこにはあるんじゃない。グレゴリーの勧誘に乗せられたみたいで癪だが、少し興味が出てきたかもしれない。

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