第6話 その歓声に嫉妬する
私はまったく知りもしなかったことだけど、公爵令嬢ってのは何も偉そうにふんぞり返ってワガママ言うのが役割じゃなかった。
レッスンレッスンまたレッスン。来る日も来る日もまたレッスン。公爵令嬢に必要だとか言う技能を、専属の家庭教師がこれでもかと詰め込んでくる。
音楽? たしなんだことねえ。
ダンス? 身体を動かすのならまだマシだ。
礼儀作法? 無理。
他にも諸々。盛りだくさん。
はっきり言って、孤児院生まれリング育ちの私が経験したことないものばかりだ。
そして家庭教師が教え込むのは技能だけじゃない。勉強もだ。
歴史? 開始五分で寝た。
文学? 開始一分で頭が理解を放棄した。
算術? 開始二秒で頭がパンクした。
うん、無理。
前世では給食と体育の為に学校に通っていた私には土台無理な相談だったんだよ。
これらのスパルタ教育、前世の記憶が戻る前はどうしていたかと言うと、悪態をつくばかりでほとんど聞いていなかったみたいだ。
なので記憶をたどっても基礎程度しか私の頭には知識がない。私が言うのもなんだけど、そんな十六歳で大丈夫だったのか、イザベル? いや、大丈夫じゃなかったから今のこのザマなのか。南無。
☆☆☆☆☆
「おっ出かけ~♪ おっ出かけ~♪」
「お、お嬢様! あまり私たちから離れないでください!」
そんなある日、私はセシリーや護衛なんかのお供を連れて、アイアネッタ公爵領の中心都市――アイネスに繰り出していた。
このお出かけは、頭がパンクしながらも必死に日々の勉学をこなす息抜きにとセシリーが提案してくれたものだ。頭がパンクしていても、授業を受けているだけ以前より成長したということらしい。まあマイナスよりはマシってこったな。
思えば転生前も試合の組まれていないオフの日は、トレーニングと身体の回復に割いて街に遊びに出かけるなんてことなかった。このイザベルに転生して記憶が戻ってからも、あまりにも広い敷地の中でトレーニングするのに満足して出かけるという発想がなかった。
息抜きって、リフレッシュって大事なんだな~。また一つ私は賢くなったぞ!
「なんか人が多いな~」
「そうですよ。今日はお祭りですからね」
「祭り!」
祭りと聞いて心が躍る。
お祭りプライスの高い夜店の食い物は買えなかったけれど、祭りの雰囲気自体は好きだった。
――ゴギィーン!!!
そんな感傷に浸っていた私を、街中に響き渡る轟音が現実に呼び戻した。
なんだろう。何か金属同士が激しくぶつかりあうような。
「たぶん……、あっちだ!」
私は音の中心地を振り向く。見えるのは壁の様にも見える大きな建物。
いや、これを私は見たことがある。それも前世でだ。
あれは確か……、古代の闘技場だ。どこの国のものかは覚えていないけれど、確かに闘技場だったはずだ。
「お待ちくださいお嬢様!」
本能的なものか。私はその闘技場が目に映った瞬間走り出していた。
近づくにつれ、歓声が聞こえてくる。間違いない。あれはスタジアムだ。
入り口に立っていた警備の男たちは、領主の娘である私に気がついてさっと道を開ける。外周の階段を上り、ゲートをくぐって闘技場の中へと入る。
「「「わあああああああああッ!!!」」」
――スタジアムに入った瞬間、圧倒された。
数えきれないくらいの人々が、男女が、老いも若きも円形闘技場の客席を埋め尽くし、歓声を上げていた。久しく忘れていた胸の高鳴り。リングでの興奮。そういったものが、私の中に一瞬で蘇る。
「勝者ァ! チャンピョンッ! “ハリケーン“グレゴリー!!!」
「「「わあああああああああッ!!!」」」
歓声の中心、この満員のスタジアムの称賛を受けているのは
その足元には対戦相手だったであろう、同じようなロボットが転がっている。
いや、女神が言ってた「魔法やらなんやら」のなんやらってこれかよ!? 範囲広すぎだろ……。
「はあはあ……、お、お嬢様、お待ちくださいと言いました。お一人では危のうございます」
立ち尽くす私の後ろに、息を切らして走って来たセシリーがあらわれた。日頃の体力強化の成果か、護衛の連中よりも早く到着したようだ。いや、そんなこと今はいい。
「セシリー、あれはなんだ?」
「はあはあ、あれ? ああ、
「
てっきりこの世界は、前世の世界のずっと過去のようなレベルだと思っていた。歴史に詳しくない私は上手く言えないが、いろいろな文化レベルを見てそう思った。スマホやテレビなんて当然ない。車じゃなくて馬車を使う。
けどコイツはなんだ?
なんでこんな物が存在する?
なぜ魔導鎧の知識がイザベルから抜け落ちている?
「なあ、セシリー。なんでイザベルは魔導鎧なんて目立つもんを知らないんだ?」
「はあ?」
私が思わずつぶやいた疑問に、セシリーからは何のことかわからないといったニュアンスの言葉が漏れる。
「ええっと、どうお答えしていいかわかりませんが、イザベルお嬢様は魔導鎧の事を野蛮の極みだと大層嫌っておられましたよね?」
そうか。イザベルは魔導鎧を嫌っていた。だから存在を無視していたから私の中に知識が存在しないのか。そしてこの間、セシリーが隠そうとあわあわしていた荷馬車の積荷はコイツだったのか。見られてキレ散らかされても嫌だしな。納得だ。
「その……、お嬢様? 闘技場を出ましょう?」
「いや、その必要はないよセシリー」
今の私の中を支配しているのは驚愕じゃない。もっと強い感情だ。
――それは嫉妬。
これだけの観衆の心を一身に集めるあの魔導鎧に、私は非常に嫉妬している。完全に嫉妬だ。私は私より大きな歓声を浴びるあいつが気に食わない。
敵はデカい。巨人と小人だ。けれど私は自分より大きな相手に何度も勝利してきた。
「私はあの魔導鎧と闘う。そして勝つ!」
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