第21話カエル:ダメね

 記憶が戻った。

 どうやらまた妖怪の記憶が流れてきたらしい。

 私は右手を見た。

 カエルは逃げようとしていた。私は再び力を入れ用としたが、間に合わなかった。カエルは宙に浮いた。


「待って」

「誰が待つか。ばーか」


 そういって飛んでいった。それを見る私と宇木。


「ちょっと、あなた、追いかけなくていいの?」


 私は強く質問した。


「追いかけても捕まえられないよ」


 すこしイラっときた。


「何を情けない事を言っているのよ」

「情けないもなにも、本当のことじゃないか。無理だよ」

「あなたね、呪いを解きたくないの?」

「解きたいよ、でも、無理だよ」

「どうして……」

「だって、あのカエルとの思い出だもの」


 宇木は泣いていた。


「俺、思い出したんだ。あの時のこと」

「あの時?」

「ああ、お前と出会う直前のこと」

「……」

「あの時、俺は浮く能力のせいで死にかけたといっただろ?しかし、違うんだ。俺は自殺をしようとしただけなんだ。その自殺の理由に浮く能力を利用しただけなんだ」

「自殺……」

「ああ、俺は苦しかった。周りからはのけ者にされて、生きてくのが辛かったんだ。そののけものにされた理由はなんなのかわかっていた。おれ自身のせいなんだ。実際、浮く能力を手に入れる前からのけものにされていた。しかし、それから目を避けて周りのせいにしていた。俺は逃げたんだ」

「……」

「そして、浮く能力を手に入れて、それが原因でのけものにされたとき、心のどこかで安心したんだ。のけものにされる理由ができた、と。俺が周りからのけものにされるのは、この能力のせいなんだ、と。俺のせいではない、と。俺は能力のせいにして逃げたんだ」

「……」

「そして、俺は生きることからも逃げようとした。俺は逃げることしか考えていなかった。自分の悪いことから逃げた。能力に逃げた。そうだ、カエルが見つからないことにもほっとしたんだ。もしカエルが見つかったら、逃げ口がなくなることを考えていた。でも、カエルのせいにしたい。だから河川敷に行った。でも、心の底では見つけたくなかった。それを見透かされたのかもしれない。カエルは俺の前に現れなかった。俺は逃げ続けることに成功した。でも、そんな生活も当たり前になってきたら苦痛だった。無駄に逃げる人生。そんなものから逃げられなかった。だから、俺はいろいろなものから逃げようと自殺したんだ」

「……」

「でも、自殺できなかった。なぜか宙に浮いたんだ。おそらく、俺は死ぬことは怖かったんだ。自殺からも逃げたんだ。だから、自然と浮く能力を使ったんだと思う。そして、へんに気分がハイになって、それでお前と話したのかもしれない。そして、そのまま河川敷に来て帰ると再会。会いたくなかったのに、会ったら会ったで嬉しくなった。へへ。俺は一体どうしたらいいんだ?」

「……とりあえず、今時、ハイ、という言葉は古いからやめたほうがいいと思うわ」

「はは、あいかわらず変なところで冗談を言うな」


 泣きながら涙を流している人に言う言葉が見つからなかった。だから、とりあえずたわいもない冗談をいうしかなかった。こういうとき、普通ならどういう事を言うのかしら。私は自分のずれた感性を悔いた。


「……とりあえず、生きていくってことでいいのかしら?」

「ああ、たぶんな」

「たぶん、か。じゃあ、その呪いは?」

「たぶん、当分はこのままかな」

「たぶん、ね。じゃあもう1つ、私とはどうする?」


 男は涙を緩めた。


「それはどういうこと?」

「私たち今日出会って、呪いのことで一緒にいたでしょ?で、その呪いの問題が一応解決したこととして、私たちが一緒にいる意味はなくなったでしょ?だから、どうするの?」

「その、どうするの、の意味がよくわからないが」


 それを聞いて私もよくわからなくなった。たしかに私は何を聞いているのだろうか?


「要するにあれよ。これからも一緒にいるかどうか、ということよ」

「……」

「なによ」

「いや、お前がそんな事を言うのは変だなー、と思って」

「何が変なのよ」

「いや、俺のイメージだったら、もう用がないからさようなら、とそっけなくどこかに行くものだと思っていたんだが」

「あら? そう?」

「自覚ないの? というか、ここに来る途中、ほぼ同じことを言われた気がするのだが」

「あら? いつまでも過去を引きずっているなんで、意外と女々しいのね」

「いや、別に女々しくはないと思うのだが」

「じゃあ、猛々しいのかしら?」

「そうはならんだろ。なんでその二択しかないの? 普通だよ、普通」

「普通? つまらない男ね」

「お前、さっきまでの優しさはどこに行ったんだよ」

「あら? 私、優しかった?」

「そう言われたら、特に優しくなかったな」

「そうでしょ。きちんと考えて話してよ」

「お前も相手のことをきちんと考えてから話してよ!」


 宇木の目にはすでに涙はなかった。意外と立ち直りが早いのね、と思った。さて、用も済んだし、帰るとしましょう。


「じゃあ、帰りましょう」

「なあ、おまえ」

「なにかしら?」

「お前、もう少し女らしくしたらいいんじゃないか?」


 宇木はすこし照れながら言った。


「……あらあら、なーに? もしかして、私のことがタイプなの?」

「そういうことではないけど。ただ、おまえ、見てくれは悪くないと思うんだ。顔も綺麗な方だと思うし、スタイルも悪くない。ただ、性格に難があると思う」

「性格に難があるのは、女性らしいと関係ないと思うわ」

「ああ、そうだな。性格は関係ない。ただ、見た目はそうじゃないだろ?髪の毛は男みたいに短いし、服もズボラ。スカートの下に短パンなんか履いて、靴も運動靴。もっと女性らしくしたらどうだ?」

「あら、それは女性差別よ。女性が短髪で何が悪いの?長かったら邪魔になるから嫌よ。短髪の方が楽。それに、服装はズボラで結構。整えたところで、直ぐにめちゃくちゃになることはわかりきっているわ。自分のことを分かっているの。それに、短パンに関しては、パンツを見せないための知恵よ。見せパンでもいいけど、それで欲情されるのも嫌なの。あら、今のはもしかして女性らしかったかしら?あっ、もしかして、スパッツが良かったかしら?」

「……どちらでもいいです」

「そう?あと靴に関しては、動きやすさが第一よ。おしゃれなんかより動きやすさ。あとあなたがいいそうなことは、そうね、お化粧をしたどうか、かしら?でも、いいわ。面倒くさいもの。まあ、もし私が死んだら、死装束で化粧してもらうかもしれないわ」

「いやいや、今から死装束の話ですか」

「そうよ。別に早すぎることもないでしょ?自殺するかもしれなし」

「……それは俺に対するあてつけか?」

「いいえ。ただの可能性よ人はいつ死ぬのかわからないですもの」

「お前は大丈夫だと思うけど」

「あら、そう?」

「そうだよ」

「それはそうと、あなた、さっきから私のことをお前呼ばわりよね」

「そうだけど?」

「失礼だと思わないの?私には樫あやという名前があるのよ」

「知らねえよ」

「だから、名前で呼びなさい」

「こっちの勝手だろ」

「あや様、あやちゃま、あや姉の3つから選ばせてあげる」

「選択肢おかしくない!」

「あなたが呼ばないからよ」

「どれも呼ばないよ。それよりも、聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「お前のさっきの能力のことなんだが」

「ああ、そのことね。実は……」


 ……

 あれ?

 ……

 急に苦しくなった?

 ……

 血?

 ……

 口から血?

 ……

 手に、お腹から血?

 ……

 お腹に何かが刺さっている?

 ……

 意識が

 ……

 ダメね

 ……

 …………

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