第10話ナメクジ:信じられなかった
以上が、かたつむりのお話だった。
わたしはにわかに信じられなかった。
それはナメクジも同じだろう。
「ねえ、ナメクジさん……」
私がナメクジに話しかけようとしたとき、声が出なかった。どうしたものかと喉を抑えようとしたが腕が動かない。いや、体全体が動かない。
私は周りを見たが、他のものもそうだった。ナメクジもかたつむりもほかの妖怪も声が出せないまま動けない様子だった。そんな周りを見ていると、ちいさな何かが目に入った。
それは胞子だった。
見渡す限り大量の胞子。濃い霧のように舞うそれは人体に悪影響を与えることは火を見るより明らかなことだった。その不明瞭の光景から、はっきり見えるものがいた。
きのこだ。
先日ナメクジと一緒にいたきのこだ。その前に依頼をしてきたきのこだ。おそらくかたつむりが言っていたきのこだ。
やつは体から胞子を飛ばしていた。ファサーと大量に出る胞子は見ているだけで体が痒くなる。でも、体が動かない。
きのこは少しずつ近づいてくる。おそらく、私たちが動けないかを確認しているのだろう。あの胞子が私たちの動きを止めているのはわかりきっている。
さらに近づいた。きのこはナメクジとの距離を詰めた。何をするつもりかはわからないが、命の危険を感じた。
タックル
私はきのこにタックルをした。きのこは吹き飛んだ。私はそのまま勢いに任せて倒れ込んだ。
「どうして動けるんだ」
フラフラと立ち上がりながらきのこは聞いてきた。
息を止めていたのよ。胞子が動きを止めていたことはわかったから、胞子を吸わないように息を止めていたから、一時的に症状が良くなって動けるようになったの。あなたも今度からは相手の呼吸に気をつけることね。
と、言おうと思ったが、声が出なかった。
「くそー。こうなったら」
きのこはさっきの比にならないくらい胞子を大量に出した。それは波のごとく私たちを飲み込んだ。バランスが取れない。
「どうだ、これなら効かないということがないだろ」
そう一心不乱なきのこには悪いが、ここまで来たら胞子が効くとか効かないとかの問題ではない。溺れるか溺れないかの問題だ。
やばい。呼吸を再開しても呼吸ができない状況だ。私は動かない手で手探りにヒントを探していたが、手は胞子を掴むばかりだった。
と、体は何かに当たった。それに受け止められた形で胞子の波に流されることを避けれた。私は何に当たったのかを確認するために首を後ろにしたら、ナメクジだった。ナメクジは目から涙を流していた。それは胞子が目に入ったからなのか、それとも……
「オオオー」
そう思っているさなか、ナメクジは大声を上げた。その聞いたことのない悲痛な大声を聞いているさなか、空から滝が降ってきた。いや、雨だった。とてつもなく強烈な雨だ。
自然が降らせていた雨ではどうしようもなかった胞子たちが、次々に地に落ちていった。これで胞子を吸うおそれがなくなった。心なしか体が動きやすくなった気がした。ありがたい。もっとふれ。もって降ってもっと胞子を流れ落としてちょうだい。もっと……
ザバーン
「降り過ぎー!」
私は雨で作られた波に飲まれた。体の自由は奪われて、なんとかしようと手を動かしても水を掴むばかりだった。流された。
――気づいたら一面胞子と水でぐちゃぐちゃだった。
「いやー、雨降ったねー」
「降らせすぎでしょ!」
のんきなナメクジにイラッときた。
「そうじゃ、降らせすぎじゃ」
かたつむりの声がした。さすがはご老人、まともな感性をお持ちなのだろう。
「もう一回よろしく」
かたつむりはサーフボード片手に要求してきた。
「なんでサーフィンしようと思ったのよ!」
「だって、楽しそうだもの」
「そもそも、どこからボードを」
「冠の中にいれていた」
「どうして冠の中にあ……」
「うっとうしいな」
私がかたつむりとどうでもいい会話をしていると、きのこが介入してきた。
「おとなしくしていたらいいものの、よくも邪魔しやがって」
「何よその言い草。大人しくやられろっていいたいの?」
「そうだ。そうすれば苦しまずに済んだのに」
「あら。そんな事を言って。あなたもボロボロじゃない」
「なにをー!」
そう言い合っているところに、ナメクジはきのこに問いかけた
「ねえ、この呪いをおぬしがかけたというのは本当なの?」
きのこは反応した。
「そうさ。僕だよ。僕が呪いをかけたんだよ」
きのこの悪そうな顔にナメクジは嫌そうな顔をした。
「どうしてそんなことをするの?」
「どうしてって、おぬしに友達ができないようにするためさ」
「そんな……どうして……仲良くしてくれたのに」
「不幸を見るのが好きでね。間近で不幸を見たかったのさ」
それを聞き、ナメクジは絶望の顔をして動かなかった。この動かないのは胞子の影響ではなかった。その隙を見て、きのこは動けなくなる胞子をまこうと揺れ始めた。
「させるか!」
私は足の裏に力を入れて、跳んだ。
「なんの」
きのこは私に向けて木の棒を向けた。先が尖った鋭利なものだ。
「来れるものなら来い。串刺しだ」
きのこに突撃した私の服の背中から棒が突き出た。
「やった……」
とニヤリとしたきのこに対して、私もニヤリとした。私は脱いだ服に棒が刺さっているのを確認し、その濡れた服をそのままきのこに巻いて、胞子が出ないようにした。
「おぬし、串刺しになったのでは……」
そういうきのこは私を確認した。私の上半身がブラジャーだけになっている中、腹部にかすり傷ができているのを確認したようである。
「残念だったわね。かすり傷よ」
私は力いっぱいきのこを殴った。
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