第7話ナメクジ:その翌日
その翌日、まだ雨は降っていた。
私は電車から降りて学校までの道を歩いていた。
他にも学生が歩いている中、あのナメクジが歩いていた。
私は後ろからナメクジを眺めていると、今日はきのこはいないことを確認した。今日のナメクジは一人ぼっちだった。
私はほかの生徒と同様に傘をさしながら横を通った。その時、癖でナメクジの方を横目で見た。すると、息が上がっていた。
どうしたのだろう?いつもならのんびり平和そうにしていて呪いなんか嘘のようにしか見えなかったナメクジが、本当に呪いにかけられているかのような雰囲気だった。息も絶え絶えで、身動き一つしていない。目はうつろ……なのかはわからないが、しんどそうだと思った。
ここで私が出来る選択は2つある。1つはこの妖怪を無視して登校することである。もう1つは、この妖怪を介護して登校しないことである。どうしよう。私はただでさえ学校側からの印象が悪いのに、つい先日に自宅謹慎になったばかりである。そんな私が登校しないわけにはいかない。
――私は公園にいた。ナメクジと一緒に屋根のあるベンチに座っていた。私の体は濡れていた。雨が半分、ナメクジの体液が半分である。傘を閉じてナメクジを背負って公園まで運んだ結果がこれである。妖怪が見えない周りから見たら、私のナメクジを運ぶ行動は意味不明だろう。今の公園で呆然としている私のことも意味不明だろう。私自身も自分のことが意味不明である。
「大丈夫?」
私は大丈夫ときくことは嫌いだ。なぜなら、意味がないからである。大丈夫な人なら聴く必要がないし、大丈夫でない人ならそれも聴く意味がない。聞いて治るわけでもないので、本当にただの社交辞令である。しかし、その嫌悪する言葉を言ってしまった。どうやら、本当に困ったときに出る言葉らしい。
「大丈夫です」
そう言うナメクジは明らか大丈夫そうではなく、声が消え入りそうだった。私は様子を見るしかなかった。
それを見ている私も大丈夫ではなかった。私自身が大丈夫でない。大丈夫ではない。
何が大丈夫ではないかといったら、登校しなかったことである。もう9時を回っている。今日がテスト期間でありいつもより始まるのが遅くない限りは遅刻だ。もちろんテスト期間ではない。
まあ、いまさら遅刻とか気にするような立場でもないから別にいいんだけれども、と自分に言い聞かせながら別の問題を気にしていた。
――洗濯をどうしよう。
昨日洗濯したばかりなのに、今日も汚してしまった。制服はあまり持っていないから、どうしよう。この天気だから、乾くことも期待できない。……まあ、いっか。ドライヤーを使うか。今日もドロドロベタベタである。
そんなことより、このナメクジは大丈夫だろうか?
小一時間たった。
まだ雨は止まない。でも、ナメクジは少し元気になったようだ。
「大丈夫?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
本当に大丈夫そうだ。私も登校と服のことは諦めたので大丈夫だ。
「どうしたの?」
「体が重くて」
ナメクジの体を上から下まで見下ろしたが、たしかに昨日より大きくなったような気がした。でも、気のせいかも知れない。重たいという情報が入ったから、重たいとリンクして大きく見えただけかもしれない。
「そういえば、なんで雨が降ると重たくなるの?」
「それはね、僕の体の多くは水分で出来ているんだよ。そしてね、できるだけ水分が吸収できるようになっているんだよ。それは、ほかの妖怪より多く吸収できるようにできているんだよ。だから、重たくなるんだよ」
……説明がよくわからなかった。
「ええっと、どういうこと?」
「だから、たくさんの水分を吸収してしまうんだよ。たくさんの雨を吸収してしまうんだよ。だから、重たくなるんだよ」
まだわからなかった。でも、なんとなくわかったような気がした。
「要するにあれね。雨が降ると、自分の限界以上の水分を吸収してしまうから重いんだね」
「そうだよ。さっきからそう言っているじゃないか」
そうは言っていなかったでしょ。いや、そう言いたかったのかもしれないが、伝わるように言っていなかったでしょ。
「でも、それは大変ね」
「そうだよ。大変だよ。そう言ったでしょ」
私はドキリとした。
「ごめんね」
「何が?」
「いえね、わたし、あなたの言うことをあまり信じていなかったの」
「信じていなかった?」
「そうなの。あなたが困っているって言ったとき、信じていなかったの」
「そうなの?」
「そうよ。だから、あなたの言葉を話半分に聞いていたわ。そしたら今日の出来事よ。私、びっくりしちゃった」
「ごめんよ」
「いいえ、こちらこそごめんなさい。あんな大変だなんて思わなかったわ。本当に呪いが大変なのね」
私は本当に大変だと思い、呪いの解除をしようと本当に思った。
「そういえば、あのきのこは?」
「ああ、あの子は今日は来ないね」
「ふーん。どれくらいの頻度であっているの?」
「うーん。たまに、かな」
「2日に1回?1週間に1回?」
「うーん、わからない」
この反応だと、私の予想では、よくて週1だ。もしかしたら、もっと期間が空く。妖怪の時間間隔は人間のそれよりも長いからだ。
「ふーん。他には友達はいないの?」
「いないの。言ったでしょ?」
「言っていたわね」
確かに言っていた。しかし、そのときは本気にしていなかった。私は自分の落ち度に落胆した。このナメクジは本当に友達がいないのだろう。同じ種類の妖怪も、ズーッと雨に打たれたらこの子みたいに体調を崩すのだろう。だから、本当にだれも近づかないのだろう。近づくとしても、たまにだろう。あのきのこと同じように、たまにだろう。昨日一緒にいるところを見たのは、たまたまだろう。私がそのことに気づいてのは、たまたまだろう。
「よし、決めた!」
私が立ち上がると、ナメクジはビクッとした。
「何を決めたの?」
「私、あなたの呪い解くこと、手伝ってあげる」
「うん……え? 決めてなかったの?」
「そうよ。決めてなかったの?」
「ええ! そんなー」
「いいじゃない、別に。今、決めたんだから」
「いや、でも、あの時には決めていなかったの?」
「いいじゃない。決めたんだから。大丈夫でしょ?」
「……大丈夫です」
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