第6話ナメクジ:翌日

 翌日は一面の雨だった。

 この広範囲の雨は、あの妖怪のせいではないだろう。

 自然の摂理である。

 私が廊下を曲がると、またナメクジだ。

 ――私はナメクジの横を静かに通り過ぎた。


「あれ? 今度は驚かないんだね」

「もう慣れたわ」

「慣れたの?」

「そうよ、慣れたの。もう驚かないわ」


 そう言って私は振り返った。すると、ナメクジの背中にきのこが生えていた。


「わあ!」

「あれ? 驚いている」


 そのきのこは動いた。よく見ると、先日に会ったきのこの妖怪だった。


「あれ?あなたは?」

「久しぶりです」


 きのこはぴょこんと降りた。


「あれ? 知り合いなの?」

「そうだよ。前にお世話になったの」

「そうなんだ。僕もお世話になる予定なんだ。ね?」


 私は黙って頷いた。


「あれ? 昨日はあんなに話したのに、なんで黙っているの?」

「ナメクジくん、話したらダメなんだよ。ほかの人には僕たちが見えないんだから」

「ああ、そうなの?」


 そうである。すでに周りでは私の言動に不審がっている人達が居る。私も軽率だった。あんな声を出して。あんなところにきのこがいるなんて。


「ねえ、ほんとに話したらダメなの?」


 ナメクジは聞いてきたが、話せるわけないでしょ。きのこの話を聞いてた?そう言いたいけど言えないから、頷いた。


「ほら、頷いているということは、そうなんだよ」

「え? そうなの?」


 だからなんで聞いてくるの? さっきから頷いているじゃない。周りから不審がられているくらい連続で頷いているじゃない。キツツキみたいになっているじゃない。


「これ以上聞いたらダメだよ。頷いているじゃない」

「ほんとだ。ごめんなさい」


 私はようやく頷き地獄から解放された。脳がシェイクされそうなくらいだ。方が耳から出る描写を思い出した。

 ――というか、このナメクジ、友達がいるじゃないの。昨日あった時は友達がいないと言っておきながら、今日にはもうきのこと友達になっている。

 そう思いながら歩いていると、きのことナメクジはついてきた。このまま教室についてこられると面倒だから、人気のないろうかの隅にきた。


「なんでついてくるの?」

「なんでって、昨日の約束」

「昨日の約束?」

「雨の呪いを解いてくれると言った」


 そんなことを言った覚えはないのだけれども。どうやら、悩みを聞いただけで承諾したものと思われたらしい。これだから妖怪は。


「あなた、友達いるじゃない」

「いるけど?」

「それなら、問題は解決したんじゃないの?雨の影響で友達ができないことが嫌だったんでしょ?」

「でも、いつもいるとは限らないんだ。実際に昨日もいなかったよ」

「あのね、四六時中いつも一緒に居ればいいというわけではないの。それはそれで嫌になるものなの。だから、たまには離れている方がいいのよ」

「そうなの?」

「そうよ、それに、あなたもたまには1人でいたいと思うときがあるはずよ。そういう時に誰かがいたら鬱陶しいし、誰かがいるありがたみも感じないわ」

「そんなものなの?」

「そんなものよ。だから、問題解決」


 そう言って無理やり終わらせようとした。妖怪の頼みなんて、面倒くさいわ。それに、お礼がないことなんてよくあるし、タダ働きなんて嫌よ。


「でも、雨ばっかりだと、湿りすぎるんだよ」

「湿りすぎる?」


 ナメクジの言葉に「あっ」と思った。そういえば、雨自体にも問題があるといっていたことを思い出した。


「昨日も言っていたけど、湿りすぎることに問題があるって、どういうこと?」

「いろいろあるんだよ。体がむくんでブサイクになるからほかの妖怪に見せれなくなるんだ。はずかしいんだよ。他にも、体が大きくなりすぎて狭いところを通れなくなるとか、重たくなりすぎて動けなくなるとかあるんだよ」


 最初に思ったことは、容姿を気にするんだ、ということだった。周りからどう見られているのかをあまり気にしていないと思ったから、意外だった。私は初対面のときに驚いたことはショックだっただろうか?

 しかも、音から言ったことより優先するものだろうか?普通、通れない場所ができるとか動けなくなるとかの方が重要だろう。場合によっては命に関わることである。それより先に容姿のことが出てくるなんて、大した問題ではないのではないだろうか。

 それにしても、本当に困っていたとは。その困り方の程度がどのくらいかはわからないが、友達ができないこと以外にも本当に困っていたとは。その予想外のできごとに私も困っていたとは。


「たいへんね」

「そうだよ。だからなんとかして」


 そうはいわれても、どうしたらいいのだろうか? 雨を降らせる呪いの解除なんてしたことがないわ。うーん、呪いの主を探すしかないわね。


「あなた。だれに呪いをかけられたか、思い当たる節はないの?」

「ないよ」

「じゃあ、どこでとか?」

「どこかもわからない」

「いつからか」

「知らないうちにだよ」


 こののれんに腕押し状態はデジャブかと思った。


「なんで知らないんだよ」


 きのこが割り込んできた。いや、お前もだろ!


「だれにどこで会ったかくらい、覚えておきよ」


 いや、お前も忘れていただろ。


「呪われた以外覚えていないなんて、どうかしているよ」


 いや、お前はもっとなんにも覚えていなかっただろ!!


「あのー、このへんで」

「そうだね。今日はこの辺にして帰るね。いいよね、ナメクジ」

「うん」


 ピョンとのったきのこを乗せて、ナメクジは歩いて行った。その仲良しを見つめながら、1つ思った。


「そういえば、なんで仲がいいの?」


 きのこは振り返った。


「だって、シケっているところのほうがいいんだもの」


 いろいろな仲の良い理由があるものだ。

 外は土砂降りだ。

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