第5話ナメクジ:出会い

 次の日、学校に登校した。

 登校にも慣れたものである。でも、卒業したら不慣れになるんだと思うと、奇妙なものである。昨日一日不登校になって、そう認識した。

 そして、妖怪にも慣れたものである。最初に見えていた時には驚いていたが、今では全く驚かなくなった。この連日に鶴や蛇やきのこの妖怪に出会ったが、何一つ驚かなかった。私も大人になったのかなと思いながら廊下を曲がると、天井ほどの 大きさのナメクジがいた。

 私は意識を失った。

 ……



 目が覚めると保健室だった。

 私は保険室の先生にお礼を言って退室した。

 太陽は沈みかけていた。

 薄暗い放課後の廊下を寝ぼけながら曲がると、あのナメクジがいた。


「わっ!」


 私は目が冴えた。


「目が覚めたんだね」


 ナメクジはヌメヌメとした口調だった。


「そうよ。おかげさまで」


 私は少し皮肉まじりに言った。気絶させられたのが少し癪に障ったからだ。それに、妖怪には舐められたら終わりだから、強気に出ないといけない。弱い所を見せると、襲いかかってくる妖怪もいるものだ。


「へへ、どういたしまして」


 ナメクジはうれしそうにしていた。褒めているわけではないのだけど、妖怪の感性はずれているようだ。


「それにしても、初めて見る顔ね」


 私はいろいろな妖怪を今まで見てきた。この学校でも、学校外でも、いろんなところでいろいろな妖怪を見てきた。だから、妖怪に驚くことはなくなった。ただ、大きいナメクジは見た事はなかったので、驚いてしまった。


「はい。用事があって来ました」


 私は「またか」と思った。私の所に来る妖怪は、遊んで欲しいか用事があるかがほとんどである。まあ、それ以外で人間に話しかけてくる妖怪のほうが珍しいか。


「その用事というのは?」

「これを見てください」


 ナメクジは窓の外に顔を向けた。私は外を見ると、雨が降っていた。


「あれ? いつの間に雨が?」


 たしか、さっき保険室を出た時には晴れていたはずだが?


「そうなんです。雨なんです」


 ナメクジは目から雨のように涙を流していた。


「そうよ。雨よ? どうしたの?」


 私は状況が掴めなかった。


「だから、雨なんです」

「それは見たら分かるわ。それがどうしたの?」

「だから、雨なんですっーて!」


 ナメクジは私にボディープレスしてきた。いや、そういうふうに見えただけだ。実際は泣きついてきたのだろう。助けを求めて涙を流しながら私の胸に飛び込んで抱きつこうとしたのだろう。しかし、ナメクジの体型とこの大きさからでは、ボディープレスするようにしか見えない。私は「きゃっ」と叫び、そのまま押し倒された。体中はベトベトになった。


「だから、雨がどうしたの?わかるように説明して」


 なんとか顔を出した。


「すみません。実は、僕、呪われているんです」


 ――ああ、また呪いか。


「それで、なんの呪い」

「それが、雨なんです」

「雨?」


 雨なのかアメなのか。


「雨って、あの降っている雨?」

「はい、その雨です」

「舐めたら甘いお菓子のアメではなくて?」

「なんですか、それは?」


 どうやらこの妖怪はアメを知らないらしい。まあ、妖怪だから仕方ないか。


「いいえ、なんでもないわ。それよりも、雨の呪いって何かしら?」

「僕の周りに雨が降るんだ」


 私は少し考えた。雨男か? いや、雨女なのか? いや、このナメクジが男性か女性かはどうでもいい。とにかく、そんなことがあるものなのか?


「気のせいでは?」

「そんなことないよ。ぼくのいくところにいつも雨が降るんだ」


 そのいつもとはどのくらいの確率だろう。こういうところのいつもとは、だいたいは気のせいであり、50%もないものである。


「どれくらいの確率で?」

「か・く・り・つ?」

「ああ、何回に一回雨が降るの?」


 私は言い直した。確率という言葉は難しかったらしい。


「毎回だよ。雨が降らないことがないんだ」

「そんなことないでしょ」

「そんなことあるんだよ」


 ナメクジは私の顔の上に涙をボタボタこぼした。私はナメクジに押さえつけられながらヌルヌルのベタベタである。


「わかったわかったわよ。雨が降るのろいね。わかったから泣かないで」


 私はとりあえず涙で濡れることを止めようと思った。


「ほんとに?」

「ほんとよ。だから、泣かないで」

「わーい。ありがとうー」


 そう言うと、ナメクジは嬉し泣きを始めた。

 ボタボタ

 私の顔に大きな雫が大量に落ちてきた。あーあ、やんなっちゃう。


「ちょっと、ナメクジさん」

「はい?」

「喜ぶのはいいけど、ちょっとどいてくれないかしら」

「あ、ごめんなさい」


 私はようやく立ち上がれた。スカートからは、涙か粘液かよくわからないが垂れていた。洗濯して取れるかしら。


「ナメクジさん」

「ごめんなさい。服をぐちゃぐちゃにして」


 私は驚いた。そんな気配りができる子だったんだ。優しい子。


「いいのよ。服は。それに、これくらいたいしたことないわ」


 実際、私からしたらこれくらい大したことはない。


「でも、ごめんなさい」

「謝らなくていいのよ。それより、思ったんだけど、雨はそんなに嫌なものなの?」

「嫌だよ。どうして?」

「だって、ナメクジさんからしたら、晴れて乾燥しているより、雨で湿っている方がいいでしょ?」

「そうだよ。でも、限度があるんだ」

「ああ、なるほど」

「それに、こんなに雨ばかりなら、友達ができないんだよ」

「友達?」


 私はその言葉にひっかかった。私も友達というものはいないが、特に困っていなかった。しかし、私のその価値観は今まで理解されてこなかったから、胸にしまった。


「そうだよ。友達ができないんだよ」

「雨でみんなが避けていく、ということ?」

「そうだよ」

「でも、雨を好む妖怪もいるでしょ?」

「だから、限度があるんだよ」

「ああ、なるほど」


 窓の外は雨だった。

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