第4話ナメクジ:きのこ
翌日、自宅謹慎となった。高校入ってからすでに数回、中学の時には途中から数えていない。慣れたものである。
まあ、蛇の妖怪との戦いで暴れたから仕方ないよね。暴れた理由も妖怪のせいだと言えないし。今回は、ガラスとかは割らなかったからまだマシだ。
私はベッドに寝転びながら天井を見ていた。なぜ天井を見上げているのかというと、横を見るときのこの妖怪がいるからだ。どこにいても妖怪がいるものだ。
それにしても、なぜきのこがいるのだろう? 部屋が散らかっているからか? いたるところに脱ぎ捨てられた衣類、いろんなものが積まれた机、見えない床。きのこには生息しやすい環境なのだろうか?
「おい」
横から声が聞こえるが、無視した。天井を見ながら、今日の晩御飯のことを考えていた。いや、考えているふりだ。
「おーい」
まだ聞こえる。私は無視しながら、スマホを弄った。翌日以降は雨が続くらしい。
「おい、おーい、おーーい」
近くで飛び回るそいつを、私は掴んだ。
「おい、黙れ」
私のどすの効いた声を聞いたきのこは静かになった。どうやら、怖かったらしい。床と衣服との間に縮こまったきのこは、妖怪ではなく本物のきのこみたいだった。
私は申し訳ないと思って呼びかけた。
「あなた、何の用なの?」
「あわわわ」
きのこは震えていた。
私はため息をついた。
「ごめんね。ちょっとイラついていたのよ。怒っていないわ。だから、要件を言ってくれないかしら」
私のどすの効いていない声を聞いて、きのこは喋り始めた。
「怒っていないの?」
「怒っていないわよ」
「……じゃあ、話を聞いてもらってもいいかな?」
「いいわよ」
きのこはベッドの上にピョンと乗った。
きのこの話によると、次のとおりだ。
きのこは今、ある妖怪を探しているようだ。しかし、今はその妖怪の名前も姿も忘れたようである。なぜ探しているのかも忘れているようである。要するに、探しているということ以外は全て忘れているようである。
はっきり言って、これでは打つ手がない。断りたいが、それではきのこは納得しない。だから、一緒に探すふりをしてみた。
というわけで、今、近所の公園にいるわけである。公園であることには特に意味はない。他に行くところがないのである。リストラされた父親が家族に黙って会社に行くふりをして公園でいるのはこういう感じなのかと思いながらいた。
「ねえ、いたかしら?」
「ううん、いない」
ブランコに座りながら、ウロチョロ探すきのこを見ていた。きのこは草むらに頭を突っ込み探していたが、そんなところにいるものどろうか?妖怪のことはわからない。
「ねえ、どこで会ったか覚えていないの?」
「覚えていない」
頭に葉っぱをつけながら草むらから出てきた。私からしたら見つかろうが見つからないであろうがどっちでもいいが、乗りかかった船だから見つけたい気持ちも少しは出てきた。でも、きのこの頭に乗っている葉っぱを見ていたら、自身をなくしてきた。
「もう一度思い出してみて」
「わかった」
きのこは隣のブランコに乗って考えた。ブランコに生えたキノコを見ながら、私は自分のことを思い出していた。そして、意外と過去のことは思い出せないことを思い出した。
「思い出した」
きのこはブランコから落ちた。頭に砂を乗せたきのこを私は抱き起こした。何を思い出したのだろう?
きのこの話によると、次のとおりだ。
きのこは昔、一緒にいようと約束した友達がいた。しかし、その友達はすぐにいなくなった。その姿は覚えていないが、約束をした場所は覚えている。そこは、草が生い茂っている荒地だった。そこに行けば、なにか手がかりが掴めるかも知れないということだった。そして、その場所に案内してくれるといった。私はついていった。そこは、学校だった。
「あれ? おかしいな」
きのこは不思議がっていた。私はある確信をもってきのこに質問した。
「ねえ、約束したのはいつ?」
「うーん。結構前」
答えは分からないが、おそらくかなり前なのだろう。妖怪の寿命は人間の何倍もあるので、時間の感覚も長い。おそらく、学校ができる前にした約束だろう。
「困ったわね」
「どうしたの?」
「私、今日、ここに入ったらダメなの」
「そうなの?」
「だから、ごめんね」
「それだったら」
きのこの話によると、次のとおりだ。
夜に学校に忍び込んだ。
きのこによると、明日まで待てないとのことだった。今まで何十年も待ってきたのに一日ぐらい待てばいいのにと思ったが、何十年も待ったからなおさらだと言われた。たしかにそういうものかもしれない。
とはいえ、来てはいけないと言われた学校に来たわけである。これがバレたらどうなることやら。
さすがに建物内には入れない。私たちは駐輪所や花壇や中庭を回った。しかし、めぼしいものはない。会いたい妖怪、思い出の場所、何かしらの手がかり、そういったものはなかった。
行く先々で妖怪に話しかけられた。昼間にも見かけるものから初めて見るものまで、色々と居た。周りに人がいないので気楽に話ができた。ああ、なんて楽なんだ。
私は楽しかったが、対照的にきのこはつらそうだった。藁をも掴む思いできたのに、何もなかったのだ。私は楽しさを抑えることを忘れていた。
「ねえ、どうする?」
私は聞いてみた。
「うーん。帰るとするよ」
「わかった」
寂しそうなきのこにはそう言うしかなかった。私たちは校舎を出ようとしたとき、ふと、声が聞こえた。
「また会おうね」
私たちは驚いて振り返った。そこには先程まで一緒にいた校舎の妖怪たちが出迎えてくれた。それを見て、きのこは泣いていた。
「そうだ、そうだったんだ」
泣きながら呟くきのこを見て思った。きのこのした約束はおそらくこれと同じなんだ。当人たちにとっては大したことのないものであり、いつでもどこでもあったものであった。ただ、忘れていただけだった。
私も少しもらい泣きをした。年は取りたくないものである。
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