第3話ナメクジ:蛇
翌日、その出来事は広まっていなかった。あまりにも不思議すぎて、当事者たちも信じられなかったのだろう。しかし、相変わらず私は奇異な目で見られている。
そんな私も、蛇の妖怪を奇異な目で見ていた。
「お前、わしが見えておるのか?」
私はうまずいた。
「そうか。今は授業中というもので、話せないのか」
私が再度頷くと、蛇は机から降りた。その全長10cmもない位の蛇は私の足元でとぐろを巻いていた。おそらく、私が授業を終えるまで待つつもりだろうか。
「ここで、ゆっくり待たせてもらおう」
私の心を読み取られたのか、たまたま偶然なのか、私が思ったことの答えが返ってきた。それにしても、できた妖怪である。自分が普通の人間からは見えないことを理解し、それに対して自分のことが見える普通ではない人間の置かれている状況を理解し、どういう行動をとればいいのかを理解している。昨日の鶴とはえらい違いである。
この蛇は昨日の鶴に比べて、ベテランなのだろう、落ち着いている。鶴みたいに、私にやたら聞いてきたりしないし、話せないことを理解しているし、授業の邪魔になることを理解している。
「樫あや」
「はい」
「この問題を解いてくれ」
私は昨日と同じように黒板に書いて着席した。
周りはいつもと同じ反応。
違うのは、妖怪が静かなことくらいだ。
いや、それだけではなかった。後ろから声が聞こえる。
「今日は普通だな」
「普通なことが、逆に怖いー」
「猫かぶりやがって」
私はいつもの通り聞き流していた。相手にするだけ無駄だし、もう慣れた。私が何食わぬ顔をしているなか、蛇もなに食わぬ顔をしていた。
今日は中庭に出た。昨日の場所は少し行きにくかった。
「それで、どうしたの?」
私は蛇に聞いた。
「実は、人を探しているんだ」
「人を?」
「ああ、人だ」
「なんで?」
「ああ、すまぬ。別に呪うとかではないんだ」
蛇は先に断ってきた。やはりベテランだ。
「それで、どうして?」
「いや、実はそのものは、命が危ないんじゃ」
「命が?」
「ああ。わしは呪いをかけないが、もしかしたらそのものは呪いをかけるかもしれない。いや、呪いではなく直接かもしれない。とりあえず、危ないんじゃ」
なんかきな臭くなってきた。
「どうしてそのことを知っているのですか?」
「実は、聞いたんです」
「聞いた?」
「はい。たまたま歩いていたら聞いてしまいまして」
「それはどんな妖怪ですか?」
「それがその方向を見たときにはすでにいなかったのです。おそらく、わしに聞かれたことに気づいたのでしょう」
「なるほど。それで、何と言っていましたか?」
「それが『あの人間、殺してやる』だけしか聞いておりません。その言葉を数回聞いたあと、もうどこに行ったことやら」
蛇は困ったようだが、私も困った。いくらなんでも、ヒントが少なすぎる。
「どうして、私のところに」
「私には人間の知り合いがいないものでして」
「それで、とりあえず妖怪が見える人間を探して話そうと」
「はい。そうなんです。それに……」
「それに?」
「失礼ながら、あなたの噂を聞いてまして?」
「うわさ?」
「ええ。妖怪が見える人間で、妖怪に優しくて人間に厳しい人間が、たまに妖怪を助けてくれる、と」
私は考えた。そういう噂が流れているんだ、と。
たしかに妖怪は見える。でも、特に妖怪に優しくした覚えはない。私は、来るものを拒ます去る者を追わずの精神なだけだ。妖怪は勝手に近づいてくるから仲良くなり、人間は勝手に離れていくから厳しくしているように見えるのかもしれない。でも、特に贔屓しているわけだはない。あと、妖怪を助けるといっても、迷子を届けたくらいのものであり、殺しなどの物騒なものは関わりたくない。
「ええっと、ごめんだけど、呪いとかそういうのはちょっと……」
私は断る途中、2つ思った。
1つは、私も人間だから、殺される対象かもしらないこと。
もう1つは、それを聞いたこの蛇を、そいつが見逃すのだろうか、ということ。
その時、風が鳴った。
私は蛇を突き飛ばした。
私は何かに吹き飛ばされた。
「何事じゃ」
蛇が驚いた。そして、壁に倒れこむ私を見た。
「お主、大丈夫か」
私は立ち上がり、返事した。
「大丈夫よ。それよりも」
私の目線の先には、1mほどの蛇がうねっていた。
「こやつは?」
「あなたを狙っていたわ。おそらく……」
「殺してやる」
そういうと、1mは10cmに向かっていった。
「ひゃー」
その声とともに砂煙が舞った。なんとか回避したようだが、第2撃・第3撃と続いた。もう限界だと追い詰められていた。第4撃が追い詰める。
私は1mの横っ腹を蹴り上げた。
1mは壁に吹き飛んだ。10cmは呆然とした。私はのびる1mを見下していた。
「あ、ありがとうございます」
10cmは緊張の緩和と新たな緊張と感謝が入り混じっていた。私はそういう姿を何回か見たことがあるから、慣れたものである。
「おぬし、こんなに強かったのか?」
「ええ。妖怪が見えるくらいには」
この返事も慣れたものである。
「おい、何をしている」
校舎から先生が呼び止めた。すごい音が鳴り、壁が傷いっている横にボロボロの生徒が1人いたら、当然のやりとりだろう。この後の成り行きもいつもどおりだろう。
「お主、この後は大丈夫か?」
「大丈夫よ。慣れてるもの」
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