第3話 灰かぶり
「ねえ、聞いてユキ。私もあるのよ打ち明け話」
「聞こうじゃありませんか」
エラ姫は心を決め、紅茶で喉を潤します。白雪姫は、こんがり焼けたパイをひとくち。
「……私さ、姉が二人いるじゃない?」
「うんうん。意地悪な義理の姉ってやつね」
「たまに会いに行くんだよね。うんと着飾って」
「嫌いなのにわざわざ?」
「そう。王子の嫁探しで、ガラスの靴を試着したでしょ? あの時、靴に合わせてつま先や踵を切ったのよ。あの人たち」
「 そこまでして?! えっぐ! エグいわー!」
「私もさぁ、まぁ控えめに言ってもドン引きだったわけだけれども」
「でしょうね」
「でも、物陰に隠れて見てたんだよね。ザマァって思いながら」
「あー」
「それで最後に自分が出て行って、ついに姫発見! みたいな」
「痛みにのたうち回っている姉たちを尻目に」
「そうそう。『あらお姉様たち、どうなさったの?』 って顔でシレッと迎えの馬車に乗ってさ」
「あは。でもまぁ、高笑いしなかっただけ偉いわ」
エラ姫は少し視線を落としました。長い睫毛が影を作り、表情が憂いを帯びます。
「で、私ね。今も歩けないあの人たちに度々会いに行って、さりげな〜く見せびらかすのよ。綺麗なドレスや、靴を」
「まーねぇ……」
「姉たちも継母も、それはもう悔しそうでね。それでも私が持って行った手土産は受け取るの。父は理由を付けてあちこち飛び回って家に帰らないから、生活が苦しいらしくて」
「それでいいんじゃない?」
白雪姫はつとめて明るく、そう言いました。エラ姫がそんな自分を恥じていると感じたからです。
「そもそもお姉さんたちの怪我は自分でやったことでしょ。別にエラのせいじゃないわ。それにエラだって、長年に渡って虐げられてきたわけだし。ちょっとぐらい幸せ自慢したっていいじゃない」
「でも、私は腐っても姫なわけで……」
「いいのよ! お姫様だって、人間よ。いつもいつも清らかな心じゃいられないわ。夢見る少女じゃいられな〜い。フゥ♪ ってやつよ」
「そうかな……」
「わたしなんてね、毎週アップルパイ焼いてる。地下牢の継母にまでりんごの匂いが届くように」
「イカツ! メンタルいかつい!」
「毎回地団駄踏んで悔しがってるみたい。それで余計に狂人認定されてるって」
いい気味よね、と微笑む白雪姫は、どこまでも可憐です。
「言っても、こっちは殺されかけてるからね! ちょっとぐらい仕返ししなきゃ気が済まないもの」
そんな白雪姫を見て、エラ姫はとまどいながらも頷きます。
「……それもそうね。やられたらやり返す。 倍返しじゃないだけ、優しいぐらいだわ。でも……」
少し元気が出たようですが、やはりまだ表情は晴れません。
「あのね、エラ」
白雪姫が優しく語りかけます。
「この鏡で話すときの呪文、『麗しき姫を映しておくれ』って言うでしょ?」
「そうね」
「この鏡は元々、『世界で一番美しいひと』を映し出す鏡だったの。でも、手鏡に作り替える時、わたしと鏡とで話し合って決めた」
手鏡が、誇らし気にキラキラと光りました。
「『世界で一番』かどうかなんて、関係無い。この手鏡にはね、『こころ優しく行い正しく、志高くあろうとする、姫としてふさわしい人物』だけが映るの」
「ユキ……」
「美しさって、そういうことよ。もっとも、エラは容姿にも恵まれてるけどね」
エラ姫の瞳が潤み、頬がほんのりと薔薇色に染まります。表情からとまどいが消え、高貴な眼差しが戻りました。
「私、あの人たちを赦すわ。時間はかかるかもしれない。けど、いつかきっと赦すわ。姫にふさわしくあるために」
「そうね。実はわたしも、継母が自らの罪を告白して反省するのなら、赦そうと思ってはいるの。それまではアップルパイ攻め続けるけど」
「お互い、早く赦せる日が来るといいわね。その時には、姉たちに車いすか何か送ろうかしら……」
「ガラス製のね」
白雪姫が片目をつぶっておどけながら言うので、エラ姫は笑ってしまいます。
「ソッコー壊れちゃうw」
「そしたらお見舞いに、わたしの特製アップルパイ送ったげるわよ」
「毒入りの?」
「ちょっと! いくらわたしだって、そこまでしないから」
涙をぬぐいながら笑いあう姫君たち。初めての女子会は、終わりの時間に近づいています……
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