第2話 毒りんご


「姫特権といえば、エラんとこは最近も舞踏会とかしてるの?」


「あー、ナイナイ。うちの旦那、ケチだもん。ヨメ貰ったら舞踏会なんて無駄だってさ。結婚式を最後に、なーんも無し」


「えー、意外。お肌ツヤツヤだから、舞踏会に向けてスペシャルケアしてるのかと」


「まあ肌だけはね。ローズオイルをバッシャバシャ使ってるから。それはもう、バッシャバシャ。うちの旦那、どケチだけどスキンケアにだけはお金遣ってくれるのよ。あと、靴ね。あはは」



「例の、ガラスの!」

「ガラスの靴に限らず、靴全般。なんかアレよ……足フェチ? みたいな」


「うわ……」

「ねー。ひくよねー」


「いや、逆よ〜! ここにも変態が! みたいな」

「と、おっしゃいますと、まさか?」


「うちのアレ、たぶん……」



 部屋には誰もいないのに、白雪姫は手鏡に顔を寄せ、声をひそめました。エラ姫も手鏡に耳を寄せます。



「スタチューフィリアというか、ピグマリオンコンプレックスというか……」

「ああ、人形が好きっていう」


「下手したら、その、ネクロフィリア……」

「マジか! あの、その……し、死体を……」


「そう。だってわたし、毒りんごで死んだけど王子のキスで目覚めて晴れて結婚。めでたしめでたし。みたいな流れじゃない? 世間的には」


「うん。そう聞いてる」


「実はめっちゃびっくりしてたからね、王子。気絶寸前だったからね。わたしと入れ替わりで死んじゃうかもと思ったくらいよ」


「いやでも、いきなり生き返ったら、そりゃびっくりもするんじゃない?」



「違うんだって。きっと、死んでると思ったからキスとかできたのよ。だって未だに、わたしに怯えてろくに口もきけないのよ? フィギュアでぎっしり埋まった自室に籠もってばっか」



「うっわ〜。聞いてみなきゃわかんないもんねえ。うちの旦那の変態性なんて、可愛いもんだわ」


「そうよー。微笑ましいレベルよぉ。もうさ、わたし誰かに聞いて欲しくて。でも小人たちはおしゃべりだし、森の動物たちもね……きっと彼らの理解を超えてるハナシだと思うから」


「打ち明け話には向かないわねえ」



 二人はしみじみと頷きあいました。



「エラと文通始めてずいぶん救われたんだけど、さすがにこういう話って、手紙には書けないじゃない?」


「そうね。流出の危険もあるし」


「でしょぉ?」



「あ、でもね」


 白雪姫は普通の声量に戻ってぱたぱたと小さく手を振りました。



「仕事はできる人だから、王子として尊敬はしてるのよ。だからこそ、変なスキャンダルは避けたいわけで」


「うんうん、わかるよ。国内の評判はもとより、下手したら他国につけ込まれるかもだしね。でも、胸に抱えた諸々を吐き出したい。わかるわー」



「ありがと! わかって貰えるって、ほんと嬉しい」


 白雪姫は少し涙ぐんでいます。



「だから、この鏡はすごく便利なんだけど……これって元々は、妃が作った鏡じゃない?」


「自分でぶっ壊して逆に呪われたけど?」



「そうそう。でも、妃が死んでしまったら、この魔法が続くかどうかわからないのよ」


「あー、それは困るぅ。これ、早くも心の支えみたいなとこあるもん」


「でしょー。だから継母は生かさず殺さず、地下牢に囲っておこうと思うんだけど……」



 ふっくらとした白い頬に指先を添える可愛らしい仕草で、白雪姫は怖いことを言います。応えるエラ姫も優しい顔をして、なかなか鬼畜です。



「そんな近くに置いといて大丈夫? 牢屋番に色々吹き込んだりしない? 舌切ってうんと僻地に送った方が安全じゃない?」


「それは大丈夫。ヤツがりんごに仕込んだ毒薬のレシピ、わたしが握ってるから。鏡さんに隠し場所を教えてもらったの。ね?」



 白雪姫がにっこり笑うと、手鏡が同意を示すようにきらりと光りました。



「下手に騒げば自分が暗殺を企てたこともバレるし。それに、いつ自分に毒が仕込まれるか、戦々恐々としてるみたい」


「やっぱり悪事って、自分に跳ね返ってくるのね……」


「でも、あんなのを生きながらえさせるために国民の血税を使っているんだから、いい気はしないのよ。最低限の扱いだとしても」



「たしかに複雑だわ………ねえ、姫ってさ……」


「思ったほど楽じゃないわよね……」





 姫君たちの女子会は、まだまだ続きます……

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