その後のお姫さま
霧野
第1話 魔法の鏡
鏡台の引き出しから、かすかに声が聞こえました。
姫は足音を忍ばせてドアに駆け寄り、外を窺います。この時間、家来には人払いをしてあったし、夫はもとよりこの部屋には寄り付きません。
誰もいないことを確認すると、姫は無駄に広い部屋を横切り急いで鏡台へ向かいました。
引き出しの中から取り出したきらびやかな手鏡には、濡れ羽色の黒髪に雪のような白い肌、リンゴみたいに真っ赤な唇の可愛らしい顔が映っています。
「鏡よ鏡、麗しき姫を映しておくれ」
歌うように呪文を唱えると、鏡の一角に美しい姫君が映しだされました。
輝く金色の髪に真珠の如き艶やかな肌。青い瞳は高貴な光をたたえています。
「わああ、初めまして。白雪ちゃん」
「きゃー、お会いできて嬉しいわ。シンデレラちゃん」
鏡の中の相手に向かい、互いに手を振ります。二人とも喜びに満ち溢れ、この瞬間を待ち望んでいたのがよくわかります。
「素敵な鏡をありがとう。顔見て話せるの、嬉しい」
「文通もいいけど、やっぱり話したいわよねえ。でも、思ったより時間かかっちゃって、ごめんなさいね」
「ううん、全然! 魔法の鏡だもん、リメイクに時間かかって当然よ。むしろ、今まで伝書鳩を使ってたこと考えれば、あっという間だって。で、その後、継母さんの具合はどう?」
「あー、醜い老婆の姿のまま、ずっと牢屋に入れられてるわ。鏡の精さん、ブチ切れたみたいで」
「まぁ、ヒスってバキバキに割られたらね。そりゃ呪うわ」
毒りんごによる白雪姫暗殺に失敗した継母は、怒り狂って魔法の鏡を罵り、引き倒して割ってしまったのでした。
そのとき鏡の精に呪いをかけられ、変装した醜い老婆の姿から戻れなくなった継母は、「王妃だと名乗る気の狂った不審者」として投獄されているのです。
お城に戻った白雪姫は、割れた鏡をいくつかの手鏡に作り変え、その一つをシンデレラ姫に送ったのでした。
「でもそのおかげで、こうして白雪ちゃんとお話できているんだけれども」
「ほんと、ありがたいわ〜。お礼に後で、牢屋にりんご差し入れしようっと」
「ちょ、それ煽ってる。煽ってるから」
二人の姫君は可愛らしい声をたてて笑いあいました。魔法の鏡もその笑いに加わるように、きらりと光ります。
「それはそうとシンデレラちゃん、初めて会った気がしないわ。文通してたとはいえ、ずっと前から知り合いみたいな」
「わかるー。それにしても白雪ちゃん、噂どおりすっごいかわいい。髪とかめっちゃ綺麗だし。何使ってるの?」
「杏のオイルよ。前は椿オイル使ってたんだけどね、私にはちょっとリッチすぎるかなって」
「杏に椿ね。メモっとこ(カキカキ)……よし。ってかさ、私のことは『エラ』って呼んで。そっちが本名なんで」
「ああ、そうだったわね。手紙ではエラ呼びだったのに、顔見てテンション上がっちゃって忘れてたわ。んじゃ、わたしは『ユキ』でいいから」
「オッケー、ユキね。私さ、ユキからの手紙、全部取ってあるのよ。たまに読み返したりしてた」
「ほんと? 実はわたしもなの。だって話し相手は小人たちと森の動物くらいしかいないし、退屈でね」
「わかるー。姫って結構孤独よね。うちなんて、私が下積み長かったじゃない?」
「下積みw」
「それで城の誰より料理も掃除も上手なんで、料理長兼掃除長みたいになっちゃってさ。料理は劇的に美味しくなったと喜ばれて、お城は隅々までピッカピカ。おかげで慕われてはいるけど、なんか妙に忙しくて姫感ないし……」
「姫感って」
「うちらしか使わない言葉」
「姫特権」
「そんな特権いらないから〜」
瞬く間にうち解けた二人は、また笑いあいました。お互いにうんとリラックスしていて、片肘ついて紅茶など口にしながらのおしゃべりです。
姫君たちの女子会は、始まったばかり……
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