青春を待つ。

紫香楽

第1話

「それで彼氏が惚れ直したよって言ったの!やばくない!?」


幸せそうにおうちデートの出来事を話す小春に、小春の友達に倣って相づちを打つ。しかし視線は坂の下に注がれていた。この坂をずっと下って行けば海につく。私たちの高校は坂の上に建っていて、海が教室から一望できる。授業中に聞こえてくる船の低い汽笛音が、私は大好きだった。バス停からも、オレンジ色の空が溶け込む青い海が、住宅街の隙間から覗いている。


「あ、やっと来た。」


時間に遅れているくせに、坂の下からのんびりとバスがやって来る。小春の話はいつの間にか終わっていた。


私は小春がインスタに集中しだしたのを横目に、ゆっくりと目を閉じた。目を閉じれば、バスの柔らかな揺れと、温かさ。いつも通りのアナウンスが私の頭を空っぽにしてくれる。


車内アナウンスが終点近くをしらせると、私は目を少し開いた。窓の外はすっかり暗くなっていて、外からの冷気が窓越しに伝わってくる。濃い、濃い紺の窓。車内もいつの間にか満員になっていた。隣を見ると、小春がかわいらしい横顔で眠っている。小春が恋人なら、きっと楽しいだろう。小さな顔で、花が咲くように笑ってくれる。立毛筋を収縮させるような台詞を吐く小春の彼氏の気持ちも、まぁ分からなくもない、かもしれない。


窓にこめかみをくっつけると、頭にこもっていた熱が冷たい窓の方に抜けていった。しばらくそうして揺られていると、周りの乗客より頭一つぬけている背の高い男の子が、やや猫背で手を振っているのが見えた。ごそごそと携帯を取り出して、何か打っているようだ。なんとなく察して、私も携帯を取り出すと、案の定彼からのラインが来た。


[駅から一緒に帰ろうよ]


[小春もいるんだけど]


[うん?]


彼がこの手の事情を察せないのはわかっている。私はそれ以上の返信をあきらめた。またこめかみを窓に押しあてたが、窓はぬるくなっていた。


バスから降りると、小春は見知らぬ女の子たちと楽しそうに談笑し始めた。私は名前も知らない彼女たちのタイミングも声量も完璧な相づちを、まるでオーケストラの演奏のようだと、ただ眺めていた。


「遥。」


私は猫背で背の高いその男の子に声をかけ、しばらく二人で小春を待った。早足の社会人と、のらりくらりと歩く高校生が行き交う夜の駅。高校生の彼らに急ぐ必要はない。彼らの帰る家には、温かいご飯とお風呂がすでに用意されているのだから。


なんとなくわかってはいたが、小春はひとしきり話し終えると、私と遥に目もくれず、そのままホームへ彼女たちと行ってしまった。うちの高校は私服制だというのに、同じような格好をした子たちだった。


「あれ?小春は?行っちゃうけど。」


「多分、あの子たちと帰るんじゃない。ほら、早く行こう。」


私は別に気にしていないというふりをして、改札に向かった。遥は、小春の行動にも、私の態度にも何も感じていないのだろうか。小春が行った階段と逆の階段を下りながら、また小さくため息をつく。


「次の電車あと5分だって。」


「一本逃しちゃったのか。はぁ、寒いなぁ。」


私はポケットに手をいれて、マフラーに顔を埋めた。私のため息は寒さのせいだと、誰かに示すように。真っ暗な空。ホームに冬の風が吹き抜けた。


「ねぇ。」


風にかき消されそうな声が出た。マフラー越しだから聞こえていないかもしれない。しかし遥は、私の横顔をしっかりと見つめた。私は向かいのホームに視線を向けたまま、遥の顔を見れなかった。


「小春の話はさ。面白いんだよ。私には一生ないような話だから。でも、ちょっとね。反応に困るというか...」


こわばる笑顔で遥の顔を見上げた。とんだ不細工な面だっただろう。遥は無表情だった。


「…そう。」


まっすぐと私の目を見る。私は遥がどう受け取ったのか、なにを考えているのか、わからなかった。


不快なアナウンスとともに、ホームに風を切って滑り込んでくる電車を二人ともじっと見つめていた。


「寒いなぁ。」


電車のブレーキ音にかき消されたまま、その声は風にのってどこかへ飛んでいった。









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